◉佐藤 采香 ユーフォニアム・リサイタル
~CD「水の反映」発売記念公演~
【日時】2025年3月15日 土曜日14時〜
【会場】横浜市戸塚さくらプラザ・ホール
【出演】
佐藤 采香(ユーフォニアム)
〈Profile〉
1992年生まれ、香川県高松市出身。8歳でユーフォニアムを始める。東京藝術大学音楽学部器楽科卒業、アカンサス音楽賞及び同声会新人賞を受賞。同大学大学院音楽研究科修士課程、スイス・ベルン芸術大学スペシャライズドソリスト修士課程修了。ユーフォニアムを船橋康志、村山修一、齋藤充、露木薫、トーマス・リューディの各氏に師事。2018年フィンランド・リエクサ国際コンクールユーフォニアム部門優勝。日本人、そして女性として初の快挙となる。2017年香川県文化芸術新人賞受賞。2018・19年度ロームミュージックファンデーション奨学生。CD「Beans」(オクタヴィア・レコード)、「軒下ランプ」(MClassics)発売中。ソリストとして東京フィル、瀬戸フィル、神奈川フィルほかオーケストラとも多数共演。また、ユーフォニアムの新たなレパートリー拡大を目指し、現代の作曲家への新作委嘱など意欲的な活動を展開している。現在、桐朋学園大学音楽部門特任講師、ぱんだウインドオーケストラユーフォニアム奏者。
石原 悠企(ヴァイオリン)
〈Profile〉
1993年東京都出身。2歳よりヴァイオリン、11歳より作曲、15歳より指揮を始める。桐朋学園大学音楽学部を経て、ベルリン芸術大学ヴァイオリン科学士課程・修士課程を共に最高点で修了。その後、同大学指揮科に在籍。2019-2021年バイエルン放送交響楽団オーケストラ・アカデミーに在籍し、同楽団での数多くの公演に出演。第9回スウェーデン国際デュオ・コンクール第1位、第2回ベートーヴェン国際室内楽コンクール特別賞、ザルツブルク=モーツァルト国際室内楽コンクール2013第1位他、国内外のコンクールで多数入賞。第36回霧島国際音楽祭にて2つの音楽祭賞と音楽監督賞を受賞。東京・春・音楽祭、霧島国際音楽祭、ジュリタ音楽祭などの音楽祭に出演する他、日本やヨーロッパ各地で演奏活動を行う。青山音楽財団平成25年度奨学生。ロームミュージックファンデーション2021、2022年度奨学生。
鐵 百合奈(ピアノ)
〈Profile〉
2019年、N&FよりCDデビュー。同年よりベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏シリーズを開催、並行して録音を行い、2022年「ベートーヴェンピアノ・ソナタ全曲集上巻」(CD5枚組)を、翌年同下巻を発売、両巻ともに「レコード芸術」で特選盤となる。多くのリサイタルを開くほか、読売日本交響楽団、東京交響楽団、広島交響楽団、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団などオーケストラとの共演も多い。日本音楽コンクール第2位、岩谷賞(聴衆賞)、三宅賞。高松国際ピアノコンクール審議員特別賞。2015年、皇居内桃華楽堂で御前演奏。第4回柴田南雄音楽評論賞本賞、第5回同本賞。東京藝術大学にて博士号取得。2020年〜2023年桐朋学園大学院大学専任講師
【曲目】
①ベートーヴェン『ホルンソナタへ短調Op.17(ユーフォ二アム版)』より第1楽章
(曲について)
べートーヴェンが1800年に、友人でありヴィルトゥオーゾホルン奏者のジョヴァンニ・プントのために作曲し、ヨゼフィーネ・フォン・ブラウン夫人に献呈されました。初演日の前夜に一気に書き上げたもので、初演時ピアノパートを担当したベートーヴェンは未完成部分を即興で補い、ウィーンでの演奏会は大成功を収めました。
この作品はナチュラル・ホルンのために、プントが専門としていた低音を担当する第2ホルンの語法を用いて書かれています。ホルンパートが、ホルン奏者プントの超絶技巧が生きるように書かれているのはもちろんのこと、ピアノパートもホルンの音色を考えた音域と語法で書かれています。 本日は、ベートーヴェン自身の手によると思われるチェロ版をべースに演奏します。(鐵)
