
〜12月Cプログラム 聴きどころ〜
ショパンとニルセン。生きた場所も時代も異なるが、それぞれに祖国の音楽的発展に大きく寄与した作曲家たちである。彼らの代表作を取り上げた本日の演奏会は、両者が作品を通して体現しようとした「祖国への想い」を深く味わうことのできる絶好の機会となるだろう。とりわけショパンのピアノ協奏曲は、この秋にワルシャワで開催されたコンクールの覇者による演奏だ。どのようなショパン像を見せてくれるのか、期待が膨らむ。(重川真紀)
【日時】2025.12.12.(金)19:00〜
【会場】NHKホール
【管弦楽】NHK交響楽団
【独 奏】エリック・ルー(Pf.)

〈Profile〉
1997年12月15日生まれのアメリカのクラシックピアニスト。2025年ワルシャワでの第19回ショパン国際ピアノコンクールと2018年リーズ国際ピアノコンクールで優勝。ロンドン交響楽団、シカゴ交響楽団、ボストン交響楽団、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団、ロサンゼルス・フィルハーモニック、ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団、オスロ・フィルハーモニー管弦楽団など、世界の主要なオーケストラと共演し、リール国立管弦楽団ともツアーを行っている。
【曲目】
①ショパン『ピアノ協奏曲第2番』
(曲について)
第1番よりも先に作られたピアノ協奏曲。現在、ヤン・エキエル編纂の「ナショナル・エディション」では番号は付けられていない。初めての大作ということもあり、曲は第1番よりも自由な構成を持つ一方で、随所に様々な創意がこらされている。第1番に比べて演奏回数はやや少ない。作曲家の小林秀雄は、同曲の自編版(全音楽譜出版刊 ISBN411110127 )の解説の中で、カルクブレンナーの「ピアノ協奏曲第1番ニ短調」作品61の影響を指摘している。
完成した年の3月17日にワルシャワで、作曲者のピアノ独奏により初演された。
②ニールセン『交響曲 第4番 作品29 〈不滅〉』
(曲について)
ニールセンが1914年から1916年にかけ作曲した交響曲である。作曲者自身によって『不滅』(または滅ぼし得ざるもの)という副題が与えられている。
4つの楽曲の要素が移行していくという構成になっており、しばしば4楽章や2楽章の曲と誤解されるが、単一楽章の作品であり、2群のティンパニによる競演を特徴とし、ニールセンが手がけた交響曲の中でも特に劇的な作品と目されている。
【演奏の模様】
最初にエリック・ルーのショパンの演奏から始まりました。この協奏曲2番は、彼がショパンコンクールで最終的に弾いた曲であり、優勝の一里塚を刻んだ曲です。
①ショパン『ピアノ協奏曲第2番ヘ短調 作品21』
◯楽器編成:フルート2、オーボエ2、Bフラット管クラリネット2、ファゴット2、F管ホルン2、Bフラット管トランペット2、バストロンボーン、ティンパニ、二管編成弦五部14型(14-12-10-8-6)。N響の編成は、ショパンコンクールの本選オケより、弦がひとまわり大きい編成です。
◯全三楽章構成:
第1楽章Maestoso
第2楽章Larghetto
第3楽章Allegro -vivace
管弦楽の暫し序奏がひとしきり終わると、エリック・ルーはおもむろに両手を鍵盤にあて、ゆっくりと弾き始めました。随分長い指だなと思いました。
第1楽章は、慎重さからなのか?かなりのslow tempoで、一音一音噛みしめる様に発音していましたが、これがまた粒立ちの良い、魚沼産の新米の様な甘さと香りのする極上の味の演奏でした。ショパンコンクールの録画を見ると今回よりテンポも速く、最初から相当力が入った演奏で、音は美しいのですが香り高いとは言えない音でした。
この楽章:威厳がある、雄大で、力強い等の意味のある表記の「Maestoso」ですが、今回のN響との協演では、エリック・ルーはそうした強さよりも「エレガントさ」を全面に出した演奏で、その傾向は次の第2楽章Larghettoでさらに顕著になったと思います。
第2楽章では、ショパンは若かりし頃の恋心を謳いたかったとも謂われ、エリック・ルーのその甘美な調べは、それはそれは甘いパリのタルトタタンの様、甘さの中に成就しない恋の甘酸っぱさも感じます。美しい。 第2楽章後半では、速い指捌きのパッセッジを僅かな木管の弱音を伴奏として、一種のカデンツァ的に表現、ルイージ・N響はソッとルーの演奏に寄り添っていました。協奏曲1番に出て来る様な調べをしっとりとうたい上げ、ゆっくりと高音域まで上行して、了としたエリック・ルーでした。
