第2023回 N響定期公演 Cプログラム
このプログラムは、11月15日(金)と11月16日(土)の二日に渡って実施されました。
◉2024年11月定期公演プログラムについて ~公演企画担当者からの公演情報
これから先、世界の楽壇を担っていくであろう3人が、相次ぎ指揮台に上る。いずれも40代後半、名門オーケストラにポストを持ったり、共演を重ねたりして、着実にキャリアを積んでいる。
しなやかで色彩感豊かな山田和樹、明晰で筋肉質なディマ・スロボデニューク、情熱的かつ躍動感みなぎるアンドレス・オロスコ・エストラーダ。それぞれの個性が、得意プログラムとともに味わえる。
オロスコ・エストラーダ N響との初顔合わせに自信のプログラム
2024-25シーズンのN響定期には、初共演の指揮者が4人登場するが、その先陣を切るのが「Cプログラム」のアンドレス・オロスコ・エストラーダである。
コロンビアに生まれ、ウィーンで学んだ彼は、hr交響楽団(フランクフルト放送交響楽団)やウィーン交響楽団の首席指揮者を歴任し、来年からケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団の音楽総監督・カペルマイスターを務めることになっている。多忙なポストに就く前に、人気指揮者のスケジュールを確保できたのは幸いだった。
初めての客演がうまく行くかどうかは、ひとえに「運と相性」だと、彼は言う。まさにその通りで、すばらしい化学反応が起きるか否かは、蓋を開けてみなければわからない。だが、初共演の組み合わせに接する楽しみも、まさにその点にある。
ワーグナー《「歌劇「タンホイザー」序曲》は、2015年にhr交響楽団と録音し、またショスタコーヴィチ《交響曲第5番》は、2017年のベルリン・フィル定期デビューで指揮している。自信のある2曲を希望したのは、N響との初顔合わせにかける、並々ならぬ意欲の表れだろう。
《「タンホイザー」序曲》では、中間部の〈ヴェーヌス讃歌〉の官能性と、それを〈巡礼の合唱〉が圧倒する終盤の盛り上がりに、またショスタコーヴィチでは終楽章の激しいアッチェレランドに、ドラマティックな音楽作りを得意とするオロスコ・エストラーダの本領が現れるのではないかと想像する。
ヴァインベルクの《トランペット協奏曲》は、このジャンルにおける20世紀屈指の傑作。アイロニックな色調には、ショスタコーヴィチの影響が色濃く感じられる。
終楽章では、《結婚行進曲》をはじめとする名曲の断片が、次々に浮かんでは消えていく。
その中の一つに《カルメン》の〈こどもたちの合唱〉があるが、ショスタコーヴィチ《第5番》の第1楽章にも、同じく《カルメン》から取られた〈ハバネラ〉のメロディが使われているのは、有名な話だ。
これらの引用が何を意味するのか、様々な説があるが、結局のところは、聴き手それぞれの解釈に委ねられるであろう。
ラインホルト・フリードリヒは、長年にわたりフランクフルト放送交響楽団(hr響)の首席奏者を務めた。オロスコ・エストラーダが首席指揮者として在任する、はるか前の話である。その後はルツェルン祝祭管弦楽団の首席奏者として、また数々の現代曲の初演者として、第一線での活躍を続けている。
聴きどころ
体制に不都合な芸術家は迫害される。ドレスデン革命でお尋ね者となってチューリヒに亡命したワーグナー、ナチスを避けて亡命したソ連でも投獄されたヴァインベルク然りだ。ショスタコーヴィチにも粛清の危機は迫ったが、彼の場合は体制に都合よく振る舞うよう強制されたにもかかわらず、反体制派から罵詈(ばり)雑言を投げられ続けた二重の責め苦を負っていた。そんな逆境を乗り越えて……と安易に美談とするべきではないが、諦めずに葛藤し続けた作曲家の音楽はやはり魅力的だ。(小室敬幸)
【日時】2024.11/15(金)19:00〜
11/16(土)14:00 〜
【会場】NHKホール
【管弦楽】NHK交響楽団
【指揮】アンドレス・オロスコ・エストラーダ
<Profile>
1977年、コロンビア出身。ヴァイオリンと指揮を学び、1997年よりウィーンにわたり、ウィーン国立音楽大学でハンス・スワロフスキーの弟子ウロシュ・ラヨヴィッチに師事した。現在もウィーンを拠点に国際的な活動を展開する。2019年にはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演で指揮を務め、ストラヴィンスキー《春の祭典》ほかのプログラムで鮮烈な印象を残した。ウィーン・フィルとはBBCプロムスやルツェルン音楽祭でも共演している。
これまでにオーストリアのトーンキュンストラー管弦楽団首席指揮者、hr交響楽団音楽監督、ヒューストン交響楽団音楽監督、ウィーン交響楽団首席指揮者の要職を歴任。現在RAI国立交響楽団の首席指揮者を務めており、2025年からはケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団およびケルン歌劇場の音楽総監督に就任することが発表されている。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団やロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団などトップレベルのオーケストラへの客演も多い。レコーディングにも積極的で、フランクフルト放送交響楽団とのリヒャルト・シュトラウス・シリーズほかで注目を集める。
N響とは今回が初共演となる。ショスタコーヴィチの《交響曲第5番》はベルリン・フィルへのデビューでもとりあげたレパートリー。オーケストラから明快なサウンドを引き出して、生命力あふれる音楽を生み出してくれることだろう。[飯尾洋一/音楽ジャーナリスト]
【独奏】ラインフォルト・フリードリッヒ(Trmp.)
