
【日時】2025.12.15.(月)19:00〜
【会場】オペラシティ・コンサートホール
【出演】エリック・ルー(第19 回ショパンコンクール優勝者)

〈Profile〉
1997年12月15日生まれのアメリカのクラシックピアニスト。2025年ワルシャワでの第19回ショパン国際ピアノコンクールと2018年リーズ国際ピアノコンクールで優勝。ロンドン交響楽団、シカゴ交響楽団、ボストン交響楽団、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団、ロサンゼルス・フィルハーモニック、ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団、オスロ・フィルハーモニー管弦楽団など、世界の主要なオーケストラと共演し、リール国立管弦楽団ともツアーを行っている。
演奏前に、曲の演奏順一部変更のアナウンスが有りました。当初発表されていた二番目の「ポロネーズ 第5番 」と三番目の「舟歌 嬰ヘ長調Op. 60 」の演奏順を入れ替えると言う事でした。
【曲目】 ショパン:
①ノクターン 第7番 嬰ハ短調 Op.27- 1
(曲について)
嬰ハ短調の劇的で情熱的な作品で、単なる夜想曲を超えた「劇的な夜想曲」とも評され、序奏・主題・展開・マズルカ風部分・コーダを持つ構成、特に中間部の半音階的なトレモロと力強い和音連打が特徴です。主題の装飾が控えめで「二重唱」のような深みがあり、マズルカの要素やレチタティーヴォ(語るような)パッセージが民族的・劇的な感情を表し難易度も「上級」とされます。
②舟歌 嬰ヘ長調 Op.60
(曲について)
通常の舟歌は無言歌集 (メンデルスゾーン)#第2巻 作品30にあるように2拍子系の8分の6拍子であるが、4拍子系の8分の12拍子である。
嬰ト短調-嬰ハ長調-主調と調性不安定な和声進行で始まり[要出典]、休止のあと主題が始まる。左手の特徴的なリズムの上に右手が3度や6度の和声で叙情的にメロディを演奏する。
中間部では一旦平行短調(嬰ヘ短調)で導入するが、対立や発展というより主部と同じ様な主題が転調反復される。イ長調の進行。しかし時に嬰ト長調(変イ長調)のアルペッジョを取り入れて節目をつけている。
モノフォニーの嬰ハ長調レチタティーヴォが現れ、音階進行とトリルの後、主題が左手オクターヴ奏法に乗って再現する。
最後は調性不安定な半音階の後に6度の和声で主調が回想され、下降音階が華々しく締めくくる。
③ポロネーズ第5番影ヘ短調 Op.44
(曲について)
ショパンのポロネーズ第5番嬰ヘ短調 Op.44は、ショパンが作曲した物語性のあるポロネーズで、「影のポロネーズ」 とも呼ばれることがあります(通称「影のポロネーズ」は「幻想ポロネーズ」を指す場合もありますが、このOp.44にも陰影深い部分があります)。パデレフスキ版では「第5番」ですが、作品番号はOp.44で、幻想的な要素と民族的な情熱が融合した、ドラマティックで技術的にも要求の高い作品です
この曲は、ショパンのポロネーズの中でも特に感情の起伏が激しく、ピアニストの表現力が試される作品として知られています。
④ポロネーズ第7番 変イ長調 Op.61「幻想」
(曲について)
ショパンの晩年の1846年に出版され、A.ヴェイレ夫人に献呈された。この曲は所々にポロネーズのリズムが散見されるも、構成からは幻想曲に近い。実際、ショパンは当初この曲の題を「幻想」としており、ポロネーズとしてではなく幻想曲として作曲していた。複雑な和声と自由な形式をもつ独創的な作品で、ショパンの独立した作品としては大規模な部類に入る。
⑤ポロネーズ 第9番 変ロ長調 Op.71-2
(曲について)
フレデリック・ショパンのポロネーズ作品71(ポロネーズさくひんななじゅういち)は、作曲者の遺作である。ショパンはもともと作品には非常なる潔癖性であり、死後に未発表の作品があれば処分するように言い残していた。わずか15歳から19歳の時の作品という若々しい感性のもので、技巧の派手さと右手声部の難しさが特徴である。友人のユリアン・フォンタナによって1855年に出版されている。
遺作という事情から、演奏会で取り上げられることは少ないが、60年代末のサンソン・フランソワ、ショパン全曲の音源を誇るウラディーミル・アシュケナージ、またキーシンなどが録音を残している。
⑥ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 Op.58
