
【主催者言】
2022年度からのシリーズ企画。5年をかけて音楽史を巡るレクチャーコンサート!いよいよロマン派後期~近現代!ラスト2回はイギリスの弦楽器をテーマにお届けいたします。
【日時】2026.1.22(木)11:00〜
【会場】横浜カナックホール
【出演】
⚫︎弘田徹(チェロ)

〈Profile〉
1974年生まれ。1997年東京藝術大学卒業。在学中に学内オーディションに合格し、P.ディシュパイ指揮、芸大オーケストラと協奏曲を共演。同大学同声会主催による卒業演奏会に出演。東京文化会館にてM.ロストロポーヴィッチに師事。
1999年、アフィニス夏の音楽祭に参加。2004年、新日本フィルとBARGIEL作曲「Adagio」を共演。新日本フィル楽員による弦楽五重奏(アンサンブル錦)を立ち上げ、長野県飯田市で4日間10公演を実施、好評を博す。現在も活動中。
この他にもスタジオレコーティングにも多数参加。これまでに馬場省一、河野文昭の各氏に師事。1998年入団。新日本フィル チェロ奏者。
⚫︎倉田莉奈(ピアノ)
〈Profile〉
新しい音楽の聴き方を模索し、試みを重ねるピアニスト。パリ国立高等音楽院修士課程ピアノ科、桐朋学園大学ピアノ科卒業。
ジャン・フランセ国際ピアノコンクール第3位入賞(一位なし)(仏)、ショパン国際コンクール in Asia 大学生部門第1位及びショパン協会賞ほか国内外にて受賞。
パリから帰国後、横浜を拠点に演奏活動、指導を行っている。プログラム全体で一つのテーマを描く[コンセプチュアル・リサイタルシリーズ]や、フランス音楽ピアノデュオコンサートシリーズBelle Epoqueなど独自の活動にも多く携わる。
これまでに、ピアノをフランク・ブラレイ、ピエール・レアク、川島伸達、関根聰子、森口みちるに、室内楽をエリック・ルサージュ、ポール・メイエに師事。
横浜市かなっくホール クリエイティブパートナー 2025。
◆司会解説/飯田有抄(音楽ファシリテーター)
〈Profile〉
1974年生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学院修士課程修了。Maqcuqrie University (シドニー) 通訳翻訳修士課程修了。
2008年よりクラシック音楽ライターおよび音楽関係の翻訳(英語)として活動を開始。雑誌、書籍、楽譜、CD、コンサートプログラムなどの執筆・翻訳のほか、音楽イベントでの司会やプレトーク、教育イベントやワークショップのファシリテーター、セミナー講師、アドヴァイザーとしての仕事に従事。
【主催】 横浜市神奈川区民文化センターかなっくホール指定管理者
【曲目】
①エルガー『愛の挨拶』
(曲について)
1888年にキャロライン・アリス・ロバーツとの婚約記念に贈った曲で、エルガーの作品中では初期のものである。タイトルは当初、ドイツ語を得意としていたアリスのために “Liebesgruss” (意味は同じ)と名付けられたが、出版に際して出版社からフランス語に変更を求められ、“Salut d'amour” としたものである。なお、英語タイトルは "Love's Greeting" という。楽譜の売れ行きは好調だったものの、エルガーには数ポンドの収入しかもたらさなかった。まだ、エルガーはこの時期には厳しい生活環境だったという。
元々エルガーのピアノの生徒であったアリスは8歳年長(当時39歳)であり、宗教の違い(エルガーはカトリック、アリスはプロテスタント)や、当時はまだ無名の作曲家と陸軍少将の娘という身分格差から、アリスの親族は2人の仲を認めなかったため、反対を押し切っての結婚であった。
エルガーはピアノ独奏用、ピアノとヴァイオリン用、小編成の管弦楽などいくつかの版を残した。他にも各種の編曲がなされ、エルガーの作品の中では行進曲『威風堂々』第1番や第4番に並んで有名な部類に入る。優美な曲想が幅広い支持を集めている。
②レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ『グリーンスリーブ集による幻想曲』
(曲について)
レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ (1872-1958)は、20世紀イギリスを代表する作曲家の1人です。生涯で 800曲以上のイギリス民謡を収集し、それを自身の作品に取り入れることで「イギリス音楽」という独自のスタイルを確立させました。
《グリーンスリーブスによる幻想曲》の元となった「グリーンスリーブス」のルーツはかなり古く、最古の記録は16世紀まで遡ることができ、シェイクスピアの戯曲にも出てきます。ウィリアムズはシェイクスピアの戯曲を元に1928年にオペラ《恋するサー・ジョン》を手がけました。そのオペラの第3幕に使われていた間奏曲が独立し、《グリーンスリーブスによる幻想曲》になりました。本日は、チェロとピアノによる編曲版でお楽しみください。
③ヴォーン・ウィリアムズ『イギリス民謡による6つの練習曲』
(曲について)
1926年に作曲されたチェロとピアノのための室内楽曲でチェリストのメイ・マークル(May Mukle)に献呈されました。イギリスの伝統的な民謡の旋律を基に、親密で内省的な雰囲気を持たせた美しい作品で、次の六曲は、それぞれ異なる民謡を元にしています。
- Lovely on the Water (Adagio):水辺の美しさ
- Spurn Point (Andante sostenuto):スパーン・ポイント
- Van Diemen's Land (Larghetto):ヴァン・ディーメンズ・ランド(タスマニア島)
- She Borrowed Some of her Mother's Gold (Lento):母の金を借りて
- The Lady and the Dragoon (Andante tranquillo):貴婦人と騎兵
- As I walked over Ludlow (Allegro vivace):ラドローを歩けば
④F.ディーリアス『春初めてのカッコウの声を聴いて』
(曲について)
ドイツ系イギリス人のフレデリック・ディーリアス (1862-1934)は、若い頃に家業の関係でアメリカへ渡り黒人音楽に触れたり、後にライプツィヒ音楽院でグリーグと出会い影響を受けたり、1890年以降はフランスを拠点に活動したりと、複数の国の文化を背景に独自の作風を築いた作曲家です。〈春初めてのカッコウの声を聴いて〉は《小管弦楽のための二つの小品》の第1曲として1912年に作曲された交響詩です。 第2主題にはノルウェー民謡の《IOla Dlom (オーロラの谷間で)》が用いられています。クラリネットによるカッコウの声が繰り返し現れ、春の情景が詩的に描かれます。本日はピアノ編曲版でお楽しみください。
⑤C.スコット『蓮の国』
(曲について)
シルク・スコット (1879-1970)は「イギリスのドビュッシー」と称され、異国的な和声と豊かな音響を特徴とする印象主義的な作風の作曲家です。交響曲やオペラなど400曲以上の作品を手がけた作曲家であると同時に、詩人、哲学者として文筆活動も行っていました。
〈蓮の国〉は《2つの小品Op.47》の第1曲で、彼の代表作の一つです。クライスラーによるヴァイオリン編曲版が有名ですが、元はピアノのための小品です。異国趣味的な音楽技法が採り入れられ、中国の伝統的な弦楽器を思わせるエキゾチックな作品です。
⑥E.エルガー『朝の歌』
(曲について)
明るく暖かいく朝の歌〉は、対となる憂いを帯びた〈夜の歌〉とともに《2つの小品Op.15》として1901年に出版されました。エルガーが生活の糧を得るため、家庭向けの音楽市場を意識して書いた小品で、当時のイギリスではフランス語のタイトルが好まれる傾向があり、題名にはフランス語が用いられています。
⑦E.エルガー『チェロ協奏曲Op.85より第1楽章』
(曲について)
この曲は、第一次世界大戦の終結直後の1919年に完成したエルガーの晩年の大作です。初演は準備不足により不成功に終わったものの、後に評価され、20世紀を代表するチェロ協奏曲の1つとして定着しました。第1楽章でチェロが語りかけるように登場する、悲壮感に満ちた冒頭の主題が聴きどころです。喪失、孤独、苦悩といった感情がチェロを通じて痛切に表現されています。
