
【演目】モーツァルト『フィガロの結婚』
【上演】ウィーン国立歌劇場
【鑑賞日】初日2025.10.5.(日)14:00〜
【公演日時】
10月 5日(日)14:00〜
10月 7日(火)15:00〜
10月 9日(木)18:00〜
10月11日(土) 14:00〜
10月12日(日) 14:00〜
【会場】東京文化会館大ホール
【上演時間】約3時間35分(休憩1回を含む)
【主催者言】
ウィーン国立歌劇場日本公演の歴史は1980年に始まりました。以来45年間に日本公演は10回を数えます。今回のツアーは2016年以来9年ぶりになりますが、本来なら2021年に予定されていました。そのときはコロナ禍によって中止を余儀なくされましたが、これまでも、その時々の社会環境に大きく影響されてきました。
オペラ引っ越し公演にはそれを実現するための舞台機構を備えた劇場が必要ですが、これまでオペラ引っ越し公演のメイン会場だった東京文化会館が改修工事のため休館することから、2026年から3年間は今回の規模のような公演は実現できそうにありません。今回のウィーン国立歌劇場日本公演は、同会館が休館前の最後の本格的なオペラ引っ越し公演になります。
ウィーンは音楽の都と呼ばれます。ウィーンの香り、ウィーンの響き、日本の音楽ファンにとって憧れの対象です。ウィーン国立歌劇場はまさにその象徴といえます。偉大な作曲家、多くの名指揮者、名歌手を生み、数々のすぐれたオペラを初演し、いまなお18世紀の宮廷オペラ以来の栄光と伝統を保っています。ウィーン・フィルは世界の最高峰として人気のオーケストラですが、ウィーン・フィルはウィーン国立歌劇場の専属オーケストラのメンバーで構成されています。
【管弦楽】ウィーン国立歌劇場管弦楽団
(コンサートマスター:ライナ−・ホ−ネック)
(第1奏者)
第二ヴァイオリン: ルーカス・ストラットマン
ヴィオラ: クリスティアン・フローン
チェロ: タマシュ・ヴァルガ
コントラバス: ヘルベルト・マイヤー
フルート: ワルター・アウアー
オーボエ: クレメンス・ホラーク
クラリネット: グリゴア・ヒンターライター
ファゴット: ニコロ・セルジ
ホルン: ヨーゼフ・ライフ
トランペット: シュテファン・ハイメル
ティンパニ: アントン・ミッテルマイヤー
【指揮】ベルトラン・ド・ビリー

〈Profile〉
フランス系スイス人のベルトラン・ド・ビリーはこれまでに300回近くもウィーン国立歌劇場に登場している信頼の厚い指揮者です。ド・ビリーがウィーン国立歌劇場で振っているのはフランスものはもとより、『魔笛』『ラ・ボエーム』『オテロ』『さまよえるオランダ人』と、幅広いレパートリーでその手腕が認められています。その最大の理由を挙げるなら、彼とオーケストラとの相性が良く阿吽の呼吸で演奏することができるから。オーケストラとの信頼関係は、指揮者の作品についての解釈や洞察力が評価されている証しでしょう。
ド・ビリーとモーツァルトといえば、2006年にウィーンのシュテファン大聖堂で行われた「モーツァルト生誕250周年祝賀演奏会」。ウィーン少年合唱団が天上の声を響かせたこの祝祭は、ド・ビリーの指揮のもと行われた世界が注目した一大イヴェントでした。
ド・ビリーは2024年末にウィーン国立歌劇場の名誉会員に任命されていますが、フランスやオーストリアで数々の賞を受賞していることは、彼の実力が内外に認められているからにほかなりません。世界最高峰のオペラハウスとして、ウィーン国立歌劇場の高いクオリティの上演が保たれているのは、ド・ビリーのような真の実力者がいてこそです。
【合唱】ウィーン国立歌劇場合唱団
- 【登場人物】
- フィガロ
- タイトルロール。前作「セビリアの理髪師」では、床屋兼何でも屋として、ロジーナと伯爵の仲を取り持った。その功績を認められて伯爵の家来となる。バスの役柄。バリトンによって歌われることも多い。
- スザンナ
- これからフィガロと結婚式をあげようという小間使い。伯爵夫人に仕えている。初夜権復活をもくろむ伯爵の誘いをうけている。ソプラノの役柄。
- アルマヴィーヴァ伯爵
- 前作「セビリアの理髪師」では、フィガロの活躍により現夫人と結婚。浮気者。以前廃止した初夜権を復活させ、近い内にスザンナと楽しもうと企んでいる。バリトン(ロッシーニの「セビリアの理髪師」ではテノール)。
- 伯爵夫人ロジーナ
- 伯爵と結婚した後、浮気者の伯爵の行動に悩み、ケルビーノに横恋慕される。ソプラノ。
- ケルビーノ
- 伯爵の小姓。どんな女にでも恋してしまう思春期の少年。メゾソプラノが歌う(いわゆるズボン役)。
- ドン・バルトロ
- 医者。セビリアの理髪師ではロジーナの後見人として登場。ロジーナと結婚したがっていたが、フィガロの計画で伯爵に奪われたためフィガロに恨みがある。バス。
- ドン・バジーリオ
- 音楽教師。今作では伯爵の手下として伯爵の情事を取り持ち、前作ではバルトロに使えていた。余談だが、前作「噂はそよ風のように」や今作四幕の「長いものには巻かれろ」の様に教訓的なアリアを歌うテノール(ロッシーニの「セビリアの理髪師」ではバス)。
- マルチェリーナ
- 女中頭。教養もあり美人。ただし、少しお年を召している。フィガロに金を貸した時に書かせた「借金を返せなかったら結婚する」という証文を利用してフィガロと結婚しようと企む。メゾソプラノ(スコアではソプラノ)。
- バルバリーナ
- 庭師アントニオの娘。スザンナとは従姉妹の関係。ケルビーノと仲が良い。ソプラノ。
- ドン・クルツィオ
- 裁判官。伯爵のいいなりの判決を出す。テノール。
- アントニオ
- 庭師。バルバリーナの父親。スザンナのおじ。バス。
【主な配役】
〇アルマヴィーヴァ伯爵夫人
ハンナ=エリザベット・ミュラー

〈Profile〉
