
【公演番号】312
〜若き匠によるドヴォルザークの名曲~
【日時】2026.5.4.(月)12:15〜
【会場】東京国際フォーラム/ホールA
【管弦楽】東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
【指揮】三ツ橋敬子
【出演(独奏)】上野通明 (チェロ)
【曲目】
①ドヴォルザーク:交響詩「水の精」 op. 107
(曲について)
この曲を作る際に霊感を与えたのは1853年に出版されたカレル・ヤロミール・エルベンの詩集『花束(英語版)』中の一片である。ドヴォルザークが作曲した5曲の交響詩のうち、4つは同詩集に収録された作品に触発されて書かれている。これらのうち少なくとも『水の精』、『真昼の魔女』、『金の紡ぎ車』の3作品は、最後の交響曲となった交響曲第9番の完成から3年が経過したころに同時に筆が執られて並行して作曲された。1896年作曲は1月の第1週から2月の第2週にかけて進められ、全曲の公開初演は1896年11月14日にロンドンで行われた。半公開の初演は1896年6月1日に、アントニーン・ベネヴィッツの指揮によりプラハ音楽院で行われている。
②ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調 op. 104
(曲について)
交響曲第9番「新世界より」や弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」と並ぶドヴォルザークの代表作の一つであり、一部の音楽愛好家には「ドヴォルザークのコンチェルト(協奏曲)」を短縮した「ドヴォコン」の愛称で親しまれている。ドヴォルザークが書いた協奏曲には、この作品の他にピアノ協奏曲とヴァイオリン協奏曲が存在するが、その認知度には大きな差があるため、「ドボコン」の愛称は一義にこの作品を指す。
チェロ協奏曲のみならず、協奏曲というジャンルにおける最高傑作の一つであり、チェロ奏者にとって最も重要なレパートリーである。
【演奏の模様】
昨日聴いたのは、神尾さん達の室内楽一本だけでしたが、スタートが18:15からという遅い時間帯だったので帰宅が遅くなりました。よってそれから記録を記してから寝たので遅くなってしまい、今日のこの昼の本公演に間に合う様に横浜から行くには、睡眠時間を少し削ってでも早起きして、再度有楽町まで聴きに行くことに。 今日の最終日の演奏は、唯一の管弦楽と協奏曲の演奏を聴く予定で、その時間帯は昼になってしまうので、持参した手弁当を外会場のベンチに腰掛けて早や弁としました。始まるまで1時間程あったので、外会場の様子見に散策したら、東京交通会館の外広場でヴァイオリンのリハーサルをやっていました。「エリアコンサート」という誰でも聞けるコンサートの一つの模様。長椅子が何本か設けられていて、その前には小さ目のグランドピアノが設えられていました。女性二人でVn.とPf.を弾いていて、本演時間は11:30からだといいます。丁度312番の演奏が始まる前なので、長椅子に座ったままリハーサルを聴いて、その後の本演奏も聴きました。長椅子の回り後ろにはいつの間にか人垣が出来ていて何十人も立ち見で演奏を聴いていました。これに関しては、別の記録「La Folle Jurne第三日目(最終日)を堪能しました(Ⅱ)」に記録予定です。
【公演番号】312
①ドヴォルザーク『交響詩<水の精> op. 107 』
ドヴォルザークはチェコ西部ボヘミアのヴルタヴァ川(ドイツ名=モルダウ川)沿いの小村ネラホセヴェスに村一軒の肉屋の息子として生まれました。16歳のとき、ヴルタヴァ川上流のプラハのオルガン学校に入学し、音楽家を目指します。若い頃は貧苦にあえぎ、3人の愛児を相次いで失う不幸にも見舞われましたが、40歳頃には国際的名声を得て、新たに 6人の子にも恵まれていました。
交響詩「水の精」はドヴォルザークがアメリカから帰国後の1896年作で、詩人エルベンの物語詩の内容を表現しています。それは昔、湖畔に母と娘が住んでいて、あるとき湖に飲み込まれた娘は水の精の妻にされ、やがて子どもが生まれます。娘は母に会いに行きたい、と夫の水の精に懇願し、子どもを残していくこと、夕刻までに戻ることを条件に母と再会します。でも夕刻までに戻らず、迎えに来た水の精を拒否したために悲劇的結末を迎えたと言うストーリーなのです。
