
【日時】2026.1.12.(月・祝)15:00~
【会場】東京文化会館
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団
【指揮】下野竜也
【司会】朝岡聡
【出演】

【曲目】
①三界達義(クラリネット)
ニールセン『クラリネット協奏曲Op.57』
(曲について)
1928年8月15日に完成したカール・ニールセンの最後の協奏曲であり、またニールセンのオーケストラを使用した本格的な最後の作品でもある。以前に作曲した2つの協奏曲、ヴァイオリン協奏曲、フルート協奏曲が2楽章制であるのに対し、この作品は単一楽章で書かれている。
独奏はかなりの手練れでも演奏困難であり、献呈されたオクセンヴァドは「こんな曲を作るニールセンは、さぞかしクラリネットが上手なのだろうな」と皮肉を言ったという逸話が存在する。ニールセンは、クラリネットという楽器の性格を「まったく同時に、完全なヒステリーに陥ったり、バルサムとなって癒したり、油を差していない路面電車のレールのように軋んだりする」と述べており、クラリネットの美しいだけではない多面性を取り上げることがニールセンの意図の一つでもあった。
②チョン・ガンハン(テノール)
ヴェルディ『椿姫より〈燃える心を〉』
オペラ『椿姫』の第二幕の初盤、パリ郊外のヴィオレッタとの愛の住み家の生活について歌うアルフレッドの歌です。
③本堂竣哉(ピアノ)
ベートーヴェン『ピアノ協奏曲第5番』
いわゆる「傑作の森」と評される時期に生み出された作品の一つです。ナポレオン率いるフランス軍によってウィーンが占領される前後に手がけられていて、ベートーヴェンが生涯に完成させたオリジナルのピアノ協奏曲全5曲の中では最後となる作品です。かつ初演に於いて他のピアニストに独奏ピアノを委ねた唯一の作品でもあるのです。
【演奏の模様】
①三界達義(クラリネット): ニールセン『クラリネット協奏曲Op.57』
確かに(曲について)にある様に、この曲は相当な難曲に違い有りません。何回も出て来るカデンツァの表現方法にはそれぞれ工夫の跡が見られ、又テンポの急緩な変化には激しいものが有り激烈なものでした。その変化をスネア―ドラムが盛んに扇り、又跳躍音も度々入り目まぐるしく、テーマとしてはソロに弦楽アンサンブルが変奏を含めて繰り返し合いの手を入れ、この曲を弾き熟す尾は相当な手練れでないと出来ないのかも知れません。優勝者の三界達義さんは広島交響楽団の首席クラリネット奏者とのこと。経験豊かな演奏技術の上での受賞だったのかと納得の演奏でした。
②チョン・ガンハン(テノール): ヴェルディ『オペラ椿姫より〈燃える心を〉』
オペラの第2幕第1場で、パリ郊外のヴィオレッタの屋敷で生活を始めたアルフレッドが、彼女への愛に満ちて「燃える心を」 歌う場面です。
❝僕の燃える心の若き情熱を、彼女は穏やかに和らげてくれた、愛の微笑みで!彼女が「貴方に忠実に生きたい」と言ったあの日から、この世のことを忘れ、天国にいるようだ。(De' miei bollenti spiriti Il giovanile ardore Ella temprò col placido Sorriso dell'amore! Dal dì che disse: vivere Io voglio a te fedel, Dell'universo immemore Io vivo quasi in ciel.)❞
チョン・ガンハンは、立ち上がりから堂々とした風格のある発声で、アルフレッドのヴィオレッタに対する愛の歌を謳い上げました。声量もあり声に張りも有り、文化会館の大ホールに相当広がる響きでしたが、持てる力を全開する感には遠い、やや籠った感触も有りました。歌っている内に喉が潤ってきたのか、益々調子を上げ、上記「燃える心」の終盤❝Dell'universo immemore Io vivo quasi in ciel.❞辺りでは、声の伸びも良く鳴って来ました。そして上記第1場に加えて、プログラムには書いてない、以下の第3場のアリアも続けて歌ったのでした。
❝O mio rimorso! O infamia e vissi in tale errore? Ma il urpe sogno a frangere il ver mi balenò. Per poco in seno acquétati,o grido dell'onore;
M'avrai securo vindice; quest'onta laverò.(ああ、自責の念が!なんたる不名誉だ!それほどの過ちを犯していたのか?だが、僕の恥ずべき夢を、真実が引き裂いてくれた。いま少し黙っていてくれ、名誉の叫びよ、必ず仇を討ってみせる、この恥を拭い去るのだ。)❞