【演奏の模様】
この演奏会は、新日フィルのベテランチェロ奏者である弘田徹さんによる英国チェロ音楽中心の演奏会です。「ランチタイムコンサート」なので午前中昼前からスタートの早い時間帯なのですが、プログラムを見ると興味深い曲目が並び、ピアノ伴奏の倉田莉奈さんのソロ演奏もある様なので、以前からネットで手配していたミューザ川崎での複数のチケット受け取りのスケジュールと抱き合わせて聴きに行く予定を立てました。
今回は、飯田有抄さんという東京藝大で楽理を修めた、ファシリテーターの司会付きなので、より理解が深まると期待出来ます。また配布されたプログラムノートには、簡潔に要点を纏めてあり、分かり易い良く出来た内容でした。
①エルガー『愛の挨拶』
今回は、エルガーが作曲したヴァイオリン曲のチェロ版ですが、あれ?似たタイトルの曲があった様な気がする。そうそうクライスラーの『愛の喜び』、あれとは別の曲ですよね?確認のため家に帰って聴き比べたり調べたりすると次の結果となりました。
直接の作曲上の関連(モチーフの引用など)はありませんが、「恋人への贈り物」「愛をテーマにしたヴァイオリンの名曲」「20世紀初頭の雰囲気」という点で、非常に近い場所にある名曲として両者並べて語られることが多い関係です。
この曲を弘田さんがトップにもって来た理由が分かる様な気がしました。弘田さんは、何処かで聞いた様な気がするこの曲を、麗しくシックに弾いたのでした。Pf.の倉田さんも息がぴったり合った伴奏をしていました。勝手に解釈すれば、演奏者の弘田さんは、聴衆皆に「愛する皆さんこんにちわ」と呼び掛けたのでしょう。
②レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ『グリーンスリーブスによる幻想曲』
元がよく知られた「グリーンスリーブス」の曲なので、親しみと言うか何か懐かしい素朴さが有りました。管弦楽の間奏曲としては、冒頭、フルートが哀愁を帯びた「グリーンスリーヴス」の主題を提示し、中間部で民謡「ラブリー・ジョーン(lovely Joan)」が登場すると、雰囲気がガラリと変わるのです。もともと本曲はヴォーン・ウィリアムズの歌劇《恋するサー・ジョン》の間奏曲であり、単独で演奏される場合、ラルフ・グリーヴスによる編曲版が用いられる。今回はさらにPf.伴奏のVc.編曲版ですが、広田さんと倉田さんは、間奏曲の特徴は良くとらえていて、表現していたと思います。
尚ついでながらこの間奏曲は、今年の「
東京・春・音楽祭」4月5日に、東京藝大奏楽堂で、神奈フィルの演奏でオーケストラ演奏されます。
③ヴォーン・ウィリアムズ『イギリス民謡による6つの練習曲』
③−1、Vc.はしっとりと、Pf.伴奏は、ハツラツと弾きました。二人の息がぴったり合っていた。
③−2、低音域から高音域へと演奏が変わるところがやや不安定。さらにPf.がポロンポロンと合いの手を入れ少し盛り上がって高音域へ、さらに再度低音域に下がって了。変化に富んだ曲でした。
③−3、高音域のPf.演奏で開始、Vc.は半音階で高音域まで上行し謳うのでした。
③−4、Vc.が極低音奏から次第に上行。ゆったりしたスローな旋律。中音域を少し力を籠めて演奏していました。
③−5、Pf.は高音でポンポンポンと伴奏。Vc.はPf.音に揃えた演奏。
③−6、Pf.が先行して入り、Vc.は滔々てした調べで入る。Vc.のシックさをPf.が盛り上げた。
以上6曲を聴くと全体的に派手さが無い、地味で素朴な調べに終始し、後の弘田さんのトークの本音の言葉、「余り面白さがない詰まらなく思える曲が多い」の通りでした。
④F.ディーリアス『春初めてのカッコウの声を聴いて』
ディーリアスは北部ヨークシャの作曲家、グリーグと親交があったらしい。
この曲は、趣向を変えて、倉田さんのピアノ独奏でした。元々は管弦楽曲ですが、今回はPf.編曲版です。
倉田さんは、管弦楽だと、クラリネットやファゴットが立てるカッコーの鳴き声を、度々ピアノの一連の演奏の中で、それと明確に分かる演奏でした。一点の曇りもない切れのある演奏でした。