前作が作曲されてから5年後の1844年に、ノアンにあるジョルジュ・サンドの住居で作曲され、翌年出版された本作は、ド・ペルテュイ伯爵夫人(Emilie de Perthuis)に献呈された。本作が作曲された年にはショパンの父ニコラが死去し、その訃報に触れたショパンは悲しみのあまり2週間ほど重病人となったが、その約3ヶ月後に完成させている。ロベルト・シューマンによって「無理やりくくりつけた」と評された前作とは打って変わって古典的構成美を特徴とし、曲想、規模ともに堂々たる大作である。ピアノソナタ全3曲の中、唯一終楽章を長調で締めくくっている(終結部分のみ)。
【演奏の模様】
今回の優勝者リサイタルでは、プログラムの「ポロネーズ5番」が「舟歌」の後に演奏変更になったため、結果的に③、④、⑤とポロネーズが続いた事になり「ポロネーズ」が目立ちました。エリック・ルーは「ポロネーズ」が得意?そういう訳でもない様です。16曲位あるポロネーズの中から本選の課題曲「幻想ポロネーズ」はプログラムに入っていますが、一般に人気の「英雄ポロネーズ」や「軍隊ポロネーズ」は入っていません。因みに特別賞である「ポロネーズ」賞は、中国の演奏者が取りました。エリック・ルーはその他の特別賞も取っていません。ということは、優勝者は、平均して各種の曲にいい得点をとり優勝したのです。個性派ピアニストでなくバランス型ピアニストだということなのでしょう。
①ノクターン 第7番 嬰ハ短調 Op.27-1
<参考>
ショパンのノクターン第7番嬰ハ短調 Op.27-1は、1835年頃に作曲され、「二重唱」のような旋律と劇的な中間部、マズルカの要素、そして嬰ハ長調で閉じられるコーダが特徴。深淵でドラマティックな夜想曲。他のノクターンと異なり、主題反復時に装飾が少なく、「独唱」から「二重唱」への変化が印象的で、中間部では激しい音の広がりと転調が展開され、民族的な感情も示唆される。
②舟歌 嬰ヘ長調 Op.60
<参考>
通常の舟歌は無言歌集 (メンデルスゾーン)#第2巻 作品30にあるように2拍子系の8分の6拍子であるが、4拍子系の8分の12拍子である。
嬰ト短調-嬰ハ長調-主調と調性不安定な和声進行で始まり[要出典]、休止のあと主題が始まる。左手の特徴的なリズムの上に右手が3度や6度の和声で叙情的にメロディを演奏する。
中間部では一旦平行短調(嬰ヘ短調)で導入するが、対立や発展というより主部と同じ様な主題が転調反復される。イ長調の進行。しかし時に嬰ト長調(変イ長調)のアルペッジョを取り入れて節目をつけている。
モノフォニーの嬰ハ長調レチタティーヴォが現れ、音階進行とトリルの後、主題が左手オクターヴ奏法に乗って再現する。
最後は調性不安定な半音階の後に6度の和声で主調が回想され、下降音階が華々しく締めくくる。
③ポロネーズ 第5番 嬰ヘ短調 Op.44
○曲の構成 Maestoso部とTempo di mazurkaの部から成る。
- Maestoso
- 序奏は嬰ヘ短調の属和音による素材。三連符-四連符-オクターヴ奏法と繰り返すごとに規模と音量を増して主調による解決を効果的にしている。
- 主題は左手のポロネーズのリズムに乗り、右手が三度・オクターヴの和声で奏する。途中転調して変ロ短調、変イ長調の部分を入れて、変化をつけている。左手部はオクターヴか音階かのいずれかであり音量が大きい。平行調のイ長調により、32分音符と8分音符のポロネーズリズムがユニゾンで数回繰り返される。ここが終わると次のマズルカが歌われる。
- Tempo di mazurka
- 中間部はdoppio movimentoのマズルカ。イ長調で三度の和声が美しい。ホ長調に転調しながら繰り返される。動機の短縮により序奏の属和音の素材を誘導し、再現部に移る。
④ポロネーズ 変イ長調 Op.61「幻想」
以下の構成から成ります。
・Allegro maestoso 変イ長調、第1主題。ここでポロネーズのリズムが登場し、調性も初めて変イ長調に落ち着く
- Allegro maestoso、変イ長調、第2主題 - ホ長調 - 変イ長調
- Allegro maestoso、変ロ長調、第3主題 - ロ短調。右手の華やかな走句が印象的。
- Poco più Lento、ロ長調、第4主題。穏やかなコラール風の部分。
- Poco più Lento、嬰ト短調/ロ長調、第5主題。左手シンコペーションが加わり、右手は半音階的な旋律を歌う。
- Poco più Lento(lento)、ロ長調、序奏の再現
- Poco più Lento、ヘ短調/変イ長調、第5主題 - Allegro maestoso
- Allegro maestoso、変イ長調、第1主題。三連符が右手中声部に現れる。