2023/24年シーズンは、ウィーン国立歌劇場に再登場して比類のない多才さを示し、セバスティアン・ヴァイグレ指揮でR.シュトラウス《ダフネ》タイトルロールに役デビューした。また同歌劇場では、絶賛を浴びたデビューに続き、《ニュルンベルクのマイスタージンガー》エファでさらなるパフォーマンスを行ない、バイエルン国立歌劇場では《イドメネオ》エレットラを再演し、ザルツブルクのモーツァルト週間では《皇帝ティートの慈悲》ヴィテッリアに役デビュー。コンサートでは、十八番でもあるR.シュトラウス《4つの最後の歌》を、アンカラのCRRコンサート・ホール、モーツァルテウム管弦楽団とのザルツブルク公演、クリストフ・エッシェンバッハ音楽監督によるバンベルク公演、と三度歌った。また、ソリストとしてヤープ・ヴァン・ズヴェーデン音楽監督のニューヨーク・フィルハーモニックに初登場し、マーラーの交響曲第2番《復活》を歌う。同公演はケルン・フィルハーモニーでも上演される。さらにチューリッヒでブラームス《ドイツ・レクイエム》、フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団とベートーヴェン《ミサ・ソレムニス》、ヘルシンキでベルク《7つの初期の歌》、ドレスデンではマレク・ヤノフスキ指揮でドヴォルザーク《スターバト・マーテル》も歌う。加えてドレスデン聖母教会の2023年クリスマス・コンサートでは、クリスティアン・ティーレマン指揮でピョートル・ベチャワと共演。このコンサートはZDFによりライブストリーミングされる。
近年のシーズンの主なオペラ出演としては、《フィデリオ》マルツェリーネでメトロポリタン歌劇場にデビューし、続いて《フィガロの結婚》スザンナと《魔笛》パミーナで再登場した。チューリッヒ歌劇場には《イドメネオ》イリアでデビューし、同作品のエレットラをバイエルン国立歌劇場のアントゥ・ロメロ・ヌネスによる新制作で歌った。2012~16年までバイエルン国立歌劇場のアンサンブル・メンバーとして活動して以来、同歌劇場でも人気を得て、日本ツアーで《魔笛》パミーナ、ニューヨークのカーネギー・ホールで《ばらの騎士》ゾフィー、パリのシャンゼリゼ劇場公演等にも出演している。
〇スザンナ
(代)カタリナ・コンラデイ(イン・ファン罹病による欠場のため)

〈Profile〉
キルギスタン(現キルギス共和国)出身のソプラノ。リリコレッジーロ・ソプラノ。2009年から16年までベルリン芸術大学およびミュンヘン音楽演劇大学で学んだ。2015年から18年までヴィースバーデン・ヘッセン州立劇場のメンバー、2018年からハンブルク国立歌劇場のメンバーであり、ドイツを拠点に活躍している。2021年にはバイエルン国立歌劇場に『ばらの騎士』のゾフィー役でデビューした。「コンラディの音色は繊細な香りがあり、声は羽のように軽く、重さを感じさせない」(オペランヴェルト)と評される通り、 透明感のある声の正統派リリコ・レジェーロ。2023年にはウィーン国立歌劇場に『フィガロの結婚』のスザンナ役でデビューし成功をおさめた。2024/25シーズンは、チューリッヒ歌劇場で『仮面舞踏会』のオスカル、バイエルン国立歌劇場で『こうもり』のアデーレ、ハンブルクでの『リゴレット』のジルダはロールデビューとなる。また、同シーズンのハイライトの一つに、キリル・ペトレンコ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とのベートーヴェンの交響曲第9番がある。エルプフィルハーモニーではケント・ナガノ指揮のもとモーツァルトのハ短調ミサ曲で共演するなど、コンサートでも活躍している。
〇フィガロ
リッカルド・ファッシ

〈Profile〉
ミラノ生まれのイタリア人バス。ジャンルカ・ヴァレンティとステファノ・ジャンニーニに声楽を学んだ。2014年にコモのテアトロ・ソシアーレでグラハム・ヴィック演出による『ドン・ジョヴァンニ』のマゼット役でデビューした。
リッカルド・ファッシは、2014 年にテアトロ・ソシアーレ・ディ・コモでグラハム・ヴィック演出のモーツァルトの「ドン・ジョバンニ」のマゼット役でデビューし、オペラのキャリアを開始。それ以来、毎年、多くの国際オペラハウスにデビューした。彼のレパートリーはモーツァルト、ベルカントヴェルディ間で、バッソ・カンタービレのレパートリーに特化していた。 『フィガロの結婚』のフィガロ、『ドン・ジョバンニ』のドン・ジョバンニとレポレッロ、『ラ・ソンナンブラ』のイル・コンテ・ロドルフォ、『ラ・ボエーム』のコリーヌなどは彼のレパートリーを特徴づける役のほんの一部であり、ウィーン国立歌劇場、ミラノ・スカラ座、ベルリン国立歌劇場、オペラ座などの劇場で演じるきっかけとなった。ローマ、トリノ王立劇場、またはアレーナ ディ ヴェローナにも出演。
キャリアを重ねるにつれ、モーツァルト、ベルカント、ヴェルディなど、幅広いレパートリーを専門としています。
2024年には、同歌劇場のドニゼッティ『ランメルモールのルチア』に出演した。
〇アルマヴィーア伯爵
(代)ダヴィデ・ルチアーノ(アンドレ・シュエンの都合による欠場のため)

〈Profile〉
2017年8月、ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル(ROF)で、《試金石》のマクロービオ役を歌った際、指揮をしたダニエーレ・ルスティオーニに「注目すべき歌手はだれか」と聞くと、即座に返ってきた答えが「ダヴィデ・ルチアーノ!」だった。翌18年のROFでは《セビーリャの理髪師》に出演し、これは記憶に深く刻まれるフィガロだった。
彼の声は艶やかで、輝かしく、濃密で、音圧が高い。そして黒光りするような濃厚な声が自然と、快活に湧き出るのだ。南イタリアの強い日差しを浴びて育ったぶどうから作られた、果実味が豊かだが深く、複雑な味の上等な赤ワインとでもいえばいいだろうか。しかも、音域がきわめて広いうえに、あらゆる音域で性質が一定しているから、音楽が映えることこのうえない。ロッシーニの歌唱に必要な、連なる小さな音符を敏捷に駆けぬけるアジリタも、非常にシャープに歌いこなす。
声同様に身体の動作も快活で、だから歌にも表情が加わるという好循環が起きる。視覚的なインパクトも強く、私の友人は「オペラ界の海老蔵」と呼んだが、実際、歌舞伎で見得を切るような動きをし、目力が異常なほど強い。まさか、本人が歌舞伎役者を意識しているわけではなかろうが、インタビューした際、左肩に入れたタトゥーを見せてくれた。「日本には行ったことがないけど、歌舞伎が好きだから」。そこには歌舞伎役者の顔が彫られていた。
