
東京交響楽団739回 定期演奏会
【日時】2024.4.26.(日)14:00〜
【会場】サントリーホール
【管弦楽】東京交響楽団
【指揮】パブロ・エラス=カサド
<Profile>
スペインのグラナダに生まれる。7歳より合唱団で活動し、ピアノを学び始めた。17歳で「カペラ・エクサウディ」を創設し、ルネサンス音楽を指揮する。グラナダ音楽院での音楽教育に加え、グラナダ大学で美術史と演劇を学んだ。その後、指揮をハリー・クリストファーズ(英語版) やクリストファー・ホグウッドらに師事し古楽に深く関わる。2007年のルツェルン音楽祭指揮アカデミーでは、現代音楽に取り組み、ピエール・ ブーレーズの支持を得て国際的なキャリアをスタートさせる。
2011年から2017年まで、ニューヨークのセントルークス管弦楽団の首席指揮者を務めた。また、マドリードのテアトロ・レアルの首席客演指揮者として、2018年から4シーズンにわたりワーグナーの「ニーベルングの指環」全曲を指揮した。2023年には、バイロイト音楽祭にデビュー、「パルジファル」を指揮した。
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、バイエルン放送交響楽団、パリ管弦楽団、シカペレ・ドレスデン、ロンドン交響楽団、シカゴ交響楽団、フィラデルフィア管弦楽団、クリーブランド管弦楽団など世界の主要オーケストラに客演している。オペラでは、テアトロ・レアル、バイロイト音楽祭の他、ウィーン国立歌劇場、パリ国立オペラ、ベルリン国立歌劇場、バイエルン国立歌劇場、メトロポリタン歌劇場などで指揮を執っている。
【曲目】
①シューベルト:交響曲 第7番 ロ短調 D759「未完成」
(曲について)
この作品は1822年10月30日に作曲が開始され、第1楽章と第2楽章の2つの楽章は完成されたものの、第3楽章はスケッチのまま完成することなく残された。本作品は多くの謎を含んでいる。シューベルトは、1823年になって完成した2つの楽章をグラーツのシュタイアーマルク協会のアンゼルム・ヒュッテンブレンナーに送る。ヒュッテンブレンナーはこの未完成の楽譜を保管したものの、そのまま忘れ去られ、約40年後の1865年にヨーハン・ヘルベックによって発見された。もちろんヒュッテンブレンナーはこの2楽章は未完成のものであるという認識をもっており、その後の楽章が作曲されるものと思っていたであろう。しかし、未完成の作品をシューベルトは何故にヒュッテンブレンナーに送ったのであろうか。そして、スケッチの形であれ、ほとんど書き上げられていた第3楽章を彼はなぜ完成しなかったのだろうか。シューベルトにはこの時期に何作もの未完成の交響曲が残されているが、本作品は彼の全く新しい世界を示している点でまさしく傑作で、今日に至るまで世界中で演奏されている。
②ブルックナー:交響曲 第6番 イ長調 WAB106
(曲について)
1879年9月から1881年9月にかけて作曲された。
当楽曲は、ブルックナーの交響曲の特徴の一つとなっている全休止(ブルックナー休止)がほとんど無く(後半楽章に少しあるのみ)、各楽章ともに連続した流れが意識されているようである。作曲者自身、この曲を「大胆なスタイル」で書いたと主張している。
ブルックナー中期の傑作といえるが、力強く構築的な第5番、親しみやすい人気曲の第7番に挟まれたためか、演奏機会は比較的少ない[7]。
当楽曲の初演については、先ず1883年2月に第2・3両楽章のみ行われているが、全曲通しの初演は、ブルックナーの死後5年経過した1901年3月に行われている。
【演奏の模様】
①シューベルト:交響曲 第7番 ロ短調 D759「未完成」
◯楽器編成:Fl.( 2)、Ob.( 2)、Cl.(2)、Fg.(2)、Hrn.(2)、Trmp.(2)、Trmb.(3)、Timp.二管編成弦五部10型(10-8-7-6-4)
◯全二楽章構成
第1楽章Allegro Modelato
第2楽章Andante con Moto
第1楽章(アレグロ・モデラート、ロ短調、3/4拍子)。幽玄で劇的なこの第1楽章はこれまでのシューベルトの交響曲には見られない、きわめて独創的で感動的な表現である。低弦楽器が奏する序奏動機は、この作品の重要なモットーの役割を担う。この動機は、最初の3音の上行進行の動機とそれに続く下行動機、そして嬰へ音の保続音からなる。最初の3音の動機は第1楽章の主題の基礎動機であるが、第2楽章の主題にも用いられる。低弦楽器による冒頭の動機を受けて、ヴァイオリンがさざなみのように表現する。この16分音符の動機は《弦楽四重奏曲ハ短調》の冒頭の序奏動機との結びつきを感じさせる。
