HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

ヤノフスキ・N響『グレの歌』を聴く

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【日時】2026年3月25日 [水] 19:00~
【会場】東京文化会館 大ホール
【管弦楽】NHK交響楽団
【指揮】マレク・ヤノフスキ

【配役・独唱】

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〇ヴァルデマール王(テノール):デイヴィッド・バット・フィリップ
〇トーヴェ(ソプラノ):カミラ・ニールンド
〇農夫(バリトン):ミヒャエル・クプファー=ラデツキー
〇山鳩(メゾ・ソプラノ):オッカ・フォン・デア・ダメラウ
〇道化師クラウス(テノール):トーマス・エベンシュタイン
〇語り手(バリトン):アドリアン・エレート
【合唱】東京オペラシンガーズ
【合唱指揮】エベルハルト・フリードリヒ、西口彰浩

【原典】

イェンス・ペーター・ヤコブセンの小説「サボテンの花開く」に登場する劇中劇 デンマークの実在の王ヴァルデマール1世と、愛人トーヴェの物語 「グレ伝説」。完成した《グレの歌》に、オペラでは見せ場となる重唱曲が皆無なのは、もともとピアノ伴奏による歌曲として構想されたため。それが、演奏時間約1時間半・全3部からなる大作へと肥大化した。

 

【タイムスケジュール】

開演 19:00

第一部[約60分] 19:00-20:00

・休憩 20分

第二部·第三部 [約50分] 20:20 - 21:10

終演 21:10 (予定)

 

【曲目】シェーンベルク『グレの歌』

(シェーンベルクについて)

シェーンベルク(Arnold Franz Walter Schönberg,1874年-1951年)はオーストリア作曲家指揮者、教育者。調性音楽を脱し無調に入り「十二音技法」を創始したことで知られる。1934年、アメリカに帰化した。

 ウィーンにて3人兄弟の長男として生誕。初めはウィーン人らしくカトリックキリスト教徒として育てられる。8歳よりヴァイオリンを習い始める。その後チェロを独学で学ぶ。15歳の時、銀行に勤め始め、夜間に音楽の勉強を続けていた。1895年に勤めていた銀行を辞めると、音楽家として生きていくことを決意する[8]。当初はアマチュア合唱団の指揮などをして生計を立てた。1895年、アマチュア・オーケストラ「ポリュヒュムニア」に所属し、そこで指揮を務めていたアレクサンダー・フォン・ツェムリンスキーと出会い師事する。

 1898年3月、ツェムリンスキーの指導の下で制作された『弦楽四重奏曲 ニ長調』 (1897)がウィーン音楽家協会の非公開の演奏会で、12月10日には公開の演奏会でも上演されいずれも高い評価を勝ち得る。また自身による作品番号が初めて与えられた最初の3作品、『2つの歌』(作品1)『4つの歌曲』(作品2)『6つの歌曲』(作品3)ではブラームスやヴォルフの影響を強く感じさせる作風を披露したが、初演は失敗に終わる。

 1900年よりシェーンベルクは巨大な編成と長大な演奏時間をもち、カンタータオペラ連作歌曲集などの要素が融合した大作グレの歌(作品番号なし)の制作に着手する。作品の大まかな構想は翌1901年までに急ピッチで書かれたものの、途中、経済的な困窮などから他のオペレッタのオーケストレーションなどの仕事のため制作の中断を余儀なくされ、作品の完成は1911年までかかることとなる

 

(曲について) 

