
《東京都交響楽団第1039回定期演奏会》
【日時】2026.3.19.(木)19:00〜
【会場】サントリーホール
【管弦楽】東京都交響楽団
【指揮】ピエタリ・インキネン
〈Profile〉
4歳の時に北キュミ音楽院でヴァイオリンを習い始め、シベリウス音楽院でトォマス・ハーパネンに師事。14歳でヨルマ・パヌラ、その後、レイフ・セーゲルスタム、アッツォ・アルミラらに師事し、指揮法の指導を受ける。1998年にケルン音楽大学でザハール・ブロンに師事。ネーメ・ヤルヴィ主催のマスタークラスに参加し指揮の指導を受ける
指揮者として、ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団、スウェーデン放送交響楽団ほか、北欧の主要オーケストラとの共演多数。BBCフィルハーモニック、hr交響楽団(旧フランクフルト放送交響楽団)、日本フィルハーモニー交響楽団、大阪フィルハーモニー交響楽団他との演奏多数。
2008年1月、ジェームズ・ジャッドの後任としてニュージーランド交響楽団音楽監督に就任。2009年9月から日本フィルハーモニー交響楽団首席客演指揮者に就任し、第613回定期演奏会(サントリーホール)で就任後初となる演奏会を行った。2016年9月から3年の任期で同楽団首席指揮者に就任。
2015年9月から3年の任期でプラハ交響楽団首席指揮者に就任。
2015年シーズンを持ち、ニュージーランド響音楽監督を退任。2016年9月から同楽団名誉指揮者の地位にある。
演奏会ではフィンランド出身の作曲家ジャン・シベリウスの演目を指揮することが多い。
【独奏】キット・アームストロング(Pf.)
〈Profile〉
アメリカ合衆国ロサンゼルス出身のピアニスト、作曲家、オルガニストです。音楽だけでなく、数学や科学、言語の分野でも並外れた才能を持つ「神童」として知られています。
主な経歴と教育に関しては、
5歳で作曲とピアノの正規教育を受け始め、8歳でコンチェルト・デビューを果たした。
13歳の時から伝説的ピアニスト、アルフレッド・ブレンデルに師事しており、ブレンデルは彼を「これまでに出会った中で最大の才能」と絶賛しています。音楽と並行して学問にも励み、9歳でユタ州立大学のフルタイムの学部生として生物学、物理学、数学を学びました。その後、パリ第6大学(ピエール・エ・マリ・キュリー大学)で数学の修士号を取得しています。
主な教育機関: カーティス音楽院、ロンドン王立音楽院などでも学びました。
ウィーン・フィル、バイエルン放送響、NHK交響楽団など、世界一流のオーケストラや指揮者(リッカルド・シャイー、クリスティアン・ティーレマン、エサ=ペッカ・サロネンなど)と共演しています。
作曲家として模活躍している。また
日本でも定期的に来日公演を行っており、サントリーホールや王子ホールなどでリサイタルを開催している。
【曲目】
①ラヴェル『ラ・ヴァルス』
(曲について)
1917年1月、フランスの作曲家モーリス・ラヴェル(1875~1937)は母マリ(1840~1917)を亡くした。彼女の死から受けた衝撃のために、創作上のスランプに陥ってしまう。
3年ほど続いたこの空白期の後、ラヴェルは自身の立ち直りの契機とするべく、1906年頃より構想を温めていた新作の作曲に手をつけることを決心した。それは彼が日頃偏愛するヨハン・シュトラウス2世(1825~99)のワルツへのオマージュで、当初は交響詩《ウィーン》のタイトルを与えられていた。創作意欲の減退に苦しみつつも彼は作曲を進め、1920年2月には《ラ・ヴァルス》(ヴァルスとはフランス語でワルツのこと)と題した新作のピアノ連弾用の楽譜を完成し、ただちにそこから2台ピアノ版と管弦楽版とを作成した。
②サン=サーンス『』ピアノ協奏曲第4番 ハ短調 Op. 44』
(曲について)
サン=サーンスは、1858年から1877年にかけてパリのマドレーヌ寺院のオルガニストを務め、セザール・フランク(1822~90)と並ぶ、当代屈指の名オルガニストとの評価を得た。そうしたオルガニストとしての豊富な演奏経験は、彼の代表作、交響曲第3番《オルガン付》(1886年)に結実している。
