HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

フルシャ・都響(ブルックナー4番)+五明佳廉(ブルッフ1番)

東京都交響楽団1003回定期演奏会Bシリーズ

f:id:hukkats:20240703231046j:image

【日時】2024.7.4.(木)19:00〜

【会場】サントリーホール

【管弦楽】東京都交響楽団

【指揮】ヤクブ・フルシャ

  f:id:hukkats:20240704103852j:image

 <Profile>

バンベルク響首席指揮者、チェコ・フィル首席客演指揮者、サンタ・チェチーリア国立アカデミー管首席客演指揮者。2025/26シーズンから英国ロイヤル・オペラ・ハウスの音楽監督に就任予定。これまでにプラハ・フィルハーモニア管音楽監督、都響首席客演指揮者、フィルハーモニア管首席客演指揮者などを歴任。
1981年チェコに生まれる。指揮をプラハ芸術アカデミーでビエロフラーヴェクに学び、2004年の卒業以来、チェコの主なオーケストラ、国民劇場にたびたび招かれ、自国での揺るぎない評価を確立。同時に世界各地のオーケストラにも客演。ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ管、バイエルン放送響、ドレスデン・シュターツカペレ、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管、マーラー室内管、フランス放送フィル、パリ管、ルツェルン祝祭管、クリーヴランド管、ニューヨーク・フィル、シカゴ響、ボストン響などと共演を重ねている。オペラ指揮者としても、グラインドボーン音楽祭、ウィーン国立歌劇場、パリ・オペラ座、チューリッヒ歌劇場などに招かれている。
ザルツブルク、ルツェルン、BBCプロムス、エディンバラをはじめとした各国を代表する音楽祭の常連。2021年グラモフォン・アワード受賞、グラミー賞にノミネートされるなど、数々のレコーディングでも高い評価を得ている。
国際マルティヌー協会会長。ロンドン王立音楽アカデミー名誉会員。

 

【独奏】五明佳廉(Vn.)

  f:id:hukkats:20240704103948j:image

 <Profile>

東京生まれ。音楽のキャリアをモントリオールとニューヨークで積み、現在はベルリンを拠点に活躍している。近年のハイライトは、ニューヨーク・フィル、ピッツバーグ響、スペイン国立管、チェコ・フィル等での定期デビューである。 また、ハリウッド・ボウルでドゥダメル指揮ロサンゼルス・フィル、ミッコ・フランク指揮フランス放送フィル、クリスティアン・マチェラル指揮ケルンWDR響と共演した。
 現代音楽にも深い関わりを持ち、マティアス・ピンチャーの協奏曲第2番《MARʼEH》の北米初演を作曲者の指揮により演奏、サミュエル・アダムスの室内協奏曲をサロネン指揮シカゴ響と世界初演、絶賛を博した。リサイタルや室内楽においても、北米とヨーロッパを中心に活躍を続けている。
使用楽器は、五明佳廉のために個人スポンサーによって購入された1703年製ストラディヴァリウス“オーロラ(Aurora, exFoulis)”。

 

【曲目】

①ブルッフ『ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調Op.26』

(曲について)

1864年に着手され1866年に一度完成し、4月24日コブレンツにおいてオットー・フォン・ケーニヒスロウドイツ語版の独奏、作曲者指揮により初演された。これは好評だったがブルッフは満足せず、友人のヨーゼフ・ヨアヒムに助言を求めて大規模な改訂を進めた。改訂は1868年年頭まで続き、ブルッフの誕生日の前日である1月5日ブレーメンにおいてヨアヒムの独奏、カール・マルティン・ラインターラーの指揮によって現行の形での初演が行われた。

初演は大きな成功を収め、ヨアヒムを始めフェルディナンド・ダヴィッド(ブルッフが助言を求めた一人)、レオポルト・アウアーアンリ・ヴュータンパブロ・デ・サラサーテなど数々の著名なヴァイオリニストのレパートリーに組み込まれるようになり、各地で人気を博した。現在においてもブルッフの作品の中で特によく演奏されるが、ブルッフ自身はヴァイオリン協奏曲第2番第3番を差し置いて「ト短調」ばかりが有名になることを苦々しく思うこともあった。

 

②ブルックナー『交響曲第4番《ロマンティック》(1878/80)』

(曲について)

