
〜ウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン2025〜(大和ハウス Special)
【日時】2025..11.11.(火)19:00〜
【会場】サントリーホール
【管弦楽】ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
【指揮】クリスティアン・ティーレマン
〈Profile〉
クリスティアン・ティーレマンは、2024/25シーズンよりベルリン国立歌劇場の音楽総監督を務めている。1988年にニュルンベルク州立劇場の音楽総監督に就任。97年にベルリン・ドイツ・オペラの音楽総監督を、2004年から11年までミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の音楽総監督を務めた。12年から24年まではシュターツカペレ・ドレスデンの首席指揮者、さらに13年から22年までは、ザルツブルク・イースター音楽祭の芸術監督を、またバイロイト音楽祭の音楽顧問および音楽監督を務めた。
ティーレマンは、世界の主要なオーケストラや劇場から数多くの依頼を受けている。中でも、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団およびベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と緊密な関係を築いており、19年と24年にはウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートを指揮した。03年にドイツ連邦共和国功労勲章を受章。23年にはウィーン国立歌劇場の名誉会員に選ばれ名誉の指輪が贈られ、24年にはウィーン・フィルの名誉会員となった。彼の豊富な録音作品も数々の賞を受賞している。
【曲目】ブルックナー:交響曲第5番 変ロ長調 WAB 105 (ノヴァーク版)
(曲について)
ブルックナーが遺した全交響曲の中で、この第5番は生涯後期に書き上げられた第8番と並んで規模の大きな部類に入る。
最も親しまれる存在となる『第4番「ロマンティック」』の第1稿を完成させた翌年、1875年の2月に当楽曲の作曲に取りかかる。作曲開始から1年余り経った1876年5月に全曲の一応の形を仕上げるも、そこから丸1年経過した1877年5月に再度推敲を開始。この再推敲では数多くの改訂が為されたが、その際にチューバも必要楽器編成の一つとして追加している。この試みは彼の交響曲に於いては初めての試みとなった。そして最終的に1878年1月4日に完成となった
特徴として、対位法の技法が活用されており、音の横の流れを多層的に積み重ね、あたかも壮大な音の大伽藍を築き上げるかの如くの作風となっていることが挙げられる。また、コラール主題を象徴的に用いるということも為されており、これらによって、当楽曲の根本に宗教的意味合いや神への畏敬の念が存在すると解釈されている。加えて循環手法により全曲の論理的流れをフィナーレのクライマックスに収斂させるという設計方も作品全体に為されており、全ての事象を絶対的且つ超越的な神に帰す固い信仰を表現しているとも考えられている。
当楽曲は、ブルックナーが遺した交響曲の中では珍しく、完成後に何度も改訂を重ねるには至っていない。
【ノヴァーク版について】
この交響曲の本来の形による、いわゆる原典版楽譜は、ブルックナーの死後約40年近く経た1935年、ロベルト・ハース(1886~1960)の校訂によって出された。このハース版の初演は同年10月23日ミュンヘンにおいてジークムント・フォン・ハウゼッガー(1872~1948)の指揮で行われている。なお原典版としてはレオポルト・ノヴァーク(1904~91)による版も1951年に出されているが、これはハース版と基本的に同一で、現在一般に用いられているのはこのノヴァーク版である。
