第42回Piano Trio(ピアノ三重奏) Festival 2024 番外編「紀尾井 明日への扉」
Trio ex (トリオ・エクス)演奏会
【日時】2025.2.27.(木)19:00〜
【会場】四谷・紀尾井ホール
【主催者言】
紀尾井ホールが1年間にわたって展開してきたピアノ・トリオ・フェスティヴァル2024の掉尾を飾るのは2022年に結成した新生トリオ。
リード希亜奈、友滝真由、藤原秀章の3名がベルリン留学を機に結成したトリオ・エクスは、結成半年後にはリヨン国際音楽コンクールで第3位に入賞するなど、スタートも輝かしく、その後も着実に実績を重ねています。リードはソリスト、室内楽、友滝はベルリン・ドイツ交響楽団、藤原はベルリン放送交響楽団と、個々の実績と活躍は日本でもすでに知られていますが、トリオとしては今回が本格的な日本デビューとなります。
【出演者】トリオ・エクス(ピアノ三重奏)
○リード希亜奈(Pf.)Kiana Reid
〈Profile〉
東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て、東京藝術大学音楽学部ピアノ科を首席で卒業。在学中にアリアドネ・ムジカ賞受賞。卒業時に大賀典雄賞、三菱地所賞、アカンサス音楽賞、安宅賞、同声会賞を受賞。皇居東御苑・桃華楽堂にて行われた御前演奏会に出演。卒業後渡伊、バーリ国立音楽院修士課程を満場一致の最高成績で卒業し、現在ベルリン・ ハンス・アイスラー音楽大学に在学中。セルジオ・フィオレンティーノ国際コンクール第1位、パルマ・ドーロ国際コンクール第1位、高松国際コンクール第5位等多数入賞。2012年にはザルツブルク音楽祭にて演奏するなど、日本国内はもとよりオーストリア、ロシア、香港、イタリア、ドイツ、 スイスにてリサイタルを行うほか、瀬戸フィル、関西フィル、藝大フィル、高松交響楽団、栃木フィル、バーリ・メトロポリタン交響楽団、プーリャ・フィル等と共演。 サー・アンドラーシュ・シフ氏プロデュースの“Building Bridges for the Next Generation of Pianists" 2021-22アーティストに選抜され、ヨーロッパツアーを行う。平成29年度滋賀県次世代文化賞、平成31年度平和堂財団芸術奨励賞受賞。 2015年度ヤマハ音楽奨学生。宗次德二奨学基金奨学生。2020年度ロームミュージック ファンデーション奨学生。平和堂財団奨学生。これまでに、ピアノを故汐巻公子、甲斐環、野山真希、岡原慎也、 黒田亜樹、有森博、パスクァーレ・イアンノーネ、エルダー・ネボルシンの各氏に師事。
○友滝真由(Vn.)MayuTomotaki
〈Profile〉
奈良市立一条高校を卒業後渡独、2014 年よりベルリン芸術大学にてラティツアホンダ・ローゼンベルク氏に師事し、学士課程、修士課程共に満点で卒業。これまでに、Villa Musica Rheinland-Pfalz、 Deutsche Stiftung Musikleben、 Freunde Junger Musiker財団奨学生、平成29年度文化庁新進芸術家海外研修制度研修員。ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンのアカデミー生を経て、ベルリン・フィル カラヤン・アカデミーにて研鑽を積む。現在はベルリン・ ドイツ交響楽団所属。第7回仙台国際音楽コンクール第3位(1位なし)、第25回ゾフィー・シャルロッテ女王コンクール第1 位(ドイツ)、第1回オデッサ国際コンクール第1位(ウクライナ)、秋篠音楽堂アーティスト賞、アンドレア・ポスタッキーニ・ コンクール審査員賞(イタリア)、全日本学生音楽コンクール大阪大会第1位、日本クラシック音楽コンクールグランプリなど、国内外で入賞多数。クシジョヴァ音楽祭(ポーランド)、小澤征爾スイスアカデミー、ツェルマット音楽祭、ヴェルビエ音楽祭をはじめ、マーラーアカデミー(イタリア)、サンタンデール音楽アカデミーなど、ヨーロッパ内での音楽祭に多く出演。これまでにソリストとして、藤岡幸夫氏指揮関西フィル、高関健氏指揮仙台フィル、イエナ・フィル、ポーランド室内フィル等と共演。2021年にはNHK FM"リサイタル パッシオ”に出演。またヴィネタ・サレイカ氏に指導を受け、2018年アントン・ルービンシュタイン室内楽コンクール第3位受賞など、室内楽にも積極的に取り組んでいる。 本公演が紀尾井ホール・デビュー。