 オーケストラだけで約 150 人、そこに5人の歌手と1人の語り手、さらには男声4部合唱と混声8部合唱
が加わる空前の声楽曲の完成に、シェーンベルクは 12 年の歳月を費やした。きっかけは 1899 年の暮れ、ウィーン・トーンキュンストラー協会主催の歌曲集コンクールへの応募だった。課題に選ばれた素材は、イェンス・ペーター・ヤコブセンの小説「サボテンの花開く」に登場する劇中劇 ―― デンマークの実在の王ヴァルデマール1世と、愛人トーヴェの物語「グレ伝説」。完成した《グレの歌》に、オペラでは見せ場となる重唱曲が皆無なのは、もともとピアノ伴奏による歌曲として構想されたため。それが、演奏時間約1時間
半・全3部からなる大作へと肥大化したのだ。初演は 1913 年2月 23 日、ウィーンにてフランツ・シュレーカーの指揮で行なわれ、大成功を収めた。
アルバン・ベルクの解説によると、ピアノ伴奏による作曲は 1901 年3月には完了していたという。今日では逸話となっている 48 段の五線紙を特注し、オーケストレーションが始まったのが同年8月。しかし、それも 1903 年に第3部の「農夫の歌」で中断。オペレッタのオーケストレーションやキャバレーでの指揮など、生活の糧を得る必要から望まぬ仕事に時間を費やさなければならなかったからだ。救いの手を差し伸べたのは R.シュトラウスだった。彼がベルリンの音楽院の教授職を紹介してくれたことで生活も安定し、
1911年、ベルリンの地でようやく完成をみたのである。作曲が長期に及んだため、第3部のオーケストレーションが先行部分とかなり異なっている点は、作曲者も認めている通りである。
 第1部では、管弦楽の序奏に続いて、ヴァルデマール王がグレ城を訪れてトーヴェと恋に落ち、愛が成就するまでの過程が、王とトーヴェによって交互に歌われていく。    

 そして第1部・終曲の「山鳩の歌」では、
トーヴェの死と葬儀、王の悲嘆が山鳩によって知らされる。短い第2部は、ヴァルデマール王の1曲のみで、トーヴェの死に対して神への呪いが吐露される。

 第3部では、涜神ゆえに死霊となったヴァルデマール王とその家臣による「荒々しい狩」が始まる。恐れおののく農夫、対位法の粋を極めた男声4部合唱、レポレッロあるいはパパゲーノにロマン派の衣装を着せたような道化師クラウス ―― 個性的な面々の歌唱を通して、情念渦巻く闇の世界が描かれる。

 やがて夜明けが近づくと、狂乱も静まり、ヴァルデマール王の魂の救済が暗示される。新たな生命の覚醒を告げる「夏風の荒々しい狩」に至って、語り手が登場。輝ける太陽
が昇る様子を混声8部合唱が盛大に賛美して終幕となる。

【粗筋】 

デンマーク王ヴァルデマールがグレ城を訪れてトーヴェと恋に落ち、愛が成就するまでの過程が、王とトーヴェによって交互に歌われていく。そして第1部・終曲の「山鳩の歌」では、 トーヴェの死と葬儀、王の悲嘆が山鳩によって知らされる。短い第2部は、ヴァルデマール王の1曲のみで、トーヴェの死に対して神への呪いが吐露される。第3部では、流神ゆえに死霊となったヴァルデマール王とその家臣による「荒々しい狩」が始まる。恐れおののく農夫、対位法の粋を極めた男声4部合唱、レポレッロあるいはパパゲーノにロマン派の衣装を着せたような道化師クラウス――個性的な面々の歌唱を通して、情念渦巻く闇の世界が描かれる。やがて夜明けが近づくと、狂乱も静まり、ヴァルデマール王の魂の救済が暗示される。新たな生命の覚醒を告げる「夏風の荒々しい狩」に至って、語り手が登場。輝ける太陽が昇る様子を混声8部合唱が盛大に賛美して終幕となる。

 

 

この曲の完成・上演前後、シェーンベルクは、後期ロマン主義の作品を多く書いていたが、その著しい半音階表現から、上記(シェーンベルクについて)に記した様にやがて調性の枠を超えた新しい方法論を模索するようになった。1908年、『弦楽四重奏曲第2番 嬰ヘ短調』(作品10、1907~08年)のソプラノ独唱付きの終楽章と歌曲集『架空庭園の書』(作品15、1908~09年)で初めて無調に到達したとされることも多い。