【演奏の模様】
今年2025年のウィーンフィル来日演奏会は、待望のティーレマン指揮で、3種のプログラムを東京他各主要都市で日替わり演奏するものです。昨日は、横浜みなとみらいホールで、シューマンとブラームスを聴きました。そして今日は、ブルックナー一本勝負です。交響曲第5番、恐らくティーレマンにとっては、得意な曲の一つなのでしょう。
◯楽器編成:Fl.2、Ob.2、Cl.2、Fg.2、Hrn.4、Trmp.3、Trmb.3、Bas-Tuba1、Timp.1 二管編成弦楽五部16型(16-14-12-10-8)
◯全四楽章構成
第1楽章Introduktion: Adagio - Allegro
第2楽章Adagio. Sehr langsam
第3楽章Scherzo. Molt vivace, Schnell - Trio. Im gleichen Tempo
第4楽章Finale. Adagio - Allegro moderato
この曲については、一昨年東京藝術劇場で東京都交響楽団の演奏を聴いたことが有ります。参考までその時の記録を文末に(抜粋再掲)しておきました。
申すまでも無く、ブルックナーを作曲の大家に押し上げたのは、才能と努力とそして運でした。音楽教師兼村のオルガニストだった父が早世し、父同様音楽好きだった長男ブルックナー少年を、リンツ近郊のザンクトフローリアン修道院に入れようとして成功した母親の努力が先ずその第一歩だったでしょう。
それ以降、ブルックナーは様々な勉強(音楽理論、対位法、和声、オルガンetc.)をし、自己研鑽に励んで行ったのです。音楽が何より好きだったのでしょう。❝好きこそものの上手なれ❞ですね。教員になって一定収入も入って来るようになり、生活の安定と共に更なる飛躍の機会が開けることになったのでした。聖フローリアン修道院の教師となって戻り、そこのオルガニストとなり、更には飛び入りで、リンツ(地方の大きな都市です)大聖堂のオルガニスト選抜試験を受け合格する等、努力に裏打ちされた運が開けていくのでした。この様にして着実に出世の階段を一歩一歩上り詰めて、遂には今日我々が感嘆する交響曲等多くの作品を残した大作曲家アントン・ブルックナーが誕生したのでした。
1867年43歳の年以降は首都ウィーンに移り住み、活躍は目を見張る様でした。
ブルックナーの初期からの多くの交響曲は、ウィーンフィルによる初演がなされています。交響曲第1番(1866年以降、改訂版を含め)のウィーン稿の初演は1891年、第2番(1872年)は翌年作曲者自身の指揮で、第3番(1873年)の改訂稿の初演が自身の指揮で、第4番「ロマンティック」(1874年)が翌年、改訂稿も1881年、1888年等ウィーンフィルによって初演されたのです。
そして今回演奏された5番ですが、後の8番と並んで規模が大きい作品であり、1878年に完成したものの初演の機会が仲々訪れず、1894年、シャルク指揮により、シャルク改訂版が演奏されました。しかしこの版は原典からかなりデフォルメされているため、今日では、オリジナルに沿ったハース版、ノヴァーク校訂版で演奏されることが増えています。今回のウィーンフィルは後者の版での演奏です。
昨日のシューマンなどの指揮を見ると、ティーレマンの指揮スタイルはどちらかというと静的、カラヤン(ちょっと違う?)、晩年のカールベーム(❛米つきバッタ❜等と悪態つく輩あり)似かな?。タクト、腕体を余り揺らさず、ジィッと演奏群を見つめ、時々左指を振らして合図、でも独特なのは、背中を少し右後ろに傾けて演奏群を見て指揮する姿。何れにせよ練習で互いに意思の疎通及び表現具合は、納得済みで本番を迎えているのでしょうから、極端な話、準備万端であれば、指揮者は立っているだけで、目の合図だけでも立派な演奏が出来るかも知れない(いやいくら何でもそれは無理筋かな)。などと考えていたら、時間となり演奏が始まってしまいました。座席はほぼ満席に見えます。