19年にROFで歌った《とてつもない誤解》のブラリッキオ役も、コミカルな表現が堂に入って秀逸だったが、注目すべきは最近の活躍の広がりである。メトロポリタン歌劇場(MET)では、18年1月に《愛の妙薬》のベルコーレ、同年9月に《ラ・ボエーム》のショナールを歌い、今年1月にはバイエルン州立歌劇場で《ラ・ボエーム》のマルチェッロ。9月にはベルコーレでミラノ・スカラ座にデビュー。そして20年7月には、ザルツブルク音楽祭で《ドン・ジョヴァンニ》のタイトルロールである。まだ30歳を少し超えた年齢にして、一気にスターダムにのし上がってきた。
〇ケルビーノ
パトリツィア・ノルツ

〈Profile〉
オーストリア出身の若手メゾソプラノ。2020年から2年間、ウィーン国立歌劇場のオペラスタジオに在籍。この間に『チェネレントラ』のティスベ、『フィガロの結婚』のケルビーノ、フィリップ・ジョルダン指揮による『ドン・ジョヴァンニ』の新制作でツェルリーナを歌い、現在は同歌劇場のアンサンブル・メンバーとして活躍している。これまでにシェーンブルン宮殿劇場に『ヘンゼルとグレーテル』のヘンゼル、『エフゲニー・オネーギン』のフィリピエヴナ、『オレステ』のタイトルロール、『フィガロの結婚』のケルビーノ、『セビリアの理髪店』のロジーナなどで出演している。2020年秋、アン・デア・ウィーン劇場でシュテファン・ゴットフリート指揮、アルフレッド・ドルファー演出による新演出『フィガロの結婚』のケルビーノ役は高く評価された。2024/25シーズン、ウィーン国立歌劇場では、『フィガロの結婚』のケルビーノ、『ロメオとジュリエット』のステファノ、『セビリアの理髪師』のロジーナを歌う。数多くのコンサートにも出演しており、リート歌手としても活躍。演奏活動の傍ら、ウィーン音楽大学でフローリアン・ボッシュとクラウディア・ヴィスカの指導の下、リートとオラトリオの修士号取得を目指している。
【その他の配役】
〇マルチェッリーナ:ステファニー・ハウツィール
〇バルトロ:マティス・フランサ
〇バジリオ:ダニエル・イェンツ
〇バルバリーナ:ハン・ヘジン
○ドン・クルツィオ:アンドレア・ジョヴァンニーニ
○アントニオ:クレメンス・ウンターライナー
【スタッフ】
演出:バリー・コスキー
装置:ルーファス・ディドヴィシュス
衣裳:ヴィクトリア・ベーア
照明:フランク・エヴィン
【粗筋】
舞台は、18世紀半ばのスペイン・セビリア近郊のアルマヴィーヴァ伯爵邸。
《第1幕》
フィガロは伯爵が下さるというベッドが部屋に入るかどうかをみるため部屋の寸法を測っている。伯爵がこの部屋をフィガロ達にくださるというのだ。スザンナがそれを聞いて伯爵の下心に気づく。
フィガロは最近伯爵が奥方に飽きて、スザンナに色気を示しているばかりか、夫人との結婚を機に廃止を宣言した初夜権を復活させたいと画策していることを聞き大いに憤慨する。それならこちらにも手があるぞと計略をめぐらすフィガロ(原作はこのあたりで貴族階級を批判する有名なモノローグがあるが、ダ・ポンテの台本では、自分の婚約者を狙う伯爵個人への対抗心に置き換えている)。
マルチェリーナとバルトロ登場。フィガロに一泡吹かせようと相談する。彼女はかつてフィガロから「借金を返せなければ結婚する」という証文を取っている。それを見たバルトロは「俺の結婚を妨害した奴に俺の昔の女を押し付けるのは面白いぞ。フィガロ(「セビリアの理髪師」で伯爵夫人ロジーナとの結婚を妨害した)に復讐する良いチャンスではないか」とほくそ笑む。
スザンナが登場し、マルチェリーナと口論したあと一人になると、小姓のケルビーノ登場。せんだって庭師アントニオの娘バルバリーナと一緒にいたところを伯爵に見つかって追放されそうなので、伯爵夫人にとりなしてほしいと懇願する。「あら最近彼女に恋しているの」とスザンナがからかう。彼は目下女性なら誰でもときめいてしまう年頃なのである。ここでケルビーノが「①自分で自分が分からない」を歌う。
ところが、そこへ伯爵がスザンナを口説きにやって来る。慌ててケルビーノは椅子の後ろに隠れる。伯爵が口説き始めるとすぐに、今度は音楽教師のバジリオがやってくるので伯爵はあわてて椅子の後ろに隠れ、ケルビーノはすかさず椅子の前に回り込み、布をまとい隠れる。バジリオはケルビーノと伯爵が隠れているとは夢にも思わず、ケルビーノと伯爵夫人の間の話題を持ち出す。
「ケルビーノが奥様に使う色目をみたかい?」これを聴いた伯爵は思わす姿を現し、「今のは何のことだ?」と迫る。慌てたバジリオは打ち消すが、伯爵は続けて「昨日庭師アントニオの所にいったら、娘のバルバリーナの様子が何となくおかしい。そこでそばにあった布をふと持ち上げると...(と、さきほどケルビーノが隠れた椅子の上の布をはがす)おお、これは何としたこと」。「最悪だわ」とスザンナ。バジリオは「おお、重ね重ねお見事な」。
ここで三人がそれぞれの気持ちを歌うが、バジリオの歌う「②女はみなこうしたもの(Cosi fan tutte le belle)。何も珍しいことではありません」という一節はモーツァルトの後のオペラ・ブッファ「コジ・ファン・トゥッテ」の主題となる。
さて、ケルビーノは伯爵夫人を通じてのとりなしを頼みにきていたのだという事実を何とか納得した伯爵ではあるが、「自分の連隊に空きポストがあるから配属する、直ちに任地に向かえ」と命令する。
そこへフィガロが村の娘たちを連れて登場。「私たちは殿様が廃止なさった、忌まわしい習慣(初夜権)から逃れられる初めてのカップルです。村の皆の衆と一緒にお礼を言わせてください」という。大勢の証人を頼んで初夜権廃止を再確認させようというフィガロ。「図ったな」と困惑する伯爵。しかし、ここは慌てず騒がす「皆の者、あのような人権侵害行為はわしの領地内では二度と行われないであろう」と廃止を改めて宣言した。
万歳!と叫ぶ村人。しかし、「盛大に式を挙げさせてやりたいからもう少し時間が欲しい」と村人を帰してしまう。がっかりするフィガロたち。ケルビーノが浮かない顔をしているのに気づいたフィガロは事情を聞くと「あとで話がある」とこっそり耳打ちし、ケルビーノの出征を励ますための豪快なアリア「③もう飛ぶまいぞこの蝶々」を歌ったところで幕。
《第2幕》
