【日時】2024.11.2.(土)14:00〜
【会場】東京文化会館
【演目】バレエ「オネーギン」 全三幕
【所要時間】第一幕45分、第二幕35分、第三幕 25分 休憩二回20分×2=40分 計2時間
【振付・演出】ジョン・クランコ(1927 ~ 1973)John Cranko
〈Profile〉
英国ロイヤル・バレエ団の若き振付家だった彼は1961年シュツットガルト・バレエ団の芸術監督として招かれる。機智に富んだ多彩な作品が人気を博し、マリシア・ハイデを始め広く優秀なダンサーを集め、新作を精力的に創造する。若い恋人たちの物語を生き生きと描く「ロミオとジュリエット」、古典に新しい解釈を加えた「白鳥の湖」、プーシキンの文学をもとにした傑作「オネーギン」、シェイクスピアの喜劇を大胆なイマジネーションと雄弁な語彙で創作した「じゃじゃ馬馴らし」など、登場人物の性格や心理、彼らの会話までをも生き生きと表現するクランコの舞台は、大きな共感と感動をもたらした。1969年カンパニーがニューヨークで行った3週間にわたる初のツアーの歴史的な成功は “シュツットガルトの奇跡”と称えられた。
【音楽】ピョートル・チャイコフスキー
【管弦楽】東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
【指揮】ウォルフガング・ハインツ
【編曲】クルト=ハインツ・シュトルツェ
【装置・衣裳】ユルゲン・ローゼ
【主催者言】
熱い思いと拒絶の間で揺れ動く男女の逡巡の物語
天才振付家ジョン・クランコがプーシキン原作の格調高いすれ違い物語「オネーギン」を題材に生み出した奇跡のドラマティック・バレエは、世界屈指の名門バレエ団がこぞって上演し、世界中のダンサーが踊ることを切望してやまない傑作です。
1820年代のロシア。素朴な人々が暮らす田舎と華やかな帝都ペテルブルクを舞台に、ロシアの理想の女性と称えられる誠実なタチヤーナと憂鬱の貴公子オネーギンの悲劇的な恋の行方がチャイコフスキーの同名オペラとは別の叙情豊かな音楽にのせて描かれます。タチヤーナとオネーギンをめぐる出来事がまるで映画が進むように流暢に進んでいく中、現れるのは全編の白眉ともいえる二つの鮮烈な場面。オネーギンを慕うタチヤーナの初恋の高まりを描く第1幕最後の“鏡のパ・ド・ドゥ”と、すれ違ってしまった二人の恋の葛藤を表現する最終場の“手紙のパ・ド・ドゥ”は、観客の胸に迫るドラマティック・バレエを代表する名シーンであり、ガラ公演でも頻繁に披露されます。
シュツットガルト・バレエ団は1973年の日本での初演以降幾度となく本作を披露してきましたが、踊りを通して物語を展開しながら流麗にことばなきことばを語る振付と演出が、演じるダンサーごとに異なる恋模様を表出させ、上演のたびに新鮮さをもって観客を魅了してきました。2018年以来6年ぶりの上演となる本公演では、前回公演で厭世的な観念を持つオネーギンを魅惑的に演じたフリーデマン・フォーゲルが、歳を重ねさらに成熟した色気をもって再び演じるほか、今のシュツットガ ルト・バレエ団をけん引する演技巧者な実力派ダンサーたちが、狂おしくも美しい物語を詩情豊かに綴ります。ぜひ見比べてご堪能ください!
