
〜日本モーツァルト協会第674回例会〜
【日時】2025.12.9.(金)18:30〜
【会場】東京文化会館小ホール
【出演】中川優芽花(Pf.)

〈Profile〉
ドイツに生まれ育った日本人ピアニスト。
2001年にデュッセルドルフで生まれ、デュッセルドルフのロベルト・シューマン音楽大学にてバーバラ・シュツェパンスカのもと音楽の教育を受け始める。ロンドンのパーセル音楽院ではウィリアム・フォンに学ぶ。2021年よりワイマールのフランツ・リスト音楽大学においてグリゴリー・グルズマン教授のもと研鑽を積んでいる。2023年にはスイスのグシュタードでマリア・ジョアオ・ピリスのマスタークラスを受講。2022年より2024年までロームミュージックファンデーションの奨学金を得た。
2021年、スイスで開催された権威あるクララ・ハスキル国際ピアノ・コンクールで優勝、および聴衆賞ほかもあわせて受賞した。またデュッセルドルフで開催されたロベルト・シューマン国際コンクール(2019)、およびイェネー・タカーチ国際コンクール(2018)でも優勝している。2014年にワイマールで開催された「若いピアニストのためのフランツ・リスト国際コンクール」では第2位に入賞。
2019年以降ロンドンのウィグモア・ホール、デュッセルドルフのトーンハレ(ゾイ・ツォカヌー指揮デュッセルドルフ交響楽団と共演)、ワイマールハレ(マルクス・L・フランク指揮のイエナ・フィルハーモニー管弦楽団と共演)などで演奏している。サンクトペテルブルクで開催された第16回マリインスキー国際ピアノ・フェスティバルにも招待された。
2022-23シーズンはクリスティアン・ツァハリアスが指揮するホーフ交響楽団とベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を、また同じくツァハリアスの指揮でポルト・カーザ・ダ・ムジカ管弦楽団とモーツァルトの2台のピアノのための協奏曲KV365を演奏した。またクララ・ハスキル国際コンクールの開催地ヴヴェイでヴヴェイ・クラシック・フェスティバルに出演した。2024年にはふたたびポルト・カーザ・ダ・ムジカ管弦楽団と共演、アンドレアス・シュペリンクの指揮でモーツァルトのピアノ協奏曲第20番KV466を演奏したほか、ウィーン・コンツェルトハウス、リンツ・プルックナーハウスでも演奏している。
2022年3月、クララ・ハスキル国際優勝後初の来日リサイタルは大絶賛を浴び、以後大阪フィル、名古屋フィル、神奈川フィル、東フィル、読響、兵庫芸術文化センター管、大阪交響楽団、富士山静岡交響楽団、東京都交響楽団、アンサンブル金沢といった国内の主要なオケと共演を重ね、行く先々で絶賛されている。
2025年ショパン国際コンクールで、セミファイナリストまで進出。
【曲目】 今回の演奏会は、日本モーツァルト協会の第674 回例会の中での演奏なので、予定曲目は全てモーツァルトの曲のみです。
モーツァルト作曲:
①きらきら星変奏曲 ハ長調 K265
(曲について)
本作は、主題に当時流行していたフランスの歌曲『ああ、お母さん、あなたに申しましょう(英語版)』( "Ah! vous dirai-je, maman" )の旋律を用いていることから、かつてはモーツァルトがパリに滞在していた1778年の4月から9月にかけて作曲されたものと推測されていたが、モーツァルトの筆跡研究で有名な音楽学者のヴォルフガング・プラース(Wolfgang Plath)によれば、本作の自筆譜の分析を行ったところ、1781年から82年頃にウィーンで作曲されたものと推測され、現在ではこの説が有力となっている。
②ピアノ・ソナタ第1番 ハ長調 K279
(曲について)