○藤原秀章(Vc.)Hideaki Fujiwara
〈Profile〉
2013年第67回全日本学生音楽コンクールチェロ部門大学の部第1位、及び日本放送協会賞。2015年第13回東京音楽コンクール弦楽部門第2位。2016年第12回ビバホールチェロコンクール第1位、及び聴衆賞。2020年第89回日本音楽コンクールチェロ部門第2位及びE.ナカミチ賞受賞。これまでに、ソリストとして新日本フィル、東響、藝大フィル、東京シティ・フィル、 ヴュルテンベルク・フィルと共演。オーケストラ・アンサンブル金沢にて客演首席を務める。ロームミュージックファンデーション、ヤマハ音楽振興会、青山財団、日本演奏連盟/宗次エンジェル基金、 福島育英会、文化庁新進芸術家海外研修制度、各奨学生。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校、東京藝術大学を経て、大学院修士課程を修了。同声会賞及び大学院アカンサス音楽賞を受賞。 チェロを桑田歩、山崎伸子、中木健二の各氏に、バロックチェロを鈴木秀美氏に師事。2019年に渡独し、ベルリン芸術大学マスター課程を最高点で修了。現在、 同大学コンツェルトイグザメン課程にて、石坂団十郎氏に師事する傍ら、ベルリン放送交響楽団アカデミー生として研鑽を積む。シャネル・ピグマリオン・ディズ 2016 参加アーティスト。
【曲目】
①メンデルスゾーン『ピアノ三重奏曲第2番ハ短調 op.66』
(曲について)
フェリックス・メンデルスゾーン (1809-1847)は2つのピアノ三重奏曲を残した。1839年の所産にあたる第1番は、同年の初演に接したシューマンから「ベートーヴェン以後、最も偉大な三重奏曲」 と激賞されている。知名度の点で第1番に一歩を譲るが、6年後に生まれた第2番も室内楽的な書式の密度は高い。メンデルスゾーン自身がピアノを弾いた初演は1845年12月20日にライプツィヒで行なわれ、曲は友人の作曲家ルイ・シュボアに捧げられた。
第1楽章(アレグロ・エネルジーコ・エ・フォーコ)はミステリアスな導入楽節を伴う第1主題と、 凛とした装いの第2主題を軸として進むソナタ形式。導入楽節から派生した音形のはらむエネルギー感や葛藤性も重要な役割を演じる。第2楽章(アンダンテ・エスプレッシーヴォ)はいわば「無言歌」の室内楽版。ピアノに導かれながらヴァイオリンとチェロが親密な応唱を交わす。急速楽句が“妖精の舞”のごとく連なる第3楽章“スケルツォ” (モルト・アレグロ・クワジ・プレスト)はメンデルスゾーンお得意の筆さばきだが、ここではフガートによる対位法的な進行まで盛り込むなど、芸が細かい。
第4楽章(アレグロ・アパッショナート)はロンドの要素を加味したソナタ形式。展開部では賛美こに基づくコラールが登場する(バッハがカンタータ第130番《主なる神よ、我らはみな汝を讃え >で用いたもの)。主要主題と副主題の回帰を経て流れ込むのが、コラールの旋律に基づく清澄して輝かしい終結部だ。なお、後にブラームスはこの楽章から素材を引用して、ピアノ・ソナタ ・番(1853)のスケルツォ楽章を書き上げている。
②レベッカ・クラーク:ピアノ三重奏曲、
(曲について)
レベッカ・クラーク (1886-1979) はイギリス出身のヴィオラ奏者にして作曲家。ロンドンの王立アカデミーを経て、王立音楽大学で作曲をチャールズ・スタンフォード、ヴィオラをライオネル・ ターティスに師事し、室内楽の分野では往時を代表する器楽奏者たちと共演を重ねて高い評価を受けた。
作曲家として注目を浴びた契機は、1919年に行なわれたエリザベス・スプレーグ・クーリッジの主宰するバークシャー音楽祭の室内楽作曲コンテストで、ヴィオラ・ソナタが最終審査を争って第2席を得たこと。1921年にはピアノ三重奏曲、1925年にチェロとピアノのための狂詩曲で同コンテストに参加し、3度目の正直よろしく狂詩曲で受賞。その後も数々の楽曲に手を染めたが、女性作曲家に対する偏見を伴う周囲の評価が自己猜疑心をあおり、アメリカに居を落ち着けた1942年(そして2年後の結婚)以降は事実上の断筆、そして演奏からもリタイアの状態となる。近年は再評価の機運も高いが、作品には未出版のものも多い。