サン=サーンスはオルガンだけでなく、ピアノの名手でもあり、10歳の若さでモーツァルトやベートーヴェンの協奏曲のソリストを務めるほどの天才であった。彼のピアノ演奏は、高度なテクニックに裏打ちされた緻密で理知的なものだったという。サン=サーンスはロマンティックなテンポの揺らぎで聴衆を魅了することよりも、作品の持つ様式美を明確に示すことをなにより大切にした。5曲あるサン=サーンスのピアノ協奏曲のなかでも1875年に作曲された第4番は、作曲家のこのジャンルにおける代表作として今日までレパートリーに残り続けている。
③プロコフィエフ『交響曲第3番 ハ短調 Op. 44』
(曲について)
セルゲイ・プロコフィエフ(1891~1953)の交響曲第3番は1928年の作品である。1918年に革命と内戦により混乱極まるロシアから亡命した彼は当時、パリを拠点にセルゲイ・ディアギレフ(1872~1929)率いるロシア・バレエ団との協働を重ねつつ、しばしば革命後に成立したソ連へ帰国しながら作曲活動を続けていた。彼の人生の中でもある種の過渡期にあたるこの時期に、本曲は生まれた。
【演奏の模様】
①ラヴェル『ラ・ヴァルス』
〇楽器編成:フルート3 (ビッコロ1)、オーボエ3 (イングリッシュ・ホルン1)、クラリネット2、パス・クラリネット1、ファゴット2 コントラファゴット1、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ1、ティンバニ1トライアングル、タンブリン、小太鼓、大太鼓、シンバル、サスペンデッド・シンバル、カスタネット、タムタム、ジュ・ド・タンブル(グロッケンシュピールで代用)、アンティーク・シンバル、ハープ2、三管編成弦楽五部16型(16-14--12-10-8)
〇単一楽章
この「ラ・ヴァルス(1919-1920)」の曲を聴いて、自分としてイメージ出来るのは、(ラヴェル自体はウィーンを想定してもいたのかも知れませんが)ウィーンの若いデヴュタント達の清楚な舞踏会(A)や、学友協会での大演舞会(B)の様な形式張った舞踏会ではなく、むしろラヴェル(1875-1937)の地元パリの、自由で明るいエネルギーが漲った舞踏会、そう、例えばルノワールの描いた『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会(C)』の様に、踊るうちにエネルギーが奔流となって渦巻き、奔放さも兼ね供える舞踏会。そこには世紀末から第1次世界大戦を経た絶望やデカダンスの匂いまでするラヴェルの感情が籠っているのではないでしょうか。(hukkats注)
(hukkats注)ラヴェルは、第1次世界大戦勃発後の1915年に兵役登録されて前線に赴くも腹膜炎を患ったり、戦中の1917年には母親のマリー・ラヴェルが亡くなったりして悲しみにくれ、その後体の傷は治っても、心の傷は生涯癒えることは無かった。1914年に大筋作り終えていた「クープランの墓」を完成させ(1917年)、そしてこの『ラ・ヴァルス』を1920年に完成した他には新曲を生み出せず、創作活動は混迷し、本人も❝日ごとに絶望が深くなっていく❞ことを嘆いている。
今回のインキネン・都響のラヴェル演奏は、力強く大音を立てることは有っても、各アンサンブルの統合性がしっくり来ませんでした。この曲は迸り出る間欠泉の様に高く盛り上がったかと思うとまた萎えて静かになる様に、繰り返し繰り返し執拗に、弱奏の塊と強奏の塊がぶつかり合うのですが、先ずその塊の形成が確たるものでは有りませんでした。勿論細部をピックアップしてみれば、都響のVn.アンサンブルは相変わらず美麗だったし、木管の合いの手も的在的確に入り、金管の鳴りも良かったし、大太鼓も十分重みを増していた上Hp.のクリッサンドも綺麗に入っていたのですが、これまでの他響の演奏の記憶と較べ何か物足りなさを感じました。この曲は、これまで色々な楽団の実演を聴いていますが、参考まで以下に2022年のサイモン・ラトル『ロンドン響』の来日演奏会の記録を抜粋再掲して置きます。
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【日時】2022.10.7.(金)19:00~
【会場】池袋・東京藝術劇場
【管弦楽】ロンドン交響楽団
【指揮】サー・サイモン・ラトル
【曲目】
①ベルリオーズ/序曲『海賊』作品21
②ドビュッシー/劇音楽『リア王』から「ファンファーレ」「リア王の眠り」
③ラヴェル/ラ・ヴァルス
【演奏の模様】
①ベルリオーズ/序曲『海賊』作品21
《割愛》
②ドビュッシー/劇音楽『リア王』から「ファンファーレ」「リア王の眠り」
《割愛》
③ラヴェル/ラ・ヴァルス
