HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

ソフィエフ・N響/マーラー『交響曲第6番』を聴く

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【主催者言】 

 ついに始動! ソヒエフのマーラー
長年オペラの仕事にかなりの時間を割いていたソヒエフは、2022年3月にボリショイ劇場の音楽監督を退任して以来、ドイツ音楽の中核的なレパートリーに力を注ぐようになった。[Aプログラム]のマーラー《交響曲第6番》で、いよいよその成果が示される。
 マーラー自身がつけた「悲劇的」の副題は、初演のあとに削除されたが、今でもしばしば用いられる。運命的なティンパニのリズム、終楽章のハンマーの打撃など、避けられない破滅を予感させる交響曲には、やはりこの言葉が似つかわしい。
 正味80分の大曲においては、部分部分の寄せ集めではなく、全体を見渡す視界の広さ、特にクライマックスに向けての周到な計算が必要になろう。オペラで培ったスタミナと、深い呼吸で音楽を紡いでいくソヒエフの持ち味が発揮されるに違いない。
 この曲はもともと、第2楽章が〈スケルツォ〉、第3楽章が〈アンダンテ・モデラート〉だったが、改訂を経て、2つの順序が入れ替わった。以前トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団とは、初版の順で演奏したソヒエフだが、今回はマーラーが悩んだ末に変更した、アンダンテ⇒スケルツォの順を採用する。力強い第1楽章の後に明確なコントラストをつけたい、第1楽章と同じ主題を持つスケルツォをフィナーレの直前に置くことで、この主題を強調したい、といった理由によるのだそうだ。「何事も挑戦」が彼のモットーである。

 

【日時】2026.1.17.(土)18:00〜

【会場】NHKホール

【管弦楽】NHK交響楽団

【指揮】トゥガン・ソフィエフ

【曲目】

 マーラ『交響曲第6番〈悲劇的〉』

(曲について)

 マーラーは第2番から第4番までの3作において「角笛交響曲」と呼ばれる声楽入りの交響曲を作曲したが、第5番、第6番、第7番の3作においては声楽を含まない純器楽のための交響曲として作曲した。とくにこの第6番では、同時期に作曲された歌曲に『亡き子をしのぶ歌』があるが、第5番まで見られたような、相互に共通した動機や強い関連性は認められなくなっている。

大編成の管弦楽を用いながらオーケストレーションは精緻であり、古典的な4楽章構成をとるが、その内容は大規模に拡大されていて、当時のマーラーの旺盛な創作力を物語っている。同時に、緊密な構成のうちにきわめて劇的な性格が盛り込まれており、純器楽的様式と、歌詞や標題とは直接結びつかない悲劇性の融合という点でも、マーラーの創作のひとつの頂点をなしている。

形式的には4楽章構成のほか、第1楽章の提示部繰り返しや、調性的にもイ短調で始まりイ短調で曲を閉じる一貫性を示しており、「古典回帰」を強く印象づける。マーラーが作曲した交響曲の中では唯一、短調で始まり短調で曲を閉じる構成となっている。その一方、第4番、第5番から顕著になり始めた多声的な書法はいっそうすすみ、音楽の重層的・多義的展開が前面に現れている。第5番で異化された、「暗→明」というベートーヴェン以来の伝統的図式は、この曲では「明→暗」に逆転されていて、これを象徴する「イ長調→イ短調」の和音移行(強→弱の音量変化と固定リズムを伴う)が全曲を統一するモットーとして用いられている。

管弦楽の扱いでは、管楽器と打楽器の拡大が目立ち、打楽器のなかでもとくに以下のものは象徴的な意味を持って使用されている。ひとつはカウベル(ヘルデングロッケン)であり、第1楽章、第3楽章、第4楽章で安息・平和あるいは現実逃避的な世界の表象として遠近感を伴って鳴らされる。もう一つは教会の鐘を模した低音のベルである。ベルは第4楽章に登場する。3つめはハンマーである。ハンマーは第4楽章で使用され、音楽的な転回点で「運命の打撃」(アルマ・マーラーによる。後述。)の象徴として打たれる。ハンマー打撃の回数については、後述するように作曲過程で変遷があった。

「悲劇的」(Tragische)という副題で呼ばれることがあり、この副題はウィーンでの初演時に附されていたとされる。しかし、これはマーラーが付けたものかどうかは不明である。

 

【演奏の模様】

◯楽器編成:ピッコロ、フルート 4(ピッコロ持替え 2)、オーボエ 4(コーラングレ持替え 2)、コーラングレ、クラリネット 4(小クラリネット持替え 1)、バスクラリネット、ファゴット 4、コントラファゴット、ホルン 8、トランペット 6、トロンボーン 4、チューバ

ティンパニ 2人、グロッケンシュピール(鉄琴と略記)、カウベル、むち、低音の鐘(ティーフェス・グロッケンゲロイデ、複数)、ルーテ、ハンマー、シロフォン(木琴と略)、シンバル、トライアングル、大太鼓、小太鼓、タムタム、スレイベル、ウッドクラッパー(振るとかたかた音の出る木のおもちゃ)ハープ 2、チェレスタ        四管編成弦楽五部16型

 

◯全四楽章構成(80分程度)

第1楽章Allegero energico,ma non toropo (約24分)

第2楽章Andante moderat(約15分)

第3楽章Scherzo(約13分)

第4楽章Finale:Allegro moderato(約28分)

 今回の演奏は、休憩なしの一本勝負。ソフィエフがタクトを終えたのが19時40分位で、演奏開始の18時3分を引くと97分程、楽章間はたっぷりパウゼをとったことも有りますが、やや遅い指揮進行だったかなと思います。 