1874年1月2日に作曲を開始し、同年11月22日に書き上げられた。(第1稿、または1874年稿)。

その後、1877年10月12日のヴィルヘルム・タッペルト宛の手紙でこの交響曲の全面的見直しの考えを述べている。1878年1月18日からその改訂作業に着手し、特に第3楽章は全く新しい音楽に置き換えた。この改訂作業は1878年11月に完成した(1878年稿)。この1878年稿の第4楽章は、"Volksfest"(「国民の祭典」「民衆の祭り」等と訳される)と呼ばれることがある。

引き続き1880年、第4楽章を大幅に修正した。この時点で完成されたものが第2稿、または1878/1880年稿と称している。

1881年にはウィーン初演がハンス・リヒターの指揮で行われた。ブルックナーはリハーサルの際に感激し、リヒターに「これで1杯やってくれ」と1ターラー銀貨を握らせた(ビール1杯どころかその数十倍の価値)。リヒターはその銀貨を思い出の品として時計の鎖につけて大切に取っておいたという]

(改訂について)

国際ブルックナー協会英語版校訂による楽譜は、1936年に出版され、その後内容修正のうえ1944年に再出版された。これは第2稿(1878/80年稿、1878年稿の第4楽章を1880年稿で置き換えたもの)に基づくものであった。出版当初は初版との対比もあって「原典版」とも称された。また当時の校訂者の名をとって「ハース版」とも称された。この版の出版にともない、初版での演奏が次第に廃れていった。一時期はこのハース版による演奏が主流であった。同時に「初版=改竄版」との認識が広まることとなった。なおハース版として広く出版されたのはこの第2稿(1878/80年稿)であったが、実際にはハースの校訂によりそのほかにも、1878年稿の第4楽章も出版され(全集の付録資料として、この楽章のみ)、さらに第3稿(1888年稿)の出版も計画がされていた(これは実現しなかった)。

戦後、国際ブルックナー協会の校訂作業がノヴァークに引き継がれたことにより、それに基づく楽譜が順次出版された。まず1953年には1878/80年稿に基づく楽譜が出版された(ノヴァーク版第2稿)。続いて1874年稿(第1稿)が、1975年にノヴァーク版第1稿として出版された。1878年稿の第4楽章についても1981年に出版された(この楽章のみ)。さらにノヴァーク引退後の2004年には、ベンジャミン・コーストヴェットフランス語版の校訂により第3稿が出版された(コーストヴェット版第3稿)

第3稿について

第3稿について、かつては(ハース版出版後長い間)、ブルックナーの弟子であるフェルディナント・レーヴェが勝手に、曲本来の構成を無視した大幅なカットを伴う改竄を行った版であるとの評価が普及していた。「レーヴェ改竄版」と称され、顧みられない時期が長く続いた。加えてこの譜面にはブルックナーの承認のサインがなく、この稿の評価の混乱の一因ともなっていた。

2004年に、国際ブルックナー協会からコーストヴェット校訂による第3稿が出版されたことを機に、この版の再評価が始まっている。校訂報告の中で、コーストヴェットは、ブルックナーが正当性を与えた稿であると断じている。もっとも前記のとおり、ハース自身もこの稿の出版を計画しており、この時点ですでに、単に改竄版と言うに留まらない評価がなされていたことが伺われる。初版として出版された第3稿と、コーストヴェット版第3稿とは、本質的には同一なものであるが、校訂者は「細部の相違点は膨大な量があった」と報告している。同時に、ブルックナーの承認のサインがないことについても、印刷譜の誤植の多さ等、出版時の混乱に帰着させて説明している。

第2稿と第3稿を比較すると、第3稿では表情が非常に豊富になっているほか、オーケストレーションの相違が随所に見られる。第3楽章は、第2稿では三部形式(スケルツォ主部はソナタ形式)だが、第3稿では主部からトリオへの移行部分が存在するほか、ダカーポ後のスケルツォ提示部がカットされているなど、非均等な三部形式となっている。第4楽章は、第2稿を基準にすると第1主題の再現がカットより回避されている。第4楽章でシンバルが3箇所使われる(1箇所は強奏、2箇所は弱奏)のも特徴的であり、特に楽章最後で弱奏で使われるシンバルはブルックナーの他の交響曲では見られない楽器法である。ブルックナー特有のアクセントの強いスタッカーティシモが単なるスタッカートに、fffのクライマックスがffに弱められたりしていることも、特徴の一つである。