第2楽章(アンダンテ・コン・モート、ホ長調、3/8拍子)も注目すべき楽章である。第1楽章の動機をたくみに用いて、さまざまに揺れ動く感情を絶妙な転調によって表現している。ファゴットとホルンの奏する3小節の動機に導かれて第1ヴァイオリンによって主題が提示され、冒頭の3小節の動機をコントラバスがピチカートで奏する下行音階で支える。
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Ⅰ.Allegro Modelato
メロディ作曲家シューベルトらしい流麗な調べを、東響は分厚いオーケストレーションで表現していました。今回は久し振りで力強く響きが良い立派な「未完成」の生演奏を聴き、オーケストラ生演奏の、又シューベルト曲の素晴らしさを満喫し満足しました。以前にも記しましたが、シューベルトの交響曲はベートーヴェンの交響曲に比べると、それらを超えたとは言えないと常々思っているのですが、この未完成を聴くと、そんなことは無いかなと考え直すのでした。ただ惜しいかな完成に至っていません。もう少し天がシューベルトに命を与えて呉れていれば、きっとベートーヴェンに比肩する『未完成』が完成していたかも知れないと誠に残念に思います。この楽章では、Hrn.とTimp.の活躍ぶりが印象的でした。
尚、この未完の曲を完成させようとする試みが、後世行なわれていますが、余り演奏会には俎上しません。今後、誰が見ても聞いても、シューベルト本人が補遺したかの様な素晴らしい補足版が出来るといいのですが。
Ⅱ.Andante con moto
メロディメーカーシューベルトらしい流麗な調べを、カサド・東響は分厚いオーケストレーションで表現しています。今日は久し振りで(ブロム翁N響以来かな?)力強く響く「未完成」の生演奏を聴き、オーケストラ生演奏の、又シューベルト曲の素晴らしさを満喫しました。以前にも記しましたが、シューベルトの交響曲はベートーヴェンの交響曲に比べると、それらを超えたとは言えないと常々思っているのですが、この未完成を聴くと、そんなことは無いなと考え直すのです。ただ惜しいかな完成に至っていません(完成とは何か?の問題も有りますが)。もう少し天がシューベルトに命を与えて呉れていれば、きっとベートーヴェンを超える『未完成』が完成していたでしょう(この説には全く反対の説が有り)まことに残念に思います。 この楽章では、ホルンとティンパニの活躍ぶりが印象的でした。
尚、この未完の曲を完成させようとする試みが、後世行なわれています。
【補筆の試み】
シューベルトが残したスケルツォにオーケストレーションをほどこして第3楽章とし、『ロザムンデ』の間奏曲第1番を流用して第4楽章とする全4楽章の補筆完成版には、イギリスの音楽学者エイブラハム(英語版)とニューボールド(英語版)によるものや、SAMALE=COHRS復元2015年版[5]や、ニューボールド=ヴェンツァーゴ補筆2016年版などがある。.20世紀の名指揮者・作曲家であったフェリックス・ワインガルトナーは、この曲の未完の第3楽章を補筆し、自作の『交響曲第6番』作品74の中に使用している。2019年、マティアス・レーダー (Matthias Roeder) をリーダーとする音楽学者とプログラマーによるチームがAIを使って補筆を試みたこともあったが、完成した曲はシューベルトの曲というよりアメリカの映画音楽のようだと酷評されている。このチームはベートーヴェンの『交響曲第10番』、またマーラーやJ.S.バッハの未完成曲についても同様の作業を試みている。
《20分の休憩》
②ブルックナー『交響曲 第6番 イ長調 WAB106』
〇楽器編成:FL.(2) Ob.(2) Cl.(2) Fg.(2) Hrn.(4) Trmp.(3) Tub. Timp.二管編成弦楽五部16型(16-14-12-10-8)
〇全四楽章構成
第1楽章 Maestoso
第2楽章 Adagio.Sehr feierlich
第3楽章 Scherzo.Nicht schnell - Trio.Langsam
第4楽章 Finale.Bewegt,doch nicht zu schnell
第1楽章 Maestoso