このK279のソナタは「ピアノソナタ第1番」と呼ばれ、次に演奏された③K280を「第2番」、そして⑤K281を「第3番」として一連の連作と看做されている。配布されたプログラムノートによれば、1775年1月14日から3月6日までの間に6曲のピアノソナタを作り、その名かの三連作なのだそうです。しかもこの年までには、既に数多くの作品を世に出していたモーツアルト、しかもピアノの名手のモーツァルトにしては、一見遅きに失した得意分野の作品の作曲の様に見えるがさにあらず、ピアノソナタが求められる場合は、いとも簡単に即興で弾いてしまうので譜面に落とす必要性が無かったのでは?というのですから、天才としては、さも有りなんと納得してしまうのです。 何れの曲も、テンポは異なるが、三楽章構成から成っている。
I. Allegro in C 4/4/ II.Andante in F 3/4/ III. Allegro in C 2/4
③ピアノ・ソナタ 第2番ヘ長調 K280
I.Allegro assai in F 3/4/ II. Adagio in f6/8/ III.Presto in F 3/8
《20分の休憩》
④幻想曲 ニ短調 K397
(曲について)
モーツァルトが故郷ザルツブルクを離れ、ウィーンへ移住したのは1781年である。ザルツプルクの大司教コロレドと決裂、宮廷楽団を解雇されたことも理由のひとつだった。翌春にはスヴィーテン男爵のサロンに出入りして様々影響を受けたが、この幻想曲が書かれたのはその頃である。成立動機も不明だが、わずか97小節で未完となっており、現在一般に演奏されている版は聖トーマス教会の指揮者アウグスト・ミュラーによって補筆されたといわれている。
アンダンテの序奏は暗鬱で重いが、続くアダージョの旋律は霊感に満ちて実に美しい。やや闊達な部分を経ると再びアダージョ主題が顔を覗かせる。終結部のアレグレットは一転して長調となり、暗雲に陽光が差し込むような情景となる。
⑤ピアノ・ソナタ第3番 変ロ長調 K281
I. Allegro in B 2/4/ II. Andante amoroso in Es 3/8 III.RONDEAU: Allegro in B 2/2
⑥ピアノ・ソナタ 変ロ長調 K570
(曲について)
モーツァルトによる最後から二つめのピアノ・ソナタである。成立は1789年2月、前年にはピアノ協奏曲第26番K537 「戴冠式」や、最後の三大交響曲である第39番K543、第40番K550、 第41番K551 「ジュピター」を完成させており、翌々年には没してしまうモーツァルト最晩年の境地が見事に綴られている。
モーツァルト没後の1796年に出版されたが、こともあろうにヴァイオリンの声部が加筆されていた。加筆したのは、かつてモーツァルトが酷評していた作曲家ヨハン・メーデリッチュとも推測されており、確かにピアノは簡素ではあるものの、形式や方向性などはモーツァルトのピアノ・ソナタの主流を外すものではなく、表情豊かな和声や、声楽的とも思える旋律など、 晩年特有の瀟洒な風趣が湛えられている。
I. Allegro in B 3/4/ II.Adagio in Es 4/4/ III. Allegretto in B 2/2
【演奏の模様】
①きらきら星変奏曲 ハ長調 K265
全部で12の変奏から成ります。
第1変奏:16分音符と巧みな半音階の導入できらびやかな効果を出している。
第2変奏:左手のずっしりとしたアルペッジョが速いパッセージで登場する。
第3変奏:右手のアルペッジョで美しい音色を出す。
第4変奏:左手が10度飛ぶ厄介な部分。気まぐれな雰囲気を出す。
第5変奏:ここでは一度静まり返る。軽々しい和音に不協和音が一部混ざることにより、更にかわいらしさがあふれる。