 

【演奏の模様】

①ブルッフ『ヴァイオリン協奏曲1番』

この曲はかなり有名な曲で、世界中のヴァイオリニストによってよく演奏されています。

 五明さんの演奏は2022年に来日演奏したのを聴いた事が有りますので、その時の記録を文末に(抜粋再掲1)しておきます。

又ブルッフのコンチェルトは時々聴きますが、2019年にレーピンが来日演奏した時の記録を文末に(再掲2)しておきます。

 

〇管弦楽編成:二管編成弦楽五部12型(12-10-8-8-6)

〇全三楽章構成

第1楽章 Allegro moderato 

第2楽章 Adagio

第3楽章  Finale, Allegro energico

 

 登場した五明さんは、裾にスリットの入った黒い演奏会ドレスを纏い、手慣れた感じでヴァイオリンを顎にあて、静かに弾き始めました。そこまでの仕草にも、日本人離れしたおしゃれな格好良さを感じます。彼女はフランス系カナダ人の父親と日本人の母親を持ち、生まれは東京ですが、ジュリアードを出て、欧米を拠点に活躍している女性ヴァイオリニスト、注目度の高い音楽家です。冒頭の美しい旋律奏でも、一つのパッセッジから次に移る一連の流れを心地良いディナーミク、アゴーギグを巧みに組合わせて、Artificialな音をNatural beatyに変えていく恰好良さがありました。

 もともと旋律美に満ちみちたこの曲を、極上のセンスの良さで、恰も高級フランス料理に造り上げ、贅沢なひと時を味わせて呉れる様な幻想的な空間に、大ホールを変えてしまったのです(勿論そこにはフルシャ・都響の力添えが有っての事ですが)。

 前回の演奏を聴いていたので、力強い非常にPowerfullな演奏をバリバリと聴かせて呉れるのかなと考えていました。しかしさにあらず、以外と繊細で微妙な表現や、心に滲みる絶妙な表現が多かったのです。そういった意味では女性的な演奏だったかな?ひそかに路傍に佇むカレンな撫子の花の様な美しさでしょうか。

 ナデシコ

しかしその内には強い風にも折れない、芯の強さが感じられます。

「草の花は なでしこ 唐のはさらなり 大和のもいとめでたし」 枕草子六十七段

今日の五明さんの演奏には、和洋織り交ぜた美しさを感じました。

 尚、本演奏の後、ソロアンコール演奏がありました。

《アンコール曲目》ピアソラ『タンゴ・エチュード3番』

ヴィルトゥーソが持てるテクニックを駆使して、様々な色彩の音を次から次へと繰り出す名人芸に驚嘆!

 

(参考)

比較的短い楽章。楽章の冒頭と終わりに独奏の技巧的なレチタティーヴォが置かれている。ティンパニのトレモロに木管が答えて始まり、自由なソナタ形式で展開していく。トゥッティの出番が少なくほぼ全体が独奏ヴァイオリンが支配する。通常アタッカでつながるのが第2楽章と第3楽章の間になるところを、異例の本楽章と第2楽章の間になっており、「前奏曲」との表記通り第2楽章の前触れとしての役割を果たしている。

展開部を欠いたソナタ形式で、この曲の中心を置く最も長い楽章。第1楽章同様ほぼ独奏ヴァイオリンが支配する。ブルッフ一流の旋律美が存分に発揮されている。ヴァイオリンの歌う第一主題に始まり、第二主題は独奏のパッセージを背景に木管楽器によって歌われる。再現部は変形され、変ト長調の第一主題再現に始まって第二主題がクライマックスを作る。最後は静かに終える。

アレグロ・エネルジコ Finale: Allegro energico ト長調、2/2拍子。

ソナタ形式。主題を予示するオーケストラの導入に始まり、ヴァイオリン独奏の重音奏法による情熱的な主題が現れる。第2主題はオーケストラに示される雄大なもので、ロマン派音楽の抒情性のすぐれた例となっている。

 

②ブルックナー『交響曲第4番《ロマンティック》』

20分程の休憩を挟んで席に戻ると、楽器が補充されていました。

 

〇楽器編成:木管二管、金管三管編成(Hrn.4)弦楽五部16型(16-14-12-10-8)