【出演】
〇オネーギン:フリーデマン・フォーゲル
〇タチヤーナ:エリサ・バデネス
〇オリガ:マッケンジー・ブラウン
〇レンスキー:ガブリエル・フィゲレド
〇グレーミン公爵:ロマン・ノヴィツキー
〇ラーニナ夫人:ソニア・サンティアゴ
〇乳母:マグダレナ・ジンギレフスカ
〇その他、近所の人々、ラーリナ夫人の親戚達、グレーミン公爵の客人達:シュツットガルト・バレエ団
【粗筋】
《第一幕》
舞台は19世紀前半のロシア。2人の未婚の令嬢がいるラーリン家では、「タチヤーナ」の誕生日に備えて衣装の準備に余念がありません。
文学を愛するタチヤーナが庭で本を読んでいると、妹の「オリガ」とその許婚である「レンスキー」が友人の「オネーギン」を連れてやって来ます。
タチヤーナの友人たちが、タチヤーナに鏡で将来の結婚相手を占うように言うと、そこにオネーギンがやってきて鏡を覗き込みます。
子供っぽさが残るタチヤーナは都会的で洗練された青年、オネーギンに恋をします。
夜、タチヤーナがオネーギンへの恋文を書きながら眠ってしまうと、夢の中にオネーギンが現れ、タチヤーナと踊ります。
夢から覚めたタチヤーナは乳母に手紙を託し、オネーギンに届けさせます。
《第二幕》
場面はタチヤーナの誕生日パーティ。大勢の客で賑わっているところにオネーギンもいました。オネーギンは純真なタチヤーナの手紙に苛立っていて冷たい態度を取ります。さらに手紙をタチヤーナの前で破り捨て、その上でオリガの関心を惹こうとします。
それを見たレンスキーは怒り、オネーギンに決闘を申し込みます。承諾してしまったオネーギンは、タチヤーナも見ている夜の公園で撃ち合いをし、レンスキーを殺してしまいます。
《第三幕》
数年後、親友を殺してしまったオネーギンは社交界に虚しさを感じ外国を放浪していたが、ようやく故郷のサンクトぺテルブルクに戻ってきます。
グレーミン侯爵家で久々にパーティに参加すると、グレーミン公の美しい婦人がタチヤーナであることを知ります。オネーギンはタチヤーナへの思いを手紙にしたため、屋敷を訪れます。
タチヤーナはオネーギンを愛していることを認めながらも、告白を断り、目の前で手紙を破き、立ち去るように命じます。
【見どころ】
オネーギンの見どころは、なんと言っても1幕と3幕で踊るタチヤーナとオネーギンのパ・ド・ドゥです。
1幕ではタチヤーナが夢の中で理想の姿のオネーギンと踊るので、幸せに満ちているパ・ド・ドゥなのに対し、3幕はタチヤーナが愛するオネーギンと決別する切なさが表現されたパ・ド・ドゥになっています。
1幕と3幕とで2人の感情や立場の違いが、踊りから見て取れる表現力が見どころです。
また、1幕のタチヤーナはあどけなさが残った夢見る少女ですが、3幕では成熟した大人の女性になっていて、衣装、表情、目線、仕草の違いにも注目です。
【音楽】
■ オネーギンで使われているバレエ音楽
実はオペラでもオネーギンという同名の作品があり、ワルツやポロネーズが有名なチャイコフスキーのオペラ曲「エフゲニー・オネーギン」がありますが、オペラの楽曲をバレエ作品で使用するのは前例がなかった為、ジョン・クランコはそのオペラ曲を使わず、チャイコフスキーの「四季」など様々な楽曲を編曲して用いました。
【上演の模様・感想】
いつものバレエ公演の時の様に、東京文化会館のホワイエは、飾り立てられて人がごった返していました。
以下に上演で気が付いた概要を簡単に記します。
第一幕、この場で主役の二人、オネーギンとタチヤーナの出会いがある訳ですが、まだ若い二人を45歳と32歳のダンサーが踊る訳ですから、その表現力の豊かさと高度なテクニックが有って初めて違和感なく聴衆にその様に思わせ、見せることが可能となるのです。もう何年もこのコンビで踊っている二人は流石、これ以上の阿うんの一致は無いと思われる身動きでした。
先日見た新国立劇場のバレエでも、さ幕の役割は大きなものだとバックステージツアーに参加して理解出来ましたが、今回は単に幕間に大道具、小道具、セットの取替え、場面転換の為ばかりでなく、さ幕の前面の細長い舞台を十分利用して、バレエの進行の一部に使っていた、それも広い舞台では表現が十分出来ない動きに使用し、物語の理解度を深める役割をしていたのには感心しました。