第6変奏:左手の速いパッセージと、和声的な右手の旋律。途中から右手にも速いパッセージが登場する。
第7変奏:右手の1オクターヴのスケールで始まり、壮大さが生まれる。
第8変奏:ハ短調に転じ、ここでは短調の雰囲気で重々しく流れる。
第9変奏:ハ長調に戻り、軽快な音が響き渡る。
第10変奏:両手が交差し、和音と共に盛り上がる。
第11変奏 :アダージョ少々主題に手が加えられた部分もある。ゆっくりめで温和な雰囲気であり、最終変奏の前の緩徐楽章的な役割。
第12変奏 :アレグロ拍子が4分の3拍子になる。左手の速いパッセージで始まり、非常に速い。最後は大いにクレッシェンドして曲が終結。
この曲は、幼い子供でも発表会で弾く曲です。でも本当は難しい曲なのです。簡単そうな曲ほど難しい。
以上の変奏を中川さんは、非常に滑らかに、軽快に心地よく一気呵成に弾き切りました。聞いていて心の扉がトントン叩かれ開かれた感じ。中川さんのモーツァルトの実演は初めて聴きましたが、確かに巷間噂されるようにモーツァルトが得意なピアニストなのかも知れません。しかし「モーツァルト弾き」と呼ばれるピアニストは、国内だけでもすぐ数人の名前が浮かぶくらい多い。その名を背景に生きるにはやはり競争が激しいものと思われます。
②ピアノ・ソナタ 第1番ハ長調 K279
第Ⅰ楽章、モーツァルトらしい軽妙な、しかも飾り立てが派手な修飾音が入った調べを、中川さんはかなりのAllegroで弾きまくった感じです。高音の下行旋律が美しい。
第Ⅱ楽章は、緩徐楽章。遅いテンポに濃淡を付けながら演奏した感じが良いと思いました。
第Ⅲ楽章は、再度第一楽章の様な、モツ型速射砲の連射開始でした。小気味の良い粒立ちの音をぶつけて、結構な強打健を披露していました。終盤での音節から次に移る一瞬の間の取り具合も絶妙だと思います。
それでも全体的には、出音展開がやや平易の感があり、楽章構成の濃淡をさらに強くした演奏を聴いてみたい気もしました。
③ピアノ・ソナタ 第2番ヘ長調 K280
(曲について)にある様に、やはりこの曲を聴くと1番のソナタと兄弟・姉妹、カラダ全体(曲)を構成する遺伝子はほぼ同じ感じがしました。中川さんの演奏は、①、②と同様に若さ溢れる滑らかかつ力の籠った完璧な指使いを見せて呉れました。
第Ⅰ楽章から超特急運転です。短い音符の連射で高音域から下行する旋律が美しい。第Ⅱ楽章は前楽章から落差の大きい変化に富んだ短調化とAdajoの緩徐奏楽章。中川さんは淡々とゆっくりとした弱音で弾いていました。その右手旋律に寄り添う様に左手が合わせ、どういう訳か未来のシューベルトの香りを類推する様なしっとりした雰囲気を感じました。第Ⅲ楽章は、軽快な高音域の音が弾むピンポン玉の様に飛び跳ね返る様、将にモツらしさの極意の展開で、中川さんは何なく軽々と弾いていました。でも続く変奏部はしっかりとした、かなり強い打鍵で弾きましたが、すぐに元の軽快な調べに戻った中川さんはそのまま一気に駆け抜けて終了したのでした。
《20分の休憩》
休憩後はすぐに3番のソナタ演奏でなく、モツ最晩年期(1782年)作曲の短い幻想曲でした。晩年と言っても35歳没ですからこの曲は26歳の作品。これまでちょくちょく聴く機会が多い曲です。
④幻想曲 ニ短調 K397
上記(曲について)にある様に重々しい序奏で開始しました。恰もベトーヴェンの重厚なピアノソナタの如し。中川さんは一音一音確かめる様にゆっくりとうねりを感じる調べを繰り出しました。