先づCb.のpizzicatoに合わせて、Vn. Va.の低音旋律が弱音でゆっくりと流れ出しました。Vc.もpizzi.に加わっています。厳粛な宗教性を帯びた雰囲気。それが一巡すると、突然、全オケがジャーン ジャジャジャーンとかなり強い調子で階段を駆け上がるが如くファンファーレ的アンサンブルを鳴らし、と一息つく間もなく、Trmb.+Trmp.が高らかにやはり一声だけ張り上げました。この様な序奏で始まる交響曲はブルックナーでは珍しいのだそうです(これ等金管の演奏の中にはTub.も交じっていましたが、ブルックナーはこの交響曲で初めてTub.を使用した模様)。この最初の部分を聞いただけでも、ブルックナーの個性的、特徴ある管弦楽法の一端が窺い知れます。
以上の管弦楽奏のあと一呼吸ついて、管弦が続いて同じ旋律を奏でました。それに再度呼応する金管群、するとまた一息ついてVn.群中心の弦楽器が別のリズミカルな旋律を滑らかに繰り出しました。それらが盛り上がって上行し、全管弦打(打はTimp.のみですが)の強奏に至り、その堂々たる概容が初めて披露されるのでした。ティーレマンは、自信満々の様子で指揮しています。かくの如き展開で第一楽章は進み、途中、管のボールのやり取り、pizzicatoによる旋律演奏、ターララッタタッタッタッタ、ターララッタタッタッタッタといった特徴あるリズム旋律の繰返し、金管群の音を揃えた迫力ある響き等々、色々な変遷を重ねて最終的には、明るい旋律を弦楽が奏でて金管群と弦楽の速いテンポの掛け合いの後、繰り返し繰り返し金管群の同じテンポの演奏から全楽強奏になり、Timp.の強乱打の響きのもと、管弦は最後の強奏の矛を収めて、第一楽章は終了したのでした。ティーレマンの指揮をじっと見つめると、今日は、かなり活発に体全体を使って指揮していて、強奏箇所や速いパッセッジでは、腕とタクトを大きくふり、身体も前方に深く曲げたり、演奏しているパートの方を向いて盛んにサインを出していました。
これ等の演奏の中に作曲家の特徴とされる、a.ブルックナー休止(ゲネラルパウゼ、略記G.P.)、b.ブルックナーリズム(B.R.)、c.ブルックナーユニゾーン(B.U.)などが現れています。
こうしたブルックナーの曲の特徴は、考え様によっては脈絡のない途切れ途切れの音楽の塊から出来ていて、ブルックナーの交響曲は、一貫性が無い、何を訴えているかわからない、思想が明らかでないとの批判も可能かと思います。しかしその見方は的を射ていないのでは?と最近は思う様になって来ました。ブルックナーの思想の中心はやはり信仰心であり、その音楽も神との対話ではないかなと考えます。従って神との対話は、祈りを捧げる様に自分の気持ちに湧き出る様々な感情を包み隠さず露わにして、神に何かを訴えるのですから、交響詩や物語の様な一貫したストーリー性は薄いのです。従って一時は苦しみを、またその次には、感謝の気持ちを、ある時は泣き叫びたい心の救済を求めるといった具合に。そして、そのアンサンブルの轟音の中には、神のおぼしめす宣託が籠る場合もあるのでしょう。ですから、ベートーヴェンの田園や、R.シュトラウスのアルプス交響曲とは異質のもので、寧ろオルガン曲に近いものかも知れない。 このことは、人生のかなりの部分をオルガニストとして生きてきたブルックナのキャリアを考えれば、至極当然と思われます。
また文末に抜粋再掲した、自分として以前考えた「モザイク画説」もブルックナーの曲を聴けば聴く程、そんなことはないかも知れないと思う様になって来ました。第一G.P.自体が最近聴く演奏会では、曲の流れが途切れる程の左程明確な長さの休止にはお目にかかる事が少なくなって来た様に思われます。楽譜に指示が書いてあっても、指揮者の裁量で短くも長めにも出来るのですから。今回の第1楽章の演奏でも、冒頭にそれらしい箇所が二箇所出て来ましたが、気になる程の途切れ感ではありませんでした。