伯爵夫人ロジーナの部屋。夫人はひとりで夫の愛情が薄れたことを悲しんでいる。そこへスザンナ、ケルビーノと相次いでやってくる。伯爵夫人とスザンナは伯爵の行状を暴くために囮捜査をしようというのである。つまり、伯爵をスザンナの名前でおびき出し、女装させたケルビーノと会っているところを見つけて動かぬ証拠を突きつけようという計画である。ここでケルビーノが有名な「④恋とはどんなものかしら」を伯爵夫人に歌う。
スザンナが化粧道具を取りに行ったところにドアをたたく音と伯爵の声がする。夫人はあわててケルビーノを隣の部屋に隠す。部屋に入ってきた伯爵、妻が落ち着きの無いのをみて詮索する。するとケルビーノが隣で音を立ててしまう。「あれは何だ?」と問う伯爵に「スザンナが結婚式の衣装に着替えているのです」と言い訳する夫人。伯爵は納得せず、部屋を開けて見せろと言う。伯爵夫人は何と言う失礼なことを、と怒って見せるが気が気ではない。いらついた伯爵はついに鍵を壊してでも入ると言って、夫人の部屋を施錠して夫人とともに道具を取りにいく。
そのすきに部屋の陰に隠れていたスザンナが出てきて、ケルビーノを2階の窓から逃がし、自分は先ほどの部屋に入ってまちうける。戻ってきた伯爵夫妻が戸を開けると出てきたのは当然スザンナである。必死に非礼を詫びる伯爵。夫人も初めは事情がわからないが、しかし、スザンナの耳打ちでさとったあとは彼女と一緒に夫をやり込め、最後は寛大に許す。
フィガロがやってくる。そこへ庭師アントニオ登場。彼は夫人の部屋の窓から何物かが飛び降りて植木を壊したと苦情を訴える。怪しむ伯爵に、フィガロは「飛び降りたのは自分だ。スザンナを待っていたのだが、伯爵の声がしたので慌てて逃げたのだ」と強弁する。アントニオと伯爵は怪しむがフィガロはうまく言いこめる。そこにバルトロとマルチェリーナとバジリオの3人がやってきて例の証文で訴訟を起こすという。伯爵はこれで勝ったと思い、結婚式の前に裁判を行うことにする。各人の思いをそれぞれが歌うフィナーレで第2幕が閉じる。
第3幕
スザンナはマルチェリーナの引き起こした混乱から逃れるため、奥方と相談して2人だけで伯爵を罠にかけようと考えた。まずは、伯爵に今夜の結婚式のあと2人で会う約束を承諾する。伯爵とスザンナの駆け引きを歌う二重唱が終わると伯爵は去る。そこへ裁判に出るフィガロが登場。フィガロに「裁判に勝たなくても結婚できるわよ」と耳打ちするのを聞いた伯爵は一人でそれを怪しみ、さらに「わしがため息をついて嘆いている間に家来が幸せになるのか」と憤慨しつつ、自分の意地を通そうと決意し、法廷に入っていく。
ついに裁判が終わって、一同退廷してくる。伯爵の言いなりの裁判官は当然マルチェリーナの訴えを認める判決を下したのだ。さあ、借金を払うか私と結婚するかだとせまるマルチェリーナに対し、フィガロは「俺は貴族の出だから親の許しがないと結婚はできない」と食い下がる。いいかげんなほら話だと思った伯爵たちが、「では証拠を見せろ」と言うとフィガロは「幼いときにさらわれたので親はわからないが、かくかくしかじかの服を着ていて腕には紋章がある」、などという。これを聞いたマルチェリーナはなぜか真っ青になり、フィガロに右腕を見せろという。何故右腕だと知っているんだと思いながらフィガロが腕を見せると、マルチェリーナは慌てる。それもそのはず、フィガロは盗賊に盗まれたマルチェリーナの赤ん坊だったのだ。しかも父親はバルトロだという。つまり、昔、フィガロはバルトロ家の女中をしていたマルチェリーナにバルトロが生ませた子だったのである。「親子か?それでは結婚は成立しない」と判事が判決を取り消す。親子とわかった3人は抱き合って喜ぶ。ここで有名な六重唱「⑤この抱擁は母のしるし」(スザンナ・フィガロ・マルチェリーナ・バルトロ・伯爵・ドン・クルツィオ)が始まる。
そこにスザンナが走りこんでくる。「奥様からお金を借りたので、フィガロの借金を返します」といってそこを見ると、なんとフィガロがマルチェリーナと抱き合っている。早くも心変わりしたのかとカッとなったスザンナ、「違うんだ実は訳があるんだ」と近寄るフィガロの横っ面をいきなり張り倒す。マルチェリーナがスザンナに向かって、「さあさあ、お義母さんを抱いておくれ」というのを聞いて何のことかわからないスザンナが皆に「彼の母親ですって?」と聞くと皆口々に「彼の母親なんだ」と答える。おまけにフィガロがバルトロを、お義父さんだというので、ますます混乱したスザンナが同様に聞き返し、皆が肯定する。最後はどうにか納得したスザンナとフィガロたち親子が幸福に歌い交わし、作戦に失敗した伯爵と判事(どもりつつ)が失望して歌うが、これをひとつの曲に見事に納めているわけである。この曲はモーツァルト自身もお気に入りだったという。バルトロとマルチェリーナは、この際だからということでフィガロたちと同時に結婚式をあげることになった。
場面変わって奥方の部屋である。ロジーナは伯爵と結婚した当時の幸せな日々を回想し、今の身の上を嘆いている(レチタティーヴォとアリア「⑥あの楽しい思い出はどこに」)。
- 注:このアリアは本来は裁判の場面の前に置かれていた。しかし、初演時にアントニオとバルトロが一人で演じられていたため、着替えの時間を確保するために現行版の曲順になったという説が最も有力である。現在は本来あるべき曲順で演奏されることが多い。
そこにスザンナが登場し、さきほどの急展開を報告する。あとは伯爵を懲らしめるだけであり、これはフィガロにも内緒の作戦となった。スザンナが伯爵に今夜会う場所を知らせる手紙を書く(手紙の二重唱「⑦Sull'aria...che soave zeffiretto そよ風によせて…」)。
再び場面が変わって、屋敷の広間に皆が揃い、結婚式が始まろうとしている。村娘が大勢登場し伯爵夫人に感謝を捧げて花束を贈る。ひとりひとりから花束を受け取って頬にキスしていると、一人だけ顔を紅潮させてもじもじしている少女がいる。夫人がスザンナに「どこかで見た人と似ているわね」「ええ、そっくりですわ」などと話していると、そこに庭師アントニオが登場。その少女のヴェールを剥ぎ取るとそれはケルビーノだった。「おまえは連隊に行ったはずだが」と怒る伯爵に、庭師の娘バルバリーナが「殿様、いつも私に親切にして、キスをしながら、愛してくれたら何でも欲しいものをやるぞと約束してくださいますね。それならば、是非ケルビーノを私のお婿さんにください」と伯爵夫人の目前でいうので、自分に矛先が回ってきた伯爵は仕方なく望みをかなえることにする。
