【出演】
現王:アムフォルタス(バリトン):クリスティアン・ゲルハーヘル
先王:ティトゥレル(バス・バリトン):水島正樹
:グルネマンツ(バス):タレク・ナズミ
愚かな聖者:パルジファル(テノール):ステュアート・スケルトン
魔法使い:クリングゾル(バス):シム・インスン
クンドリ(メゾ・ソプラノ):ターニャ・アリアーネ・バウムガルトナー
第1の聖杯騎士(テノール):大槻孝志
第2の聖杯騎士(バリトン):杉浦隆大
第1の小姓(メゾ・ソプラノ):秋本悠希
第2の小姓(メゾ・ソプラノ):金子美香
第3の小姓(テノール):土崎 譲
第4の小姓(テノール):谷口耕平
クリングゾルの魔法の乙女たち
第1の娘(ソプラノ):相原里美
第2の娘(ソプラノ):今野沙知恵
第3の娘(メゾ・ソプラノ):杉山由紀
第4の娘(ソプラノ):佐々木麻子
第5の娘(ソプラノ):松田万美江
第6の娘(メゾ・ソプラノ):鳥谷尚子
アルトの声(メゾ・ソプラノ):金子美香
【粗筋】
〇第2幕
クリングゾルの城(第1幕で一瞬登場したクリングゾルの動機でたたみかける前奏曲は、禍々しい魔力の象徴ともとれる)。クンドリはその魔法にかけられ、言いなりのままに、城へと攻め寄せるパルジファルを誘惑するよう命じられる。花の乙女たちにちやほやされつつも(男声が支配的なこの作品において、唯一活躍する女声合唱はひときわ華やかに感じられる)、乙女たちを一顧だにしないパルジファルに近づくクンドリ。亡くなったパルジファルの母とみずからを重ね合わせるように誘惑し、口づけるが、その口づけによってパルジファルは突然、奇蹟の力によって叡知を手にし、アムフォルタスの痛みを共有できるようになる。
手を替え品を替え、クンドリは誘惑を続けるが、パルジファルはそんな様子には目もくれない。慌てたクリングゾルはかつてアムフォルタスを傷つけた槍をパルジファルに投げつけるが、パルジファルはその槍を掴み取り、クリングゾルの魔法を解いて城を廃墟とする(ティンパニのトレモロのみが響きつつ幕が閉じるオペラ作品は、他に類例がないだろう)。
【上演の模様】
〇第二幕
第一幕の最後の聖餐の儀式の場から、老騎士グルネマンツによって、ここから出て行け!と外に追い出されたパルジファルは、どういう訳か妖術師の根城に向かって進むのでした。妖術師クリングゾルがこの二幕に登場して歌う最初の歌詞では、❝Die Zeit ist da. Schon lockt mein auberschloss den Toren,den kindisch jauchzend fern ich nahen she.(時はきた・・俺の魔の城が、もうあの愚か者をおびき寄せた。あいつ子供っぽい歓声をあげて、近づいてくる)❞と歌っており、妖術師がおびき寄せたと見られます(何のためかと言うと、現王をクンドリーを使って誘惑させ、聖槍を奪い取り、王をその槍で重傷を負わせ、妖術師の邪魔になる聖杯の騎士達の根拠地を乗っ取ろうとする魂胆からでしょう)しかし少し考えてみると、第一幕で「聖杯の儀式」をじっと見つめていたパルジファルは、老騎士グルネマンツに、❝Was stehst du noch da? Weisst du, was du sahst?(どうしてまだそこにいるんだ?何を見たのか、わかるのか?)❞と訊かれても、何も答えず、❝Parsifal fasst sich krampfhaft am Herzen – und schüttelt dann ein wenig mit dem Haupte(パルジファルは痙攣するように心臓の上をつかむ・・・そして少しだけ首を横に振る)❞状態だったとワーグナーは書いていますから、恐らく血を流し、苦しみながら聖域を守ろうとする王アムフォルタスの姿にいたく感動し、王が奪われた聖槍を取り戻してやろうという気が起きたのでしょう。そういう気持ちになること自体、パジルファルは見掛けの様な馬鹿ではなく、真の聖杯の騎士たる能力を持っていたというか、この場でその能力を顕在化したのでしょう。敢えて言えば、これは彼が神の啓示を受けた、恩寵を受けた状態と言っていいかも知れません。この二幕で登場して本領を発揮した妖術師クリングゾル役シム・インスンは、ズッシリした重いバスではないですが、相当強さがある声で声量も十分、悪役にピッタリとまでは言えませんが、十分迫力ある妖術師役を演じ、その歌を聴いていると、悪ははびこるが何れ滅びるという思いにさせる処が凄いと感じました。
パルジファルが妖術師の城に辿り着くまでの過程は、妖術師の配下の騎士達と戦うことから始まりました。不思議なことにパルジファルはまるで百戦錬磨の騎士の様に強く、敵を次々となぎ倒し、遂には城の中に到着するのでした。この力はパルジファルの何処から発生していたのだろうか?将に一楽章の最後に神の啓示を受けて、沸き起こる力で人間離れした活躍を見せたのでしょう。さらには、城の庭園・花園を過ぎる時には、多くの花の妖女たちがパルジファルを誘惑しようとするのですが、彼は鼻にもかけず一顧だもしないのです。絶対誘惑されない清い心。真の愛しか値しないという聖者に相応しい奇蹟が起き様としていたのでした。これ等の場面の歌は、断片的にはパルジファルの応答が短く謳われ、多くは花の妖女達の合唱と6人の妖術師配下の女声合唱隊が歌いました。6人の妖術師配下の少女は舞台の左右の端に3人づつ花の精を想起させる春らしい色合いのドレスを着用して歌い、女声合唱隊は舞台の雛壇に合計12+12=24人(それに児童らしき姿も二人有)二列横隊になって、恐らく二声に分けて、時々児童の声も挟んで歌っていた模様でした。これなぞ、外は満開の桜が咲き、内では花舞う歌の園、将に「春祭」に相応しい演出の一つと思われました。ライトの演出もありました。
