HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

アリス=紗良・オット ピアノリサイタル

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Echoes Of Life

 今回のプログラムは、休憩なしのコンサートです。私は聴衆とひとつの物語、ひとつの経験を共有し、初めから終わりまで、一緒にひとつの旅を体感いただけたらと思っています。普通のリサイタルでは、異なる作曲家の作品集で演目が組まれ、聴衆はコンサート中にプログラムの曲目解説を読みながら、作品と作曲家を分けながら聞いています。私はその考えを変えたいのです。音楽が始まった瞬間からは、個々に自分自身の印象と感覚でその音楽を発見して欲しいのです。プログラムには知っている曲も多いですが、知らない曲もあると思います。曲名や背景も知らないことによって、彼らは自分自身で感じた印象や雰囲気でその音楽を自分自身の思い出と結びつけるでしょう。それは新しい体験となるのです。

アリス=紗良・オット

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〈Profile〉

アリス=紗良・オット (ピアノ) Alice Sara Ott, Piano

クラシック音楽界の中で、最も独創的精神の持ち主のひとりである アリス=紗良・オットは、2021/22シーズンに「エコーズ・オブ・ライフ」の リリースと共に、世界ツアーを開始した。

「エコーズ・オブ・ライフ」の意味は、「人生のこだま」が最も適切だろうと、彼女は言う。ショパンの「24の前奏曲」を中心に、

リゲティ、ロータ、チリー・ゴンザレス、武満徹、ペルト、トリスターノ、そして オット自身による7つの曲を織り込んだ彼女の足跡を辿る個人的な アルバムである。建築家デミレルとのコラボレーションは、リサイタルに 随伴するデジタル・ビデオ・インスタレーションを生み出し、聴衆を 仮想の旅に連れ出し、独自のコンサート体験を作り出す役割を果たす。 このプロジェクトは2021年11月にロンドンで世界初演が行われ、 その後パリ、ミュンヘン、ルツェルン、ブダペスト、ルール・ピアノフェスティバル等と続き、2022年の 春には日本でツアーが行われ大成功を収めた。日本ツアーの様子はNHKのドキュメンタリー 番組にて彼女の生き様と共に紹介され、大きな注目を集めた。また、「エコーズ・オブ・ライフ」は、 「ナイトフォール」、「ワンダーランド」、「ザ・ショパン・プロジェクト」といった発展性のあるアルバム の結果として生まれ、アルバムの総ストリーミング数は3億7000万回を超える。

2023/24シーズンは、ロンドンのサウスバンク・センターとパリのラジオ・フランスでレジデント アーティストを務め、ブライス・デスナーが彼女のために作曲した新しいピアノ協奏曲の世界初演し、 ドイツ・グラモフォンから2枚の大作をリリースする。

アントニオ・パッパーノ指揮ロンドン響や、山田和樹指揮バーミンガム市響と共演。また、 ニューヨーク・フィルとはカリーナ・カネラキス指揮、ラヴェル:ピアノ協奏曲でデビューし、その他、 ブライス・デスナー: ピアノ協奏曲をケント・ナガノ指揮チューリッヒ・トーンハレ管と初演、フィル ハーモニア管、フランス放送フィル、シンシナティ響、ミュンヘン・フィル、ベルリン・ドイツ響と共演。 また、ドイツ・グラモフォンより 「ベートーヴェン」と、「エコーズ・オブ・ライフ」の続編である

「エコーズ・オブ・ライフ デラックス・エディション」をリリースした。 ピアニスト活動の他にも、クリエイティブな才能を発揮して世界の様々なブランドと強力な 関係を築いている。ドイツの有名高級ブランド 「JOST Bags」 のバッグラインへのデザインを 提供している他、フランスのラグジュアリーブランド「Chaumet (ショーメ)」とのコラボレーション も継続的に行っている。

 

【日時】2023.11.30.(木)19:00〜

【会場】墨田トリフォニーホール

【出演】アリス・沙羅・オットー(Pf.)

【曲目】

①ショパン:24の前奏曲 Op.28 (全曲)

 

②7つのインタールード(間奏曲)
(トリスターノ / リゲティ / ロータ /  武満 / ペルト etc.) 


