HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

神奈川フィルハーモニー管弦楽団みなとみらいシリーズ定期演奏会第396回

【日時】2024.6.22.(土)14:00〜

【会場】横浜みなとみらいホール

【管弦楽】神奈川フィルハーモニー管弦楽団

【指揮】小泉和裕[特別客演指揮者]

【曲目】

①ベートーヴェン:「エグモント」序曲

(曲について)

1809年、ウィーン宮廷劇場の支配人であるヨゼフ・ハルトルはゲーテとシラーの戯曲に音楽をつけ、一種のオペラ のようにして上演する計画を立てた。そして、ゲーテの作品から『エグモント』を選んでベートーヴェンに作曲を依頼した。ちなみに、シラーの作品から選ばれたのは『ヴィルヘルム・テル』であり、こちらはアダルベルト・ギロヴェッツに作曲が依頼された(なお、ベートーヴェンが弟子のカール・チェルニーに語ったところによれば、ベートーヴェンは本当は『ヴィルヘルム・テル』に曲をつけたかったようである)。しかし、敬愛するゲーテの作品ということもあり、否応なしに引き受けた。1809年10月から1810年6月までに作曲され、1810年5月24日にブルク劇場でベートーヴェン自身の指揮で初演された。なお、序曲は初演に間に合わず、6月15日の4回目の公演から付されたと考えられている。

作品の題材は、エフモント(エグモント)伯ラモラールの物語と英雄的行為である。作品中でベートーヴェンは、自らの政治的関心を表明している。圧政に対して力強く叛旗を翻したことにより、死刑に処せられた男の自己犠牲と、とりわけその英雄的な高揚についてである。(hukkats 注)初演後、この楽曲には称賛の評価がついて回った。とりわけE.T.A.ホフマンがこの作品の詩情を賛えたものが名高く、ゲーテ本人もベートーヴェンは「明らかな天才」であると述べた。

(hukkats 注)ゲーテ原作の「エグモント」に、ベートーヴェンが付随音楽として作曲したものですが、原作と音楽との関係を、次の京都大学交響楽団第214回演奏会(2024年1月)に先立って書かれた曲解説(2023/12/28)に分かり易く纏めてあるので、以下に引用します。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『エグモント』序曲 Op.84は、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven, 1770-1827)がゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe, 1749-1832)原作の悲劇『エグモント』のために書いた10曲からなる劇音楽のうち、最初に演奏される作品です。当時、フランス軍に占領されていたヴィーンで劇場救済基金のための慈善興行が計画されると、その中心をなす演目としてシラー(Johann Christoph Friedrich von Schiller, 1759-1805)原作の『ウィリアム・テル』とゲーテ原作の『エグモント』という舞台劇に音楽を付ける案が浮上しました。そして前者の担当としてギュロヴェッツ(Adalbert Gyrowetz, 1763-1850)というボヘミアの作曲家が、後者の担当としてベートーヴェンが選ばれました。この時の裏話について、ベートーヴェンの弟子ツェルニーが次のように述べています。「ベートーヴェンは『ウィリアム・テル』の方を切望したのですが、何やら舞台裏では作曲依頼をめぐってだいぶん陰謀がめぐらされたらしく、とうとう最後に『ウィリアム・テル』より作曲し難い『エグモント』の方がベートーヴェンに廻されてきたのです。しかしかれはこの劇音楽で『天才の力』を存分に発揮し、名作を書き残しました」。なお、大作曲家であると同時に熱心な読書家でもあったベートーヴェンがゲーテを高く評価していたのも事実であり、「私が『エグモント』のために音楽を作ったのはひたすらゲーテの詩作品への敬愛からです。彼の詩は私を幸福にしてくれるのです」との言葉も残されています。

 それでは、ゲーテの『エグモント』のあらすじを見ていきましょう。エグモントとはオランダの独立運動の初期に活躍した実在の人物であり、戯曲『エグモント』では史実をほぼ忠実に踏襲しつつ、エグモントを愛するクレールヒェンという女性を登場させることにより、愛の死による救済がテーマとされています。舞台は1567年のスペイン統治領ネーデルランデ、ここではカルヴァン派の民衆がそれを認めないスペインの圧政に苦しんでいました。民衆の苦しみを知ったエグモントは祖国の独立のために立ち上がるのですが、体制側に捕らえられ、国家反逆罪で斬首刑の宣告を受けます。クレールヒェンはあらゆる手を尽くしてエグモントを救出しようとするも、万策つきて望みも絶たれ、失意のうちに服毒自殺してしまいます。そして死刑執行の時がきて断頭台に連行されるエグモントの眼前に突然クレールヒェンの幻影が出現し、エグモントの勇気と正義を誉め称え、その行動を祝福するのです。