第2楽章では、Cb.のpizzi.奏で始まり、それに乗ってOb.の物寂しい調べがテーマを奏でました。このテーマは全曲的に登場する旋律です、モットーと言っても良いかも知れない。続く弦楽アンサンブルによる演奏は、美しい旋律が力強く、はっきりと謳われる箇所、それからその後暫くして弦楽に依る威風堂々とした低音アンサンブル、中盤にかけてのVa.にVc.も加わり、1Vn.アンサンブルを主とした流れに、Fl.とHrn.の調べが響いた箇所が印象的でした。昨日のFl.は少し弱く物足りなさを感じる時もあったのですが、今日は、その様な事はありませんでした。同じ奏者?終盤でも弦楽アンサンブルがクレッシェンドで次第に膨らんで行った箇所で、いいなと思った処も有りました。
次の第3楽章は一番短いと言っても14分程度は有りました。この楽章では文末に抜粋引用した都響の演奏では、結構あちこちで目立ったG.P.がありましたが、今回のティーレマン・ウィーンフィルでは、殆ど記になる程のものはありませんでした。一方、急速に加速し盛り上がる箇所も複数有り特に後半に入って各パートが大暴れしたあと弱奏の刻み奏に急速に変わる変化の妙も堪能出来ました。
終盤で、Cb.のpizzi奏から他弦にpizziでカノン的に移行するのも面白しろ感がありました。
ここまで三楽章終了が丁度20時位だったので、ここまでのティーレマンのオケ牽引は、ほぼ標準的速さであると言えるでしょう。
最終楽章は一番長大なのですが、全体的に終盤から最後にかけてやや間延び感が有りました。これは、文末に抜粋引用した都響の時も同じく感じたので、管弦の演奏によると言うより、ブルックナーの作曲自体から生ずる性状なのでしょう。前半から中盤にかけて、しだいに上行するCb.のpizzi.奏の上に広がる、1Vn.中心の速い高音アンサンブルが何回か繰り返された後、1Vn.がpizzi.奏に転じると、それを合図としたかの様にアタッカ的に全オケが強音で強奏するのは聴きごたえが有り、特にTrmb.やTrmp.が入ると一層迫力が出て、その後は全管に依るB.U.が響き渡り、何んとも見事な壮観でした。また中盤のFl.(3)から始まるフーガ的展開も面白く、流石オルガニストを極めたブルックナーの対位法の用法だなと、しきりと感心したのでした。
ティーレマンが余韻を味わう様に不動の構えで数秒固まり、そしてタクトをゆっくりと下ろすと、超満員の会場からは大きな拍手が沸き起こりました。歓声も大きく何回もかかりました。全体として80分程度に終わった演奏は、早くもなく遅くもない先ず先ずの指揮指導だったと言えるでしょう。
指揮者のティーレマンは、コンマスのライナー・ホーネックさんとハグし合って互いの健闘を讃え、その後パート毎に起立、労いを繰り返していました。まだ20時半前だったのですが、アンコール演奏は有りませんでした。




〈参考〉
1.
序奏はこの曲全体の原旋律である低弦のピッツィカートで始まる。ヴィオラ、ヴァイオリンが弱音で入ってくると、突如として金管のコラールが吹き上がる。律動的になって高揚し、収まったところで主部にはいる。高弦のトレモロの中をヴィオラとチェロが特徴的なリズムの第1主題を出す。この主題は全管弦楽に受け取られ、魅惑的な転調を見せる。ヘ短調で始まる第2主題は弦によるやや沈んだ表情のもので弦5部のピッツィカートにより厳かに始まり、第1ヴァイオリンが呼応する。続く第3主題は管楽器の伸びやか旋律を中心に進んでゆき、次第に曲想が盛り上がり変ロ長調の頂点に達するが、急速に静まる。ホルンの遠くから鳴らされるような響きを残しながら、ごく静かに弦のトレモロとともに提示部を閉じる。展開部はホルンとフルートの対話に始まり、まもなく導入部が回帰する。第1主題が入ってきて発展し、第2主題の要素も弱い音で重なる。金管のコラールが鳴り響き、再現部を導入する。再現部は主題が順番どおり再現されるが、全体的に圧縮されている。コーダに入ると、導入部の低弦のモティーフが繰り返されて第1主題で高揚し、輝かしく楽章を閉じる。
2.
