


【公演番号】225
〜フォーレと弟子のラドミロー。若き達人たちによるフランス的室内楽の絶えざる流れ〜
【日時】2026.5.4.(月)18:15〜
【会場】東京国際フォーラム/ホールC
【曲目】
①ポール ・ラドミロ(PAUL LADMIRAULT 1877〜1944):ピアノ三重奏曲 ホ長調「大河」
(曲について)
フォーレの弟子であり、フランス・ナント出身の作曲家が手掛けた、フォーレの流れを汲むフランス的で美しい室内楽曲で、隠れた名曲として注目されています。 原題はTrio en mi majeur "Le Fleuve"、(Le Fleuveは大河の意味)
②フォーレ:ピアノ四重奏曲第1番 ハ短調 op.15
(曲について)
近代フランスの作曲家ガブリエル・フォーレ(1845年 - 1924年)が1879年に完成したピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのための室内楽曲。全4楽章からなる。なお、フォーレのピアノ四重奏曲には2曲あり、第1番の初演から7年後の1887年に第2番が初演されている。
【出演】
◯神尾真由子(Vn.)
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◯瀧本麻衣子 (Va.)
〈Profile〉
新日本フィルハーモニー交響楽団の首席ヴィオラ奏者を務めるほか、ARKフィルハーモニックのメンバーとしても活動。 東京藝術大学音楽学部附属音楽高校、東京藝術大学を経て、シュトゥットガルト音楽演劇大学大学院を修了した。
ヴィオラを菅沼準二、川本嘉子、アンドラ・ダーツィンスの各氏に師事。第10回東京音楽コンクール弦楽器部門で第3位受賞。
弦楽四重奏団「クァルテット・ヴェーネレ」のメンバーでもある。
◯横坂源(Vc.)
〈Profile〉
日本を代表する実力派チェリストの一人です。15歳で全日本ビバホール・チェロコンクール最年少優勝を果たし、その後ミュンヘン国際音楽コンクールで第2位を受賞するなど、国際的に高く評価されている。
◯パク・ジェホン(Pf.)
〈Profile〉
パク・ジェホン(Jae Hong Park)は、1999年韓国生まれの若手実力派ピアニスト。2021年の第63回ブゾーニ国際ピアノコンクールで1位を獲得し、併せて4つの特別賞を受賞するなど国際的に高い評価を受けている。キム・デジンに師事し、韓国芸術総合学校を卒業後、現在は世界的なオーケストラと多数共演。
【演奏の模様】
今年も"La Folle Jurne"の季節が巡って来ました。初日の昨日(5/3)は、以前から予定していた別の演奏会をミューザに聴きに行ったので参加しませんでした。今回は、二日目の5月4日(月)からで、しかも神尾さんに絞って聴きに行きました(以前抽選チケットを申し込んだ時は、5/4の神尾さんの演奏も申し込んだのですが聴けませんでした)。理由は昔神尾さんの演奏にいたく感心したことがあって、自分としては、最低年一度は、聴きに行きたい演奏家の一人に(心に)ランクインした経緯があります。けれども最近は忙しさにかまけて、又諸般の事情により年一も聴きに行けない年もありました。今回のラ・フォル・ジュルネのプログラムを調べた時、2日間に渡って神尾さんが弾く演奏会が見つかり、此等にしようと決めたのでした。しかも他の演奏会は余り聴きたいものも余り有りませんでした?また横浜から遠い(年とともに最近はそう感じることも度々)有楽町まで行って、たった小一時間の演奏を聴いただけで、すぐ戻るなんてもったいない、と以前だったらそう考えたでしょう。でも最近は疲れが中々抜けなくて、草臥れます。ここ何年も健診を受けていないから、その内適当な機会があれば、人間ドックにでも入ろうかな?と考える時もあります。
さて肝心の神尾さん達の今日の演奏についてですが、
①ラドミロウ:ピアノ三重奏曲 ホ長調「大河」
演奏は、神尾(Vn.)横坂(Vc.)朴(Pf.)が登場、大河の起源から海に至る成長を表すため、楽曲の中では、以下のような川の変遷を辿る複数のセクションが設定されていました。
La source(源泉)
Le torrent(急流)
Le cours d'eau(河川の流れ)
La crue(氾濫/増水)
Le fleuve(大河)
La ville(街)
La mer(海)
全体の演奏時間は短めですが、1つの楽章の中で情景が次々と変化していくのがイメージされ、ヴァイオリンの調べとピアノの掛け合いが次第に速く激しくなり、やがて大河となってVcとPf.の太い掛け合いにより裾野が広がる情景が瞼に浮かぶ様でした。将に今年の「La Folle Jurne」の「LES FLEUVES(レ・フルーヴ) 大河」のテーマに相応しい選曲だと思いました。 大河をテーマに取り入れた名曲には、管弦楽曲が多いですね。残念ながら「La Folle Jurne」は室内楽中心なので、其れ等は聴けません。
②フォーレ: ピアノ四重奏曲第1番 ハ短調 op. 15(=Fauré: Quatuor pour piano et cordes n°1 en ut mineur opus 15)
◯全四楽章構成
I. Allegro molto moderato