〇全四楽章構成

第1楽章Bewegt, nicht zu schnell(17-21分程)

第2楽章Andante quasi Allegretto(14-18分〃)

第3楽章Scherzo. Bewegt – Trio. Nicht zu schnell. Keinesfalls schleppend. – Scherzo=(10-11分〃)(初稿:12-14分〃)

第4楽章Finale. Bewegt, doch nicht zu schnell(19-23分〃)

 今回の改訂版の特徴については、プログラムノートに以下の記載が有りました。

第4番は、ブルックナーの交響曲における初の成功作となったが、書き直しを重ねた結果であり、第2稿(1878/80年)で初演が叶った時、作曲家は56歳になっていた。第1稿(1874年)も近年では演奏されることがあるが、本日は一般的な第2稿で聴く。同稿は、これまでロベルト・ハース校訂による版(1936年刊)か、レオポルト・ノヴァーク校訂による版(1953年刊)で演奏されてきたが、本日は、2018年刊行のベンジャミン・M・コーストヴェット(アメリカの音楽学者)校訂版が用いられる。
 同版は、終楽章の最後(ホルンとトランペットが交響曲冒頭の信号音を吹かない)をはじめ、ハース版に近いが、第3楽章の中間部でフルートが旋律を吹いたり、第4楽章の第2主題を4分の4拍子と定めたりと、ノヴァークの判断と同じところもある。また第4楽章には、ハース版にもノヴァーク版にもないテンポ変化の指示が散見される。

確かにこれまで、四楽章で第一楽章の印象的な冒頭テーマをHrn.により再び鳴らされ、懐かしく感じましたが、今回はそれが無く、また第三楽章で、Fl.の活発化は認知出来ました。

まず最初に上げたい印象的な特徴は、第二楽章初盤のVc.アンサンブルが、ゆったりと哀切に満ちた低音部旋律の斉奏を響かせたこと。非常に印象的です。この楽章ではやはり低音弦のVa.の斉奏が活躍、これも又いいものです。これまで、都響のVn.部門はいかなる時でも、幾多の曲に於いても、これまで常に中軸としての存在感を示してきましたが、この楽章及び次楽章ではVa.部門が、低音弦の存在感を主張してアンサンブルにずっしりと寄り添っていました。この楽章はVa.中心に回ったと言っても過言では有りませんでした。いつも存在感をしっかりと示すVn.部門は、どうしちゃったのでしょう?体制的にもメンバー的にも充足されていたのでしょうけれど、時々はっとする様な纏まったアンサンブルを響かせたものの、全体としては低調に推移したのではないでしょうか?

 第三楽章冒頭から金管群により、速いファンファーレの如き、気持ちをいや増しにされる調べが次々とカノン的に循環して、将に狩の状況を連想させる箇所でした。ここでは木管部門による掛け合いが多く特にFl.があちこちで活躍、Fl.(2)の場合もソロで吹く音もあり、何か鳥たちの動きを模していたのでしょうか?先日鑑賞したハーディング・ベルリンフィルの三楽章のG.P.のあとのスムーズなFl.開始は聞き取れなかったというか、フルシャ・都響ではここまで全くと言って良い程、立往生するG.P.は皆無に等しかったと言って良いと思います。G.P.らしき休止が感じられたのは、最終楽章に於けるVn.アンサンブルが上行してFl.が合の手、次いで全金管群が咆哮、Tub.もバリバリ鳴らし、それに合わせるが如く全楽強奏でアッチェレランドで終止した時です。しかしこの休止の後すぐに、やはりFl.の調べが前後の接着剤の役割をはたしていました。立往生感は皆無でした。

 演奏を聴き終わって思いだしたことは、やはりベルリンフィルの4番の演奏です。電波を通した音ですが、各部門の静かな或いは力を込めたアンサンブルが統一性を持ってあたかも一つの生き物が呼吸するかのような生き生きとした表現、それに対し今回の都響はアンサンブル全体としての、特に強奏箇所における全体としてのアンサンブル融合度は、今一つ足りない感じがしたことも確かです。けれども、これだけ体系立ってこのブルックナーの巨大建築を組立てて、壮大な全体像を耳に届けたフルシャ・都響の演奏は、立派なものだったとほめたたえられるべきものでしょう。完売に近かったと言われるこの演奏会、会場からは指揮者と演奏者の労をねぎらう大きな拍手・歓声がいつまでも響いていました。