それにしても、踊りに合わせた管弦楽曲の巧みさには驚きました。チャイコフスキーが、この物語に合わせて作曲したのではなく、クランコが、オペラの曲は使わないという方針だったので、チャイコの別な曲を利用して、クルト=ハインツ・シュトルツェが編曲したというのですから、たいしたものです。これには、チャイコも舌をまくでしょう。特に見せ場のパ・ド・ドゥで演奏される管楽器やHp.や、コンマスの独奏や他弦(特にVa.)の主席の美しい調べは、踊りの素晴らしさを倍加する役割を果たしていました。
またオーケストラ自体の演奏は、高い技術を有し、殆どミスは見当たらなかったのですが、
ただ演奏者がピットに沈んで出す音は、ピットから発散し難く、東京文化会館の高い天井空間に乱反射して籠もってしまうためなのか、余りいい音とは思えませんでした。何かいつものオーケストラの音ではなくなって、全体的に余り繊細な調べではありませんでした。
群舞の役割りは、大きいのですね、その中心となって踊る主役のソロや、複数舞いの心理的表現を強調したり、主役達の舞いをアシストしたり、その効果他に関するバレエ研究家のコメントを参考まで、文末に引用しておきます。
このバレエの展開上最も印象深かったのは、第三幕の終盤、オネーギンが、タチアーナを忘れるきれず、彼女に会いに来た場面です。愛を打ち明けるオネーギン、まるで恋の奴隷の様になって、外聞も恥もわすれてタチアーナにすがり寄るオネーギン、何とか彼女を捕まえて、パ・ド・ドゥを踊り始めても、手からすり抜けてしまうタチアーナ、渡した手紙も破り捨てられ、自尊心も何も残っていないくらいに拒否されても諦め切れないオネーギン、彼にはきっとタチアーナが自分が好きなのだと言う確信があってのことなのでしょうが、客観的に突き放して観ると、哀れを通り越して滑稽にさえ思えて来ます。
最後にタチヤーナがドア方向を指さし、出て行って頂戴!とばかりに、自己を奮い立たせた強い決意をオネーギンに示すと、最後は走ってドアから逃げ去るオネーギンでした。その時のタチヤーナの気持ちは如何ばかりだったでしょうか。苦しくて胸が張り裂けんばかりだったでしょう、きっと。倒れて死んでしまったかも知れない。走り去ったオネーギンの気持ちも如何ばかりか?でもオネーギンの方がタチアーナより心の傷は軽かったかも知れません。何故なら独り身の様ですから。タチアーナは何せ夫を持つ身なのですから。オネーギンを愛しているが故に自己の気持ちに厳しいその毅然とした姿勢が、観た人を感動させるのでしょう。オネーギンもすべてを捨てて自分の気持ちをタチアーナに伝えようとしたのですが、結果強い拒否の姿勢に合って、初めて、タチアーナが如何に自分を愛しているかが分かり、すべてタチアーナの気持ちを理解した、その瞬間走って立ち去ったのでしょう。この様な別れの機微に触れることは、オペラでも演劇でも物語でもそうあることではありません。プーシキンは少なくともその瞬間を描くことに成功したのですね。矢張りこの演目全幕を通して、この最後の場面がクライマックスであり、それを見事に踊った、フリーデマン・フォーゲルとエリサ・バディネスの名人芸は、観た人をして一生忘れられない思い出とさせたことでしょう。
上演が終わり幕が下りると満員御礼の会場からは、万雷の拍手と歓声が鳴り響きました。それは、カーテンコール、全員集合が何回も何回も手をつないで、さざ波の様に前進挨拶する間、鳴り止むことは、ありませんでした。
〈主要四役〉
《Photo Gallery(主催者H.P.他より)》
今回の公演は、夕方四時過ぎに終わったので、前もって連絡しておいた友人と、久し振りに上野界隈で落ち合って、焼き肉を食しました。
彼の孫の幼稚園の運動会が、雨で順延になったので手持ちぶたさでいた処、誘いの電話があったのでこれ幸い、上野までやって来たそうです。大分寒い陽気になってきたので、大変美味しかったです。
(参考)
バレエの幕が開くと、舞台の前面に掛けられた紗幕に主人公のイニシャル「E.O.」が大きく浮かび上がり、その周りを"Quand je n'ai pas d'honneur, il n'existe plus d'honneur."(私に名誉がないのならば、もはや名誉などは存在しない)というフランス語が囲んでいます。このフレーズはプーシキンの原作にはなく、クランコが考えて美術のユルゲン・ローゼが描いたと言われていますが、この紗幕が全3幕を通じて、幕開きと場面転換の際に呈示されることにより、主人公の座右の銘であるかのような印象を与えます。すなわち、主人公は名誉を重んじ、名誉とともに滅びるような高潔な人物であることを示しています。