 1910年代後半、シェーンベルクは大作のオラトリオヤコブの梯子』(作品番号なし)に挑むが、第一次世界大戦で召集されたためにその他の多くの作品と共に未完のままに終わった。同じ頃、弟子のベルクはオペラ『ヴォツェック』を完成する。シェーンベルクらと始めた無調主義によるオペラである。無調主義が次第に市民権を持ちはじめると共に、無調という方法に、調性に代わる方法論の確立の必要性を考えるようになっていった。それが「十二音音楽」であった。の手法でシェーンベルクが最初に書いたのが、全曲が十二音技法で書かれた『ピアノ組曲』(作品25、1921~23年)の「前奏曲」(1921年7月完成)である。

 

 

【演奏の模様】

 先ず前置きしたいことは、自分としてはシェーンベルクの音楽は、これまで毛嫌いし、その名を聞いただけで避けて来ました。と言うのも彼は所謂、無調、十二音技法の作曲創始者という事だけが頭に入っていて、その内実も知らずに、現代音楽の不協和音を駆使した聞き捨てなる音楽に違いないとの偏見を抱いていたのでした(こうした毛嫌いが結構多いので、自分としては反省の種、後悔の種となっているのですが)。

 今回の『グレの歌』はしばしば耳にする曲名で、どんなものかは知りませんでしたが、出演者に多くのオペラ等でその名を馳せている外国勢の歌手達陣が名を連ね、中でも急遽代役で出場することになった、ダムラウさんは、一昨年の来日リサイタルを聴いて素晴らしい歌手だと思ったことも有り(hukkats注)、しかもヤノフスキーの最後の来日舞台になるだろう、素晴らしいとの前評判を耳にするにつけ、消極的ですが、東京文化会館に足を運んだ次第です。

(hukkats注)2024-04-16 HUKKATS Roc.『オッカ・フォン・デア・ダメラウ(メゾ・ソプラノ)&ソフィー・レノー(ピアノ)』を聴く

 舞台には多くの椅子が並べられ、舞台奥には合唱団のための雛壇も。

〇演奏者編成:ピッコロ4(第5から第8フルートに持ち替え)、フルート4、オーボエ3、コーラングレ2(第4から第5オーボエに持ち替え)、クラリネット(A管およびB♭管)3、バスクラリネット2(第4から第5クラリネットに持ち替え)、小クラリネット(E♭管)2(第6から第7クラリネットに持ち替え)、ファゴット3、コントラファゴット2
ホルン10(第7奏者から第10奏者の4名はワーグナーチューバと持ち替え)、トランペット6(F管、B♭管、C管からなる)、バストランペット(E♭管)1、アルトトロンボーン1、テナートロンボーン4、バストロンボーン1、コントラバストロンボーン1、チューバ1
ハープ4、チェレスタ
ティンパニ 6(2人)、テナードラム、スネアドラム、バスドラム、シンバル、トライアングル、グロッケンシュピール、シロフォン、ラチェット、大きな鉄製の鎖、タムタム
弦楽五部(第1・第2ヴァイオリン各20、ヴィオラ16、チェロ16、コントラバス12)と、オーケストラだけで約150人。そこに6人の歌手(1人は、語り手)と、さらには男声4部合唱と混声8部合唱(百数十人越)の稀れに見る超大編成です。

    ビアノ伴奏による作曲が1901年3月には完了していたという。今日では逸話となっている 48 段の五線紙を特注し、オーケストレーションが始まったのが同年8月。しかし、 それも 1903年に第3部の「農夫の歌」で中断。オペレッタのオーケストレーションやキャバレーでの指揮など、生活の糧を得る必要から望まぬ仕事に時間を費やさなければならなかったからだ。救いの手を差し伸ぺたのは R.シュトラウスだった。彼がベルリンの音楽院の教授職を紹介してくれたことで生活も安定し、 1911年、ベルリンの地で十年越しでようやく完成をみたのです。作曲が長期に及んだため、第3部のオーケストレーションが先行部分とかなり異なっている点は、作曲者も認めている通り。

その楽曲も編成に劣らぬ長大な全三部構成で以下の通り。

◯第1部
①前奏曲

 