<Profile>
1958年ドイツのヴァインガルテン生まれ。7歳からトランペットを始め、エドワード・タール、ピエール・ティボーに師事した。1982年、ベルリン芸術週間でベリオの《セクエンツァX》を演奏してデビュー。1983年から1999年までフランクフルト放送交響楽団(現hr交響楽団)の首席奏者を務め、2003年ルツェルン祝祭管弦楽団の創立時には、指揮者クラウディオ・アバドから首席奏者に任命された。1986年のARDミュンヘン国際コンクールで第2位(1位なし)を獲得して以来、ソリストとしても活躍。ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、ウィーン交響楽団など、多くのオーケストラと共演している。また、古楽器に精通すると同時に現代作品の紹介にも尽力。CDも多数リリースしている。現在はカールスルーエ音楽大学の教授を務め、数多くの後進を指導している。
肉厚の輝かしい音色で絶大なインパクトを与える名手だけに、今回のN響との初共演への期待は十分。パロディ的なフレーズを交えたヴァインベルクの多彩な協奏曲を、いかに聴かせてくれるか? 大いに注目される。[柴田克彦/音楽評論家]
【曲目】
①ワーグナー/歌劇「タンホイザー」序曲
(曲について)
1840年、パリのオペラ座に《さまよえるオランダ人》の草案を提示するも、結局は物語のあらすじしか買い取ってもらえなかったリヒャルト・ワーグナー(1813〜1883)。経済的にも困窮した2年半のパリ生活に終止符を打ち、1842年春にドレスデンへと向かう。その道中で目にしたアイゼナハのヴァルトブルク城を舞台にしたのが、2つの伝説をミックスした歌劇《タンホイザー》(《タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦》)である。舞台は13世紀、愛欲の世界を捨てて故郷に戻ってきたミンネゼンガー(いわゆる吟遊詩人)のタンホイザーが、城での歌合戦においてキリスト教では赦されぬ官能を讃(たた)えてしまう。そんな彼をエリーザベトが精神的な愛で救済する……という物語だ。幕が上がる前に演奏される序曲は3部形式(主部―中間部―主部)。主部は、劇中では巡礼者たちが合唱する「救済の動機」と、快楽に溺れたタンホイザーが罪の意識に苛まれる「悔恨の動機」で構成される。一方、中間部には軽やかな「快楽の動機」、力強く官能を讃える「ヴェーヌス讃歌」、タンホイザーを愛欲の世界に引き留めようとする静かな「愛の呪縛の動機」が登場。宗教的な荘厳さと、世俗的な愛欲が劇的なコントラストを生み出してゆく。(小室敬幸)
②ヴァインベルク/トランペット協奏曲 変ロ長調 作品94
(曲について)
2010年に初の本格的な伝記が出版されるなど、21世紀になってから再評価が進むミェチスワフ・ヴァインベルク(1919〜1996)。ソ連の作曲家というイメージが強いかもしれないが、父はモルドヴァのキシナウ(当時はロシア帝国・キシニョフ)、母はウクライナのオデーサ(当時はロシア帝国・オデッサ)出身で、彼自身の生まれはポーランドだった。6つ年上のヴィトルト・ルトスワフスキと同時期にワルシャワ音楽院でも学んでいる。
ユダヤ系だったため、1939年にナチス・ドイツから逃れてソ連へ(両親と妹は強制収容所で没)。ミンスク(現ベラルーシ)の音楽院でリムスキー・コルサコフ門下だったゾロタレフに師事した。この頃、ショスタコーヴィチの《交響曲第5番》の演奏(楽器がなかったハープやチェレスタのパートもピアノで弾いたという)に関わり、感銘を受けたことで作風を転換。1942年の《交響曲第1番》がショスタコーヴィチ当人から高く評価されたことで、モスクワに招かれて移住。2人は互いの新作を共有しあう親しい間柄になった(ショスタコーヴィチ作品におけるユダヤ要素はヴァインベルクからの影響も大きい)。1953年に不条理な理由で投獄されるなど、たびたび政治体制に翻弄されたが、ヴァインベルクは最晩年まで充実した創作を続けてゆく。