最終楽章、Allegro vivaceでは、リズミカルな気運に乗って、軽快な調べを舞曲風に展開、更には弦のコルレーニョに合わせて短いトリルや再度上行下行を繰返し、この楽章もどちらかというと力づくで強打鍵する演奏の箇所は見当たらず、あくまで珠玉の様な(玉を転がす様な)発音で、始終気を配っている様子のエリック・ルーでした。
総じて感じたことは、斯くの如き美しい2番の演奏は、これまで聴いた事が無い程のものだったという事です。技術的にも鍛錬の行き届いた手練れが完全無欠な演奏をしたといった感じでした。Hrn.がファンファーレを高らかに鳴らすと、エリック・ルーはそれに乗じて、華やかな演奏を速いテンポで煌びやかに振りまき、下行・上行旋律を軽やかに繰り返して演奏を終えたのでした。
演奏が終わると、歓声こそ在りませんでしたが、売り切れ満員の会場は大きな拍手に溢れました。
正面切って挨拶するエリック・ルーを見ると、なかなか真面目そうな、いい青年に見えました。

尚、客席の大きな拍手に応えてアンコール演奏が有りました。
《ソリスト・アンコール曲》
J.S.バッハ『ゴルトベルク変奏曲BWV988〈アリア〉』
ゴルドベルク変奏曲は、1741年に出版されたバッハに依る30の変奏曲及び冒頭曲と最終曲として付けられた二つのアリアから成る曲集です。アリアの部分はそれを遡る事16年、バッハの後妻であるアンナ・マクダレーナの音楽帳(1725年に始まる二番目の音楽帳)に収録されています。この音楽帳には1から45まで、アリアの歌詞や多声部の声楽曲、伴奏譜など様々な作曲家等の曲の内容が、雑記的に記されているそうです。ここでの<アリア>は、26番目に記されていて、バッハ作曲の3声のクラヴィール曲なのです。きっと古い歌詞の付いた古楽の譜面で、ソプラノ歌手だったマクダレーナも唄っていたのかも知れません。
エリック・ルーは、通常聴くゴルドベルグ変奏曲のアリアよりも随分テンポを遅くして演奏しました。それだけ古いマドリガルの様な中世の雰囲気がする歌を謳っている様に思えました。良く謳う演奏でした。
②ニールセン『交響曲 第4番 作品29 〈不滅〉』
◯楽器編成フルート3(3番はピッコロ持ち替え)、オーボエ3、クラリネット3、ファゴット3(3番はコントラファゴット持ち替え)、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ2人、三管編成弦楽5部 型
◯楽曲構成:4つの楽曲の要素が移行していくという構成になっており、しばしば4楽章や2楽章の曲と誤解されるが、単一楽章の作品であり、2群のティンパニによる競演を特徴とし、ニールセンが手がけた交響曲の中でも特に劇的な作品と目されているのです。
・第1部(Allegro イ長調)クラリネットによる全奏部
・第2部(Poco allegretto ト長調)間奏にあたる。気楽な田舎風の曲想
・第3部(Poco adagio quasi andante)緩徐楽章の役割、悲劇的な曲想
・第4部(Allegro) 2台のティンパニが活躍
この曲では上記した様に、二つのTimp.の打ち合いがあるというので期待して聴きました。
一般的にTimp.は、第二、第三の指揮者、リズムを刻み拍子を取り、オケを牽引する場面が往々として数多く有ります。Timp.二台が活躍すると謂われる初めて聴いた本曲は、かなりの迫力は有りましたが、第一の方が多く鳴らされ、第二は音の調整に耳をそばだてる時が結構ありました。特に第4部後半で両者は激しくバチをたたき合い、勿論弦楽の他楽器の参画もあるのですが、音楽としてのTimp.同士の融合性・合致性、オーケストラとの統合性に関しては、優れた曲とは思えませんでした。
オーケストラとの相性から言えば、Timp.活躍の他の交響曲(例えば、ショスタコ5番4楽章、ブラームス1番冒頭、第九第2楽章、マーラー第3番のエンディングのTimp.斉奏etc.)を凌駕した感じは全然有りませんでした。前評判倒しの感有り。
むしろ全体を通して、木管奏(特に神田首席、吉村首席他2奏者)や金管奏(3~4奏者)が活躍した調べの方が印象深いものが有りました。
(参考)
ニールセンは、この第4番以降の作品において多調性を採用しており、『交響曲第6番』までの3つの交響曲については基本となる調が記されていない。これは古典的な交響曲のような、基本となる調を設定し、他の調との対比により構成する、という概念を排す意図からである。この第4番はニ短調の全奏部(Allegro)で始まり、クラリネットによるイ長調、間奏となる気楽な田舎風の曲想の第2部(Poco allegretto、ト長調)を経て、伝統的な緩徐楽章の役割は悲劇的な曲想の第3部(Poco adagio quasi andante)に譲られる。第4部(Allegro)では2群のティンパニが活躍し、結末においてホ長調となって締め括られる。