この第1場と第3場の間の第2場では、外出着のアンニーナが外から戻り、アルフレッドは、アンニーナの口から、ヴィオレッタが、アルフレッドとの甘い生活を続けるために、金策にパリに行く事をアンニーナに指示したこと、その生活の維持には1000ルイ(20フラン金貨相当、現在の円相場だと数千万~1億、いやそれ以上かな?)もかかるということを聞いたのです。それで自責の念に駆られて、アルフレッドは詠い叫ぶ場面が第3場なのでした。
この3場の歌い振りは、益々調子を上げて来たチョン・ガンハンは、声の伸びも良く鳴り、(経歴を見ると)オペラ歌手の初心者とは思えない立派な歌を歌っていましたが、残念なことに最後の「~quest'onta laverò.」の最終音❝---rò.❞を High Cで歌うことは出来ず、音階を下げて歌い終わりました。それもむべなるかな初心者ですからね。初心オペラ歌手にしては十分立派なものでした。
更にガンハンは二つの歌を当初のプログラムに追加して歌ったのでした。
②-2
ビゼー『オペラ「カルメン」より花の歌<お前が投げたこの花は>』
これまた有名オペラの有名場面で歌われるアリアです。
オペラ第2幕、以前カルメンが、指定した居酒屋で会おうとホセに言い残したのを覚えていて、たばこ工場内で女工同志の喧嘩で逮捕されたカルメンを勝手に逃がしてしまった罪で、牢に繋がれてしまったホセが刑期を終えて出て来た時、先ず向かったのは居酒屋に向ったのでした。そこで今となっては、愛してしまったカルメンに、再開出来たホセは、カルメンの踊りや歌を見聞きし堪能していていたのですが、帰営のラッパが聞こえ、すぐに兵舎へ戻らなければ点呼に間に合わないと焦ったのです。それをみたカルメンは「その程度の愛しか自分に向けられないそんな男はすぐに行ってしまい」とホセを罵倒、そこで、如何にカルメンを思う気持ちが強いかを花の歌を歌うのでした。
❝(Il va chercher sous sa veste d'uniforme la fleur de cassie que Carmen lui a jetée au premier acte.)
La fleur que tu m'avais jetée,dans ma prison m'était restée.Flétrie et sèche, cette fleur gardait toujours sa douce odeur;et pendant des heures entières,
sur mes yeux, fermant mes paupières,de cette odeur je m'enivrais et dans la nuit je te voyais! Je me prenais à te maudire, à te détester, à me dire:
pourquoi faut-il que le destin l'ait mise là sur mon chemin? Puis je m'accusais de blasphème,et je ne sentais en moi-même,je ne sentais qu'un seul désir,un seul désir, un seul espoir:te revoir, ô Carmen, oui, te revoir!Car tu n'avais eu qu'à paraître, qu'à jeter un regard sur moi,pour t'emparer de tout mon être,ô ma Carmen!et j'étais une chose à toi!Carmen, je t'aime!
((彼は軍服の下から カルメンが第一幕で彼に投げたキンゴウカンの花を取り出す)
お前が俺に投げたこの花は 刑務所の中でも、俺とずーっと一緒だった 枯れて干からびても、この花は ずっと保ってた。 この甘い香りを 何時間もずっと。瞼を閉じた俺の目はこの香りに酔いしれなから 暗闇の中でお前を見ていた!お前を呪ってもみたさ お前を憎んでこうも言ったさ 、どうして俺の運命はあんな女を、俺の人生に投げ込んだのか?と。
それから俺はそんなことを言った自分を責めて そして自分のうちに感じ取ったんだ。
俺にはただひとつだけの願いがある 。ただひとつの願い、ただひとつの希望、お前にまた会うことさ。 カルメン そうさ、お前にまた! だってお前はただ現れて、俺を一目見るだけで 俺をすっかり虜にしちまったんだからな。 おお 俺のカルメン!
