HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

《初詣Ⅱ》・・源氏絡みの神社巡り

 今朝起きると、またまた良い天気でした。ただ、西南西方向から時々雲が流れて来ているのが、少し気になったので、横浜の天気予報を見てみたら、概ね晴れの予報であるものの、夜7~9時頃になると何と雪だるま印が付いているではないですか。正月の初雪?と一瞬たじろぎましたが、降雪量を見たら0.何cmのオーダーなので安堵しました。

 さて昨日は、天照大神の神社を初詣でしたことを記しました。しかし神話の時代の古い神々もいいのですが、今年は何年か振りで、もっと新しい歴史の神社としての鎌倉時代の源氏を祀る八幡宮などを廻ることにしたのです。これは何年か前にも記しましたが、源氏の家紋は笹竜胆、自分の先祖の墓にも笹竜胆の家紋が彫ってあり、特に家系図が残されている訳でもなく、その由来は今となっては分からないのですが、先祖は北陸地方乃至越後方面の出身であることは、過去帳などで確かなので、鎌倉時代にその方面を地盤とした源氏の末裔の一部ではないかと自分的には解釈をしているのです。自分の祖父が子供を膝に抱えつつ「京~おの五条おの橋の上、大ぁーいのおとこの弁慶が・・・牛若目がけて~」とよく歌って聞かせていたらしく、更に想像たくましくすれば、兄、頼朝派により、京を追われた義経が、東北の平泉へと逃れたルートとして、山伏姿で越後・出羽経由で陸路を進んだという伝承が強く残っているので、越後を地盤とした源氏勢力が力添えした可能性があると考えれば、判官びいきの先祖ではなかったかと思うのです。

 今日の初詣では、先ず鎌倉の八幡宮に行きました。「八幡宮」は、各地にあります。そもそも「八幡宮」って何のやしろ?
「八幡宮」は

八幡大神(応神天皇)を主祭神として祀る神社の総称で、全国に数多く存在し、特に武家から厚く信仰された武神・勝運の神・厄除けの神として知られ、鶴岡八幡宮石清水八幡宮宇佐神宮などが有名です。源氏の守護神として鎌倉の発展を支えた鶴岡八幡宮が特に有名ですが、安産、子育て、商売繁盛などのご利益もあります。何故頼朝は「鶴岡八幡宮」と名付けたか?

 源氏には頼朝時代から遡る事約100年、八幡太郎義家(1039年~1106)という武将がいて、奧州征伐は有名です。7歳の春に京都石清水八幡宮で元服したことから、通称・八幡太郎義家(はちまんたろうよしいえ)と呼ばれました。奥州の蝦夷氏側の勢力と対峙した時、木幡山(こはたやま)と言う大きな杉林に囲まれた山の神社に義家は陣を取り、その時運よく大雪が降って、雪が積もった杉の高木が、遠くの敵陣から見ると源氏の白旗の大軍旗の様に見えて、恐れをなした敵は逃げ去ったという逸話が残されています。

 こうした歴史から約100年経って、ほぼ全国を平定した源頼朝は、朝廷より征夷大将軍を授けられて、関東の要所、鎌倉に幕府を開き『鶴岡八幡宮』と称したのでした。

    今日の「鶴岡八幡宮」参拝は、電車で鎌倉駅まで行きました。電車も鎌倉駅も、人、人にうずくまる程の大混雑でした。

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二の鳥居以北の段葛は、それ程の混雑でなく、スイスイ歩けました。

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段葛の由来牌がありました。

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要するに頼朝が妻政子の安産祈願のため建立した。北条時政他の臣下に、土石運搬させた。明治元年二の鳥居から大鳥居までは、失われた。

そうなのです。

太鼓橋以北の敷地には、多くの参拝者の大群が、警察の規制に従って、ゆっくりと歩みを間歇的に進めていました。

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枯れた「公暁の大銀杏」は、根は生きている様でして、脇から新木が伸びて来ていました。「公暁の大銀杏」の二代目の銀杏の木は、相当な高さになっている。あと100年もしたら、結構な大木になるでしょう。

石段を登れば、本殿の前に進めるのですが、警察が安全のための、人数規制をしているので、遅々として進みません。やっと自分の前にはられてロープが上げられ、階段下に進みましたが、結構な勾配と段数があるので、若い時の様にスイスイ登れなく、転ばない様に細心の注意を払ってのぼりました。本殿は、何年か振りの参拝ですが、以前の様な身動き出来ない程の混雑でなく、昔より参拝者が減って来ている様にも思いました。参拝後八幡宮の御札を購入し帰りは、古札を納めてから、混雑する駅からの電車は避けて、八幡宮近くの臨場バス停からバスに乗り、大船駅まで出ました。大船は大昔、家内と新婚生活を始めた地でもあるのです。懐かしい。白状すると、自分は、学生結婚だったため、大船から東京まで、東海道線で一年程通学しました。全く時の経つのは、早いものです。

     懐古しても何も生産性がないので初詣に戻りますと、

その後横浜の東戸塚まで戻り、「白旗神社」、ここは、頼朝を祀っているそうです(詳細は調べても不明)。

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ここの本殿は、質素な小さいものでしたが、確かに源氏の笹竜胆の紋が見られました。

     続いて、東戸塚駅の方へ戻り、これ又同名の「白旗神社」を参拝しました。こちらは、義経を祀っているとのこと。

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この様に近い場所(直線距離で数kmか?)に二つの同名の神社が、しかも仲違いした、中世武士の頭目だった兄弟をそれぞれ祀る神社が存立していることは、何かミステリアスな感じも受け興味津々なので、いつかはその由来、意味合いの詳細を調べてみたい気があります。

    何れにせよ、初詣という行事が、(自分も含めて)かなりの数の日本人の心に巣くっていることは、間違いない事実なので、それがいい悪いの観点からでなく、人々に与える効用をピックアップすることに依ってマイナスの側面を凌駕出来ればいいなと思っています。