印象主義的な和声感覚と、モダニズムの息吹も漂う動機作法を独創性も高く駆使したピアノ三重奏曲は、作曲家クラークの名を広く知らしめるに足る存在だ。ソナタ形式の第1楽章(モデラート・マ・アパッショナート)は信号風のリズムを連ねた第1主題で始まり、これが全曲に波及する
“モットー”の役目も果たす。第2主題は並行和声を伴いながらピアノが提示。以上2つのテーマの変容と統合が精妙なテクスチュアで繰り広げられる。第2楽章(アンダンテ・モルト・センブリーチェ)はヴァイオリンの独白による導入楽句に続き、先行楽章の余韻もたなびく主部がデリケートな音調で進む。弦楽器の重音によるコラールや、素朴な民謡調の調べを敷衍する過程にもモットー”が影のごとく寄り添う。第3楽章(アレグロ・ヴィゴローソ)は、舞踏のリズムが生命力を発散させるロンド。第一楽章の主題群も回帰させつつ起伏に富む流れをおりなしていく。
③ブラームス:ピアノ三重奏曲第1番ロ長調 op.8(1889年改訂版)
(曲について)
1853年10月1日にデュッセルドルフの地でヨハネス・ブラームス (1833-1897)がシューマンと面会 ・果たし、才能を激賞された逸話は有名だ。前途を約束された青年ブラームスが同年の暮れから 354年1月末にかけて取り組んだピアノ三重奏曲第1番は、若さゆえの大胆な発想も漲らせた意二作。しかしそれから35年を経て抜本的な改訂の手が加わる。演奏時間にして約7分も短く整えれた第2稿は、イェネー・フバイのヴァイオリンとダーヴィト・ポッパーのチェロ、そしてブラームス身のピアノによって1890年1月10日にブダペストで初演に至った。その後で1854年稿が破棄されこともなく、両方の出版譜が併存する形で今日に伝わる。
1854年稿は盛り込まれた素材が多彩を極め、第3楽章ではシューベルトの歌曲、第4楽章ではートーヴェンの歌曲が意味ありげに引用されたりする。それが1889年稿では姿を消し、第1楽章の再現部でかなりの長さを占めていたフーガも同様。さらにはスケルツォ以外の楽章で、第2主題や中間部の素材が別のものに置き換わるなど、ブラームスがクララ・シューマン宛の手紙に「ロ長調の三重奏曲をもう一度書きました」と記したとおりだ。
第1楽章(アレグロ・コン・ブリオ)は、ピアノとチェロが先導する歌心も豊かな第1主題に始まる
ソナタ形式。憂愁の念とヒロイックな身振りが交錯する第2主題は老熟期のブラームスらしい筆使いであり、展開部の立体的かつ有機的な構築感にしても然り。
第2楽章“スケルツォ” (アレグロ・モルト)の1889年稿における改訂は、コーダの軽微な修正のみ。どこか切迫感を帯びたロ短調の主部に対して、歩調を緩めたトリオが瑞々しい抒情をふりまく。
第3楽章(アダージョ)は冒頭からピアノが奏でるコラール風の楽句に、弦楽器が内省味に富む応唱を交わし、動的な要素を増した中間部はメランコリックな色合いに染まる。
第4楽章(アレグロ)の冒頭からチェロが提示する主題は1854年稿と同一だが、既にしてプラームスの後期作品を予見させる旋律的抑揚が備わる。後続部分がいささか錯綜した流れをおりなす1854年稿に対して、1889年稿でピアノが導入する副主題は輪郭もくっきりと晴れやかに鳴り響き、ロンド形式の楽章に明確な性格的コントラストを与えている。
【演奏の模様】
今日は弦楽三重奏団を組むトリオによる、ピアノ三重奏曲を三曲聴きました。このトリオはベルリンで出会った三人が意気投合・設立された三重奏団の様です。ピアノ三重奏曲と云えば、ベートーヴェンの大公をすぐ思い出しますが、その他は余り聴いたことなく、特に実演では葵トリオの演奏を何回か聴いたくらいで、今回は欧州仕込みの三人がどの様な演奏を聴かせてくれるか非常に楽しみでした。
①メンデルスゾーン『ピアノ三重奏曲第2番ハ短調 op.66』
冒頭から力強い三人のアンサンブルが、絶妙のアウンの一致で繰り広げられる展開に酔いしれました。何せ一人一人の音を聞いても、三者とも、とてもいい音色を立てていて、しかも力の入れ処、抜くタイミングなど曲全体に渡り熟達していると思われる展開で、この様なエネルギッシュな室内楽演奏は、これまでC.M.G.でのベートーヴェンサイクルを、海外カルテットが演奏した時に聴いて以来かも知れません。このメンデルスゾーンの30代半ばの作品は、非常にダイナミックで力に満ち溢れた作品で、三人は恐らくその年齢には達していないかも知れませんが、若さ溢れる演奏により、曲の魅力を十二分に引き出していたと思いました。