 

 フルシャの今後の予定としては、今回来日公演のあった「英国ロイヤルオペラ」を指揮したパッパーノが、この日本公演を最後としてやめるそうで、その後任の指揮者に就任するという事です。今後の更なる活躍が期待出来るでしょう。

 


f:id:hukkats:20240704234533j:image

f:id:hukkats:20240704234653j:image

f:id:hukkats:20240704234730j:image

 

 

(参考)

1.3つの主題を持つ。第1主題の冒頭部分で、ブルックナーの得意な弦のトレモロ(これをブルックナーの“原始霧”という)が森林の暗い霧の中を連想させる。ホルンの伸びやかなソロが奏でられ、やがてフルートやクラリネットに確保されつつ経過してゆく。ブルックナー自身によれば、朝に町の庁舎から一日の始まりを告げるホルンを意図しているという。やがて第1主題第2句とも言える、独特な「ブルックナー・リズム」(2+3連音符)が刻まれ、全合奏による頂点を迎える。この第1主題は、全曲にわたって循環主題的に用いられる。第2主題は変ニ長調で小鳥が囀るようなリズムを持つ。この第1ヴァイオリンの音形をブルックナーは「四十雀の“ツィツィペー”という鳴き声」であると説明している。変ト長調で確保され、発展して行くうちにゼクエンツで高揚し、変ロ長調の第3主題がユニゾンで豪放に出る。ただし、この主題は第1主題内において予告されており、いくらか形を変えたものとなっている。コラール風の楽句によって第3主題が遮られると、小結尾に入り第2主題が静かに戻る。半音階の下降動機がヴァイオリンで奏され、ティンパニとトランペットが弱奏される響きの中に提示部が終わる。 展開部ではまず第1主題を中心に展開し、次第に荒々しい雰囲気となる。やがて厳かなコラール(合唱曲風の合奏)が登場し、明るい雰囲気となりつつ再現部に移行する。ほぼ型どおりに再現され、コーダでは第1主題が壮麗に奏でられる。

 

2.2回目のAの前半は展開部ともとれる内容で主要主題が展開的に扱われるので自由なソナタ形式とも見ることができるが、3回目のAが長大でコーダと分離されているのでここではロンド形式として扱う。主部はヴァイオリンとヴィオラに導かれてチェロにより主要主題が提示される。主要主題部後半には付点リズムの動機が置かれ、後ほど発展に大きくかかわる。副主題はヴィオラで提示され、後半はクラリネットやフルートの鳥のさえずりが聞こえる。主部の回帰で主要主題が対位法的に扱われて発展する。この短い展開部が終わると、主要主題が元通りの形で現れるが、新たな動機がオーボエにも現れている。副主題もほぼ元通り再現され、主部が回帰する。最後の主要主題部では大きなクライマックスが形成される。これが収まると、コーダとなり、冒頭の落ち着いた雰囲気を取り戻して静かに消えてゆく。

3.

1878年稿
変ロ長調、2/4拍子(4分の2拍子)。
Bewegt”(運動的に)の速度標語がある。A-B-A の3部形式。俗に「狩のスケルツォ」として知られる楽章である。ホルンの重奏に始まり、金管が一斉に鳴り響く。スケルツォ主部だけでも擬似ソナタ形式ともいえる展開が存在する。
トリオ(中間部)は変ト長調、3/4拍子。“Nicht zu schnell, Keinesfells schleppend”(速過ぎず、決して引きずらないように)という発想標語がある。主題提示部には1番括弧、2番括弧が付いている。木管楽器群が主部とは対照的な、田舎風ののんびりした音楽を展開する。ヴァイオリンに主導されて、変ニ長調-変イ長調-イ長調-変ロ長調へと転調してゆく。木管にレントラー主題が再現されて、休止すると、スケルツォ主部にダ・カーポする。

4.