イ長調 2/2拍子、三つの主題を持つソナタ形式[10]。ヴァイオリンの付点リズムに乗って、低弦が第1主題を提示する。ブルックナー特有の3連符を伴っている。第2主題はほの暗く、柔和な旋律で第1ヴァイオリンによって提示される。第3主題はユニゾンで荒々しく出る。展開部では第1主題と第2主題が同時に展開され、ワーグナー的な和声で展開を続ける。やがて金管が第1主題を再現するが、それは主調であるイ長調ではなく変ホ長調で現れる。その後、改めて本来のイ長調で再現されるのだが、これらはブルックナーの特徴である展開部と再現部の融合である。コーダは冒頭のリズム動機と第1主題によって力強く終結する。
第2楽章 Adagio.Sehr feierlich
ドイツ語で「きわめて荘重に」と指示されている。ヘ長調、三つの主題を持つソナタ形式。ブルックナーの緩徐楽章としてももっとも美しいもののひとつ。第1主題はオーボエによるエレジー、第2主題は弦楽による慰め、第3主題は葬送行進曲風で、沈痛な表情が印象深い。
第3楽章 Scherzo.Nicht schnell - Trio.Langsam
ドイツ語で「速くなく」と指示されている。イ短調、複合三部形式。主部は幻想的で変化に富んでいる。中間部はハ長調、弦のピチカートに続いてホルンが牧歌的な主題を斉奏し、木管が第5交響曲の第1楽章第1主題を引用する。
第4楽章 Finale.Bewegt,doch nicht zu schnell
ドイツ語で「動きを持って。しかし速すぎないように」と指示されている。イ短調~イ長調、3つの主題を持つソナタ形式。弦による不安げな旋律の断片に導かれて、ホルンが力強い第1主題を出す。第2主題は弦による舞曲風なもの。金管が瞬間的にリヒャルト・ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』の「愛の死」の動機を示す。第3主題は弦による推進的な動機が繰り返される。イ長調に転じたコーダでは第1楽章第1主題がトロンボーンによって回帰し、力強く終わる。

このブルックナーの曲は、他の彼の人気の交響曲に比べ、演奏機会がぐっと少ない曲です。今回新進というか中堅指揮者のパブロ・エラス=カサドが東京交響楽団を初めて指揮する際に選曲したのが、このブル6で、彼はこれまでこの6番を欧州オケ等と共演、録音もしているので、謂わば手の内の玉の曲なのかも知れません。エラス=カサドは上記<Profile >にもある様に、スペインの古都グラナダ生まれ、クラシック音楽の環境に幼い頃から身を置き、出発は古楽から始まり現代音楽にも関わり、その後歌劇にも深い造詣を積み、精力的、情熱的に世界を駆け巡っています。その精神の基には、本場ジプシーのフラメンコ音楽の影響があるのかも知れない。
カサド・東響は、ブルックナーの分厚い金管の響きと繊細かつ大胆に縦横無尽に変貌する弦楽アンサンブルとを重畳させるに積極的な演奏を、目の当たりに見せ聞かせて呉れましたが、何かもう一つ腑に落ちない物も残りました。ツラツラ考えるに、これは、今回のカサドと東響の組合せに依る音作りに起因するものではなく、本質的にこの6番に内在する構造的原因によるものではないか?と思いました。即ちブルックナーのシンフォニーの特徴である①反復と増幅、②対位法的音の大伽藍(特に急発進する金管群の強奏) ③ミニマル音楽的反復・繰返し ④ブルックナー開始 ⑤ブルックナー休止 等々に於いて、他の交響曲(特に傑作と言われる7番8番etc.)と比して、①から⑤(細かく言うともっとありますが)の特徴がかなり曖昧・貧弱に出来ているという事です。この曲では構成要件である旋律単位の組合せから成るモザイク画的組立てが、そこかしこに現れましたが、その単位要素が脆弱であり、ジグソーパズルが上手く嵌め込まれていない、従って完成モザイク画も何処かちぐはぐな歪んだ作品になってしまってはいまいかと思うのです。矢張りこの曲は余り聴衆を感動させる力が弱いので、歴史的にも演奏機会が少ないのでしょう。そうした意味からもこの6番の曲は、ブルックナー他が多くのシンフォニーに多くの改訂の試みをしたのに対しブルックナーは改訂すら行う気が起きなかったそうです。(配布プログラムノートにも記載有り)でも今回は(ノヴァーク版)と書いてありますから、ノヴァ―クが改訂作業をしたのでしょうね?原典版とノヴァーク版の相違は不明です。
演奏終了後、ほぼ満員のサントリー大ホールは、拍手、歓声の渦に包まれました。