 序曲では、以上のあらすじが巧みに暗示されています。この曲で核となっているのは、スペイン側の圧政を象徴していると考えられるサラバンド特有のリズムに由来する主題と、物語の悲劇性を示唆するような下行音形です。特に、コーダ手前でホルンがサラバンドのリズムを演奏しヴァイオリンが鋭い四度下行で締めくくる場面は、スペインによる圧政の犠牲としてエグモントに斬首刑が宣告される場面のようで印象的です。またそれに続くコーダでは、序曲以外の劇音楽に現れる動機の使用や、戯曲中の描写に基づく楽想の展開がなされており、ベートーヴェンのこだわりが特に強く表れているといえるでしょう。そんなこだわりが熱狂のうちにまとめ上げられるこのコーダは、ベートーヴェンの作品の中でも指折りの完成度を誇っています。

 ところで《エグモント》は、暴君による圧政に苦しむ英雄が捕らえられ救済(救出)されるというテーマが基本にあり、そこに女性の愛が絡むというパターンで、奇しくもベートーヴェン唯一のオペラ《フィデリオ》と共通しています。これは、ボン時代に啓蒙主義に触れ、初期のナポレオンに民衆の英雄を見出し、さらにヴィーン会議以後の反動的なメッテルニヒ体制に対して反発していた自由主義者たるベートーヴェンが、政治に対する心情を素直に表現できたものとも見ることができます。加えて《エグモント》はベートーヴェンの尊敬するゲーテの物語が下地となっていることもあり、特にベートーヴェンらしい活き活きとした書法を楽しめる曲となっています。今宵はドイツが生んだ二人の巨匠の間に生まれたこのような傑作を、少しでも深い理解とともに皆様にお届けできれば幸いです。文責:神谷(Vc.3)


②ベートーヴェン:交響曲第4番変ロ長調Op.60

(曲について)

正確な作曲時期は不明だが、1806年夏ごろから本格的な作曲が始められている。この年はラズモフスキー四重奏曲集ピアノ協奏曲第4番ヴァイオリン協奏曲オペラレオノーレ》第2稿などが作曲されたベートーヴェンの創作意欲が旺盛な時期であり、この作品も比較的短期間に仕上げられている。10月中には作品が完成し、献呈先のオッペルスドルフ伯爵英語版)に総譜が渡されたと考えられている。

ベートーヴェンの交響曲の中では古典的な均整の際立つ作品で、ロベルト・シューマンの言葉とされる「2人の北欧神話の巨人(第3番第5番のこと)の間にはさまれたギリシアの乙女」という表現が広く伝わる。また、エクトル・ベルリオーズは「スコアの全体的な性格は生き生きとしていて、きびきびとして陽気で、この上ない優しさを持っている」と評した。しかし、そのようなイメージとは異なった力強い演奏がなされる例もあり、ロバート・シンプソンは「この作品の持つ気品は『乙女』のものでも『ギリシア』のものでもなく、巨人が素晴らしい身軽さと滑らかさで気楽な体操をこなしているときのものなのだ。ベートーヴェンの創造物には、鋼のような筋肉が隠されている」と述べている。


③ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調Op.92

(曲について)

ワーグナーは各楽章におけるリズム動機の活用を指して、この曲を舞踏の聖化 (Apotheose des Tanzes) と絶賛している。その一方で、ウェーバーは「ベートーヴェンは今や精神病院行きだ」との言葉を残し、ワイントガルナーは「他のいかなる曲よりも精神的疲労を生じさせる」と語っているなど、音楽家からの評価は様々である。

作曲は1811年から1812年にかけて行われ、初演は、1813年12月8日ウィーンにて、ベートーヴェン自身の指揮で行われた。同じ演奏会で初演された『ウェリントンの勝利』の方が聴衆の受けはよかったとされるが、それでも初演は成功であり、第2楽章はアンコールを求められた。

【演奏の模様】

13:35より舞台上にてプレコンサートが開催されました。

[演奏]佐久間大作(Fg)鈴木純子(Ob)齋藤雄介(Cl)