②レベッカ・クラーク『ピアノ三重奏曲』
この作曲家は全然知らない人でした。調べると1900年代前半に作曲活動もした英国の女流ヴィオラ奏者で、このピアノ三重奏曲は彼女の作品の中で、今でも演奏される数少ない曲の様です。ヴィオラでなくチェロが入った三重奏曲という事が何とも不思議。
曲自体は衝撃的なPf.の強奏で開始、すぐに三者とも力一杯のボーイング、打鍵で盛り上がりました。やや静かなアンサンブルが続いた後はff奏に戻り、全体として力強い三者の力を十分に駆使して曲のエネルギーを発散した点では①に通ずるところが有りました。強いPizzaicato奏やPf.の打楽器的側面を出す場面も面白い。
中間奏(2楽章)では意味深長な静かな調べにPf.が弱奏で寄り添い、Vn.とVa.の重音奏が静かに織り成す処が奥ゆかしい魅力を感じます。
しかし3楽章に入るとリズミカルな強奏、強打で歯切れ良い調べが続き、特にVn.奏者、Vc.奏者はこれまで以上に体を反らせて、力奏していました。曲全体の響きは現代音楽的ですが、どこかドビッシー的な雰囲気も感じられます。最後の盛り上がりを含め曲全体としては力の入る部分が多く、そういう意味では先に書いた①に合い通ずるエネルギッシュな曲の系譜だと言えそうです。そういう意味からの選曲かも知れません。
③ブラームス:ピアノ三重奏曲第1番ロ長調 op.8(1889年改訂版)
今回の演奏会は聞いた事の無いトリオだったのですが、選曲にこのブラームスの曲が入っていたのも魅力に感じ、聴きに来た理由の一つでした。
ブラームスの若い時(1854年21歳)の作品で、その後、1889年56歳の時に、この三重奏曲を見直し、かなりスリム化したり魅力を増大させた改編・編曲をしたものと謂われます。(クララの存在を意識したのかも知れない)何せ交響曲一つに21年もかけて推敲に推敲を重ねる人ですから。長生きしないと出来ない相談です。
全四楽章構成。第一楽章はPf.の音からスタート、すぐにVc.が極めて落ち着いた素晴らしい調べを奏で始め、藤原さんは心地良さそうに弾いていました。そこに友滝さんのVn.奏が、これ以外には無いと思われる最適化された調べで、Pf.とVc.のアンサンブルに、自然と割り込みました。Vc.とVn.の溶け合いPf.の後押しなど、最初から魅力的なブラームス節が鳴り響きます。続く小刻みなキザミ奏も、三者三様にアンサンブルを引き立てる方向にベクトルを揃え、Pf.に誘導される下行音階のフガートは力強く三者とも体をくねらせながら(Pf.の希亜奈さんは姿勢良く、割と淡々と弾くケースが多く見られましたが、ここでは感情を込めて弾いている様子)、特にVn.友滝さんは(この曲に限った事ではなく前二曲でもそうでしたが)体一杯を使って将に力演でした。
第二楽章スケルツォでは、Vc.の速いキザミ奏がピアノの応唱で繰り返され、Vn.も同様に参画、続くPf.奏の速い下行音階移奏をVc.とVn.は確認したかの様にキザミ奏を繰り返しました。再度Pf.が速い強奏で下行音階を弾き、さらには今度は上行音を繰返すPf.の希亜奈さん、Pf.も非常にいい音です。三者の呼吸は一糸乱れず、プログラムノート記載の切迫感が良く出ていました。後半の滔々とした楽器に歌わせる個所では、Vn.が差し挟む高音の合いの手がアクセントになっていました。おどけた感じの楽章。
次のアダージオの楽章では、水摘が零れ落ちる様なPf.の音に応じる、Vn.とVc.の弱遅奏旋律が美しく響き、時々合いの手を入れる弦楽奏は時には不協に近い響きまで醸しだし、感傷味まで感じさせる演奏でした。ブラームスの心の襞を曝け出す様な深い調べを三者共よく表現していたと思います。
最終楽章では、終盤の三者による強い表現が印象深く、特にPf.のかん高い調べが明確に響き、やはりピアニストとしてのブラームスの感情が、一番出ている箇所ではないかとも思いました。
今回は第1番のトリルでしたが、第2番もいいですよ。特に第2楽章の美しい調べ等、これまた映画の感傷的な場面で使えそうな曲です。
全演奏を聴き終わって一番印象に残ったのは、三人の基礎的な演奏力の高さに加えて、アンサンブルの力強さでした。例えれば日本のオケの草食人種的、静的な演奏ではなく、欧州の来日オケで聴く様な肉食的、動的演奏でした。強の三人の曲に対する気構え、気迫には凄さを感じました。これもこのトリオが欧州で腹いっぱい吸った空気による一種の(いい意味での)感染症なのかも知れません。