休憩なし約70分 映像による演出付き[映像デザイン:Hakan Demirel ハカン・デミレル (建築家)]

 

(演奏曲について)

 はじめ、最終的には左腕のコントロールを失いました。生まれて初めて、演奏を中断せざるを 得なくなったのです。その瞬間、私が舞台の上で経験した時空の静止は、あのハ短調という調性と 相まって、私の心を離れることはありません。 PIANO

その時から2年を経て、素晴らしい医師や自分に合った治療法と出会い、現在は無症状で過ごして います。今現在、多発性硬化症は完治する病気ではありませんが、私はこの症状による制限を 受けてはいないと、自信を持って言えます。

自分自身への信頼と自信を取り戻す方法を探るのは、過酷な道程でした。自分が置かれた新しい 状態を理解し、身体が発する信号に耳を傾け、読み取ることは今後も続きます。

未知の空間に一歩一歩足を踏み入れていく、マインドフルネスというものがあります。 自分たちの内奥に深く入り込み、耳を澄ませ、意識を集中させるのです。 心と体が時として求める意識に・・・。

アルヴォ・ペルトの、脆く、繊細なこの作品には、そのすべてが完璧に捉えられています。

ララバイ・トゥ・エターニティ 永遠への子守歌 アリス=紗良・オット: ララバイ・トゥ・エターニティ (モーツァルト: 《レクイエム》 “ラクリモーサ”より)

ショパンの最期の前奏曲は、決定的な憤りと苦悩に終始しています。それに呼応するエピローグ を見つけたいと思いました。もっとオープンで無限な。

モーツァルトの“ラクリモーサ”は、彼が人生の最期に作曲して未完に終わった 《レクイエム》 の一部です。この音楽の中では、死すべき命は不死へと変わり、限りあるものが永遠となります。

私の編曲では、その断片を遠くにこだまさせています。それは答えのない問いのための空白に 満たされているのです。

アリス=紗良・オット (訳:江口理恵/編集:ジャパン・アーツ)  

 

【演奏の模様】

 アリス=沙羅・オット、名前からすると外国人と日本人の間に生まれたと推定出来ますが、容貌は日本人そのものです。しかも美しく知性的です。彼女の演奏は、今年10月にマケラがパリ管弦楽団とともに来日公演した時聴きました。曲はラヴェルのピアノ協奏曲でした。その時の記録は次に記載しました。

 今回のツアーは単独のリサイタルで、有名なショパンの24の前奏曲が全てプログラムに入っており、それが中心となり、処々に7つの現代曲が差し挟まれています(上記①と②が別に演奏されるものではない)。7つの現代曲は、”ピンクフロイド”から日本の武満徹まで幅広いものです。

 このツアーに先立つこと、5年前、2018年にドイツ・グラモフォンでのメジャー・デビュー10周年を迎えたピアニスト、アリス=紗良・オット。9月の日本でのリサイタル・ツアーに先駆けて、ニュー・アルバム『ナイトフォール』を8月24日に全世界同時発売しました。誰もが知る名曲、ドビュッシー「月の光」、サティ「ジムノペディ第1番」なども収録した、フランス音楽のピアノ作品集となっています。本録音を引っ提げて行う同タイトルの日本ツアーは、これらフランス近代の名曲に加えて思い入れの深いショパンを組み合わせたプログラム。“ナイトフォール”というタイトルの意味やプログラミング、師からの教え、そして普段聞いているクラシック以外の楽曲までをメジャー・デビュー10周年記念したインタビューで、彼女は次の様に語ってています。
<アリス=紗良・オット>

 タイトルの「ナイトフォール」というのは、日の入りの直後の薄暗い時間、闇の世界と光の世界がぶつかり合って混ざる、そういう時間です。今回選んだ曲のムードは、まさにナイトフォールを表していると思って、この言葉を選びました。わたしは人間にも必ず闇の部分と光の部分があると思っています。場合によっては、それが混ざってしまって、差が無くなってしまう時もある。それは人間の中のナイトフォールだと思っているんです。

 例えばドビュッシーのベルガマスク組曲「月の光」は日本でもすごく有名ですし、最も愛されている曲ですよね。みなさんいつも、この曲には綺麗でロマンチックな月の光をイメージされると思います。でも私は昔から「この曲にはもうちょっと裏があるんじゃないか?」と思っていて。ドビュッシーがこの曲に取りかかったときにインスピレーションとなったのは、フランスの詩人のポール・ヴェルレーヌが書いた同名の詩です。幸せという仮面を被りながら、その裏の素顔は正反対で、人生の幸せを歌いながら、それを信じず疑っている……というようなものです。人間の中には矛盾しているものが含まれているという内容に、ああ、なるほど、だからこうやって裏があるように聞こえたんだなって思いました。 