[曲]ベートーヴェン/ドン・ジョヴァンニの「お手をどうぞ」の主題による変奏曲WoO.28

Ob.とCl.は、例えれば1Vn.と2Vn.の関係としても、Fg.は、Va.やVc.の立ち位置ではなく独得の存在感で、三重奏に貢献していたと思いました。意外とFg.とのアンサンブルの曲はいろいろある様です。5月下旬に観た『ベルリン・フィルオープンデー』の配信の様々な演奏の中には、フルート(パユ)+ピアノ(菊地洋子)+ファゴット(首席奏者)の組合せで、三重奏曲を演奏していました。今後こうした様々な組合せの室内楽演奏が、増えてくれば、モーツァルトやベートーヴェンやそれ以降の曲で、これまで陽の目を浴びなかった曲にも素晴らしい作品がある事が分かり、より一層理解が深まるのでは、と思われます。


f:id:hukkats:20240623111857j:image
[演奏]

佐久間大作(Fg)鈴木純子(Ob)齋藤雄介(Cl)



さて本演奏の方についてです。

①ベートーヴェン:「エグモント」序曲

○楽器編成:Fl.2(Picc.1)Ob. 2 Cl.2  Fg.2  Hrn.4 Trmp.2  Timp.1  弦樂5部12型(12-10-10- 8 -6)

 冒頭から、ドラマティックな厳粛なアンサンブルの調べが会場を飲み込みました。神奈フィルの低音弦の響きがずっしりと分厚く聞こえます。Ob.のソロ音が弦楽奏を誘い再度冒頭の弦楽中心のアンサンブルが繰り返されました。Fg.(2)+Cl.(2)+Fl.(1)+ Ob.(1)の木管が聞こえます。Vn.と木管の掛け合いです。Ob.ソロにVc.の低音が呼応し、Vn.がキザミ音を演奏、クレッシエンドして、これまた耳触りの良い調べの全奏と化したのです。迫力を感じました。小泉・神奈フィルは指揮者の指示によく食らい付いている感じ。何回も繰り返されるドラマティックな調べは、主人公の悲劇性を端的に表現し、流石ベートーヴェンと思わすもの。ゲーテの作品に曲を付けるのですから、ベートーヴェンも余程気合を入れて作曲したのでしょう。結果不朽の名作になりました。神奈フィルの演奏は、思っていたよりもはるかにいい演奏でした。


②ベートーヴェン:交響曲第4番

〇楽器編成

編成表

木管

金管

フルート

1

ホルン

2

ティンパニ

1

第1ヴァイオリン

12

オーボエ

2

トランペット

2

 

第2ヴァイオリン

10

クラリネット

2

 

ヴィオラ

10

ファゴット

2

チェロ

 8

 

コントラバス

 6

標準の二管編成よりさらにフルートが1本少なく、ベートーヴェンの交響曲の中で最小である。これはウィーンから離れたシレジアに屋敷をかまえていたオッペルスドルフ伯爵のオーケストラの規模を反映したものと考えられる。

 

〇曲の構成

全四楽章構成

第1楽章Allegro vivace

第2楽章Adagio

第3楽章Allegro molt e vivace

第4楽章Allegro ma non troppo

 

 何処の管弦楽団がこの曲を弾こうと、その演奏を聴くと(生で聴くケースは余り多くはありませんが)、どうしてもその前の3番「英雄」と後に続く5番「運命」と比べてしまい、ダイナミックス、全体の構成力、何よりもまして聴衆へのアピール力の差が歴然としていることに驚いてしまい、何回聴いてもその良さが分かりません。❝ベートーヴェン古典派様式の最後の名曲❞とか❝交響曲3番と5番の間に挟まれた美しい乙女のようだ❞とシューマンは言ったとか誉めそやす向きも有りますが、自分としては何処か物足りなさを感じる曲なのです。別に神奈フィルン演奏が物足りないという意味では無く、相当テクニックを要する難しい曲だとも謂われるこの曲を、神奈フィルは良く消化して表現していて、第二楽章など凄く美しい曲になっていたし、小泉さんも良く引っ張って指導したと思います。出来れば最初からもっともっとメリハリをつけ、テンポも速めの方がさらに引き締まった演奏になったとは思いますが。単にこの曲を十分理解出来るレヴェルに自分が到達していないだけかも知れません。

 


③ベートーヴェン:交響曲第7番 

〇楽器編成

編成表

木管

金管

フルート

2

ホルン

2

ティンパニ

1

第1ヴァイオリン

12

オーボエ

2

トランペット

2

 

第2ヴァイオリン

12

クラリネット

2

 

ヴィオラ

10

ファゴット

2

チェロ

 8

 

