<フランス音楽の世界~ホリガー初期と近年の作品とともに>
スイスの名オーボエ奏者ハインツ・ホリガーが久し振りの来日です。スイスは名フルーティスト、オーレル・ニコレも輩出しており、管楽器の音は、やはりアルプスが育むのでしょうか。ホリガーは既に9月16日(土)にフィリアホールで同プログラムで演奏した様です。
【日時】2023.9.19.(火)19:00~
【会場】東京文化会館小ホール
【出演】
〇ハインツ・ホリガー(オーボエ)
〈Profile〉
ハインツ・ホリガーは、スイスのオーボエ奏者、指揮者、作曲家。 1939年5月21日 生まれ(84歳)
スイス・ランゲンタール出身。ベルン音楽院とバーゼル音楽院で音楽教育を受ける。ヴェレシュ・シャーンドルと、ピエール・ブーレーズに作曲を師事。オーボエはスイスでエミール・カッサノウ、パリ音楽院でピエール・ピエルロ、ピアノをイヴォンヌ・ルフェビュールに師事。
オーボエ奏者としての卓越した演奏・楽曲解釈とともに、作曲家としても著名であり、また指揮者としても活動しており、ポーランドなど東欧の現代作曲家の作品などを積極的に紹介してきた。教育者としては、1966年からドイツのフライブルク音楽大学で教鞭を執っていた。
ホリガーは、現代において最も多才で非凡な音楽家の一人である。
ジュネーヴ、ミュンヘン両国際音楽コンクールで優勝を果たし国際的演奏家として比類ないキャリアをスタートさせたホリガーは、世界中の主要コンサートホールで演奏してきた。作曲家、演奏家双方の活躍を通じて、オーボエの技術的な可能性を広げた功績は大きく、現代を代表する数々の作曲家たちから作品を献呈されている。
スイス音楽家協会作曲家賞、チューリッヒ大学およびバーゼル大学の名誉博士号など多くの栄誉や賞を受賞。2015年スイス音楽大賞を、2022年ドイツ・マインツ市科学アカデミーのシューマン賞を受賞。2016年米国芸術科学アカデミー外国人名誉会員に選出される。
指揮者として、世界の一流オーケストラ、アンサンブルと共演しているホリガーはまた、作曲家としても世界各地からオファーが途絶えることが無く、作品はショット・ミュージック・インターナショナル社から出版されている。ロベルト・ヴァルザー著による小劇「白雪姫」をモチーフに作曲したオペラはチューリッヒ歌劇場で上演、国際的に大きな注目を浴びた。また2018年には新作オペラ『ルネア』をチューリッヒ歌劇場が制作、旺盛な作曲意欲は留まることを知らない。
オーボエ奏者、指揮者作曲家として、テルデック、フィリップス、ECMSWR/Hänssler Auditeから多数の録音を発表。2022年にはハインツ・ホリガー自身のオペラ『ルネア』がECMからリリースされた。
〇アントン・ケルニャック(ピアノ)
〈Profile〉
スロヴェニア系オーストリア人の家庭に育つ。優れた室内楽奏者として、ヨーロッパ各地、カナダ、アメリカ、日本で多様な演奏家と共演、チューリッヒ・トーンハレ、ベルリン・コンツェルトハウス、ケルンWDR、ウィグモアホール、カーネギーホールなど世界各地で演奏している。
チェリストのアニタ・ロイツィンガーとデュオを結成、定期的に共演している。また、スイス人作曲家ローランド・モーザー、ユーグ・ヴィッテンバッハ、ハインツ・ホリガーとのコラボレーションをライフワークの一つにしている。ハインツ・ホリガーとはデュオやトリオの 様々な室内楽を共演、ラジオ、CDにも録音。ECMからリリースされるCDには、オーボエとピアノのためのフランス音楽作品を収録。
2009年よりバーゼル音楽大学で教鞭を執っており、現在は室内楽の教授を務めている。
クリストフ・リースケ、ルドルフ・ブッフビンダー、ジェルジ・クルタークに師事、著名なハンガリー人教師フェレンツ・ラドシュのもとで長年に渡って研鑽を積んだ。
【曲目】
①ラヴェル『ハバネラ形式の小品』
② 同 『カディッシュ』
③メシアン『ヴォカリーズ・エチュード』
④ 同 『初見視奏曲』
⑤ホリガー『ライフライン~クララ・ハスキルへのオマージュ』(ピアノ・ソロ)