以下歌唱
②いま黄昏が訪れて Nun daempft die Daemm'rung
③おお、月光が静かに滑るように輝き O, wenn des mondes Strahlen
④馬よ!わが馬よ! Ross! Mein Ross!
⑤星が歓呼し、輝く海は Sterne jubeln
⑥神の玉座の前で舞う天使たちの踊りも So tanzen die Engel vor Gottes Thron nicht
⑦いま私はあなたに初めて申します Nun sag ich dir zum ersten Mal
⑧真夜中だ Es ist Mitternachtszeit
⑨あなたは私に愛の眼差しを送り Du sendest mir einen Liebesblick
⑩不思議な娘トーヴェよ! Du wunderliche Tove!
⑪グレの鳩たちよ! Tauben von Gurre!
《内容》
ヴァルデマール王とトーヴェの恋の歌が交互に歌われ、マーラーの『大地の歌』や師ツェムリンスキーの『抒情交響曲』に類似した構成であるが、作曲は『大地の歌』より8年、『抒情交響曲』より22年早い。トーヴェの死(嫉妬した王妃(曲自体には登場しない)により毒殺される)を暗示する間奏曲のあと、悲劇を伝える山鳩の悲しげな歌で終わる。

 

◯第2部
⑫神よ、あなたは自分が何をしたか Herrgott, weisst du, was du tatest

《内容》
恋人トーヴェを失ったヴァルデマール王が神を呪う悲痛な歌。

 

◯第3部
⑬目覚めよ、ヴァルデマール王の家来たち! Erwacht, Konig Waldemars Mannen wert!
⑭棺の蓋がパタパタと開いては閉じる Deckel des Sarges klappert
⑮ようこそ、おお王よ、グレの浜辺へ! Gegrusst, o Konig
⑯トーヴェの声で森が囁く Mit Toves Stimme flustert der Wald
⑰うなぎのような奇妙な鳥 Ein seltsamer Vogel ist so'n Aal
⑱天上の厳しい審判者よ Du strenger Richter droben
⑲おんどりが時を告げようと頭を上げる Der Hahn erhebt den Kopf zur Kraht
⑳夏風の荒々しい狩(Des Sommerwindes wilde Jagd)

㉑間奏曲


㉒アガサ氏もハタザオ夫人も Herr Gaensefuss, Frau Gaensekraut
㉓太陽を見よ Seht die Sonne!


《内容》
前半部は王と部下の亡霊の百鬼夜行の暴虐ぶり。困惑する道化師と農夫の歌。道化師の歌ではかなり新しい響きが見られる。後半はトーヴェを恋い慕う王の歌と来るべき朝を迎える亡霊たちの合唱があり、王の救済が暗示される。

「夏風の荒々しい狩」は、全体のまとめとなる部分で、おぞましい夜が去り新しい生命の息吹が朝とともに訪れる有様がシュプレヒシュティンメの手法で歌われ、最後は混声八部合唱で太陽を賛美し、輝かしい終結部になる。

 

以上、約2時間に渡る器楽演奏とソリストの歌の競演と合唱との大共演は将に大饗宴、夕食前であっても、溢れんばかりの音楽のご馳走をこれでもかこれでもかと、次々に並べ立てられる、最高の材料と最高のシェフによるご馳走を前にした客としては、満腹包舌この世(夜)の夢物語に 佇む浦島太郎の気分でした。6人のソリスト全員が、超素晴らしい世界標準の詠唱やレチタティーヴォ(語り)を聴かせてくれたしまたヤノフスキ・N響のしっかりと息の合った演奏は、舞台全体をオペラ劇場の様な豪華な雰囲気を醸し出し、ことにコンマス(郷古さん?)のたびたび歌手に合わせたソロ演奏は、天上の甘い花園の気分ほどの夢見る乙女の妖艶な空気を漂わせていました。

こうした中にも厳しさや苦しさ、おどろおどろしい情念や神をも恨む慚愧の念など、かなり宗教音楽的側面も垣間見られた、実に奥域の深い曲の演奏でした。これを聴いて、シェーンブルクの凄さを感じない訳にはいかないでしょう。

  それにしても、メッセンジャーの山鳩は、最後は猛禽の餌食になってしまいますが、ハト=平和のメッセージは、込められていないでしょうか?

    全演奏とカーテンコールが終わったのは、21時半を回っていました。

    裏寒い雨の中を帰路につく体は、何故か少し火照っていた感がしました。

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