②ジョーンズ『シーリア』
(曲について)
「ユーフォニアム」と呼ばれる楽器が誕生する少し前に、独奏ユーフォニオンと吹奏楽の為にイギリスの作曲家ウィリアム・グラント・ジョーンズによって作曲されました。ブージー社のミリタリージャーナルシリーズ 111の3 (1901年)に収録されていますが、初演時の情報や作曲された年月や経緯、 作曲家についての詳細は未だ不明となっています。
シーリアは単一楽章で書かれイントロダクションとポロネーズの大きく2部に分かれています。柔らかく語りかけるようなカデンツァから始まり、 おおらかなテーマが変イ長調で曲線的に展開します。これまでの柔らかな空間を断ち切るようなカデンツァの後は、ショパンを彷彿とさせるポロネーズのリズムの上にオクターブ跳躍で切り拓かれる華やかな旋律がピアノと掛け合うように2つのメロディが交互に現れます。(佐藤)
③ショパン『序奏と華麗なるポロネーズ ハ長調 Op.3』
(曲について)
ポーランド生まれのショパンは、「ピアノの詩人」と称され、主にピアノ曲を作曲しましたが、数少ない室内楽曲4曲のうち3曲がチェロとピアノのための作品です。哀愁漂う曲のイメージが強いショパンですが、この「序奏と華麗なるポロネーズ」は若きショパンが1829年に作曲し、1831年にウィーンで出版され、チェリストであるヨーゼフ・メルク (Joseph Merk, 1795-1852年)に献呈されました。序奏はピアノが光を振りまくように駆け上がって開幕、ユーフォニアムが旋律をあたたかくのびやかに歌って応えます。続いて主部では、ピアノの快活なポロネーズのリズムに乗って、 高く低く、自由自在にユーフォニアムが駆け巡ります。曲尾は両者ともに輝きを増しながら協奏曲のごとく高潮していき、鮮やかに幕を下ろします。(鐵)
④向井響『水の反映Ⅱ』
(曲について)
2023年、南米のフランス領ギアナに行き、現地の人と熱帯雨林の中で数日間生活をした。そこは巨大な湖に覆われていて、全ての世界から切り離された場所で、私は水面に映る、空や、鳥、月をずっと見つめていた。
ある一つの音響の中で時間が動く、というシンプルなアイディアから、作品をゆっくり組み立てていくことを思いついた。
小さなパターンを波のように反復しながら、音像が変質していく・・・・・。ピアノとユーフォニアムが互いに共鳴し、波紋が広がっていく………。
そこに漂う彼の揺り返しを、ひたすら発展させて、一つの時間を紡いでいく・・・・・・。
ピアノが水を写し、その水にユーフォニアムが音を写していく、その様子をただ美しく描こうと、そう思った。(向井響)
佐藤采香により委嘱、E-treeプロダクション主催のミュージックキャンプにおいて2024年5月5日 高松市美術館講堂にて佐藤采香と清水初海により世界初演。
《休憩》
④ブラームス『ホルン三重奏曲 変ホ長調 Op.40』
(曲について)
本来ホルン、ヴァイオリン、ピアノのための作品で、1865年ブラームスが32歳の時に作曲されました。同年2月に母クリスティアーネを亡くしたブラームスが、母に捧げた作品だとされています。フリードリヒ・ヘガーのヴァイオリン、アントン・グレースのホルン、ブラームス自身のピアノで同年11月にチューリッヒにて初演されました。
4 つの楽章からなり、第1楽章はソナタ形式を採用せず、アンダンテと動きのあるポコ・ピウ・アニマートが交互に配置されています。
森の中を散歩しているときに生まれたという始めのモチーフは、ドイツではヴァルトホルンと呼ばれるナチュラルホルンの為に書かれていることもあり、 自然倍音から派生した神秘的な音列と半音の進行が印象的です。
第2楽章スケルツォでは生き生きとしたアレグロと、モルト・メノ・アレグロで登場する短いトリオが対照的に描かれます。
特に母に捧げたとされる3楽章アダージョ メスト (悲しげに)では、冒頭の4小節の第3楽章の主題にドイツの古いコラール『愛する神の導きにまかすもの』 ("Wer nur den lieben Gott lässt walten")が用いられ、それぞれの楽器に書かれた旋律から、悲しみや苦しみ、 祈りや喜びといった強い感情が表出されます。