⑥ホリガー『コン・ズランチョ』(オーボエ・ソロ)
*****《20分の休憩》*******
⑦ホリガー『オーボエとピアノのためのソナタ(未発表曲)』
⑧ホリガー『ピアノのためのソナチネ』(ピアノ・ソロ)
⑨ジョリヴェ『オリノコ川の丸木舟を操る人の歌』
⑩サン=サーンス『うぐいす』
⑪ラヴェル(ウォルター編)『ソナチネ(オーボエとピアノ編)』
【演奏の模様】
今日は、文化会館の小ホール、大ホールはお休みの様で、ここ連日のローマ歌劇場公演の喧騒が嘘の様、静まりかえっていました。
一方小ホールは、随分人の入りが良くて盛況、狭いロビーには人垣が出来ていました。何か掲示されている模様。ホリガーの録音ソフトの表紙が一枚づつコピーされて何十枚も張り出されているのでした。その中から選んだCDを購入すると、演奏終了後、サイン会があって、CDにサインして貰えるという訳です。開演近くまで、ロビーのソファーで配布されたプログラムノートを読んでいました。そに中でホリガー自身の手による作品が4曲あるのですが、二曲づつ初期の物と近作とを対比して並べ、それを演奏することによって60余年の時の流れを感じ取って欲しいといった趣旨のことを、それらの演奏直前のトークでも話していました。
時間になり急ぎホールに入って見ると、小ホールとしては大きめの650もの席が超満員でした。それだけ、伝説のオーボエ巨匠の演奏を期待している人が多いのでしょう。実際に同楽器をやっている人が多い模様。
①ラヴェル『ハバネラ形式の小品』
② 同 『カディッシュ』
若いラヴェル30歳はじめの作品で、ゆったりと流れる旋律に、あのカルメンで有名なリズム、「タンッ ン タ 、タッタッタ」が入っています。ラヴェルは母方の関係であるスペインに大いなる興味を有していました。
ホリガーの演奏開始音を聞くと何故かチャルメラの音を連想してしまいました。昨年聴いた、コッホさん(ロンドン響)や日本音楽コンクール優勝者の榎さん(東京音大)の演奏音と比べるとかなり音質が異なります。非常に古典的な響きを感じました。
③メシアン『ヴォカリーズ・エチュード』
ラヴェルの曲と同様、ヴォカリーズ、(これは声楽の特殊歌唱法で、この作品はもともとパリ音楽院の声楽練習曲でした)で、オーボエ曲用の作品の演奏でした。ピアノの合いの手も静かな音で輝いている、Ob.は冴えた調べで①の様なゆっくりしたテンポで演奏をしていました。
④ 同 『初見視奏曲』
これはパリ音楽院の Ob.の試験用に供された作品です。
以上のメシアンの二つの曲は9年間前に同じコンビで来日公演した時にも演奏されており、録画があります。
以下⑤~⑧の4曲は、ホリガー自身の作品です。作曲も手掛けているのですね。
⑤ホリガー『ライフライン~クララ・ハスキルへのオマージュ』(ピアノ・ソロ)
変化のある速いテンポのピアノ曲、その後の高音域でも同様で、上行旋律から速きテンポと強打健に変化しました。十分洗練された現代音楽といった感じを受けました。聴きながら、何か自然の風景を連想していた。具体的にはモネの水仙池の様な庭園。秋の夕方、目を凝らすと小動物たちが這えずり廻っています。池では時々水草を縫って小魚(どうしたことか金魚)が浮遊し、パクッと口を開け息をして又消えます。水草無しの表面では水スマシが行き来している。太鼓橋の欄干には赤とんぼが止まっては離れ、又止まり遂には大空高く消えてしまう。やがて日は沈みつつ空を真赤に染めすぐにスズメ色時から漆黒に光は消えていくのでした。等と妄想しながら、ここはぴったりの幻想だ、次の想像場面は曲に少し合わないかな?等と頭を巡らせていました。
⑥ホリガー『コン・ズランチョ』(オーボエ・ソロ)
高音の速いパッセジが響くと、すぐに下行旋律⇒上行旋律と変化が速く、超絶技巧だと一聴で分かる発音をしていました。高音部での連続的上下変化や、あたかも重音の様に聞こえる箇所、一息で長ーい音を出し続け、何とも不可思議な音さえ立てていました。オーボエを吹いた事のない自分でさえ、これは素晴らしい名人芸だと勘付く位ですから、その技は実際に演奏者の聴衆の人達にとっては「これを聞く者、これを見る者、涎を垂れて相告げん」だったことでしょう。