《ここで20分の休憩》
休憩中に、ロビーで販売されていた福祉施設製のクッキーを購入、食べてお茶を飲んで、トイレタイムも取って、ホール内の自席に戻ると、思っていたより多くの観客がいたことに気が付きました。やはりこの時間帯、主婦、老夫婦連れなどが多く、少ないけれど若い人の姿も目にしました。近くの人々の話に耳をそば立てると、随分寒い日だとか、生演奏を聴くのは言いいとか、料金が安いとか様々なしゃべり声も、奏者が舞台に上がるとピタッと止み、後半の演奏開始です。
⑤C.スコット『蓮の国』
1829年生れのスコットは、イギリスのドビッシーと呼ばれ印象派的作品を残しました。 出演者のトーク等に依れば、「蓮の実」は、古代ギリシャのオデッセアの伝説にある「蓮の国」で蓮の実を食べると、一種の麻薬的効果により、故郷に帰る気持ちを忘れてしまうというものが足りの曲だそうです。
何か神秘的な雰囲気のある緩やかな調べ、弓捌きの変化音が東洋的響きもありました。半音階の単調で展開するトリルやクリッサンドも印象的。後半は広田さんはかなりの強奏で曲を進め、再度主題に戻って締め括りました。
⑥E.エルガー『朝の歌』
演奏の前に飯田さんから❝英国のチェロの曲は如何ですか?❞と尋ねられた弘田さんは、『めちゃくちゃチェロの曲が少ない、チェロ版に編曲されたものばかり』『日本の曲と英国の曲は和音関係等似ている処がある。』『今度3月26日にトリフォニーホールでアーサー・ブリスの曲を演奏するので是非聴きに来て下さい』と宣伝もしていました。
演奏の方は、Pf,が先行すぐにVc.が入りますが、とても明るくて美しい旋律の曲でした。タイトルは当時の英国の傾向としてフランス語で書かれ「Chanson de Matin(朝の歌)」この曲と対になった「Chanson de Nuit(夜の歌)」とセットで作曲されました。
最後のトークで弘田さんは、❝終わりの曲として、エルガーのチェロ協奏曲をやりますが、時間の関係で、第1楽章しか出来ません。かなり地味な第1楽章。他の楽章にとてもいい箇所もあるのに残念。1楽章の最後は下行するクリサンドで終了するがこれは、爆弾投下のイメージか?何せエルガーはこの曲を第1次世界大戦の終了の年1918年に作曲したのですから。”
⑦E.エルガー『チェロ協奏曲Op.85より第1楽章』
弘田さんは低音域の重音奏で開始、重厚な音です。飯田さんは右片手で途切れ途切れの音を立てる伴奏、Vc.のソロはしみじみとした調べです。Pf.の合いの手も軽やかにVc.はうねる調べからかなりの強奏に転じ、Pf.もジャンジャンと強い調子の合いの手となり熱がこもる演奏でした最後はPizzicato音も入り終了しましたが今回の演奏で一番弘田さんが力を入れて弾いた感が有りました。欲を言えば、もっとVibratoをかけてはどうかな?と思いました。確かにトークで弘田さんが話したように「メチャ難しい曲」だと思います。如何に感情移入するかも弓使いも呼吸も大変な曲なのでしょう。エルガーのチェロ協奏曲の演奏と言えば、往年の英国の名チェリストで若くして夭折した悲劇のジャクリーン・デュ・プレの事を忘れる訳には行きません。幸いその記録映像や録音が多く残っていますから、その内時間がとれれば聴いてみたいと思いました。
今回の演奏会はランチタイムコンサートなのでお昼の12時には終わるべきものなのですが、プログラムも演奏も密度の高い物だったので、終了したのは12時15分頃になっていました。それでも演奏者のお二人は、用意していたというアンコール演奏をするサービス振りでした。
《アンコール曲》ヘンデル『オンブラマイフ』
ご存知のようにこの曲は、もともと『セルセ』と言うバロック・オペラの中で歌われる「木陰よ涼しくて気持ちいがいい」と言うアリアからの編曲です。ヘンデルは元々ドイツ人ですが、ドイツ諸侯の一人だった王がイングランド王位に即位したため、ヘンデルも後を付いて行き、英国に帰化して多くの名曲を作ったのでした。今では英国の曲との位置づけに誰も異論はないでしょう。
以上、質、量共、演奏者には申し訳ない気がする程のサービス振りで、内容のある演奏会だったので十二分に楽しめました。