唯一ソナタ形式で書かれる第4楽章ではこれまでのテーマが変ホ長調で活発に描かれ、悲しみを超えて前へ前へと進むブラームス自身の決意を感じるようなフィナーレです。(佐藤)
〈参考〉
【ユーフォニアムの特徴】
チューバに似ているが、チューバよりも半分くらいの大きさで、抱き抱えるように持って演奏する
ベルの直径もチューバより小さく30cm程
形や演奏の仕方が似ているので、「小さいチューバ」と呼ばれることが多い
主に吹奏楽において、中低音部を受け持つ。
一方、ユーフォニアムに類似した楽器にワーグナーチューバがあります。リヒャルト・ワーグナーとの協力関係により開発された 変ロ調テナー用ワーグナーチューバ。 ワーグナーの『ニーベルングの指輪』等の演奏に必須です
【ワーグナーチューバの特徴】
(例)モデル :ワーグナーチューバ 108
調子:B♭
ボアサイズ:12.5mm
ベル径:230mm
ベル太さ:ミディアム
本体サイズ
-本体材質:イエローブラス ゴールドブラス
ロータリー数 :4
親指レバー数
-ロータリーアクション
ボールジョイント
付属マウスピース MY15
付属パーツ
オーケストラで稀に見かける楽器 。
主にホルン奏者が持ち替えて演奏する 。
卵型(オーバル形状)の楽器で、ベルが舞台下手方向に曲がっている ロータリーバルブ楽器で、バルブ左手で操作する 。
ワーグナーチューバはオーケストラで中低音域を担当する金管楽器です。
【演奏の模様】
ユーフォ二アムは、クラシックで使用されることは滅多にありませんが、今年の2月に以下のオーケストラの実演で聞いたことがあります。
◉2031回 定期公演Aプログラム1日目
【日時】2025. 2.8.(土)18:00 開演 〜
【会場】NHKホール
【管弦楽】NHK交響楽団
【曲目】ヤナーチェク『シンフォニエッタ』
先ず会場では楽器奏者の椅子が追加された模様で、奏者が入場着席すると、舞台の最上段には横一列の金管部隊が並んだのには「オー」と少しびっくり。全部で13人います。向かって左(下手)からTrmp.(9)、Bas-Trmp.(2)、Ten.-Tub.(2)の13人の金管バンダ部隊です。会場外では有りませんがバンダというらしい。これとは別に通常位置にTrmp.(3)がおります。それからTen.-Tub.(2)はユーフォニアム(2)で代替していました。
〇全五楽章構成
①第1楽章「ファンファーレ」:アレグレット Allegretto、変ニ長調、4分の2拍子
冒頭の①ファンファーレは、上記の最上段金管部隊により一斉に斉奏されました。ユーフォニウムが、ゆっくりとした先導で誘うと、Trmp.群が何パートかに分かれて、調べを繰り返し繰り返し鳴らしています。Timp.がやはり繰り返し繰り返し、拍子を取っていました。
今回は、ユーフォーニアム中心のリサイタルという非常にレアな演奏会で、①~③はピアノ伴奏で、④はピアノ三重奏のチェロの代わりにユーフォーニアムが入ります。ユーフォーニアム演奏は、我が国では数少ないプロ奏者の佐藤 采香さんで、世界的な活躍と実績を上げて来た演奏者です。
実はこの楽器に気が引かれた切っ掛けは、2019年の「京都アニメスタジオ放火事件」です。実に37人もの社員が焼死するという、悲惨で残酷な事件により、国際的な活躍ぶりを見せていたこのスタジアムでのアニメ制作も出来なくなり、直後NHK放送や劇場映画で放映された京アニメ作品の特別編『響けユーフォニアム~アンサンブル・コンテスト~』を見てから、ユーフォーニアムという楽器の概要を知りました。しかし残念ながら、作品の中では、ユーフォニアムの演奏場面が殆どなく、どの様な音を立ててどの様な演奏がされるのか?また一般的にブラバンでは使われることは知っていたのですが、一度も聴いたことがなく、またクラシック音楽でも使われるのかどうか?等疑問点が多々残っていました。