ラトル『ロンドン響』の演奏は一丸となって大波を繰り出し、あたかもサーファーが何回も何回も見事に波を乗り越えて辿り着いた所は穏やかに日の当たる浜辺、波も収まりゆっくりと呉れる日を見ながらダンスの素振りをするが如きイメージを抱くことも有りかな? ❝なかきよのとおのねふりのみなめざめなみのりふねのおとのよきかな❞
ラベルという人は、余程エネルギーを蓄積(いやエネルギーが内部から噴火)している人なのでしょう。この曲も、あの有名な『ボレロ』と同じで、次第に湧き上がる情熱を抑え抑えして進むうちに(この曲では踊るうちに)遂には爆発的に動きとスケールが拡大して最高潮になったかと思うと、急激に衰退してしぼんでしまう途を辿るのです。
ロンドン響は、その波のうねりを強弱長短明暗大きなメリハリをつけて演奏するのでした。聴く方も手に汗握りワルツを躍る思いで、演奏が終わった時は、両者とも(疲れて)大きな虚脱感に襲われたかも知れません。
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ウィーンの若いデヴュタント達の清楚な舞踏会(A)

学友協会での大円舞会(B)

ルノワール『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会(C)』

②サン=サーンス『ピアノ協奏曲第4番 ハ短調 Op. 44』
〇楽器編成:フルート2 オーボエ2 クラリネット2 ファゴット2 ホルン2トランペット2 トロンボーン3 ティンパニ 二管編成弦楽五部型12型(12ー10ー8ー6ー4)
〇全ニ楽章構成
2楽章で構成されている協奏曲は珍しいのですが、各楽章はさらに細かく分けられています。第1楽章は2部分からなり、第2楽章は3部分(または2部分)からなっているのです。
この様な構成は、サン=サーンスが学んだパリ音楽院のフランク派の「循環形式」の影響とも、リストの「主題変容」の影響とも謂われます。
第1楽章
第1部 Allegro moderato
第2部 Andante
第2楽章
第1部 Allegro vivace
第2部(第3部への序奏とも考えられる) Andante
第3部 Allegro
全体として聴いた感じでは、このピアニストは冷静沈着、頭脳派の弾き方だなと思いました。結構長い曲。
第1楽章はオケの厳かでしめやかな低音主題がゆっくりと響き始め、すぐにPf.が後を追って、同主題をなぞりました。再度弦楽の同テーマが繰り返され、そしてPf.の繰り返し。次なるオケの変化に応じて、Pf.はテーマの変奏を速いパッセッジで表現、ソリスト・アームストロングは次第にテンポを速やめ、運指も軽やかにオケとの掛け合いをこなしますが、オケ奏の中程度の音量に比し、ソリストの打ち発する音量がやや弱い様に思えました。決して脆弱ではないのですが、意図して抑制しているのかも知れない。木管の先導でPf.は速いパッセッジを繰り出しますが、オケは次第にクレシェンド、何回か速い下行旋律を繰返した後は、不気味なオケの伴奏に伴いアルペッジョ奏のPf. Fl.の清々とした調べが響くと、Pf.は多音符の速い変奏で応じ、調べとしてはオケと同様たおやかな美しい空間が醸成されました。終盤のPf.の単旋律奏の何と美しいことよ。弦も弱奏で入って伴奏しています。独奏Pf.のほぼカデンツァ的上行下行旋律を交え、高音域でキラキラと音は輝いたのです。そして第2部のAndanteをアームストロングは丹念に1音1音拾い上げるかの如く調べを紡ぎ終えるのでした。
第2楽章冒頭の速いパッセッジを、アームストロングは鍵盤上を軽やかな指使いで行き来して発音、この辺りではクレッシェンドしてかなりの強打も見られ、オケの合いの手にタイミングが良く合い、オケに比する脆弱感は全く感じられませんでした。
次いでオケは弦楽アンサンブル中心のAndanteに代わり、第1楽章のAndanteではPf.も入って美しかったのですが、このAndanteも循環形式により美しい旋律奏が流れ、Fl.の鳴り声を合図として再度Pf.が淡々と弾き始めるのでした。そしてこれが最後のPf.の強奏にまで至り、金管のファンファーレを合図としてPf.が第2楽章中終盤、素朴な旋律の強奏と、同旋律でのオケとの掛け合うのでした。この旋律は単純と言うか世俗的と言うか、歌謡的と言うか、Pf.コンチェルトとしては余りにも世俗的な調べの応酬なので、サンサーンスの曲としてはこりゃどうかな?とその時思いました。しかしこれが曲の構成に結構面白い効果を上げたと気が付いたのは、少し後になってからでした。
