HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

横浜山手・中島敦展&西洋館秋の展示を観る

【日時】2025.9.7.(日)PM

【会場】神奈川近代文学館&横浜山手西洋館

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【概要】今回展示を見た両館とも、横浜山手の高台にあり、年に何回か興味ある展示又はコンサート等が催されるので、時間がとれれば見に行きます。けっこうレベルが高く、興味深い時が多いです。今回は、文学館では、「中島敦の手紙展」西洋館では、「重陽の節句飾り展」を催していました。

 

I《中島敦の手紙展》

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【主催者言】

「山月記」などの名作を遺した中島敦(1909~1942)は、作家を志しながら横浜高等女学校の教師をしていましたが、1941年(昭和16)に女学校を辞めて、南洋庁勤務のため当時日本の統治下にあった旧南洋群島のパラオ(現・パラオ共和国)へ向かいました。滞在中には当時8歳の長男・桓(たけし)と1歳の次男・格(のぼる)にあてて、身の回りの出来事や珍しい南洋の風物についてやさしく語りかけるように手紙を書き送ります。「おとうちゃん」の愛情あふれる手紙は、幼い子どもたちにとってかけがえのない贈り物となりました。本展ではこの時期の家族とのかかわりにスポットを当て、わが子へあてた手紙全81通を中心に展観します。

【主催】
県立神奈川近代文学館、公益財団法人神奈川文学振興会
【後援】
駐日パラオ共和国大使館、中島敦の会、神奈川県教育委員会、横浜市教育委員会、NHK横浜放送局、FMヨコハマ、神奈川新聞社、tvk(テレビ神奈川)
【協賛】
筑摩書房、相模鉄道、東急電鉄、横浜高速鉄道、神奈川近代文学館を支援(サポート)する会
【広報協力】
KAAT 神奈川芸術劇場

【会期】2025年8月2日(土)~9月23日(火・祝)休館日:月曜日(8月11日、9月15日は開館)

【開館時間】午前9時30分~午後5時(入館は4時30分まで)

【会場】神奈川近代文学館第2展示室

 

【見学記】

   この文学館には、今年の6月下旬に、芥川賞作家の「清岡卓行展」を見にいきました。横浜山手地区の「みなとの見える岡公園」に隣接した「横浜ベイブリッジ」を望む高台にあります。上野の森とも異なる、緑豊かな静かな佇まいの中の、結構いい環境に有ります。常設展の他に、一定期間企画展も行われ、主として、横浜や神奈川県に縁のある文学者がらみの展示会が多いと思います。

    今回は、かって横浜に居を構えたことも横浜の高女で教鞭をとったこともある文学者中島敦の作品のうち、子供に宛てた『手紙』に焦点を当てた展示会でした。その概要については、先月の8月27日付朝日新聞、「天声人語」に良く纏められているので、以下にその記事を引用しておきます。

    尚中島敦の自筆資料や遺品は、この「神奈川近代文学館」の「中島敦文庫」に収蔵されているとのことです。

   

"「天声人語(2025.8.27.)」

〈おとうちゃんのひるごはんは、毎日バナナ十二本だよ〉。 作家の中島敦は、遠く南洋の島から、日本にいる息子たちに手紙を送り、やさしく語りかけている。〈中島は深く苦悩していた。病に苦しみ、職場でもうまくいかない。作家になる夢を悲観して、妻への手紙には、暗い心情を吐露している▼自分は〈何時も沈んだ、イヤな野郎になり果てた〉と彼は嘆いた。息子には、こんな〈なさけない思いはさせたくない〉とも。「明と暗、どちらも人間らしい中島です」と秋元さん▼闇にいるからこそ、 人はやさしく光るのか。中島は帰国して作家となり、名作を残し、わずか1年足 らずで病没した。彼が愛した家族は、 手紙を大切に保存した。いま私たちが目にできるのは、そのおかげである。"

 

    中島は、大学(帝大文科)を卒業後就職するも、喘息の病氣持ちで体調も悪く、旧満州赴任の話は寒さが身体に悪いと断わりました。そうした中、当時日本が統治していた南洋諸島への赴任の話しに、暖かい地域に行って病状の改善を図ろうとしてそれに応じ、パラオ南洋庁の官吏(教科書編修書記)として、パラオ島への単身赴任をする決断をしたのでした。

    上記手紙は、中島がバラオなどから子供二人に宛てたものなのですが、色々手紙をよく見ると、優しい反面、厳しく子供を律する父親の側面を見せる手紙もありました。

 

八月?日

「もうなつやすみでいいね。桓!

夏休でもべんきょうは毎日しているだろうね? おじいちゃんもおかあちゃんも格もみんな元気かい?

二年のよみかたは二十海まですんだんだろう? 二十一子馬はまだだろう? 十お話と十六金魚とが、おとうちゃん一番すきだな。十九きりぎりすも、おもしろいね。

ことしの夏は海へ行ったかい?