しかしながら1960年代終わりから、チェリストのムスティスラフ・ロストロポーヴィチや指揮者のキリル・コンドラシンと作品を巡って仲違(たが)い。また1970年代以降、ショスタコーヴィチ以後のソ連の作曲家を世界へと発信したヴァイオリニストのギドン・クレーメルが、ヴァインベルクを古い時代の作曲家とみなして無視。より若くて先鋭的な音楽を書いていたアルフレート・シュニトケ(1934〜1998)やソフィア・グバイドゥーリナ(1931〜)らを積極的に取り上げていく。こうした事情が重なり、しばらくヴァインベルクは日陰の存在となっていた。
そうした作品評価の分岐点を迎える直前の1966〜1967年、ボリショイ劇場の首席トランペット奏者だったティモフェイ・ドクシツェル(1921〜2005)のために作曲されたのがこの協奏曲だ。(小室敬幸)
③ショスタコーヴィチ/交響曲 第5番 ニ短調 作品47
(曲について)
ヴァインベルクの音楽と人生を一変させたこの交響曲は、ドミートリ・ショスタコーヴィチ(1906〜1975)自身の人生を語るうえでも欠かせない作品であると広く知られている。
極めて刺激が強い、女性たちが性的暴行を受ける場面を含む《歌劇「ムツェンスクのマクベス夫人」》(1934年1月初演)は成功を収め、20代後半のショスタコーヴィチは経済的にも豊かになっていた。ところが初演から2年後にこのオペラを観たソ連の最高指導者スターリンは途中退席。その2日後には共産党の機関誌に大々的な批判が掲載され、ショスタコーヴィチは社会的地位が危うくなるだけでなく粛清の危機にさらされる(実際、翌1937年の1年間だけで35万人以上が銃殺される時代だったのだ)。
1936年12月に初演を予定していた先鋭的な《交響曲第4番》で汚名返上を狙っていたが、初演前に作品を取り下げた。義理の兄夫妻や義母が実際に逮捕されていくなか、あらためて自らの名誉を取り戻すために作曲されたのがこの《交響曲第5番》である。初演からおよそ2か月かけて慎重に検討され、社会主義に相応しい楽曲と判断されたことでショスタコーヴィチは危うい立場を抜け出ることができた。建前かもしれないが、当時作曲者はこの曲について「人間の苦悩」を「楽天主義」で克服するのだと説明している。(小室敬幸)
交響曲第5番は、第4番などに見られるような先進的で前衛的な複雑な音楽とは一線を画し、古典的な単純明瞭な構成が特徴となっている。この交響曲第5番は革命20周年という「記念すべき」年に初演され、これは熱烈な歓迎を受けた。ソ連作家同盟議長アレクセイ・トルストイによって「社会主義リアリズム」のもっとも高尚な理想を示す好例として絶賛され[2]、やがて国内外で同様に評価されていったため、交響曲第5番の発表以後徐々に、ショスタコーヴィチは名誉を回復していくこととなる。
【演奏の模様】
①ワーグナー/歌劇「タンホイザー」序曲
〇楽器編成:Fl.3(Picc.1 持ち替え)、Ob.2、Cl.2、Bas-Cl.1 、fg.2、Hrn.4、Trmp.3、Trmb.3、Tuba テューバ、Timp.、タンブリン、バスドラム、シンバル、トライアングル、Hrp.ハープ、三管編成弦五部16型(16-13-12-8-8)
この序曲は、名曲中の名曲の一つと言ってよいでしょう。ワーグナーは、多くの楽劇(≈オペラ)で見事な序曲を作っていますが、タンホイザーは、自分が大好きな曲でもあり、其れらの中で、一、ニを争う序曲ではなかろうかと思っています。その序曲の中には、ワーグナー特有のライトモチーフが、そこかしこに散り嵌められ、物語のエッセンスが詰まっているのです。