変ホ長調、2/2拍子(2分の2拍子)。ソナタ形式。

3つの主題を持つ。全楽章のうち、もっとも規模の大きい(小節数なら第1楽章のほうが大きいが演奏時間は第4楽章が長い)壮大な楽章である。上記の通り、1874年稿、1878年稿と、1880年稿および初版は序奏部が全く異なる。1880年稿ではチェロ=バスによるドミナントペダルの上に第1主題が暗示されながら、序奏が始まる。第3楽章のスケルツォ主題が回想されるうちに高揚し、第43小節(スコア練習記号A)で第1主題が金管楽器群の力強い合奏により提示される。ここでもブルックナー・リズム(2+3連音符)が第1主題を支配し、やがて第1楽章の第1主題が形を変えて再登場する。ハ短調とハ長調の2つの楽想からなる第2主題は第93小節(スコア練習記号B)から始まり、“Noch langsamer”(やや遅く)という標語がある。第3主題は第155小節(スコア練習記号E)から始まり、強烈な6連音符が第2主題の流れを打ち破る。第183小節から穏やかな小結尾があり、序奏が回帰すると展開部(第203小節~)となる。その後第2主題第2楽句→第1楽句→第1+3主題→第1主題の順に展開していく。第1主題の展開が終わると、型どおりの再現部となるが第3主題は再現されずにそのままコーダに入る。第477小節(スコア練習記号V)から始まるコーダでは、テンポを大きく落とし、弦楽器群が奏でる6連音符のトレモロをバックに、教会で奏でられるような敬虔なトロンボーンの3重奏がコラール(合唱曲)風に高揚を始める。やがてホルンの高らかな音に引き継がれ、第1楽章の第1主題を歌い上げながら全曲を締めくくる。

 

//////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////

【日時】2022.10.25.

【会場】東京文化会館

【管弦楽】東京都交響楽団

【指揮】準・メルクル

【独奏】五明カレン(ヴァイオリン) 

   f:id:hukkats:20221024222852j:image

②プロコフィエフ(ラヴェル編)『ヴァイオリン協奏曲第1番』

第一楽章アンダンティーノ(ニ長調

第二楽章スケルツォ、ヴィヴァーチッシモ(イ短調

第三楽章モデラート - アンダンテ(ニ長調)

1916年から1917年にかけて作曲されたプロコフィエフ最初のヴァイオリン協奏曲。かなり高度の演奏技術を擁する曲ですが、今日ではプロコフィエフの協奏的作品の中で最も愛好されている作品の一つです。                             例によってオケは独奏者のためのシフトのため、楽器構成の対向配置は崩れ小さくされました。二管編成弦五部10型(10-8-8-5-4)。フルート2(ピッコロ1持ち替え)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、チューバティンパニ小太鼓タンブリンハープ1台に減。

 演奏した五明さんは美しい優雅な中年に差し掛かっている女性ヴァイオリニストでした。はじめて聴きました。プログラムノートによればこの曲は❝様式的にはスケルツォを中央に置く独自の楽章配置と大胆な調構成、両端楽章の自由な形式、スケルツォにおけるトッカータ的な運動性、モダンで鋭角的な響きの追求、等斬新な試みが様々になされており、若き革命児プロコフィエフの面目躍如たる作品となっている。❞ということです。

 弦の微弱なトレモロに続き、すぐにソロヴァイオリンが入りました。高音中心の旋律が悠々と流れ、Ftが背景音として聞こえます。五明さんの音は、熟練手の紡ぎ出す透き通る糸が、空間を舞い踊るうちに白い薄絹のヴェールになって、演奏者を包み込むような透明な光の反射に煌めくが如き演奏でした。堂々とした熟達した演奏だとすぐ分かります。曲想が変わりFl.の音が少し大きくなって,Pizzicartoで合わせていたソロ演奏者は、かなり速いテンポで低音部をジャガジャガジャガジャガジャガジャガと弓の根元近くで強いボーイングでアップダウンし、重音も交えている弾いている様に思えました。仲々力強い演奏になって来ました。途中入る強いPizzicartoも面白い。

 演奏終了後、会場からの大きな拍手(②の曲の演奏直前には文化会館の座席の8割方埋った様な気がしました)に答えて五明さんはアンコールを弾きました。

≪ソロ・アンコール演奏曲≫

サミュエル・アダムス『ディップ・ティック』

 この曲は、米国の著名な作曲家、ジョン・アダムスの子息、サミュエル(1985年12月生れ)が2020年に作曲したヴァイオリン曲、彼は、もともとコントラバス奏者ですが、2010年頃から作曲も手掛ける様になり、2015年から現在まで、「シカゴ交響楽団から委嘱を受ける二人の作曲家」の一人に選出されています。彼の音楽は、クラシック形式、マイクロサウンド、ノイズ、即興音楽、フィールド レコーディングなど、さまざまな分野での経験を生かしています。