フィガロとスザンナ、バルトロとマルチェリーナの結婚式がいよいよ始まった。結婚式で結婚のしるしに花嫁の頭に花冠をのせるのは伯爵だが、スザンナの時に彼女は先ほど伯爵夫人の部屋で書いた手紙をそっと渡す。式が進んで皆が踊っているときに、伯爵は手紙を開こうとするが、手紙に封をしていたピンが指に刺さって驚く。その様子を見ていたフィガロが「誰か伯爵に恋文を出したらしいぜ」とスザンナにいう。宴も盛り上がり、一同で伯爵夫妻を称える合唱で幕となる。
第4幕
伯爵邸の庭、もう日はとっぷり暮れた後である。バルバリーナがカンテラを手に何かを必死で探している。それを見つけたフィガロは何をしているのかと上機嫌で声をかける。バルバリーナは「伯爵からピンを探してスザンナに届けるよう頼まれた」と言う。フィガロは先ほどの伯爵の行動を思い出し、手紙を渡したのがスザンナであることに気づく。思わずカッとなるフィガロ。いっしょにいたマルチェリーナからピンをもらい、それをバルバリーナに手渡す。マルチェリーナは「まさかあの子がそんなことはしないだろう」となだめるがフィガロは聞かないで去る。残ったマルチェリーナは何か事情があるのだろうと察し、女同士助け合わないと、といってその場を去る。
フィガロはスザンナの浮気を暴いてやろうと人を連れてやってくる。庭に潜んで現場を押さえようというわけだ。事情を聞いたバジリオは、殿様は自分抜きで話を進めたのだなと思い、世の中を行きぬくための処世訓を歌う。
フィガロは仲間の配置を確認し、自分も隠れる。待っている間スザンナに裏切られたという思いと、彼女を愛する気持ちの板ばさみになって心を乱し、「男ども目を見開け」と女性の本性の浅ましさや嫌らしさを歌う。
スザンナと伯爵夫人が衣装を交換してやってくる。スザンナはマルチェリーナからフィガロが来ていることを知らされる。そしてレチタティーヴォとアリア「⑧とうとう嬉しい時が来た~恋人よここに」を歌う。
(フィナーレ)
さてそこにケルビーノがやってくる。彼はバルバリーナを探しに来たのだが、皆にとっては思わぬ邪魔者になりかねない。 まず、スザンナに扮する伯爵夫人を見つけると、スザンナだと思い込み、早速軽口をたたいてまとわりつく。夫人は伯爵が来たら計画がぶち壊しなので何とかやりすごそうとする。フィガロは気が気ではなくそばに近寄る。そこへ伯爵が登場し、スザンナのそばに誰かいることに気づく。近寄って邪魔者に平手打ちを食わすと、機敏に身をかわしたケルビーノと入れ替わりに寄ってきたフィガロの頬に命中し、驚いたフィガロはケルビーノと反対方向に逃げ出す。
伯爵はスザンナだと思い込んだ自分の妻を口説き始める。夫人は複雑な思いだがスザンナの振りをして彼に従ってついていく。二人が去ったのを見てフィガロが出てくると、スザンナも現れる。彼女は伯爵夫人を装うが、夫が彼女の「不実」を訴えるのを聞いて思わず地声を出すので、フィガロに気づかれる。状況を悟ったフィガロはスザンナにからかわれたお返しとばかり、伯爵夫人に「私の妻は奥様のご主人と浮気をしていますが、実は私も奥様をお慕いしております」などと口説きにかかる。変装を見破られたとは知らないスザンナは「この裏切り者」とフィガロを張り倒す。殴られたフィガロが笑いながらスザンナを抱擁しその声でわかったと打ち明けると、ようやく彼女もこのややこしいばかし合いに気づき、喜んで抱き合う。
そこに伯爵がスザンナに変装した妻を見失ってやってくるので、フィガロは再び「夫人」を大げさに口説き始める。これに気づいた伯爵はカンカンになり、皆を呼び集める。衆人環視の中、隠れ場所から人が次々でてくる。ケルビーノ、バルバリーナ、マルチェリーナらに続いてスザンナ扮する伯爵夫人が出てくるので一同驚き、伯爵は浮気の現場を捕らえたと勝ち誇る。「許してください」や「夫人」と皆が口々に懇願するのに対し、断固「いや駄目だ」と応じない伯爵。しかし、そこへスザンナの服を着た夫人が現れ、「私からお願いしたら許してくれますか」と聞くと伯爵を始め一同驚く。すべてを理解した伯爵は、伯爵夫人に心から謝る。夫人は「私はあなたより素直なので…ハイと答えましょう」とこたえる。一同が伯爵夫妻を祝福して歌い、幕となる。
【上演の模様】
『フィガロの結婚』(フィガロのけっこん)は、伊語でLe nozze di Figaro、仏語Les noces de Figaro、英語The Marriage of Figaro、独語 Die Hochzeit des Figaroです。フランスの劇作家ボーマルシェが1778年に書いた風刺的な戯曲、ならびに同戯曲をもとにヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが1786年に作曲したイタリア語オペラ(Le Nozze di Figaro, K.492)です。
オペラのリブレット(台本)は、ボーマルシェの戯曲に基づき、イタリア人台本作家ロレンツォ・ダ・ポンテがイタリア語で書いたのでした。
今回は、チケット販売開始当初に発表された歌手のうち主役級の二名が、来日出来なくなり、代役が立てられました。即ち、
〇スザンナ役:イン・ファン⇒カタリナ・コンラデイ
〇アルマヴィーア伯爵役:アンドレ・シュエン⇒ダヴィデ・ルチアーノ
しかし、今回のウィーン歌劇場の来日歌手陣は、指揮者も含めて、何れも世界に名だたる有名歌手達とは必ずしもいえず、欧州歌劇に詳しい一握りの人以外には、我国では名の知られた歌手達とは言い難いでしょう。しかも多くの聴衆にとっては、初めて聴く歌手が多いと推測され、主役級の出演変更と謂われても、どの程度の歌手が、どの程度の歌手に入れ替わったかも皆目知らず、実際に両者を聴いて比較出来ないので分からないのです。(録音ソフトを聴いて簡単に比較する方法もあるでしょうが、簡単にはソフトにアクセス出来るものではない事情も有るのです。)
因みに1980年に来日したウィーン歌劇場公演は、指揮者がカール・ベーム、主役級歌手が、グンドラ・ヤノヴィッツ、ヘルマン・プライ、ルチア・ボップ、アグネス・ヴァルツァなど、キラ星の如くビッグネームが並んでいた時代と今回を較べると、隔世の感がします。
今回の公演について、主催者(若しくは招聘元)は、次の様な前宣伝をしていましたが、その基本が崩れ去っていて、やや魅力が減衰していることを、どの様に釈明するのでしょうか?