ニ短調、2分の2拍子。A-B-A-B-A-Codaのロンド形式をとりやはりピチカートで始まる。ただし、各部は再現のたびに展開される。主部は弦5部の三連音のピチカートに乗ってオーボエが物寂しい主要主題を奏でる。この主題は全曲を統一するものである。副主題は弦楽合奏による深い趣をたたえたコラール風の美しい旋律で、「非常に力強く、はっきりと」提示される。ひとしきり頂点を築くと、ティンパニだけが残り、主部が回帰する。弦の6連符の動きの上に、管楽器が主要主題を展開し、、強弱の急激な交換が行われる。副主題も発展的な性格を持って再現され、第1副部とは違った形で頂点が築かれる。主部が再び回帰し、木管とホルンにより主要主題が奏でられる。ヴァイオリンの6連符の動きの上にトランペットやトロンボーンも加わって高潮してゆく。後半には3本のトロンボーンによるコラール楽句が現れる。この部分は第7交響曲第2楽章や第4交響曲の終楽章の最終稿を彷彿させる。コーダは、主要主題をホルン、オーボエ、フルートが順に奏してあっさりと終わるため、ブルックナーの緩徐楽章としては小粒な印象を与えることもある。演奏時間は指揮者によって差が出やすい楽章。「第5」作曲にあたって最初に書かれた楽章で、冒頭のオーボエ主題は、全楽章の主要主題の基底素材となって出現する。
3.
ニ短調、4分の3拍子。複合三部形式。スケルツォ主部だけでソナタ形式をとり、アダージョ楽章冒頭のピチカート音形を伴奏にせわしなく駆り立てるような第1主題と、ヘ長調で「Bedeutend langsamer(テンポをかなり落として)」レントラー風の第2主題が提示される。次第に高揚し小結尾となり、展開部へ続く。展開部では前半が第1主題、後半は第2主題を扱う。さらに14小節のコーダが続く。中間部は変ロ長調 2/4拍子、3部形式。ホルンの嬰ヘ音に導かれて木管が愛らしい旋律を奏でる。主部の再現は型どおりである。
4.
変ロ長調、2分の2拍子。序奏付きのソナタ形式にフーガが組み込まれている。序奏は、第1楽章の序奏の再現で始まる。クラリネットがフィナーレ主題の動機を奏し、第1楽章第1主題、第2楽章第1主題が回想される[8]。こうした手法は、ベートーヴェンの第9交響曲のフィナーレに通じるものがある[9]。その後チェロとコントラバスが第1主題を決然と出して主部が始まり、フーガ的に進行する[9]。全休止の後第2ヴァイオリンがスケルツォ楽章のレントラー素材に基づく第2主題を軽快に出す。休止の後、第3主題が力強く奏される。第3主題は第1主題の冒頭の音型に基づくもので、第4楽章最初の頂点とも言うべきクライマックスを築く。再び全休止の後、金管が荘重なコラールを奏する。展開部では、コラール主題に基づくフーガ、これに第1主題が加わって二重フーガとなる。ブルックナーは「カットしてもよい」と練習番号にダル・セーニョ記号を付した。長いプロセスを経て再現部が始まる。第1主題の再現にもコラール主題が合わさっており、提示部に比べて短いものとなっている。第2主題は比較的型どおりで、第3主題の再現は大規模なものとなっている。ここでは第1楽章の第1主題が組み合わさり、あたかもコーダであるかのようなクライマックスを築き上げてく。コーダではフィナーレの第1主題の動機にはじまり、第1楽章第1主題が繰り返し奏されて発展するうちに、頂点に達して第1主題が力強く奏されるとコラール主題が全管弦楽で強奏され、圧倒的なクライマックスを形作る。最後に第1楽章第1主題で全曲を閉じる。大規模で長大な楽章である。
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2023.6.26.Hukkats Roc. 『ミンコフスキー・都響、ブルックナー5番を聴く』(抜粋再掲)