 アンコールのこの曲は、彼の代表的曲の模様で、比較的静かな流れで、不思議な響きを有しています。五明さんにとっては、恐らく知り合いの曲なのでしょう。うねる重音は超高音部に達し、高音のかすかな音でも僅かに響いてくるヴィブラートは、安定感があります。

今日の五明さんの演奏を聴いて、将に円熟したヴィルトーソに向かってまっしぐらのヴァイオリニストの演奏を聴けた満足感が味わえました。

 

/////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////2019.6.12. (再掲2)

今週水曜日(6月12日)ヴァイオリン(以下Vnと略)のレーピン・リサイタルを聴いて来ました(2019.6/12 19h~@東京文化会館大ホール)。今回の演奏会は『トランス・シベリア芸術祭in Japan 』の一環として開催されたもので、これに先立つ6月5日と6月8日には大阪と東京(オーチャードH)で、彼の妻でありロシアの代表的なバレリーナであるスヴェトラーナ・ザハーロワの踊りとVn曲をコラボした演奏会を開いた模様です。 レーピンはご存知の方も多いと思いますが、10歳代で各種コンクールに優勝、国際檜舞台に上がり多くの各国有名指揮者と共演を重ねて来ております。我が国には今から30年以上も前に初来日し、現在48歳ですから当時若干16歳だったわけで、同じ頃初来日したピアノのキーシンと共にロシアの天才・神童と話題になったものです。今回のレーピンの演奏を聴いて、昨年のキーシンの演奏を聴いた時感じたのと同じ様な「巨匠への歩み」の感が有ります。順調に年を重ねてきていますね。

 さて演奏会の曲目は、前半が、①ヒンデミット「Vnソナタ変ホ長調Op.11-1」②ベートーベン「Vnソナタ第7番ハ短調Op.30-2」休憩を挟んで③フランク「Vnソナタイ長調」です。 

 ピアノ伴奏はモスクワ音楽院出身で、各種国際コンクールでトップ又はそれに準ずる結果を得ているアンドレイ・コロベイニコフという30歳前半のピアニストでした。①は2楽章構成、Vnが冒頭から速いテンポでタタン⤵タタン、⤴タタン⤵タタンと伴奏と共に飛ばし、すぐにペースを緩めて民族調の綺麗な調べに変わり、レーピンは、堂々と登壇した様子を演奏中も維持しながら次楽章に移りました。第2楽章は非常にゆっくりとしたテンポで始まりどこか踊るような調べ、両楽章合わせて10分もかからない短いソナタでした。印象はこれまでと同じく「つまらない、余り曲自体が良いとは思えない」でした。レーピンの音にはヴァイオリンの華やかさは余り感じられず、随分地味な演奏と思いました。これは曲自体の性格が影響しているのか?いやその時代の雰囲気が曲想に影響しているのでしょうか?ヒンデミットは1895年生まれのドイツの作曲家で、音楽における『ロマン派』からの離脱を期し『新即物主義運動』を主導しました。また幼少期はVnを習い20歳代には歌劇場のコンマスの経験も、後には弦楽四重奏団のヴィオラ奏者としても活躍。ヒットラーの台頭とともに、『退廃的』との烙印を押され、最後はナチの迫害を逃れてアメリカに亡命しました(1940年)。こうした激動の時期に生き多くの作品を残したヒンデミットですが、①のソナタは若かりし頃、コンスマ時代(1918年)の作品です。同時代の(ベルリンフィルの)大指揮者フルトベングラーはその著書の中で「ヒンドミットの場合」という記述を残していますが、そこには、ナチスからの攻撃からヒンデミットを弁護して、“ことにこの時代の作曲家としてのヒンデミットの作品は、ほとんど全部が急いで書き下ろした思い付きの即興的作品であったことを思い合わせれば、一層そういう非難は当りません。”と書いています(新潮文庫「音と言葉」第1版15刷187p)。やはり若い時の作品はこなれた感じがしませんが、ナチが後にヤリ玉に上げる位ですから、従来のロマン派的な響きとは全く別な響きを持っていますね。演奏後進んで自分から聞きたい曲では有りません(むしろ無伴奏ソナタ1番Op.31-1でも聴きたかった。)演奏後の拍手も静かなものでした。(何故これを最初の曲に選んだのかレーピンに訊いてみたい気がしました。)