さてこの312番公演のオーケストラ演奏はホールAでした。このホールは、座席数5000を超える東京国際フォーラムの中でも一番大きなホールです。ステージも広くオケが十分過ぎる位配置出来、又正面の壁面左右には大口径の映像画面が一対配置され、舞台上の演奏者の拡大映像やオケの全体像が映し出されていました。音響効果は、昨日のホールCよりはよく聞こえたと思います。見ると正面舞台の左右の壁面には、音響効果板とみられる白い大きなボードが左右に取り付けられています。音響効果の補修がされたのかも知れません。
管弦楽はシティーフィル、三ツ橋さんの指揮です。この巨大ホールのかなりの部分が観客で埋め尽くされ、一体何人入ったかも分からないほど。二階の自席からはステージが遥か彼方に小さく見えます。こんなに小さく見えるオケは初めてです。オペラグラスが必要な位。
演奏が始まって、リズミカルな調べが流れ出し、木管→弦楽→低音弦へと推移しました。どこか東洋風味の有る調べです。シンバルが鳴らされ、金管群も参画して一時盛り上がったのもつかの間、静まって木管のみの音になりました。三ツ橋さんの目で見える指揮は初めてなのですが(これまで大抵ピット内の指揮のケースが多かったため)腕を直角に曲げて肘を中心に指示を飛ばしたり、中々きびきびとしたいい動きをしています。その後Vn.アンサンブルの美しい調べと低音弦のPizzicato奏の掛け合いや、Fl(2)と低音弦(Cb.はPizzi奏)との掛け合いの調べ等、この曲に影響を及ぼしたとされる、上記した「水の精」の物語を連想させる様な管弦楽の表現が続きました。
思っていたよりかなりいい、三ツ橋・シティフィルの演奏振り、ミスの殆どない管楽器奏者の大健闘、弦楽部門の粒のそろったハーモニーなど、これまで聴いたシティフィルからは、イメージが一新された気がしました。当たり前のことかも知れませんが、指揮者が違うとこんなにも結果が違うのには少し驚きです。
②ドヴォルザーク『チェロ協奏曲 ロ短調 op. 104』
- Allegro
- Adagio ma non troppo
- Finale: Allegro moderato - Andante - Allegro vivo
上野通明さんは、今や若手チェリストのホープ、日本各地で、また世界的にも活躍しています。このドヴォルザークのチェロコンチェルトは、名曲との評判が高い作品です。
ドヴォルザークは1892年から3年間、ニューヨークの音楽院の院長としてアメリカ生活を送り、同地で 「新世界」交響曲や、古今のチェロ協奏曲の王者ともみなされる、この口短調のチェロ協奏曲など、一連の傑作を生み出しました。曲の第2楽章中間部は初恋の人の想い出に捧げられていると謂われます。
先ず木管が、有名なこのVc.コンチェルトのテーマソングを鳴らすと、Fl.(2)が合の手を入れました。Vn.アンサンブルが繰り返し速まるテンポ、音量も次第にクレッシエンドして、全オケが大々的に鳴らすと、金管も入って下行するオケの調べ、こうして序奏が結構長く演奏されて舞台が整えられると、おもむろに通明さんのソロが入りました。この間、Hrn(Topは女性).は安定していい仕事をしていたし、Cl.(こちらもTopは女性)のソロ音も趣味が良い音で、Fl.(2)の掛け合いもOKでした。押しなべて素晴らしかった。一方弦楽奏は滔々とした川の流れの如し、いい響きだった。こうして地盤鳴らしされた上を通名さんが歩みを始めたのですから、その足取りは悪くなる訳が有りません。モニターに映し出されたソリストの姿は、心を込めて丁寧にボーイングしている様子。余りに巨大なホールて、余りに小さく見えたステージからのソロ音が小さくなるのでは、との心配は杞憂に終わり、思った以上に二階の後方の自席にも十分届いてしっかり聞えたのには少し驚き??でした。
その後二楽章の滔々とした通明節はPizzi奏上Cl.(2)との掛け合いでもVc.の美音の効かせ処とばかり渾身の力を籠めて弾き、またその後のOb.(1=首席)との掛け合いも二重◎でした。この楽章で、非常にロマンティックなソロVc.の響きを感じたのは、それだけドヴォルザークが心を込めて描いた箇所の証しだからなのでしょうか?
第三楽章初盤の有名な調べを通明ソリストは、この上ない素晴らしい弓捌きで表現、演奏者は勿論の事、この調べを発明したドヴォルザークは大天才ですね。こうして最後まで、非常に満足感の強い全体像に対し、演奏終了と同時に感激した大群衆の反応は、怒号と拍手喝采の嵐、それはその後も長ーく続いたのでした。