《ここで20分間の休憩》です。(実際再開したのは30分後位?再開は遅かった)
************《20分の休憩》*************
上記【演奏の模様】の冒頭にも記した様に、⑥、⑦が近年の作品、次の⑦、⑧の曲は、ホリガーが18歳、19歳の作品だそうです。
⑦ホリガー『オーボエとピアノのためのソナタ(未発表曲)』
ピアノの低音の序奏から始まり、この七曲目あたりになるとホリガーのOb.は益々冴えわたり、よく鳴っていましたが、オケ等で聴くOb.の音色(勿論上手な演奏者が多いのですが)とかなり趣きを異とするホリガーの音色でした。太くて幅の有る音、演奏開始の頃の音に聞き慣れてきたせいか、とてもずっしりと響いて来ます。この曲は短いけれど、仲々いい感じの曲でした。
⑧ホリガー『ピアノのためのソナチネ』(ピアノ・ソロ)
18歳の曲とは思われない程の生き生きした溌剌さを感じる曲でした。全体的に繰り返しやピアノは左右の手の斉奏が多かった。少しジャズ風の響きの箇所も有りました。
⑨ジョリヴェ『オリノコ川の丸木舟を操る人の歌』(Pf.&Ob.)
この作曲家は20世紀のフランスの人らしい、全然知りませんでした。プログラムノートによると、❝音楽に魔術的、柔術的表現を取り込み❞と有りますが、そうした感じは受けませんでした。大河の流れの様に堂々としていて、その流れに沿って丸木舟を操舵する様子は想像出来ました。
⑩サン=サーンス『うぐいす』
これは題目からして、鶯の鳴き声だろうと期待して聞き始めました。低音は幅広く高音は冴え冴え如何にも鶯の鳴き声、それもどちらかというと、夜鳴き鶯の声でしょうか?ところが演奏中にちょっとしたハプニング、演奏が少し進んだと気ホリガーは途中で演奏を中断、楽器を少し回したりどうも楽器にちょっとした狂いが生じたのでしょうか?確かに超絶的な演奏箇所も有りましたが、ミスったのではないでしょう。僅かな楽器の音の狂いに気が付き、それを修正してからもう一度最初から弾き名をしました。今度は最後まで見事に吹き終わり何も無かったかの様な堂々とした態度で挨拶しました。会場からは今日一番の大きな拍手が鳴り響きました。その演奏の見事さばかりでなくその堂々した態度にも聴衆は感心したのでしょう。時々オーケストラで、何かのはずみで中断という事は無いとも限りません。その時何事も無かったように(仮に終盤に差し掛かっていたとしても)その楽章の最初から再度再開した指揮者は過去に居るのかなー?一度お目にかかりたいです。
⑪ラヴェル(ウォルター編)『ソナチネ(オーボエとピアノ編)』
今日のプログラムの最終曲です。ピアノのソナチネの編曲版です。ピアノ曲は左右の手が重なる場面があり運指が難しい、特に三楽章はかなり難しい。今回のプログラムでは、最初と最後の曲を、ラヴェルで飾りたかったのかな?と思っていましたが、さにあらず、この曲はOb.の響きもPf.の合いの手も、とても美しい曲で、ソナチネと謂えども三楽章構成の堂々とした曲なのでした。 ホリガーのオーボエ演奏は、楽器自体が非常に良く鳴っていて、速いパッセッジで超絶的なテクニック演奏の時も、流れる様なゆったりしたパッセッジの時も、全体的に重々しさを帯びしかも艶があるえんそうでした。最後を飾るのに相応しいとてもいい曲でした。
全体的感想としては、ホリガーのオーボエ演奏は、楽器自体が非常に良く鳴っていて、速いパッセッジで超絶的なテクニック演奏の時も、流れる様なゆったりしたパッセッジの時も、全体的に重々しさを帯び、しかも艶がある演奏だと思いました。
演奏終了後、アンコール演奏があり、以下の三曲が演奏されました。
《アンコール曲》
Ⅰ.リリ・ブーランジェ『二つの小品から第一番〈ノックターン〉』
Ⅱ.ドビュッシー『小品〈1910年〉』
Ⅲ.ミヨー『ヴォカリーズ・エチュード〈エアーOp.105〉』(1928)