気象庁は2月23日(月・祝)、関東地方で春の訪れを告げる「春一番」が吹いたと発表しました。昨年は吹いておらず、2024年は2月15日でした。
確かに昨日23日(月・祝)は風が強く、横浜では、朝6時頃の起床時には雨も降っていて、雨混じりの風が雨戸に吹き付ける音で目が覚めました。しかしこの雨は、次第に止んできて、8時頃には、雲間から太陽の光も差し込んできました。三連休の最後のこの日には、友人と観梅に出掛ける約束をしており、約束は大分以前にからしていて、その後の天気予報には、雪マークが付いたこともありましたが、更にその後の予報では、晴れのまづまづの予報に変わってきて、23日当日の昼前の待合わせ時間には、すっかりいい天気となっていました。待合わせは東横線大倉山駅改札口です。しかし風はまだ結構強く吹いています。観梅に関しては、2月3日(火)の立春の日に、横浜三渓園に行ったのでしたが、観梅としては少し物足りなさを感じていました。今回は過去にも行ったことが有る身近な横浜の大倉山です。面積は広くは有りませんが、結構沢山の梅の木が植えられている地元の景勝地です。駅からすぐ結構急な登坂で、その頂上に「大倉山会館」があり、そこには時々コンサートが開かれる小ホールがあるので、何回も聴きに来たことが有ります。短い坂道なのですが、これを登り切るのが年々きつくなっている。登って少し先に行くとすぐ山の裏手となり、そこが大倉山公園で、多くの梅の木が植えられているのです。先ず最初に見下ろせる谷の景色が、如何にも陽光に照らされた赤、白の梅の花が濃淡様々に咲き誇り、満開の様子を歩き見又は足を止めて見上げる多くの人々、テントを張り、軽食を客に用意する臨時の茶店、全体が、一服の屏風絵にでも出来そうな気がしました。









梅を見ながらで持参したサンドウィッチと飲み物で昼食をとり、暫く見てから大倉山を後にして、公園の前の一車線道路を、西方向に向けて歩きました。少し進むと立派なお寺があり、境内にはやはり梅の花が咲いていました。風はまだ有りますが、絶好のウォーキング日和。何キロ位歩いたでしょう、途中鶴見川を渡り1時間程歩いて、地下鉄新羽駅に着きました。次の目標は、同地下鉄センター北駅近くの、古墳跡と古民家見学です。
新羽駅からセンター北駅までは、地下鉄に乗り、下車して駅の南南東方向の高台(小高い岡)に、弥生時代の遺跡群が、再現保存されていました。



その南東の広い草むらでは、子供連れが、ボール遊びしたり、連休中なのでテントを張ったりしていましたが、その地下には、まだ手づかずの縄文遺跡があるのかも知れません。
先程の弥生式住居の住人も縄文人も高台に住んでいた事は、その昔下の平地には、縄文海進や河川の流れで、水浸しになった可能性が一因と思われます。
次の「都筑民家園」は、遺跡から見て、駅とは反対の傾斜道路を降りると、かなり大きい茅葺屋根の古民家が、見えてきました。
降りた窪地は、結構広い敷地を有していて、江戸時代の庄屋の家だと謂れます。






丁度雛人形の展示(2/21〜3/3)が成されていました。








じっくり見て回ったので、夕方近くになってしまいました。昼の軽食では、お腹が空くのも早く、予定より早く夕食を取ることに。センター北駅近くの焼肉店です。海外にも出店している大手焼肉店で、上野界隈で食べる店とは違い、随分立派な広いスペース、一つ一つ広いテーブルがずらっと並んでいました。年配者の割りには肉食男子で、ベロっと3人前位平らげて、今回の観梅会のおひらきとしたのでした。