コントラバス

 7

(注) 第3番のような拡張されたホルンのパートはなく、第5番や第6番のようにピッコロやトロンボーンを動員することもなく、第9番のような合唱はもちろん使用されていない。また書法も第3番や第9番に比べて明瞭であり、古典的な管弦楽といえる。第8番の初演で一緒に演奏された際は、木管楽器が倍、弦楽器はヴァイオリン各18、ヴィオラ14、チェロ12、コントラバス7、さらに出版譜に無いコントラファゴットも2本加わるという当時としては巨大な編成であった。

〇曲の構成

全四楽章構成

第1楽章Poco sostenuto – Vivace

第2楽章Allegretto

第3楽章Presto, assai meno presto

第4楽章Allegro con brio

 

 この曲は所謂「ベト七」という愛称で親しまれており、それは人気漫画をもととする映画「ノダメカンタービレ」の中で演奏されてから、特に広く知られるようになったからです。(曲について)に記載のある様に、相当人気のある曲で、いろいろなケースでよく演奏されます。先週、6月12日にも、もみじ坂の音楽堂で、横浜交響楽団が演奏しました。その時は二管編成弦楽五部10型(10-10-8-8-3)でしたが、今回は、ニ管編成絃楽五部12型(12-12-10-8-7)でした。

 この曲は自分にとっては、何回聴いても仔細な点を除けば、大抵の場合良く聞こえます。大好きな曲だからだと思う。神奈フィル陣の弦楽は、高音弦(Vn.)も低音弦(Va. Vc.)も十分な力量を有している様で、小泉ベートーヴェンの曲作りを、忠実に実現している様に見えました。特に高音から低音アンサンブルに遷移した時の変化の妙は言うこと無しの感がありました。奏者のメンバーに若い人が増えた様に思われます。若い人が必ずしもいいという訳では有りませんが、きっと優秀な奏者が増えているのでしょう。ここ数年、コロナ以前より年々神奈フィルのレヴェルが向上して来ている様に感じられます。一方管部門も、特にFl.は彼方此方でソロの澄んだ音をたてていました。一楽章冒頭弦楽の速いキザミ奏の上行アンサンブル後のOb.音に続き、ターララ ターララ タータタラララと綺麗なソロ音を立てていたし、Fl.と双子共演の様なOb.奏者(多分プレコンで吹いた鈴木さんでしょうか?初めて見る顔ぶれは見てすぐには顔の判別がつきません)も良かった。弦のみならず管や打のレヴェルも相当なものと見ました。それらは弦と両輪(というか三輪車を支える三つの車輪)ですから、うまく歯車が合って始めいて推進力を得る訳ですね。Timpも大熱演、一楽章終盤の全オケの弱音奏に続くタタタタタタタタタッタン、タンタラタンタタッタタ、タンタラタンタタッタタとクレッシェンドで咆哮する場面では、常にTimp.が強打で力強く牽引していました。       

 第二楽章の低音弦のしっとりしたアンサンブルは、高音弦アンサンブルと対比的に底流を成し、この章の分厚さを見事現出していました。ここでもFl.は大活躍でした。

 兎に角次の楽章も最終楽章でも、これでもかこれでもかとベートーヴェンを堪能できる旋律が次々と出て来て、こりゃたまりません。癖になるよ!ベートーヴェン中毒になるよ!

三楽章終盤の木管アンサンブルなど次の弦楽奏、金管奏の呼び水となり、楽章冒頭部と最終部が連動している構造なのですね。

 最終楽章では冒頭から小泉さんは渾身の力を込めてオーケストラを牽引していて、Timp. 弦楽、木管、金管いずれも最初から最後まで力を振り絞り、中間の中休みで一旦力を貯め、プップクプ プップクプ プップクプと最後の大爆発に向かって一気に雪崩れ込んだのでした。

 会場は7~8割の入りかと見えましたが、演奏が終わって(小泉さんは恰好付けて余韻を味わうこと無く、すぐに)指揮の腕が降ろされると、途端に大きな拍手喝采が沸き起こりました。何回も何回も挨拶し、アンコール演奏と指揮者ソロカーテンは有りませんでしたが、会場のライトが明るくなるまで拍手と声援は続きました。自分の席は後方左寄りの二階で、一階席が良く見えましたが、一階の前半席の満員観客全員が、皆両手を高めに上げて一斉に拍手している様は見事な光景に見えました。感動の具合が分かるというものです。


f:id:hukkats:20240622210608j:image