- Allegro maestoso、変イ長調、第4主題。最後に高い主和音が曲の終わりを告げる。
《20分の休憩》
⑤ポロネーズ 第9番 変ロ長調 Op.71-2(遺作)
Op.71-1 Op.71-3との三点セットで、Op.71-1同様、三連符の右手パッセージが全曲を駆け抜ける。中間部は平行調。32分音符の華麗な展開。若い時代に作曲されたらしい、技巧的な派手な修飾音が目立ちました。
⑥ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 Op.58
○全四楽章構成
第1楽章 アレグロ・マエストーソ
第2楽章 スケルツオ:モルト・ヴィヴァーチェ
第3楽章 ラルゴ
第4楽章 フィナーレ:プレスト・マ・ノン・タント
<参考>
1.決然とした第1主題、ショパンらしい優雅で甘美な第2主題からなり、ショパンの個性と創意が存分に生かされている。提示部の反復指定がある。
2.深刻な内容の多いショパンのスケルツォには珍しく、即興的で諧謔味を含む。中間部ではロ長調に転じる。エンハーモニックな転調でロ長調と変ホ長調が対峙するのは、フランツ・シューベルトの4つの即興曲D899-2にも例がある。
3.夜想曲風の甘美な楽章。中間部では嬰ト短調-変イ長調と、ピアノ協奏曲第1番第2楽章に相似た展開をする。再現部は左手部に鋭いリズムをつけ、単調さを避けている。
4.この大曲のしめくくりにふさわしい、情熱的で力強い楽章。主題は序奏和音の後すぐ提示され、ロンド形式の通り繰り返される。エンハーモニックな転調は随所にあるが、終結はロ長調である。
今回の演奏を聴きに行った動機は、
N響との協奏曲の演奏を聴いただけでは、今回の優勝者の演奏のパターンというか特徴・個性が明確には捕まえられなく誤解のもと。今回のリサイタルを全曲聴けば理解が進むと思い、何かにと用事があったのですが、どうしても外せないと思って聴きに行ったのでした。(いやこれを聞いただけでは「群盲撫象」に陥りがち。一部しか見ていないのに全体を理解したと誤解してしまう恐れが有ります。)
今回の演奏を総じて振り返ると、その特徴は、前回の演奏の延長線上にあると言っても過言では有りません。
丹念、音の粒立ちの良さ、美的表現、ピアノを謳わせる、完璧、概して遅いテンポ、内省的表現、安定性は相変わらず、こればかりか今回はその上さらに、ある程度の力強さと迫力、猛烈な勢い、抒情性も兼ね備えた演奏を聴かせて呉れました。
今後の伸びしろは大きく、大器に成長可能な素質は十分有すると思いました。
それにしてもいつも思い出すのは、今は亡きポリーニの逸話。優勝後、引っ張りだこの舞台演奏会を出来るだけ避け、数年間、距離を置いたのです。自分の足りない部分(ポリーニをしても自分は足りないと自覚したのですから、いわんや余人をや)
この行動は、以下のような理由から「伝説」として語り継がれています。
レパートリーの拡大と深化: ショパンのスペシャリストとして消費されることを避け、より広範な音楽的興味(バッハ、ベートーヴェンからシェーンベルク、ブーレーズといった現代音楽まで)を探求し、自身のレパートリーを充実させる時間が必要だと考えました。
師ミケランジェリからの教え: この期間に、アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリに師事し、技術と表現にさらなる磨きをかけました。
完璧主義: 商業的な成功に飛びつくよりも、音楽と真摯に向き合い、自身の芸術性を熟成させることを優先しました。
こうして伝説から巨匠へと変貌したのです。
1960年代後半に本格的にコンサート活動を再開すると、その「沈黙」の期間に培われた深い音楽性と卓越した技術は、かつての「若き天才」というイメージを超越し、「知的で完璧主義な巨匠」としての地位を確立しました。
彼はキャリアを通じて一貫してこの姿勢を崩さず、緻密に計算された構造的なアプローチと、一切の感傷を排した厳格な演奏スタイルで知られるようになりました。
巨匠と言われるまでになるには、必ずしも同じ道を辿るものでは有りませんが、音楽を聴く者を感動させる伝説の一つです。
結局、日本のあり触れた格言『実る程 こうべを垂れる 稲穂かな』に尽きるのでしょう。
演奏が終わると満員の会場は、割れんばかりの拍手の渦と化しました。
その後、アンコール演奏がありました。しかも三つも。
《アンコール曲》
①ショパン『ワルツ第7番嬰ハ短調Op.64-2』
②ショパン『ワルツ第5番変イ長調Op.47』
③J.S.バッハ『ゴルトベルク変奏曲BWV988アリア』