 サティの「ジムノペディ第1番」もすごく有名で、いろんなジャンルでアレンジされていますよね。曲の構造としてはかなりシンプルで、楽譜にはあんまりダイナミクス記号が書いていません。フォルテもピアノも書いていない。でもそこに何故か、サティ自身が書いた謎のコメントが書いてあるんです。「頭を開いて」とか「舌の先で」とか「音を埋めて」とか。まるでピンク・フロイドの歌詞を聴いているような感じですよね。ピンク・フロイドって、何度聴いても意味が分からないということがあって、いろんな解釈の仕方があって、すごい考えさせられる歌詞ではないでしょうか。この「ジムノペディ」も、曲自体はミニマリスティックでシンプルなのに、そういうコメントがあることで、すごく面白くて、弾くのに悩んでしまうような曲になっていると思います。

 ラヴェルの「夜のガスパール」も文学との繋がりがあって、元々はフランスの詩人ベルトランが『夜のガスパール』という詩集を出しているんです。ベルトランがある夜、公園の中を歩いていて、謎の男の人に出会う。その男性に『夜のガスパール』という詩集を渡されたので、家へ帰ってそれを読んでみたら、その男が実は悪魔だったことがわかった——そういう背景があって。この「オンディーヌ」「絞首台」「スカルボ」という3曲の組曲には、人間の持っている全ての恐怖が含まれていると思います。

 そういった、闇と光の間を探っていく音楽の旅ということで、タイトルを「ナイトフォール」にしました。薄暗いところからだんだん夜の世界に入って、夢が始まって、最後は夜のガスパールの終わりで日が昇る、という感じのプログラムになっています。日が昇る直前まで、薄明から薄明までをイメージしています。

 

 こうした話しからも分かる樣に、彼女は、単なるピアニストに留まらず、曲の演奏を思索し、曲を構成し、新たな概念としての演奏会を創造するクリエイターなのです。そこに至るには、並み大抵の努力や学びで到達したものではないでしょう。 

 今回のツアーは有名なショパンの24の前奏曲が全てプログラムに入っていて、それが中心となり、処々に7つの現代曲が差し挟まれています。7つの現代曲は、”ピンクフロイド”から日本が誇る武満徹まで幅広いものです。それに、舞台正面奥には、大きなスクリーンを配し、そこに建築家デミレルとコラボした、デジタル・ビデオ・インスタレーションを写し出し、曲の音と映像による多次元的空間を生み出すことにより、「聴衆のみならず演奏者の人生を振り返る旅に誘う」という、壮大な試みでした。

 ショパンの前奏曲の演奏に限ってみると、前半というか1/4くらい(六番ロ短調

くらい)までは、曲自体の美しさや強さが十分抉り出されていない気もしましたが、後半の特に十九番辺りからは力強いタッチで、又繊細な指使いが冴えわたって来て、素晴らしい演奏となりました。又冒頭及び前奏曲四曲演奏するごとに挿入演奏された、彼女好みの曲達は、概してソフトな感触の曲が多かったものの、前奏曲の流れに溶け込んで、違和感ないものがほとんどでした。

 またステージ正面の大スクリーンに映し出された映像は、建築家に依る物らしく、何か寺院の柱列かローマ橋の様な構造物のイラスト映像が多く映され、その内部空間を前進する様な視野で動きまたは列柱に直角に交わる階段構造も交えながら、あたかもキリコの静物画か抽象画の様に、非常に抽象的で特に演奏中のピアノの調べとは関係性が無い(或いは不可解である)様な動線と音楽の響きにより、次元の高い(四次元或いは多次元)の空間をイメージするという一つの結果は我々聴衆も納得いくところがあったと思います。ただ、その映像の最初と最後は輝く星空をイメージ出来る宇宙空間でスタートと締め括りを表現していたと思われましたが、その間のあんこの部分が建築構造物に偏り過ぎていたきらいが有りました。もっと多角化して例えば深い森林とか深海とか(一部湖や大きな渦巻き井戸的表現は有りましたが)山岳とかのイメージが加えられた方が変化があって、曲と共にマインドフルネス的に人生を回顧する自由度が大きくなったであろうと思いました。何れにせよ、このピアニストに依る今回の様な試みは(映画を映しながらオーケストラを演奏するという様なコンサートは時々開かれますが)他に類を見ない独創性に溢れるリサイタルで、しかも深い思索に基づく精神性を表象する、一種哲学的響きを内包した音楽会だったと言えるでしょう。

 一方アリス=紗良・オットさんは、重大な病気を抱えておられるとのことですが、天才的とも言うべき大きな才能ですから、是非長生きされて音楽界に大きな足跡を残して欲しいものです。

 尚、本演奏後大きな拍手に応えてアンコール演奏が有りました。

サティ作曲『グノシェンヌ第1番』でした。最初前奏曲の第4番かなと思ったくらい感じが似た曲ですね。