その後、上記に引用した演奏会では、短時間のファンファーレのみで、前後のオケの音の洪水に飲まれて、印象が余り残っていませんでした。
ところが先月、地元のホールのコンサートに行った時に、翌月、同ホールで今回のユーフォニアム・リサイタルがあると知り、願ってもない機会なので、すぐにチケットを手配した次第です。
①ベートーヴェン『ホルンソナタへ短調Op.17(ユーフォ二アム版)』より第1楽章
如何にもベートーヴェンらしいメロディ音をPf.の伴奏がそこかしこで美しく立てていて、それに対峙するユーフォニアムの力強くはあるけれどもややくぐもった低音中心の響きは、やはりHrn.のキレのいい明快な音とは異なっていました。そういう意味で、両者のアンサンブルという意味では、Pf.とHrn.の場合の効果に及ばない様な気もしました。
②ジョーンズ『シーリア』
この作曲家の名は、初めて聞いたのでグーグルで調べてみても、AIのサーチ結果でも「確認できない」と検索結果が出る位、マイナーな作曲家の様です。佐藤さんの説明だと、ショパンを彷彿とさせるポロネーズのピアノとの掛け合いが煌びやかに進展、「やわらか」「おおらか」「華やか」のキーワードがまさに感じ取れる両者の掛け合いでした。カデンツァ部の演奏も安定していたと思います。
③ショパン『序奏と華麗なるポロネーズ ハ長調 Op.3』
この曲は(曲について)の記載にある様に、元々ショパンが若い時にピアノとチェロの重奏用に作曲したもので、今回はそのチェロ部分をユーフォニアムが担当しました。佐藤さんのトークにも有りましたが、今回はピアニストの鐵さんにショパンのピアノ曲を存分に弾いて頂きたいと考えた選曲の様です。最初の段階で、ドラマティックなPf.の調べの後を追う、佐藤さんのユーフォニアム奏はゆっくりとした流れで、さらに滔々とした低い音域の調べを立てる辺りでは、両者のアウンの一致を見事に感じました。時々キラキラするPf.の美しい音に、ユーフォニアムの温かみのあるゆったりとした調べが寄り添って、ここまでの曲では、両者の相性が一番良かった気もしました。ショパンの若々しさが曲に滲んでいたし、この曲ではHrn.の変わりでなく、Vc.パートをユーフォニアムが演じたことの効果もあったのかも知れません。
④向井響『水の反映Ⅱ』
冒頭 Pf.が強い打鍵でスタートするとすぐにユーフォニアムが滔々とした調べを吹き始めました。かなり長ーく伸びる旋律でした。Pf.のカンカンカンという強い発音が何か水に飛び込む音の様な感じもします。音は弱まり、ユーフオニアムはやはり滔々と鳴らしています。音の安定加減は良い。演奏者が委嘱を依頼した作曲者の言に寄れば「ピアノが水を写しその水にユーフョニアムが音を写して行く」といった観念的波紋の広がりを表現したかった様です。
《休憩》
⑤ブラームス『ホルン三重奏曲 変ホ長調 Op.40』(ユーフォニアム版)
第1楽章Andante-Poco piu animato
第2楽章Scherzo.Allegro-Moito meno -Alllegro
第3楽章Adagio mesto
第4楽章Finale.Allegro con brio
これまでこの曲を、ベルリンフィルの三人のゲスト奏者など(ホルンをシュテファン・ドール、ヴァイオリンをクリスチャン・テツラフ、ピアノをキリル・ゲルシュタイン)がチャリティコンサートで演奏したのを、デジタル配信で聴いた事は有りますが、Hrn.の代わりのユーフォニアムで、ブラームスの原典版で演奏されるのを聴くのは初めてで、恐らく最後の機会となるでしょう。
以上まで、Pf.とHrn.の二重奏をHrn.に代えてユーフォニアムで代用するという試みの曲が、やや多かった(①、⑤)のですが、やはりHrn.の方が明るい明瞭な表現音を出すことが出来るからなのか、或いは演奏がし易いためなのかは分かりませんが、トリオアンサンブルの響きとしては、ユーフォニアムはHrn.に一歩譲るざるを得ないのでは?と思いました。これは決して素晴らしかった佐藤さんの演奏の結果ではなく、ユーフォニアムという楽器の持つ性状から生じているのではなかろうかという気がしました。