今月(十月)は何かと忙しく、10/6(月)の「中秋の名月」以降は、時候の記事を書けませんでした。追記しますと、翌々日の10/8(水)は二十四節気の正節である「寒露」でした。歴書によれば、
❝寒露は、旧暦九月戌の月の正節で、新暦十月八日ごろです。このころになると、五穀の収穫もたけなわで、農業ではことのほか繁忙を極めますが、山野には晩秋の色彩が色濃く、朝晩は肌にそぞろ寒気を感じはじめるようになります。寒露とは、晩秋から初冬にかけて野草に宿る露のことをさします。❞
とあります。しかし十月の初旬は、前月下旬に残暑どころか猛暑の名残りの様な暑い日が何日もぶり返し、その影響なのか、因みに横浜では、上記10/6の最高気温は30℃を越えました。ところが10/7以降は雨の日が多くなったせいか、10/8の寒露になると、最高気温25.6℃となり、それ以降も雨の日が多くて、翌日は25.1℃、翌々日23.7℃、次いで21.2℃、22.7℃、24.4℃、21.0℃、20.8℃、20.6℃、と、「つるべ落とし」は日が暮れる速さの修飾語ばかりでなく、気温の降下の修飾語だったかと思う状況になったのです。将に上記「寒露」の説明が、ぴったり当てはまる様になりました。釣瓶落としはその後も続き、先週10/20(月)、ウィーン歌劇場公演を観に行った日は20℃を切り、19.0℃になってしまいました。それ以降も今日まで10℃そこそこの最高気温で勿論、最低気温も下がって来ていますから、まるで冬支度の様な衣の合わせ着をしています。それもその筈、8/23(木)は二十節気の中気である『霜降(そうこう)』でした。霜が降りても不思議でない季節となったのです。歴書によれば、❝霜降は、旧暦九月戌の月の中気で、新暦十月二十三日霜降ごろです。秋も深まり、早朝など、ところによっては霜を見るようになり、冬の到来が感じられます。❞とあります。秋がほとんどない、季節は将に夏から冬へと一足飛びどころか、「三段飛び」いや「八艘飛び」と言っていいかもしれません。あと十日位すると『立冬』になりますから、今年も猛暑で苦労し、今度は寒波で苦労することにならない様、「己巳」の日である10/27に祈るしかない弱い生きもの、人類の一員でした。
この異常気象のせいか、毎年何百個も成る家の柿の実も、今年に限って、たったの三個しかなりませんでした。その内の一つは鳥たちのお腹(なか)の足しになってしまった。各地で大騒ぎとなっている市街地への熊出没問題は、通常の年の熊の餌が山奥に実らなかったためということは確実だと自分では思っています。