そして俺はもうお前のものなんだ!カルメン お前を愛してる!)❞
ここで問題のカルメンがホセ目掛けて投げた一輪の「花」と言うのは、オペラ第1幕の最初の場面で出て来た花なのです。それは以下の通りです。
衛兵交替後登場したホセ、許婚者ミカエラが会いに来ていることも知らないホセ。そうしているうちに、カルメン(シータ)が休憩で工場内から出て来て登場、奔放な自分の気持ちを「ハバネラ」で歌い表わすのです。そして身に付けていた花を一輪、ホセに近づきそれを投げつけたのでした。 この花は、「cassie(キンゴウカン)」の花で、(実際の舞台では赤い花が使われる時が多いですが、キンゴウカンの色は赤ではなく黄色です。)花言葉は「秘密の愛」。舞台で、何故赤花が使われるようになったかは不明。キンゴウカンの花は、香りが強いので、たばこ工場で働く女工さん達が、仕事を終えるとタバコの匂いを消すために、キンゴウカンの花を沢山漬けて香りを付けた水で沐浴するのです。
この花の歌を、チョン・ガンハンは随分と滑らかになった喉を通して、テノールの歌声を将に頭のてっぺんから迸ばしり出るが如く、広い文化会館のホール一杯に広げたのでした。将にこれは一人前のテノール歌手と言って良い程の歌い振りでした。タダ残念なのは、聞いていて音楽としてはいい響きだったのですが、フランス語の発音がいただけません。鼻濁音、r や語尾のe の発音など、言葉がフランス語として聞えませんでした。やはりフランス語は難しい。まして初心者とも言えるオペラ歌手の卵には無理な注文でしょう。
②-3:レハール『オペレッタ「ほほえみの国」より<君こそわが心のすべて>』
このオペレッタの歌を、ガンハンはリラックスして歌い、持ち前の美声を如何なく発揮した最もその声質にふさわしい歌い振りだと思いました。司会を務めた朝岡さんの話にも有った様に、まだ21歳でソウル大学校の学生だというのですから、最初から難しいオペラの名曲中心に学ぶよりもオペレッタの当な気軽に歌える技術を身につけ、又時々には、力を抜いて歌曲の歌唱法も同時に学んで行けば、二刀流とも違う器用なオペラ歌手に成長する可能性は十分あると思いました。 下野・東フィルのオーケストラ演奏は、流石にオペラの場数を踏んでいる管弦楽団だけあって、文句のないいい演奏でした。
③本堂竣哉(ピアノ): ベートーヴェン『ピアノ協奏曲第5番』
ベートーヴェンの五つあるピアノ協奏曲の中で最も有名で、「皇帝」の名が付けられている曲で、最も演奏機会の多いコンチェルトです。
〇全三楽章構成
第1楽章Allegro
第2楽章Adagio un poco mosso
第3楽章Rond Allegro-Piu allegro
如何にも第1楽章最初から、威風堂々とした旋律を本堂さんは、聞こえ映え良いこの曲を弾き始め、オケと指揮者(下野竜也)の相性もいい感じで、演奏を進めました。しかし第1楽章、ほぼミスなく演奏は素晴らしいと思いましたが、心なしか少し弱く迫力が不足している様に感じられたのです。腕と指で強打鍵も何回となく弾くのですが、体からの力が鍵盤に余り伝わっていないのでは?と思ったのです。曲展開もやや単調のきらいがあり、もっとアゴーギグを付けたらいいのにとも。しかしこれは最初のうちの杞憂でした。中盤からの繰り返えし部からは本領を発揮し始め、上行下行、かなりの迫力で、猛烈なテンポ部でも衰えは無く益々エネルギーが注ぎ込まれました。特に終盤の力強い両手揃えた上行下行部は力が籠っていました。続く弱奏音もコロコロと修飾音を入れ、木管との掛け合いも上手くいっていました。終盤の弦楽アンサンブルが迫るが如き勢いに、本道さんは、相当な強鍵を持って答えるのでした。この楽章中盤から本領発揮の感が有りました。一番長い楽章で、繰り返しを含めると20分程もかかったでしょうか。
第2楽章の緩徐楽章も、本堂さんは気持ちを込めて弾き、表現力が優っていました。一番短い楽章で、10分もかからなかったと思います。最後に次楽章のパッセッジの音がためらうが如く、試し音の様に弱く鳴らされるとアッタカで
第3楽章に突入しました。スタッカートを効かせたテーマ奏を繰り返し、さらにオケが全楽全奏でfollowしました。オケとの相性も抜群に良くなり、縦横無尽にPf.上を指が行き交いしていました。
今回の演奏者、本堂さんは、東京藝大4年に在学中の22歳とのことですから今後の発展、活躍が大いに期待される若手です。
最後に今回の演奏会の進行役、朝岡 聡さんに関して一言。そつなく無駄なくポイントを突く話術で奏者に話しかけ、様々な発言を弾き出し、会場を沸かせていました。こうした音楽司会ではピカ一ですね。最後は会場から大きな拍手と歓声が飛び交いました。

(司会者のインタヴューに応えるピアノ奏者)

(演奏を終えて終結する三奏者)