II. Scherzo: Allegro vivo
III. Adagio
IV. Allegro molto
①の演奏家にVa.の瀧本さんが参加、ピアノを入れたカルテット体制で演奏されました。
全体的には、①の時よりも更に神尾さんの熱演が、他の三者を牽引・励起させるアンサンブルの様子で、
ⅠからIVまで、たっぷりと四者の力奏を聴かせてくれました。かなり多く入場していた観客からは、演奏が終わると同時に大きな拍手と歓声まで飛び交いました。
ただ問題・課題として感じたことは、今回の会場の状況です。演奏は、ホールCという、国際フォーラムでは、一番立派というか豪華なホールで、行われました。何が、豪華かと申しますと、内装が壁から床まで全て、プリント合板や塗り壁(コンクリート壁も含む)ではなく、立派な(本格的と見える)木板貼りであること。しかし、その立派さとは裏腹に音響効果的には、演奏音がデッドで、伸びやかな調べになり難くいことだと思います。
東京国際フォーラムは、丹下健三氏の設計で有名だった旧東京都庁第一本庁舎を取り壊して建設開始し、1995年5月に竣工したもので、当時、建設計画の実務責任部門の中核だった今は亡き知り合いS君から当時聞いた話しとして、"❝設計を民間事業者に依頼する前段階として、様々な調査をした。中でも諸外国のホールを海外視察して、参考としたカナダの例からはかなりのインスピレーションを得たが、あくまでも会議用、それも世界から参集する会議人が快適かつ闊達に会議を進められることが眼目であって、音楽会場としては使えないことはないが、音楽ホールとしての音響効果は、考えていない。ましてオペラ催行のための幕や諸設備を備えることは、費用の問題よりも本来の目的外なので、考慮外であった❞そうなのです。その後、建設から30年経ち、会議開催の使用実体は、よく分かりませんが、度々音楽コンサートに使われることは、新聞記事や広告を見ていても分かる事です。当時としては、フォーラム建設と同時に新宿に都庁新本庁舎建設も進行していたので、予算的にも本格音楽ホール兼用としてフォーラムを計画することは、都民の納得を得られないとの意識があったに違いないと自分では、邪推しています。現段階としては、東京文化会館やその他の音楽ホールが、相次いで大規模改修工事のため、長期休館に入ることを考えれば、国際フォーラムの複数あるホールのどれかを本格的な音楽ホール用に造っておけば良かったのに!と残念でなりません。音楽愛好者として、もう一つ関連の残念なことは、数年前の横浜市長選挙で、横浜に本格オペラハウスを建設すると宣言した当時の女性市長が、落選してしまったこと。その他に横浜には、みなとみらいホールという音楽ホールがあり、数年前かなりの期間と費用とをかけで修復した筈なのですが、再開後は、何処がどう変わったかも素人目には分からず(多分耐震補強はやった筈)、寧ろ新たな手摺が観客の目障りになるという苦情が新たな問題となってしまい、手摺を撤去せざるを得なくなったという不手際がありました。自分の感じとしては、地元横浜のホールなのですが、長期修復休館の副作用として、音楽ホールのソフト的対応が、修復前より悪くなった事が問題だと思います。その詳細は、日を改めて記したいと思いますが。
神尾さん達の演奏に話しを戻しますと、以上で述べた様に、ホールCの悪い音響効果のため、せっかくの超一流のストバリを使った超一流の神尾さんの今回の演奏も、効果がかなり減殺されてしまっていたという事を感じました。

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第1楽章は厳格なソナタのアレグロ楽章のスタイルを踏襲しており、旋律の豊富さ、ピアノと弦のための力強い、よく響く書法の魅力がうかがえる。
第2楽章は、19世紀の最も魅力的なスケルツォのひとつである。この楽章について、「このスケルツォは空気のように軽く、フォーレの確かな均衡感覚の上に組み込まれている」(クライトン)、「フランスのクラヴサン音楽家のセレナードを連想させる」(ネクトゥー)、「ほのかな憂愁を交えた典雅で爽やかなエロティスム。エアリアルの軽やかな飛翔。主題はロココ風のまろやかなふくらみを描く」(平島)などの形容がなされている。
また、ドビュッシーの弦楽四重奏曲のスケルツォ楽章を予告している点で、この作品はヴァイオリンソナタ第1番のスケルツォと対をなしている。
第3楽章は、フォーレの作品では稀にしか見られないアダージョ楽章であり、この楽章に見られる悲痛な表現から、マリアンヌ・ヴィアルドとの婚約破棄がこの曲に影を落としていると思われてきた。例えば、フランスの哲学者ウラジミール・ジャンケレヴィッチは、マリアンヌとの婚約解消の直後にこのアダージョ楽章とチェロとピアノのための『エレジー』(作品24。いずれもハ短調)が書かれたとしている。しかしフランスのフォーレ研究家ジャン=ミシェル・ネクトゥーは、フォーレはその生涯を通じて創作と生活を別次元で捉えていたとし、この四重奏曲の大半は1876年に作られたもので、マリアンヌとの婚約はその1年後の出来事だと指摘している。
第4楽章は、若々しく生命感と力強さにあふれる。ネクトゥーはこの楽章について、アルペジオによるうねるような楽想はブラームスのピアノ三重奏曲第3番(1886年)を思わせるとする。