続くアリアを謳う様な有名な美しい短調の調べは、想像するに風もない夜、空を見上げると煌々と光る満月が輝いているのを望む様な気分。一陣の風が何回か頬をかすめ、この攪乱要因下行旋律を二回微かな音で表現した中川さん、この風の冷たさに驚き、夢想から現実に戻された気持ちが、今度は中川さんの強くて速い下行旋律に表わされ、上記短調のテーマ奏を挟んで、上行旋律で区切りをつけた中川さん、今度は長調でモツらしい軽快なリズムのヒョコタンヒョコタンといった感じの調べを三回刻んで終了しました。尤も後半の終了部分はモーツァルトが未完成だったため、後世付け加えられたとも謂われます。
この曲は、前半のピアノソナタとはやはり一味違う曲で、何故今回のプログラムに入れたかは分かりません。恐らく次の演奏曲、ピアノソナタ3番との関係かな?とも思われますが、真相は中川さんに訊いてみないと不明。
⑤ピアノ・ソナタ第3番 変ロ長調 K281
〇全三楽章構成、
第1楽章Allegro in B 2/4/
第2楽章 Andante amoroso in Es 3/8
第3楽章RONDEAU: Allegro in B 2/2
Ⅰ.モーツァルトらしい軽快なスタートは①第1番、②第2番と同様ですが、中川さんは、①②の時よりもより強いタッチで、リズムもより速いテンポで弾き始めました。左手は右手の旋律を支える伴奏部分が多い。 ①②の時よりも非常に調子に乗じたモツの調べを堪能出来る演奏でした。 Ⅱ.中川さんはアッタカ的に間髪を入れず、すぐに入った緩徐楽章、旋律もリズムも新規性を感じる演奏でした(曲の調べが①②とかなり違うため?それとも中川さんの弾き方を変えたため?)。落ち着いて弾かれた中間部は如何にもモツらしいかわいいらしい調べでした。Ⅲ.冒頭の旋律は、これまで聴いて、耳(頭?)に残っている懐かしい調べ、このテーマは度々出て来て、弾む様な運指で弾かれたリズムの右手の切れ味は非常に良いものでした。終盤ではⅠ楽章同様、左右手のフーガ的用法も若干聞こえ、モツはバッハも当然知っていると思われました。
⑥ピアノ・ソナタ 変ロ長調 K570
この曲も三楽章から成ります。第1楽章はアレグロで変ロ長調、色んな動機が天才の頭から溢れ出しそれ等がバラバラでなく関係性を保っているのには、改めて感心しました。その辺りのバランスの良い演奏でした。第2楽章アダージョでは、次の時代のロマン派的音楽の先取りを予感させるものがありました。第3楽章アレグレットは変ロ長調で、軽快かつ活き活きとした躍動感に満ちたもので中川さんは、見事に弾き終わり有終の美を飾ったのです。
演奏が終わると売り切れ満席のホールは、大きな拍手・喝采が沸き起こりました。何回か袖にもっどり再度舞台に立った中川さんは、ピアノに向かってアンコール演奏を始めました。

《アンコール曲 》
①モーツァルト『アダージョK540』
②ショパン『前奏曲第15番変ニ長調 Op.28 〈雨だれ〉』
③ラフマニノフ『前奏曲ト短調Op.23-5』
モーツァルトの曲は、アンコールにまで出て来て、中川さんの広いレパートリーを十分堪能しました。これで終演かと思ったら、再びピアノの前に座り2曲目のアンコールを弾いたのです。それも「ショパンを弾きます」と言ってから。今回は、「モーツァルト協会主催」ですから、他の曲、特にショパンコンクールが終わったばかりですから、中川さんはのショパンの演奏は無いと思っていただけに会場も少しどよめきました。
それもセミファイナルて涙を飲んだ、曲「雨だれ」だと言うのですから。その演奏は、ショパンの寂しさ、苦悩の強弱陰影をくっきりえぐり出した秀超な演奏でした。会場は大いに沸きブラボーの声もかかりました。
そして、別なこうした演奏も出来ますよとばかり、三曲目のアンコールとして、ラフマニノフも弾いたのです。その力強い演奏は、ユジャ・ワンかマツーエフかと紛う程。こうした腕前はショパンには必要ないのかもしれませんが、まだお若いのですから、次回のショパンコンクール挑戦時に、きっと、他のコンテスタントとの真似出来ない差別化の要素の背景力となるに違いありません。