例えば、巡礼者たちが合唱する「救済の動機」と、快楽に溺れたタンホイザーが罪の意識に苛まれる「悔恨の動機」、中間部には軽やかな「快楽の動機」、力強く官能を讃える「ヴェーヌス讃歌」、タンホイザーを愛欲の世界に引き留めようとする静かな「愛の呪縛の動機」が登場。そして又それら部分部分を繋げるオーケストレーションが実に巧みに、場面が転換して次のメロディに推移する繋ぎの調べが非常にスムーズに出来ているのです。スムーズだけでなく、とても恰好良くて、つい口ずさみたくなる調べなのです。今日のエストラーダ・N響は、Hrn.のソロ音も斉奏もかなり安定していて良かったですが、やや大味の感じ、さらに透明感とクリアさが出れば、心にぐっと響くと思います。弦楽奏も、Vn.アンサンブルが主導力を発揮する場面、またVc.中心の低音域アンサンブルも、揃ったいい音を立てていました。ただどうしても、最近聴いたウィーンフィルやロンドン響の演奏が耳から離れず、N響の弦楽奏に更なる投入熱量のUPと部厚さを期待したくなってしまいます。これには弦楽五部の規模が関係しているかも知れない、数えた限りでは16-14-12-8-8だったと思うのですが。あまり関係ないかな?個々の要因かな?
②ヴァインベルク/トランペット協奏曲 変ロ長調 作品94
〇楽器編成:ほぼ同上(Cb.6)。金管楽器(Trmp.Tuba Trmb.)は退出
〇全三楽章構成
第1楽章〈エチューズ〉
第2楽章〈エピソーズ〉
第3楽章〈ファンファーレズ〉
登壇したフリードリヒは、かなりいい体格をしていて、見た直感、これは期待出来るなと思いました。直ぐに第1楽章演奏開始です。やや脚を左右に開きしっかりと体を支え、奏者は冒頭から冴冴えとした四音をかなりしっかりと繰り出し、それを3回繰り返しました。出音しない空白時には左手に楽器を持ち、右手の拳(コブシ)で拍子を取っていました。高鳴る楽器、弦楽のPizzicato音を背景に、速いパッセッジから、長〜く息を延ばす低音、タンブリンやシロフォンが囃子立て、1楽章後半では、静かなパッセッジを、オケの合い間にソロ音で響かせたかと思いきや、急に速い強い音を張り上げて、圧倒的な迫力で力強い豪快さを披露しました。途中何かバシーという(打楽器でしょうか?)何かを叩く音がしました。
第二楽章は全弦楽の強奏と金管群のアンサンブルも入り序奏です。この間独奏Trmp.は休止していました。滑らかなやや強い弦楽の調べが流れるとソロTrmp.もスタート、優しさ込めた滔々とした旋律を、Agogikをつけてフリードリッヒは吹いている。1Vn.の静かなアンサンブルが合いの手で入りました。一旦休止していた独奏Trmp.が再開、微弱なソロ音を立てるとスネアの弱い音が聞こえました。これってバンダからの音かな?再度休止中のソロTrmp.の合間に弦楽奏+Hrn.+木管の調べが流れました。Timp.が乱打されると大太鼓も鳴らされ、ソロTrmp.はププカプーププカプー、それに対し全弦楽奏がかなり強く合いの手を入れて、Fl.が高音の調べを流しました。しかしFl.首席はいつも見る男性奏者(いつもと同じフルーティスト)なのにやや不調なのか?音が伸びていないし、特に高音に潤いが感じられませんでした。 Timp.がソロで闖入してるとPizzicatoの音も立てられ、ソロTrmp.は微弱音奏となり1Vn.の弱いがしっかりした弱音の掛け合いまでで、見せたフリードリッヒの名人芸的技巧が光ります。ソリストはさらにカデンツア目掛けて突進、カデンツァではフリードリッヒは音質の変化を微妙にコントロールしながら、速いパッセッジで滔々と鳴らし、スネアの速強打音が出ると一瞬のG.P.(全休止)、そして再開するその間の取り方が絶妙でした。こうしてフリードリッヒでトランペッターとしての技量を、如何なく発揮したのでありました。会場からは大きな拍手、恐らく聴衆もこの様なTrmp.の妙技は初めて聴いたからからでしょう。自分としても少なからず驚きでした。