南洋の海の水はとてもきれいで、ずっとそこの方まで、すきとおって見えるんだよ。さかながなん百びきもおよいでいるのが、すっかり見えて、ほんとうにきれいだよ。」

 

八月六日

「夏休のしゅくだいは、ちゃんとやってるかい。 なまけちゃだめだよ。

こちらは一しゅうかんばかりあらしがつづいていて、よこはまへ行くひこうきがとべません。ものすごい風で、やしの大きな葉(三メートルか四メートルぐらいある)がちぎれて、道に落ちて来ます。」

 

八月二十五日

「桓の手紙の中に、まちがいがあります。

〈ぼくはまい日がくかうへ行っています。そしていつしやうけんめいべんきやうしています。〉この中に二つまちがいがあります。よくかんがえてごらん。おとうちゃんが、いつも、まちがえてはいけないよと言っていたことです。わかったら、もう二どとこんなまちがいをしないこと。」

 

上記天声人語の以下の箇所にもある様に、

〈中島は深く苦悩していた。病に苦しみ、職場でもうまくいかない。作家になる夢を悲観して、妻への手紙には、暗い心情を吐露している▼〉

    妻タカに宛てた手紙は、結婚前から、南洋赴任期間まで数多く書かれ、特に南方諸島からの手紙には、作家を目指す者の不遇な環境と持病に苦しむ中島像が浮かんで来ます。こうした体験が『山月記』を書くベースになったと思います。確かにこの作品の独創性溢れる内容と格調高い文章には、父方の先祖伝来の漢籍の影響が見られ、この若くして(享年33歳)亡くなった才能溢れる作家を惜しむ声が、巷間に溢れるのも宜なるかなと思います。31歳で亡くなったシューベルトの類いかも知れません。最もその作品数は、未発表も含めて数十ですから、多作のシューベルトと比較にならないかもしれません。これも作曲活動を短い生涯ながら、楽しみも多く感じて行うことができたシューベルトに対し、家族を持ち本職を持ち、持病で思うに任せない執筆活動に、中島が内在している才能が叫び声を上げるのが聞こえる様でした。せつない虎の遠吠えの如く。展示会を見終わって出口近くにあった売店で、生前には未発表だった作品集を購入したので、少しづつ読んでみることにしています。

 

 

 

II《重陽の節句飾り展》

重陽の節句は、ご案内のとおり9月9日で、五節句の一つです。五節句とは、

人日(人日の節句)、上巳(上巳の節句)、端午(端午の節句)、七夕(七夕の節句)、重陽(重陽の節句)の5つの節句のことです。それぞれの概要は、以下のとおりです。

 

①人日の節句(1月7日):
七草の節句。邪気を払い、無病息災を願って春の七草粥を食べる習慣があります。 
②上巳の節句(3月3日):
桃の節句とも呼ばれ、「ひな祭り」として親しまれています。女の子の健やかな成長を願い、ひな人形を飾ってお祝いします。 
③端午の節句(5月5日):
菖蒲の節句とも呼ばれ、「こどもの日」として知られています。子どもの成長と健康を願って、鯉のぼりを飾ったり柏餅を食べたりします。 
④七夕の節句(7月7日):
星まつりとも呼ばれ、笹の葉に願い事を書いた短冊を飾り、星に祈りを捧げます。 
⑤重陽の節句(9月9日):
菊の節句とも呼ばれ、古来より菊の花が長寿の象徴とされています。

この中で現代日本て、一般的に節句として多く知られているのは、②と③です。②は別名桃の節句、ひな祭りですね。女の子供のいる家庭で、ひな人形を飾って成長を祝います。

   ③は、別名菖蒲の節句、軒・屋根に菖蒲を飾ったり、菖蒲湯に入ったりして子供の成長を祈念し祝うのです。

    それに対し①人日の節句、④七夕の節句(7月7日)は、節句としてでなく、①七草粥を食する日 ④七夕祭り の名前で行事が行われ日 として祝われています。

それに対して⑤重陽の節句(9月9日)は、現代日本での認知度は低くなっています。「重陽」と言っても「WHAT?」という声が殆どでしょう。元来「陽」とは、陰陽説で、縁起の良い陽数(奇数)である1、3、5、7、9を指し、陽数が、重なる日(1月1日、3月3日、5月5日、7月7日、9月9日)は、特別な日であるという考えです。上記した、五節句は何れも同じ奇数が重なった重陽の月日なのです。偶数の節句がないのも、偶数は陽数でなく陰数だからです。

「重陽の節句」は、別名「菊の節句」、昔は陰暦の国が多かったので、陰暦(旧暦)9月9日の重陽の節句は、太陽暦(新暦)10/29(水)になります。新暦の9月9日はまだ菊の花は、せいぜい咲き始める頃にすぎず、菊の季節とまでは言い難いのですが(殊にここ数年の猛暑の年には)、旧暦の9月9日ともなると、様々な品種の菊が咲きそろう時期となるのです。従って今回開催された「重陽の節句飾り展」は、花飾りよりもテーブルコーディネートされた祝い膳の食器等が主たる展示となっていました。

    以下に主だった展示の様子を写真で紹介します。

【フォトギャラリー】


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