さて花の園の誘惑を振り切ったパルジファルでしたが、更なる強敵が現れたのです。例のクンドリーです。この幕で第一番目の聴き処は、クンドリーと妖術師のやり取りや花の妖女達との歌のやり取りでなく(女声合唱も含む)、クンドリーとパルジファルとのやり取りでしょう。ここではクンドリーが、パルジファルの幼子の時の母親との生活を見たかのように(恐らく実際に見たのでしょう。という事はパルジファルと同郷??)パルジファルが仮に20歳としたら、この間クンドリ―は様々な経験をし、その内に妖術師との出会い、そして魔法をかけられて妖術師に操られる悪さをする女になったとも考えられます。パルジファルは子供から青年期に達して、各地を転々としてきて家に帰らなかったことも歌っていますが、その間母が死んだことを知らなくて一幕でクンドリーに聞いて初めて知ったのでした。この二幕のクンドリーとのやり取りは、クンドリーは妖術師に操られてパルジファルを篭絡することが大きな目的なのでしょうけれど、心の本音ではパルジファルが好きと言う気持ちが底流にあると見ました。ここでもパルジファルは、クンドリーから新しい情報を得るのです。母親の名前がHerzeleide、父親がGamuretだったということ、そして父親が母の胎内にいる自分のことを、Parsifalと死に際して呼んだこと、そして息子の帰還を待ち望みながら死んでいった母親、こうしたことを歌うクンドリー役バウムガルトナーは物語の内容を踏まえて、相当抑制した歌い振りで、時には声が随分迫力がないと思える時も有りましたが、その内容を考えれば宣なるかなと了解出来ました。さらにクンドリーは、幼子パルジファルに母親はキスの洪水を浴びせていたという事を説明、それに乗じて、クンドリーはパルジファルにキスをするのです。以下その場面の歌です。
❝…immer noch in liegender Stellung, beugt sich über Parsifals Haupt, fasst sanft seine Stirne und schlingt traulich ihren Arm um seinen Nacken)
Bekenntnis wird Schuld in Reue enden –Erkenntnis in Sinn die Torheit wenden.
Die Liebe lerne kennen,die Gamuret umschloss,als Herzeleids Entbrennen ihn sengend überfloss! –Die Leib und Leben einst dir gegeben, der Tod und Torheit weichen muss, –sie beut dir heut als Muttersegens letzten Gruss,der Liebe ersten Kuss.〖(相変わらず横になったままパルジファルの頭上に屈み込むと、やわらかに額をつかみ、馴れ馴れしく、うなじに腕を巻きつけながら)告白・・・それは罪を悔恨に終わらせる。認識・・・それは愚かさを正気に返す。愛を学び取るのよ・・・ガムレットを包み込んだあの愛を。ヘルツェライデが燃える思いで黒焦げにするほどガムレットに注ぎ込んだ愛を。あなたの体といい、命といい、みんな、あの日、愛が与えたのよ・・・だからその前では、死も愚かさも退散する・・・愛が今日この日あなたに与える贈り物・・・それはお母さんの祝福の最後の挨拶・・・愛の最初の口づけよ。〗❞
❝Sie hat ihr Haupt völlig über das seinige geneigt, und heftet nun ihre Lippen zu einem langen Kusse auf seinen Mund(クンドリーは頭を真っ向からパルジファルの顔に傾け、唇を彼の口に合わせ、長い口づけをする)❞
ここでワーグナーはクンドリーの口づけは長がーいものだった、langen Kusseだったと説明を入れています。このキスが重要なのですね。パルジファルはそのまま、クンドリーの愛の告白にぶずぶ嵌まりこんで、妖術師の手に落ちるかと思われた瞬間、跳び起きてクンドリーから離れたのでした。これでパルジファルはアムフォルタスの術の呪縛から解放され、さらに神の恩寵による力を強め、自らも妖術師の呪縛に縛られていたクンドリーの呪も浄化の方向に至らしめたのでした。
かくしてパルジファル目掛けて妖術師の放った聖槍は当らず、パルジファルの頭上でストップするという奇跡が起こり、目出度くパルジファルは聖槍を手にすることが出来たのです。と同時に妖術師の本拠地の要塞はガラガラ崩れ落ち、将に聖が悪に勝利するという「勧善懲悪」の結果となったのでした。
《続く》
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