❝・・・動けるか、さらに細かい演技等は演出家自身の直接の演技指導の有無が上演の仕上がりに大きく影響する。今回の日本公演ではスザンナのイン・ファン、伯爵のアンドレ・シュエン、伯爵夫人のハンナ=エリザベット・ミュラーとオリジナル主要3キャストが揃って来日するほか、ケルビーノ役のパトリツィア・ノルツ、マルチェリーナ役のステファニー・ハウツィールまで含めれば、初演時の5人もがそのまま出演予定というから期待も高まる。❞
もっとも、今回は代役がその穴埋めを立派に果たしたので、何とか面目は保たれたとは思いますが。
それはそうとして、代役も含めた歌手の上演の模様はどうだったのでしょう。全体的には、以下の様な要点に纏められると思います。
◉代役大健闘!!
◉伯爵役ルチアーノの各所怒りのアリア、迫真に迫る強さあり。
◉スザンナ役コンラディ、タイトルロール以上の歌唱と演技で大活躍!!
◉伯爵夫人役ミュラー、品格十分の詠唱!
◉ケルビーノややコスキーのような細かい部分に至るまで緻密に計算され、丁寧に練り上げられた高密度な舞台だけに、演出のコンセプトを歌手たちがどれほど理解して実際の舞台でどう未完の大器の感あるも、「恋とはどんなものかしら」は、百点満点の出来。
◉主要歌手ほかの詠唱はみな一流もの、層の厚さを感じます。
◉最少数による最大効果を図った合唱団の活躍。「山椒は小粒でピリリと辛い」スパイスが効いていました。
◉歌手の歌声と一体化したビリー指揮・ウィーン歌劇場管弦楽団、特にアリアに寄り添う管・弦・打の合いの手の優しさを感じる演奏が素晴らしい。
◉省資源的舞台設備・演出も、モーツァルト時代と齟齬のない範囲の読み替え、服装は全く問題ないし、第4幕のモグラたたきの如き床装置は、暗闇の茶番劇に代わり、見える化を図った独創的演出。
◉舞台設備の色彩も豪華〜質素まで考え抜かれ、特に歌手服装他の色彩感覚は超一流デザイナーの如し。
以下、各幕毎に見て行きます。
《序曲》
演奏会でたびたび単独演奏もされる、人々によく知られた調べが、ピットから沸き興こりました。ベルトラン・ド・ビリー指揮Staatsoperオケは、速目のテンポで立ち上り、どちらかと言うと向かって左翼の高音域弦楽の音量が優勢で、右翼の低音域弦がやや小さく聞こえたのです( 座席は上階の正面位置)。ピット内は良く見えませんでしたが、恐らくVc.が2〜3挺?、Cb.も同じ位なのに対し、Vn.とVa.が数多く入っていたせいかなと思いました。それでも、流石本場の調べと言った感は有り。
《第1幕》
フィガロとスザンナが、伯爵の館の一室で、歌います。フィガロは、何やら寸法を測った数字を❝Cinque…dieci…venti…trenta…trentasei quarantatre(5...10....20...30...36...43)❞と計測しながら歌っています。この部屋を伯爵が使って良いとのことなので、ベッドを何処に置くか計測している様子。
対するスザンナは、まもなくフィガロと結婚するので、式で頭に被る帽子状のヴェールを縫っています。
二人はじゃれあったりしますが、この演出では独特の読み替えでフィガロに清掃様モップもどきを片手に持たせ、高々とバランスを取る軽業的演技をさせるのでした。
只この1場で重要な事は、便利な部屋を与えられて単純に喜ぶフィガロに対して、自分を好いている伯爵の魂胆を見抜き、フィガロに告げるスザンナのしっかりした性格が現れているところです。男に弄ばれるどころか、男を翻弄する性格のスザンナ、その役を歌った代役のカタリナ・コンラィの立上りの歌唱は、どちらかと言うと少し緊張が感じられましたが、さらに硬さを感じたフィガロ役リッカルド・ファッシよりは、落ち着いていました。立上りのファッシは、バスの深い声なのですが、やや滑舌が悪いと言うか何かもやもや感がありました。
フィガロ一人となった2場では、次第に分かり始めた伯爵の魂胆に、対抗する気持ちを歌うフィガロ、フィガロは、伯爵を揶揄してカヴァティーナを歌います。
〈カヴァティーナ〉
(フィガロ)
踊りになられたければ 伯爵さま 少しばかりギターを弾いて差し上げましょう。もしおいでになるつもりなら、それがしの学校にカプリオールを教えて差し上げますよ。俺は知りますよ...しかし待てよ、あらゆる謎を明かすには、こっそりと振舞う方がいいな!防禦の技に活用の技
ここでは突き刺し、あそこではアソビを入れる
あらゆる策略を、ひっくり返しますからね、
踊りになられたければ、伯爵さま、少しばかりギターを弾いて差し上げましょう。
この辺りになると、フィガロ役ファッシの声も大分こなれて来た様で、硬さがとれて本来の力を発揮した様です。
このカヴァティーナも上記で特にピックアップしませんでしたが、兎に角、主演級の歌手達のアリアの他にも、次に記したマルチェリーナやバルトロ等の脇役のアリア、その他カヴァティ-ナなど、このオペラは溢れるばかりのモーツアルト音楽の歌の宝庫だと言って良いでしょう。
フィガロ去った後、3場に登場したのは、医師バルトロと女中頭マルチェリーナ。 二人は、過去の因縁からフィガロに恨みを持っていて、バルトロは、フィガロに復讐をと歌いました。このアリアも、ピックアップしていませんが、バルトロ役マテウス・フランサは、なかなかの歌い手、低めのバスの声に怨念が籠もっていました。これまできっと適役のオペラでタイトルロールもこなしてきたのでしょう。今回の歌劇団の歌手の層の厚さを感じます。
バルトロ去った4場で鉢合わせしたスザンナとマルチェリーナ、二人はフィガロを取り合う恋敵ですから、年の差も考えず、部屋を出る際やり合って歌いました。
ここでのマルチェリーナ役ステファニー・ハウツィールのメゾソプラノの歌唱もこれ又一流のもの。大したものでした。
さらにマルチェリーナ去った5場でこの場に現れるズボン役ケルビーノが歌ったアリアが、
①自分で自分が分からない(ケルビーノ)です。
ケルビーノは伯爵の小姓、伯爵夫人のお気に入り、ケルビーノも夫人の優しさにゾッコンです。ケルビーノ役パトリツィア・ノルツは、かなり若い歌手で、見た目では、ズボン役には若干似つかわしくない、女性的歌手でした。部屋に入るなり、スザンナに気持ちが奪われ、纏わりつくも、スザンナに ❝Povero Cherubin, siete voi pazzo!(困ったさんのケルビーノ、あんた変だわよ!)❞と言われて、歌うアリアでした。ケルビーノ役ノルツは、思春期の不安定な気持ちをぶつける様に歌いました。しかし最初のアリアだったせいか、少し完成度が高くない歌い振りでした。若し個人的に得点を付ければ、70点くらいの出来かな?しかし、これから磨きを掛ければ、今後益々成長し伸び代が大きい歌手に思われました。
それこれしている間に部屋に誰か入ってくる音がして、それはアルマヴーヴァ伯爵でした。慌てて物陰に隠れるケルビーノ、伯爵役は、代役のダヴィデ・ルチアーノです。その第一声は、濃厚なバリトンで、スザンナに会いに来た目的をレチタティーヴォで告げるのでした。レチタティーヴォは最初から最後まで、歌手がアリア等の前後に話し言葉にかすかに節をつけて、歌うというか声を出すのですが、チェンバロが伴奏楽器となっていて,ピットの右サイドに奏者が陣取っていました。勿論チェンバロ奏者も指揮者と楽譜に従っているのですから、如何なる歌手の発声にもピッタリ寄り添っていました。