しかし第1幕で、傍にいるタチヤーナのことなど忘れたかのように物思いに耽って踊るオネーギンのヴァリアシオンは、何ものかに足を取られて身動きが取れないようにも見えます。これは高邁な志操を持ちながらも才能を発揮できず、無為な生活を送っている19世紀ロシアの知識人の憂愁を感じさせます。
2.タチヤーナの恋
プーシキンは原作の小説を1823年から8年間にわたって断続的に執筆しましたが、この間に作者の共感は屈折した知識人オネーギンから純朴で貞淑なロシア女性タチヤーナに移ってゆきました。
クランコもこのヒロインに特別な視線を注いでいます。バレエ『オネーギン』は1965年に初演されましたが、標題役を演じたレイ・バラは当時35歳で技術的に難しい踊りが困難だったため、クランコはもっぱらタチヤーナ役のマリシア・ハイデのために『オネーギン』を振付けました(67年改訂)。
タチヤーナは読書好きの物静かな娘ですが、クランコはハイデに「君はたった今、自分の足で立ち上がったばかりの、まだ歩き方が良く分からない仔馬なんだ」といった比喩を語りながら振付を進めてゆきました。実際、第1幕第1場におけるタチヤーナは引っ込み思案でおどおどした少女に見えますが、この繊細な少女がオネーギンと出会い初めて恋をしたことから、彼女のロマンティックで秘められた情熱的な性格が表れ出ます。第1幕終盤のいわゆる「鏡のパ・ド・ドゥ」では、オネーギンが片腕でタチヤーナを高々と持ち上げるアクロバティックなリフトが、ヒロインの胸の高鳴りを巧みに表現しています。
タチヤーナとオネーギンのパ・ド・ドゥは3年毎に開催される世界バレエフェスティバルでも頻繁に上演されています。すでに第1回公演(1976)のときに第3幕のパ・ド・ドゥが演じられ、第4回と第5回公演(1985、88)では初演者のハイデがリチャード・クラガンと組んで、それぞれ第1幕と第3幕のパ・ド・ドゥを踊りました。第11回(2006)以降はフェスティバルの定番演目として、両者が交互に演じられています。
では『オネーギン』のパ・ド・ドゥの何が観客の心を惹きつけて止まないのでしょうか?
第1幕の「鏡のパ・ド・ドゥ」では、タチヤーナの夢の中の妄想とは言え、彼女とオネーギンの愛の語らいが高度なテクニックによって表現されています。いっぽう、第3幕のパ・ド・ドゥでは、過ぎ去った愛を取り戻そうと懇願するオネーギンと、もはや彼を受け入れることができず背を向けるタチヤーナの「不和のデュエット」が、二人の相容れない愛を痛切に描いています。いずれも全幕の一部であるパ・ド・ドゥを観るだけで、バレエ全体の演劇性を味わうことができます。このあたりが『オネーギン』のパ・ド・ドゥがコンサート・プログラムとして高く評価される所以でしょう。
群舞――ロシア社会の万華鏡
『白鳥の湖』や『眠れる森の美女』などの古典バレエでは、主役2人が踊るパ・ド・ドゥのほかに、各国の民族舞踊や童話のキャラクターの踊りのような物語に直接関係のない余興の演目(ディヴェルティスマン)が踊られます。『オネーギン』でもマズルカやポロネーズといった19世紀ロシアの社交界で流行した民族舞踊が踊られていますが、クランコの群舞の演出は独特です。
第2幕のマズルカはタチヤーナのお祝いに集まった客人たちによって踊られますが、その日、タチヤーナはオネーギンに失恋してしまいます。この哀しい場面が陽気なマズルカの合間に演じられるため、タチヤーナにとっていっそう残酷に響きます。ここでは群舞がヒロインの悲痛な心を増幅しているのです。
一方、第1幕で若者たちが踊る輪舞(ホロヴォード)や第3幕のポロネーズは古典バレエにありがちな左右対称の整った構図を意識的に崩しており、そこでは群舞は万華鏡のように離散しては融合し、壮麗なクライマックスになだれ込みます。
クランコは各幕にダイナミックな群舞を配し、農村の自然や都市の社交界を活写して、「19世紀ロシア社会の百科全書」と賞賛された『オネーギン』の世界を見事に舞踊化しています。(赤尾雄人 古典バレエ研究)