 次にベートーベンの②の演奏です。4楽章構成、1802年の作で同時期に作曲された6番とこの7番と8番のソナタはセットでロシア皇帝に献呈されました。冒頭から如何にもベートーベンらしい調べで、レーピンは相当力を注いで弾き始めた様です。ピアノの音も綺麗。伴奏者は、時々振り返ってレーピンを見ながら合わせていました。第1楽章の冒頭の速いパセージの次は緩いテンポの調べとなりさらに軽快なテンポに移り次第に激しさを増していき最後は主題を最強の力で弾き切りました。この1楽章最終場面の演奏は後に作曲された9番「クロイツエルソナタ」の第1楽章の速いテンポで主題をピアノと共に弾きまくるあの勢いのある演奏と何となく似ていません?勿論両主題の音調もメロディもテンポも異なりますが、両者は将にベートーベンその物という感じがします。第2楽章はピアノのゆったりした前奏のあとにヴァイオリンが同テンポで続き両者は交互に歌い上げる。ここで感じたのは相変わらずピアノは綺麗な澄んだ音で、伴奏というよりも二重奏に近い活躍。伴奏者は相当の腕前とお見受けしました。ベートーベンはピアノにも伴奏以上の役割を与えて作曲したのでは?と思われる位であった。この傾向は次の3楽章スケルツォでさらに顕著になり、Vnと同等若しくはそれ以上の役割を演じていました。次の第4楽章も含め、レーピンの演奏は、何と言ったら良いか?何か精彩を欠くというか音の輝きもそれ程でなく全体的に抑えているのか?枯れた感じがありました。年をとってきたからかな?などと思ったりして。

演奏後の観客の盛り上がりもなく拍手もそこそこに前半が終わったのでありました。

休憩後は③のフランクの曲です。冒頭のメロディを聞いてすぐに「あ、これ知っている!」と感ずる人が多かったと思いますが、時々演奏会で、放送などで良く聞く曲ですね。結構知られた存在のメロディです。後半開始前にちょっとしたハプニングがありました。両演奏者が登場し、伴奏者はピアノに着席、レーピンもヴァイオリンを肩にかけようとしたその時、小さい声ですがかなり聞こえる声で、中央前方の辺りで「済みません、済みません」という声がするのです。私の座席は今回かなり前方(11列目)の右側だったので、左後方を振り向いたら白いマスクをしたご老人が、遅れて来た様子で着席した人達一人一人に「済みません」と言いながら通路から遠い自分の座席めがけてゆっくり渡っているところでした。皆がそれを何事かという顔で見ているのです。壇上の演奏家を見たら、演奏開始はしばし休止し、レーピンは優しい表情で老人が着席するのまで数十秒位でしたか待っていました。それからおもむろに演奏に入ったのでした。迷惑と言えば迷惑ですが、その時のレーピンの表情はあたかも「優しい気持ちで接してあげましょう。音楽を楽しみましょう」と言っているようにも見え、私も心が温まる思いがしました。さてフランクのソナタ、結論的には、これがほんとに素晴らしい演奏だったのです。前半とは打って変わって、音の伸びもあり輝きも出て、

表現力もあり、これぞレーピンという本領を発揮した演奏でした。これはレーピンが立ち上がり時から徐々に本調子が戻ってきたせいなのか、フランクの曲がレーピンの素晴らしさを引き出したからなのかは分かりませんが、聴きに来て本当によかったと思える会心の演奏でした。会場からはそれまでないにない位の大きな拍手と歓声が上がり、ブラボーの声も飛んでいました。

 鳴りやまぬ拍手にアンコールがありました、しかも3曲も。1.チャイコフスキー「エフゲニ・オネーギンよりレンスキーのアリア」。2.ラヴェル「ツィガ-ヌ」。3.グリーグ「Vnソナタ3番より第2楽章」。何れもどこかで聴いたことのある曲ばかりで、所謂名曲の部類です。1はオペラのアリア「青春は遠く過ぎ去り」の変曲で、レーピンは30年前の日本初舞台の頃を思い出していたのかも知れませんね。