【日時】2022.10.22.(土)14:00~
【会場】NHKホール
【管弦楽】NHK交響楽団、1966回定期演奏会
【指揮】ヘルベルト・ブロムシュテット
【曲目】
①シューベルト『交響曲第一番』
(曲について)
当時16歳のシューベルトが帝室王室寄宿神学校(コンヴィクト)在学中の頃である1813年の10月28日の秋に完成させた交響曲であるが、いつ着手したかについては資料が残されていないため不明である。作曲の動機や初演についても不明であるが、パート譜にコンヴィクトの校長だったフランツ・ラングへの献呈の辞があることから、校長に献呈するために作曲されたものと考えられている(ただし確証はない)。また、本作の総譜の草稿には苦心が見られない点や、それに関係するスケッチ類が残されていないことから、速筆で書き上げられたと思われる。
初演は1813年秋にコンヴィクトの演奏会で行われたと考えられるが、その時の資料が現存しないため不明である。一般公開での初演は、シューベルトの死後52年を経過してからであった。シューベルト研究家のジョージ・グローヴが第1番から第5番までの交響曲の上演を試みた際、まず第1楽章のみ1880年1月30日にロンドンの「水晶宮コンサート」にてグローヴの友人オーガスト・マンスの指揮で演奏が行なわれた。そして翌1881年2月5日、同地で同じくマンスの指揮により初めて全曲が演奏された。
自筆譜は現在ウィーン楽友協会に保存されているが、16歳の作ながら古典の作曲様式にのっとって、ほぼ確実に作曲されている。ハイドンやモーツァルト、そしてベートーヴェンを手本にしており、特にメヌエットや終楽章にも影響が見られる。音構成や楽器法が確実なのは、コンヴィクトのオーケストラの実際の経験が既に現れている。
総譜の草稿は元々兄のフェルディナントが保管していたが、フェルディナントの没後に弁護士のエドゥアルト・シュナイダーの手に渡り、さらに1880年代初頭にシューベルトの作品の収集家ニコラウス・ドゥンバが所有していた。なおドゥンバの死後、遺言によってウィーン楽友協会へ寄贈された。
②シューベルト『交響曲第六番』
1817年10月から作曲を始め、翌1818年2月にかけて完成されたこの第6番は、シューベルトの死後1ヵ月後の1828年12月14日にウィーン楽友協会主催の音楽祭で初演が行なわれた。元来、シューベルト自身は第8番(『ザ・グレート』)の演奏を希望していたが、あまりにも演奏至難だったために拒絶され、替わりに本作品の楽譜を提出し、演奏された。その時の指揮はオットー・ハトヴィヒが行なった。
第5番と比較すると、はるかにシューベルトの個性が現れていると同時に、一面影響を受けたところもはるかに多様であることを示している。また、第5番と異なりベートーヴェンの交響曲がいろいろな点で模範とされており、そしてイタリア風な作法が含まれているのは、その頃ロッシーニの作品に接触することが多かったためだといわれている。
前述の通り、本作品は長大な第8番に対して小規模なため『小ハ長調』(あるいは『小さなハ長調』)の愛称で呼ばれているが、同じハ長調で書かれているだけあり、第8番を予感させるものを含んでいる。
【演奏の模様】
今日の演奏会のチケットは、かなり前から持っていたのですが、先月ブロム翁の怪我と入院の報に接し、指揮者変更だろうなと思いました。だって95歳ですよ。日本人の男性で、平均寿命(2020年)は、81.64歳、この年まで生きることさえ難しいのに、それよりも14年も上で、しかも骨折したら多くのケースだったら、寝たきりになったり、要介護になってしまいます。それが、ブロム翁は回復し、再び指揮台にのぼり、ベルリンフィルを振ったというのですから驚きです。超人的という他ありません。その後無事来日し、既にN響との演奏会をこなしています。コンサートは、若い時であれば、好き嫌いを問わず広くいろいろな作曲家の作品を聴けば、勉強にもなりますが、だんだん年を取ってくると、自分の残り時間の事を考えざるを得ず、好きな聴きたい曲を優先する傾向にあります。そういう意味で、大好きなシューベルトを二曲も演奏し、しかも指揮は、ブロム翁だというのですから、この演奏会は逃すことの出来ないものでした。
①シューベルト『交響曲第一番』
〈楽器構成〉
フルート1、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦5部10型(10-10-6-4-3)
この曲を聴くと何と惜しい人を人類は早く失ってしまったことかと残念でなりません。シューベルトが若干16歳の時の作品、日本で言えば、中3か高1くらいの年齢です。モーツァルトは生まれ付きの天才といわれますが、天才は、生まれ付きの天分に早期の圧倒的な経験が加わって生じるケースがあるのですね。仮にシューベルトが、ブロムシュテットくらい長生きだったら音楽史が大きくて変わったかも知れません。
今日のN響の一番の演奏は、若いシューベルトの曲を愛しそうに丁寧に指揮したブロムシュテットが、奏者をも慈しむ姿勢がにじみ出て、非常に清純な響きが引き出されていました。「清純な響き」は、シューベルトでは、和声の響きの元に美しい旋律があって、それらが管で響くと弦楽アンサンブルで引き継がれるケースが多くまたその逆もあり、管弦のやり取りも聞き応えのある曲目でした。
②シューベルト『交響曲第六番』
〈楽器構成〉
フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦五部12型(12-12-8-6-4)、若干の楽器が増強されました。
この曲はシューベルトが20歳になった頃の作品です。一番から四、五年しか経ってないのですが、すでに五つの交響曲を作っていたシューベルトは、自信を持って作曲に臨んだ事でしょう。オーケストレーションが①よりもさらに深化し、音の厚みも増し、それに伴い弦楽器若干とフルートが増強されました。 フルートソロの先導で管弦の響きが続き、オーボエなども加わった管と弦楽のやり取りで進行しました。そこには明確な旋律が織り込まれています。第一楽章は、高音管、特にフルートとオーボエが目立っていました。ブロム翁は、①の時より力が入っている様子、手の振りが大きくシャープになってきました。
第二楽章になると、弦楽が綺麗な旋律のアンサンブルをゆっくりと奏でて開始、この素晴らしいシューベルトならではのテーマを、フルートと弦楽が何回か繰り返し、オーボエも弦楽の合いの手に入り、中盤からは、各楽器に力が掛かってきて、ティンパニーにも力が入りかなりの力奏でした。ここのテーマは、歌詞をつけて歌にも出来るなと思える程でした。
その他、三楽章のリズミカルな調べとリズムの変化が面白く、また四楽章の速いけれど美しい旋律にこれ又フルートが合いの手を入れるところと最後の思い切りのいい終焉が印象的でした。
総じて①も②の曲も、何れの曲に於いても、あちこちにベートーヴェンの影を感じました。シューベルトが一番尊敬するベートーヴェンを如何に深く学び自分の血肉としていたかが伺い知れました。
演奏を終えたブロムシュテットは、活躍の多かったパートから立たせて挨拶することが一巡すると、座っていた指揮椅子から立ち上がり、少し支えてもらいながら立って客席の大きな拍手に応えていました。
バックステージに戻る時にも楽団員一人が横を少し腕を支える程度で、ブロム翁はスタスタと歩いていたのには驚きでした。楽団員が去ってホールの照明が明るくなっても多くの聴衆は帰らず鳴り止まぬ拍手に、ブロムシュテットさんは、二回も舞台に現れる元気振りを見せて呉れました。あと数年間お元気に過ごされ、是非とも「100歳記念演奏会」を開催して欲しいという勝手な希望を抱いた次第です。