尚万雷の拍手に応えて、フリードリッヒのソリストアンコール演奏が有りました。
《アンコール曲》フリードリッヒ編曲「さくらさくら」
短い日本の古くからの唄を、Trmp.の名人芸で現代的な変奏曲に仕上げた(幾分か即興的感じも受けた)演奏でした。
③ショスタコーヴィチ/交響曲 第5番 ニ短調 作品47
〇楽器編成: Picc.1、Fl.2、Ob.2、小CL.1,Cl.2
Cont-Fg.1、Hrn.4、Trmp.3、Trmb.3、Tub.1、Timp.,Tria.、シンバル、スネアドラム、バスドラム、タムタム、グロッケンシュピール、シロフォン ピアノ・チェレスタ(客演)、Hrp.2(常にユニゾン)三管編成弦楽五部16型
なお、第3楽章では弦楽器は以下のように分割されます。
- 第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、第3ヴァイオリン
- 第1ヴィオラ、第2ヴィオラ
- 第1チェロ、第2チェロ
- コントラバス
〇全四楽章構成
声楽を含まない純器楽による編成で、4楽章構成による古典的な構成となっています。ショスタコーヴィチの作品の中でも、特に著名なものの一つです。そしてこの曲は、指揮者エストラーダにとって記念的な曲なのでしょう。それは7年前、彼がベルリンフィルにデヴューした時に演奏したものだったからです。
第1楽章Moderato-Allegro non troppo
第2楽章 Allegretto スケルツォ
第3楽章 Largo
第4楽章 Allegro non troppo
ものの解説によると、この五番は、ショスタコーヴィッチが、曰わゆる「スターリン粛清」の恐怖に陥いっていた時期に、起死回生の曲として作曲した交響曲なのだそうです。確かに最初から「暗さを秘めた時には悲痛さも感じる箇所も有りますが、そうした背景を考えないで、純粋に曲だけから受けた印象は、先ず第三楽章の無限に広がりを見せる部分も多い「幻想味を感じる楽章」がとても印象深いものでした。ここでは上記、「楽器編成」に記した様に、さらに細分化されたグループ分けされた第2Vn.部隊が大活躍で、冒頭から2Vn.の緩やかな旋律奏が重厚な短調のアンサンブルを繰り出す処に象徴的にそれが現れていました。また特に中盤と終盤でのVc.アンサンブルの重厚なゆったりとした調べは、心休まる幻想味冴え感じるものでした。又第2楽章でも観られたFl.首席奏者がいつもの冴え冴えと鳴る音を立て始めていた傾向はこの第3楽章でもはっきりともとに回復したと思われるいいFl.の調べでした。(要するに第1楽章ではまだ調子が出なかったのだと推測されます)
そして印象深かった二つ目は、最後の第4楽章の前半の演奏。ここは冒頭からエストラーダN響は、相当の熱量を込めた演奏を見せて呉れました。兎に角最初の強烈なリズムを刻むTimp.の強打が素晴らしく力が籠っていました。
と同時にその上に鳴り響くTrmb.とTrmp.のズッシリ重いリズミカルな旋律奏、この二者が相まってさらに木管、弦楽奏にまで拡大した大パノラマ、恰も回転木馬が上下動しながら回転していたものを、その速度を急速に速め、目が回る位の超高速回転に転じた様なもの。エストラーダは盛んに身をくねり、腕を、手を、タクトを、盛んに振り回して管弦を囃し立てていました。
童話で「ちびくろサンボ」と言うのが有りましたが、そこに出て来る寅たちの様にくるくる猛烈な勢いで回っていたらバターになってしまうでしょう。この音楽を聴いている聴衆の気持ちもとろとろに溶けてしまう程のインパクトが有りました。
それが一段落した後の弦楽アンサンブルもまるでどこかの映画音楽の様な流麗さを誇っていました。最終に向けての管弦楽奏も素晴らしかった。この楽章の素晴らしさで、ショスタコーヴィッチは、特高警察の目を、心を、溶ろかし「スターリン粛清」をかわしたのかも知れません。