伯爵の言うことにゃ、王命でロンドン大使として赴任するので、フィガロを連れて行く。(当然身の周りの世話をするスザンナは同行する)とのことですが、話にかこつけてスザンナを抱きしめ愛を告白している、それを振り切ろうとするスザンナ、そうしてる間にまた誰かが入って来る様子、今度は慌てて伯爵が椅子の裏や白布に隠れるも、先に隠れていたケルビーノがいるのですから、鉢合わせになるのは必定です。あのセットで二人が気が付かないのは漫画的、そう、ここは漫画チックな笑いを誘う場面なのですが、会場からの反応は今一つと言った感じでした。
同じ場面に今度はバジリオが登場、嫌がるスザンナに、伯爵はスザンナを愛しているとか、ケルビーノがこの辺をうろついていたのを見たとか、彼と伯爵夫人との関係とかを話すバジリオ、隠れながらこれを聴いていた伯爵は我慢ならず、物陰から身を乗り出し、「ケルビーノには出て行ってもらう」と息巻く伯爵なのでした。
ここで三人に依る三重唱が歌われたのです。三重唱と言ってもそれぞれが自分の想いを勝手に歌うのですから、ハモっている訳では有りません。
また上記【粗筋】にも記しましたが、バジリオの歌う「②女はみなこうしたもの(Cosi fan tutte le belle)。何も珍しいことではありません」という一節はモーツァルトの後のオペラ・ブッファ「コジ・ファン・トゥッテ」の主題となりました。この演目も歴史的に「ウィーン国立歌劇場」のおはこと言って良いでしょう。
結局その場に潜んでいたケルビーノも見つかり、怒り心頭の伯爵は、益々歌声を荒げて、強いバス・バリトンの声を張り上げるのでした。
またまた同じ部屋に、今度はフィガロが呼ばれて、多くの人々(合唱団)と共に登場、「寛大な領主様に花びらを撒こう」と合唱で歌うのでした。一般に今回の上演の合唱団もエーと思う程少なかったけれど、良くストーリーの場面に合致した歌い振りでした。
ほめたたえられた(特に初夜権との何やら胡乱臭い領主の行いを廃止した)領主の伯爵は、得意げになって全て許そうとする寛大な気持ちになるのですが、これがフィガロの魂胆だとは!寛大な領主の気持ちに乗じて、すぐに「結婚式を上げたい」と領主に催促するフィガロ。しかし大好きなスザンナは式を挙げてしまうとフィガロ一人の物になってしまうとすぐ気が付く伯爵、「もっと盛大な式にしたいので」との言い訳をして結婚式挙行を延期させるのでした。この辺の登場人物の心の変化の描写が、このオペラの台本作家一流の真骨頂の現われだと思います。それを歌手の演技は歌以上に上手く表現出来ていました。
人々が去ったあと、気まずいケルビーノと怒り心頭の伯爵、それに(結婚まじかの)喜びも半ば也かなのスザンナとフィガロ、スザンナ達はケルビーノを弁護してやった甲斐もあるのか、伯爵は、若い彼に重罪でなくて、連隊士官のポストに横滑りさせ、すぐに現地(セビリア)に赴く様命令したのです。
ここで、彼に一言あると言ってフィガロがあの有名なアリアを歌うのでした。
③もう飛ぶまいぞこいの蝶々(Non più andrai, farfallone amoroso)
ここでは、演技上もフィガロはケルビーノの転出を励まし元気付けている様に見えて、時折かなり強い調子の荒げた声で歌い、その実(スザンナに近づいた事の腹いせに)ケルビーノいじめをしたと言ってもいいかも知れません。しかし実際問題として若気の至りはあるかも知れないけれど、①「自分で自分が分からない」でケルビーノが詠唱し、ケルビーノが胸の内を明かしたように
❝ogni donna cangiar di colore,ogni donna mi fa palpitar.Solo ai nomi d'amor, di diletto,mi si turba, mi s'altera il petto e a parlare mi sforza d'amore un desio ch'io non posso spiegar.Parlo d'amor vegliando,・・・ (すべての女性がぼくの顔色を変えすべての女性にぼくは震えるただその名だけで 愛とか 喜びとかのぼくは動揺し この心は乱れるんだそしてぼくにむりやり語らせるんだ 愛のことを自分でも説明できない欲望が愛のことを話すんだ 目覚めていても 愛のことを話すんだ 夢を見ていても・・・)❞
この様に、ケルビーノは少し病的とも言える程の女狂いの気があったのかも知れない
《第2幕》
この幕では、冒頭に伯爵夫人のカヴァティーナが出て来ます、回顧調の内容をしみじみと歌い、大きな拍手を浴びていました。確かに彼女の歌はとても気品のあるソプラノで、伯爵夫人としての威厳さえ感じました。しかしこの幕には以下の④のアリア以外他には大きなアリアは無く、また上記《第1幕》の記述が少し長くなり過ぎたので、ここからはピックアップしたアリアについてのみ記します。
④恋とはどんなものかしら(ケルビーノ)
この歌は、部隊の士官として宮廷小姓を辞する挨拶がてら、(その実は恋しい人に合いに)夫人のもとを訪れたケルビーノが歌うアリエッタです。ケルビーノが作詞・作曲したといって第1幕でスザンナに提示した歌なのです。
これを歌ったパトリツィア・ノルツの歌唱は、第1幕の①「自分で自分が分からない」の時とは大違いで、藤の前に姿勢良く起立した彼女は、この有名過ぎる歌をほぼ完璧に歌いこなしました。もう何百回となく歌ってきたアリアなのでしょうね、きっと。
《第3幕》
この幕では、衝撃の告白がフィガロとマルチェリーナの間で交わされ、どんでん返しの裁判結果が基本的環境の変化です。裁判沙汰とは第1幕でスザンナとマルチェリーナの口論の原因である、フィガロがマルチェリーナから借金し、返済出来ない時には彼女と結婚するという契約書を交わしていたことです。未だ返済されていない謝金、フィガロが謝金を返せると思って借りたのか?最初から返さないつもりで、結婚してもいいという気があったのかどうか?謎ですが、恐らく後者でしょう。マルチェリーナは器量も良かったみたいだし、女中頭だったし、恐らく後者の方だったのでは?ただ後になってスザンナが登場し好きになってしまったのでしょう。赤ちゃんの頃捨てられて、体にその特徴、例えばあざとかほくろとか傷跡とか、良くドラマで使われる証拠がフィガロにも有ったのです。何と右腕に象形文字の刻印があったのでした。ここでの象形文字は、「geroglifico」と記載されてますが、これは多分エジプト文字でしょう。ローマ帝国初期には、エジプト象形文字がまだ一部で使われ詠まれていたことを知っているイタリア人台本作家ダ・ポンテが、考え出した証拠なのでしょう。フィガロの本名の文字かも知れないし、家紋の文字かも知れない。と推理させる処に、この物語の奥ゆかしさが有ります。