 第1楽章アレグロの速いテンポの調べ。力強くズンズンズンと続き、何か最初から深刻な場面を想像してしまう色調です。テーマは弦楽⇒木菅さらには金管へと引き継がれ、Ob.の四管が揃って吹かれる等滅多な曲では見られない光景です。続く金管は何かヒステリックな叫び声をあげました。すると弦楽が一斉に強奏で入り、テーマ奏を管と相対して掛け合うのでした。Timp.が二台揃ってダンダンダンと打ち揃うのも壮観、曲全体を通して出て来るモットー和音の登場や、アルマの主題の提示等重要な表現がなされ、チェレスタやカウベル等々、如何にもマーラーらしい楽器用法が、見応え聴き応えを倍加します。ソフィエフは、マーラーの曲をベルリンフィル他海外で客演指揮し、好評を得ています。また今回のN響とは、2020年以降、毎年のように年初にメンデルスゾーン、ラフマニノフ、プロコフィエフ、ドボルザークなどを指揮演奏していて、その関係は良好、互いに信頼性があると見られるだけあって、今回も第1楽章から譜面台には楽譜が揃えてあっても、たまにページをめくる程度、自分の頭にある理想の曲のバランスを形成するために、軽妙な手振りと身振りで演奏群に向き合って牽引している様子でした。

 アルマを象徴するとも謂われる第2主題の弦楽斉奏の美しいこと。またその後の行進風のリズムと激しい金管と弦楽のやり取り、木琴の合いの手は、困難性、問題の現われとも思われ、後半、これまでの結構激しい調べとは対照的な緩やかな弦楽、弱音付きHrn. 弱音付Trmb.コンマスのソロ、バスクラなどの穏やかな調べでもって、一体マーラーは何を意味しようとしたのでしょう?やはりアルマの事を考えると安らぎを覚えたのでしょうね、きっと。

 次いで演奏は再度行進風のリズムを刻む弦楽変奏で、管と弦のアンサンブルが、通常の調性の整合性よりも、不協的響きを内包した中に、全体の不思議な調和、マーラーマジックとも言えるオーケストレーションで、最後は再度テーマソングが鳴り響き、激しい各パートの自己主張の声が高められて、Tri.も乱打、弦と金管中心の掛け合いで、一気にソフィエフが腕を振り切り、了となったのでした。

 

 第2楽章、緩やかな調べが、主として木管の働きが大なる箇所と、弦楽の活躍が盛んな処とで見られ、美しい旋律が多くて、この楽章で先ずは、心がかなり安らぐ思いはしました。Hrn. Fl.三管、Cl.三管、En-Hrn. バスクラ、が次ぎ次ぎと調べを受け継ぎ、弦楽も同様な緩いテンポでアンサンブルを重ね合わせ、カウベルはカラカラ鳴らされるわ、Hrp.(2)は弦楽と掛け合うわ、Ob..はHrn.と掛け合うわ、とろとろのソフィエフ指揮進行の調べに、眠気まで感じる緩さ加減のマーラーのオーケストレーションでした。チェレスターまで動員する意味合いが分からない。終盤はこれ等が一斉に全楽全奏で最終的なテーマ奏らしきメロディが響き、安穏感は感じても、心から癒されるまではいきませんでした。

 第3楽章スケルツォでは、勇壮な力強い旋律でスタート、勢いは暫く続きましたが、オーボエの調べで一旦止みます。木管と弦楽のコミカルな掛け合いに代わり、ティンパニの先導で、弦楽奏が引っ張り出され、再度木管と弦楽の掛け合いが、おどけた調子で、テンポ、強弱を変えながら続きました。又ティンパニが拍子を取ると曲相が変化。弦楽と木管の剽軽さを含んだ掛け合いが、バスクラリネット、コントラファゴのットにまで及ぶのでした。

 第4楽章の管弦楽が大きな音を立てて強奏する中でも、その旋律が印象的な場面が幾箇所もあり、しかもドラマティックな盛り上がりを伴って響くさ中、第一回目のハンマーが振り下ろされました。如何にも重そう。その後の高音域の弦楽アンサンブルが、パッパカパッパカパッパカパッ、じゃっじゃっじゃっじゃとリズミカルな響きで進行する際には、太鼓奏者が自分の太鼓の側片にムチを当てて音を出して拍子が取られ、さらにはタターン、タターン、タターン、タターンと、二つのティンパニが、強打を打ち合う。弦楽アンサンブルが、さらなる調べを奏でる中、それ以後のオケの盛り上がりに引導を渡すが如く、第二回目のハンマーが打ち下ろされたのでした。このハンマー打撃は何なのか?配布されたプログラムノートには、❝視覚的インパクトを与えることに主眼があるのだろう❞と有りますが、それもむべなるかな、マーラーは、以上に記した通常余り使用されない楽器群の登用にせよ、大規模編成にせよ、勿論音楽的効果はある程度、又はかなりあるのですが、楽器種の多用により曲に聴衆の注目を惹きたいという意図も確かにありそうです。 

 この一番長い4楽章の演奏が終わって、ソフィエフがタクトを降ろすと、超満員のNHKホールは、歓声と拍手の渦と化しました。先ず各パート毎に奏者の演奏を労う指揮者、その都度会場からは大きな拍手が起こりました。

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    舞台⇔袖を何回も行き来する指揮者、カーテンコールはいつまでも続き、最後にソフィエフを讃えるソロカーテンコールで、幕を閉じたのでした。

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