【演奏の模様】
第1~第4楽章の細部は勿論異なっていますが、先ず全体的に言えることは、重層する壮大な調べによる大構築物(例えばサクラダ・ファミリアやバベルの塔etc.)を連想する様な、気宇を膨らませるブルックナー音楽をかなり忠実に実践したミンコフスキー・都響の演奏でした。
冒頭、ⓐ[Cb.のpizzicatoに合わせて、Vn. Va.の低音旋律が弱音でゆっくりと流れ出しました。Vc.もpizzi.に加わっています]。厳粛な宗教性を帯びた雰囲気。それが一巡すると、突然、ⓑ[全オケがジャーン ジャジャジャーンとかなり強い調子で階段を駆け上がるが如くファンファーレ的アンサンブルを鳴らす]と一息着く間もなく、ⓒ[Trmb.+Trmp.が高らかにやはり一声だけ張り上げました]。この様な序奏が有る交響曲はブルックナーでは珍しいのだそうです(これ等金管の演奏の中にはTub.も交じっていましたが、ブルックナーはこの交響曲で初めてTub.を使用した模様)。この最初の部分を聞いただけでも、ブルックナーの個性的、特徴ある管弦楽法の一端が窺い知れます。即ちⓐからⓑ、ⓑからⓒへの変化は脈絡が無く断絶して再開しているかのようです。しかも変化の瞬間に休止がある、ここでは僅かな時間ですが。この休止、断絶、再開は、さらに長いパッセッジ、或いは纏まった複数の小節間において珍しくなく明確に頻繁に生じるのです。
ⓒのあとの一呼吸後に管弦が続いて同じ旋律を奏でました。それに再度呼応する金管群、するとまた一息ついてVn.群中心の弦楽器が別なリズミカルな旋律を滑らかに繰り出しました。それら盛り上がって上行し、全管弦打(打はTimp.のみですが)の強奏に至り、その堂々たる概容が初めて披露されるのです。かくの如き展開で第一楽章は進み、途中、管のボールのやり取り、pizzicatoによる旋律演奏、ターララッタタッタッタッタ、ターララッタタッタッタッタといった特徴あるリズム旋律の繰返し、金管群の音を揃えた迫力ある響き等々、色々な変遷を重ねて最終的には、明るい旋律を弦楽が奏でて金管群と弦楽の速いテンポの掛け合いの後、繰り返し繰り返し金管群の同じテンポの演奏から全楽強奏になり、Timp.の強乱打の響きのもと、管弦は最後の強奏の矛を収め第一楽章は終了したのでした。この第5番までで、ブルックナーは自前の交響曲スタイルのかなりの部分(特徴)を確立したと言って良いでしょう。 第一楽章を聞いただけでも、それらが明確とまではいかなくても漠然とした端緒の認知は可能です。即ちa.ブルックナー休止、b.ブルックナーリズム、ブルックナーユニゾーンなど。
こうしたブルックナーの曲の特徴は、考え様によっては脈絡のない途切れ途切れの音楽の塊から出来ていて、ブルックナーの交響曲は、一貫性が無い、何を訴えているかわからない、思想が明らかでないとの批判も可能かと思います。しかし私見に依れば、それは見方が違っていて、ブルックナーの音楽は、例えれば、モザイク画の様な物であると視点を変えて見る必要があると思うのです。モザイク画でもパッチワークでも何でもいい(或いはジグソーパズルと言ってもいいかも知れない)のですが、小さな色合い意味合いの異なる素材を、一個一個嵌め込んで行って、組み合わせた最後の全体像が、芸術としての大きな作品になっているという見方です。素材をはめ込むにはいい加減に組み合わせるのでなく、例えば1/3まで出来たけれど、次の素材は何処にどの様なものを使ったらいいかな?と作曲する時に、あれこれ試行錯誤するその痕跡が「General pause」として残っているのではなかろうかと自分的には考えるのです。