総じてアームストロングの演奏は、優等生タイプの確実性のある真面目な演奏でしたが、第1楽章ではややその打鍵の脆弱性を感じる箇所も有りました。しかし第2楽章の速い強奏箇所では、その心配は全くの杞憂だと分かる程の力を発揮しました。
しかし細部に於いては、まだまだ成長の余地があるピアニストと見ました。所謂味のある演奏までには至っていないですね。
それでも演奏が終わると、ほぼ満席の会場からは大きな拍手、喝采が沸き起こりました。

挨拶を何回か繰り返し、ソリストは再度ピアノに向き合い、アンコール演奏をし始めました。
《ソリストアンコール曲》サン=サーンス『左手のための6つの練習曲Op.135』より第2番〈フーガのように〉
《休憩》
③プロコフィエフ『交響曲第3番 ハ短調 Op. 44』
◯楽器編成:ピッコロ、フルート2、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、小太鼓、シンバル、タンブリン、カスタネット、タムタム、鐘、ハープ2、 三管編成弦楽五部16型(16-14-12-10-8)
◯全四楽章構成
第1楽章 Moderato
第2楽章 Andante
第3楽章 Allegro agitato
第4楽章Andante mosso-Allegro moderato
この曲は初めて聴きました。プロコは「ピーターと狼」「ロミオとジュリエット」やピアノの曲(例えば「戦争ソナタ」)等で有名ですが、交響曲も7曲作曲しているのですね。
配布プログラムノートに依れば、この曲はプロコの未発表オペラ『炎の天使』を下敷きとした素材を使い、その他の要素も入れて作曲したと謂われます。16世紀の騎士と天使への妄執に取りつかれた女性の愛憎劇のオペラだと言う。
第1楽章( Moderato)序奏の主題は「レナータの絶望」、第1主題は「炎の天使マディエルへの愛」、第2主題は「騎士ルプレヒト」の主題
第2楽章( Andante)『炎の天使』第5幕「僧院の場」の主題に基づいている。
第3楽章 (Allegro agitato)、スケルツォ楽章。コントラバス以外の弦楽4部をそれぞれ3部に分けた合計13声部の弦楽器群が特徴的で、これはショパンのピアノソナタ『葬送』の終曲からの着想だといわれています。
第4楽章(Andante)第2幕第2場の悪魔の音楽が中心
以上の様な意味合いがあるという特徴的な音楽を、少し緊張を持ってその弾き始めに注目したのですが、冒頭での激しい管弦の大音にやや驚くも、すぐにそれは止み、随分と幻想的な優しい調べが結構長く続きました。再度盛り上がった管弦楽もすぐに萎えて、勿論楽器とその旋律は種々様々変わりますが、合の手、掛け合いの組合せも様々に変化した第1楽章から第4楽章でした。何分この曲の特徴の一つと思えたのは、最高音最大音の大轟音強奏になっても、割りと早く静まる事でした。第二として感じたことは、ミニマル音楽的繰返しのパターン、例えば第1楽章冒頭の繰り返し(少し短いですが)第二楽章終盤のスネアに先導されたンジャンジャンジャの最後まで続く管・弦の繰返し旋律等。
第2楽章は比較的短かったのですが、第1楽章の優しそうな調べよりも、さらに何か物語の天使の麗しさ(炎の激しさは感じません)を主として弦楽奏で表現したものの様に思われ、特にコンマスのソロ音は幻想的でした。
次の第3楽章以降を聴いた中で特筆すべことは、オケ全体を取り仕切る指揮者は別格としても、コンマスもある程度団員の演奏を引っ張ることが有ります。その他リズムを刻むTimp.が牽引力があるケースが殆どですが、今回は大太鼓がドンドンドンと柔らかな太い低音でリズムを刻み、全体的な拍子コントローラー的役割もしていた、即ち大活躍でした。
最終場面でのFg.と金管の掛け合いや鐘が鳴らされシンバルが鳴り響き、太鼓とTimpの連打とこれ以上無いのではと思われる(いやそうではないパイプオルガンの轟音が無かった)終末の団末轟音で曲を終えたのでした。
この曲の演奏が今日聴いたインキネン・都響の演奏の中で自分としては一番良かったと思いました。その現代性にもかかわらず(通常近現代音楽は苦手、余り好きになれない)自分としては 「No Bad」の印象を持ったのはどうしてなのだろう?やはり大音、轟音の合間に差挟まれている幻想的な美しいとも言える旋律(不協的響きを含む)とミニマル的旋律等との配合率と言うか、匙加減がプロコによって絶妙に仕上がっているからではなかろうか?と思った次第です。