それはそうと、フィガロはマルチェリーナの子供と言うことが判明し(父親は医者のバルトロ)、婚礼が取り行われる大広間に集まった、この三者の他、スザンナ、伯爵、裁判官ドン・クルツィオの6人が、次の六重唱を歌うのでした。
六重唱「⑤この抱擁は母のしるし」(スザンナ・フィガロ・マルチェリーナ・バルトロ・伯爵・ドン・クルツィオ)
⑥あの楽しい思い出はどこに(伯爵夫人)
❝Dove sono i bei momenti di dolcezza e di piacer,dove andaro i giuramenti
di quel labbro menzogner? Perché mai se in pianti e in pene per me tutto si cangiò,la memoria di quel bene dal mio sen non trapassò? Ah! Se almen la mia costanza nel languire amando ognor,mi portasse una speranza di cangiar l'ingrato cor.(どこなのかしら あの素晴らしかった時は甘さと喜びのどこへ行ってしまったの 。 あの誓いはあの偽りの舌が誓ったはずなのになぜ? 涙と痛みに私のすべてが変わってしまったのに あの素敵な思い出は 私の胸から消えてしまわないの?ああ!もし 私の変わらぬ思いが 苦しみながらずっと愛し続ける私に希望を与えてくれるのなら あの不実な人の心を変えられるという)❞
伯爵夫人役のミュラーは、こうした物憂げな歌がお似合いの雰囲気を持っていますね。存在自体が〖高貴+夫の不実+暇+真面目+冷静+寛容〗の地を行っている感が強くしました。アリアも同じ感じでした。
手紙の二重唱「⑦Sull'aria...che soave zeffiretto そよ風によせて(伯爵夫人&スザンナ)」
スザンナに手紙を書かせ、一語一語かみしめる様に繰り返し確かめる夫人、このオペラでは唯一の二重唱です。
二重唱と言っても、ハーモナイズする重唱ではなく手輪唱に近いもの。二人の美声の絡み合いは無いですが、こだまの様に響き合いました。
❝SUSANNA scrivendo "Sull'aria…" (書きつける)「そよかぜに寄せる... 」
LA CONTESSA "Che soave zeffiretto…"「何て優しいそよ風が..」
SUSANNA "Zeffiretto… 「そよ風が...」
LA CONTESSA "Questa sera spirerà…"「今夜 ため息をつく.」
SUSANNA "Questa sera spirerà… 「今夜 ため息をつく..」
LA CONTESSA "Sotto i pini del boschetto."「林の松の木の下で」
SUSANNA "Sotto i pini…del boschetto…" 「林の松の木の下で」
LA CONTESSA Ei già il resto capirà. 「あとは分かるでしょ」
SUSANNA Certo, certo il capirà. 「はい 殿はお分かりになるでしょう」
《第4幕》
この四幕の舞台セットがユニークなものでした。舞台上を大きなベッド用のマットで出来ている様な分厚い敷物(或いは構造物)で覆い各処にはマンホールの蓋の様な出入り口があり、4幕各場毎の登場人物が、モグラの様に蓋を開いて出て来て、(レチタティヴォで)喋ったり、歌ったり、或いは構造物の上や横の空間を行き来したり、構造物の中は、夕暮れ・夜の闇をイメージできます。それが穴からモグラが顔を出す様に出たり入ったり、暗闇での登場人物の行動が診える化されていました。勿論構造物の中では歌は歌いません(聞えなかった)、穴から出て来て歌うのです。仲々面白い発想・演出です。
しかし場面が第1場から第14場(+最終場)と多く有り、多くの登場人物が出て来る変化の激しい幕ですが、アリアは意外と少なく、めぼしいものは、次のスザンナが歌うアリア位なのです。
「⑧とうとう嬉しい時が来た~恋人よここに」(スザンナ)
第十場でスザンヌが歌いました。
❝Giunse alfin il momento che godrò senz'affanno in braccio all'idol mio. Timide cure,uscite dal mio petto,a turbar non venite il mio diletto!Oh, come par che all'amoroso foco l'amenità del loco,la terra e il ciel risponda,
come la notte i furti miei seconda Deh, vieni, non tardar, oh gioia bella,vieni ove amore per goder t'appella,finché non splende in ciel notturna face,finché l'aria è ancor bruna e il mondo tace. Qui mormora il ruscel, qui scherza l'aura,che col dolce sussurro il cor ristaura,qui ridono i fioretti e l'erba è fresca,ai piaceri d'amor qui tutto adesca.Vieni, ben mio, tra queste piante ascose,ti vo' la fronte incoronar di rose.
(やっとこの時が来たのね なんの悩みもなく楽しめる時が愛する人の腕の中で 臆病な不安よ出て行ってよ あたしの胸の中から邪魔しに来ないでよ あたしの喜びを!ああ 感じるわ 愛の炎が この場所の活気と大地と天の活気に応えているのを 夜があたしの秘め事を手伝ってくれるの!さあ来て ぐずぐずしないで おお素敵な喜びよ来てよ 愛が楽しみのためにお前を呼んでいるところへ まだ空に輝かないうちに 夜のともし火が 大気がまだ暗く 世界がまだ静かなうちに ここでは小川がつぶやき ここではそよ風が戯れ 穏やかな ため息で心をよみがえらせるの ここでは花たちが笑い 草たちがさわやか 愛の喜びをみんなが呼んでいるのよ 来てね 愛しい人 この密やかな木立の中へ あなたの額をこのバラで飾ってあげるから)
第1幕からブレないで、安定したソプラノで歌ってきたスザンナ役コンラディは、最後のアリアを堂々と歌い切るのでした。
その他特に面白く思ったのは、バジリオのアリアです。「良識という夫人が自分の気まぐれや頑固さを取り払い、ロバの皮を呉れた。そしてその皮の匂いが、自分を猛獣の餌食になるところを救ってくれた」と少し変わった独特の低いバス声で歌いました。この歌はかなり教訓的で示唆的ですね。
四幕・フィナーレ終了と同時に、熱烈な拍手・喝采、歓声が沸き起こりました。

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(NBS H.P.より)