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河村尚子サントリー賞受賞記念コンサート

【演奏会名】第51回サントリー音楽賞受賞記念コンサート 河村尚子(ピアノ)協奏曲


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【日時】2023.3.13.(月)19:00~

【会場】サントリーホール大ホール

【出演】

ピアノ:河村尚子

<Profile>

 ミュンヘン国際コンクール第2位、クララ・ハスキル国際コンクール優勝。ドイツを拠点に、ウィーン響、バイエルン放送響などにソリストして迎えられ、室内楽でもカーネギーホールなどで演奏。日本ではP.ヤルヴィ指揮NHK響など国内主要オーケストラと共演を重ねる傍ら、ヤノフスキ指揮ベルリン放送響、ビエロフラーヴェク指揮チェコ・フィル等の日本ツアーに参加。文化庁芸術選奨文部科学大臣新人賞ほか、2020年には第32回ミュージック・ペンクラブ音楽賞独奏・独唱部門賞、第12回CDショップ大賞2020・クラシック賞、第51回サントリー音楽賞を受賞。主なCDに、19年10月リリースの、「熱情」「ワルトシュタイン」を含むベートーヴェンのピアノ・ソナタ集、「ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番&チェロ・ソナタ」など(RCA Red Seal)。19年秋公開の映画『蜜蜂と遠雷』(恩田陸原作)では主役・栄伝亜夜のピアノ演奏を担当し、その音楽を集めた「河村尚子plays栄伝亜夜」もリリースされている。現在、ドイツのフォルクヴァング芸術大学教授。

指揮:山田和樹

<Profile>

 第51回ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。これまでに、パリ管、ドレスデン国立歌劇場管、チェコ・フィル、フィルハーモニア管、ベルリン放送響、サンタ・チェチーリア管、ワシントン・ナショナル管など、世界の主要オーケストラに客演を重ねている。2012年から18年までスイス・ロマンド管弦楽団の首席客演指揮者を務めた他、16/17シーズンから、モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団芸術監督兼音楽監督に就任。18/19シーズンから首席客演指揮者を務めるバーミンガム市交響楽団とは、22年7月にBBCプロムスにデビュー。23年4月からは首席指揮者兼アーティスティックアドバイザーに就任予定。国内では読売日本交響楽団首席客演指揮者、東京混声合唱団音楽監督兼理事長などを務めている。
出光音楽賞、渡邉暁雄音楽基金音楽賞、齋藤秀雄メモリアル基金賞、文化庁芸術祭大賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞など受賞多数。本質に迫るとともにファンタジーあふれる音楽づくり、演奏家たちと一体になって奏でるサウンドは、音楽の喜びと真髄を客席と共有し熱狂の渦に巻き込む。名実ともに日本を代表するマエストロである。

【管弦楽】 読売日本交響楽団

【曲目】

①エイミー・ビーチ『仮面舞踏会』作品22

(作曲者、曲について)

 エイミー・ビーチ(1867~1944)は近代アメリカの作曲家で、女性音楽家の草分け的存在のひとりでもある。かつては「ビーチ夫人」という呼称が一般的であったが、現在では、エイミーの名が使われている。

幼少のころから母親にピアノを学び、音楽の才能を開花させ、弱冠16歳でピアニストとして華々しくデビューするが、2年後にボストンの外科医であったヘンリー・ビーチの後妻となり、作曲活動に専念する。その後、夫や母が亡くなると、ドイツを拠点にピアニストとしての活動を再開し、アメリカやヨーロッパ各地で演奏を行った。

作風は、後期ロマン派の様式に従い、歌劇(1幕物)はじめ、管弦楽曲や協奏曲、室内楽、歌曲など、さまざまな分野で数多くの作品を残していている。交響曲ホ短調「ゲーリック」は、彼女の唯一の交響曲で若き日の代表作のひとつである。

 

②エイミー・ビーチ『ピアノ協奏曲 嬰ハ短調 作品45』

(曲について)

 作品45は、エイミー・ビーチが1898年9月から1899年9月にかけて作曲したピアノ協奏曲。初演は1900年4月7日のボストンの家において、ヴィルヘルム・ゲーリケの指揮、ボストン交響楽団の演奏で作曲者自身の独奏により行われた。音楽家のテレサ・カレーニョに献呈された本作は、アメリカの女性作曲家による初のピアノ協奏曲となった。献呈を受けたテレサ・カレーニョはビーチに親しみを込めた手紙をしたためるも、興行主が異を唱えたためこの協奏曲を演奏することはなかった。ビーチ自身が本作の普及に務めねばならなくなり、1913年から1917年にかけては自らソロパートを弾いて9つの管弦楽団と共演、その中でもドイツでは目立った成功を収めている。

1900年の初演の頃、批評家のフィリップ・ヘイルはゲール風交響曲からの期待に反して「ほぼ全面的に期待外れ」であったと記している。一方、本作は現代の批評家からは見逃された傑作と評価されている。ボルチモア・サン紙のフィル・グリーンフィールドは「色彩豊かで威勢の良い作品であり、もし十分な人々が耳にする機会を持てたならば非常な人気を博すかもしれない」と評している。サンフランシスコ・クロニクル紙のジョシュア・コズマンも作品を褒め称えている


③ブラームス『ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 作品83』

(曲について)

 初めてのイタリア旅行にインスピレーションを得て1878年に作曲が開始され、ウィーン近郊のプレスバウムに滞在中の1881年に完成された。この間にヴァイオリン協奏曲の作曲に集中していたため、2回目のイタリア旅行から帰国後一気に書き上げた。イタリアで受けた印象を基に書かれているため、ブラームスにしては明るい基調で貫かれている。楽曲構成上はピアノ・ソロが単独で自由に奏するカデンツァ的な部分は無いとも言え、ソリストの超絶技巧の見せびらかしとしての協奏曲という従来の協奏曲観からは意図的に距離をとった作品であるが、それにもかかわらず、この作品が現実に要求する桁外れの難技巧は、多くのピアノ奏者や教師をして「最も難しいピアノ曲の一つ」と呼ばせてもいる(ちなみに記録によればブラームスはこの曲を自らの独奏で初演しており、ブラームス自身のピアノ演奏の技術の高さがうかがえる)。

ピアノ協奏曲第2番の一般初演は、1881年11月9日、ブラームス自身の独奏、アレクサンダー・エルケルの指揮によりブダペストのRedoute(建物の名称が1865年に変わり、現在も音楽ホールとして使われているヴィガドー(

ハンガリー語Pesti Vigadó))で行われた。不評だったピアノ協奏曲第1番と異なり、この作品は即座に、各地で大成功を収めた。ブラームスはその後、ドイツ、オーストリア、オランダでこの作品の演奏会を繰り返し開き、そのうちの幾つかはハンス・フォン・ピューローによって指揮された



【演奏の模様】

①エイミー・ビーチ『仮面舞踏会作品22』

    エイミー・ビーチと言う作曲家は寡聞にして知りませんでした。ネットで検索しても、通常の作曲家よりも非常に少ない情報しか得られません。16歳でピアニストとしてデビュー、18歳で24歳年上の医者の後妻に入り、家庭に入って主として作曲活動をしていた様です。そして43歳の時夫と死別した後、欧州に渡って演奏家として復活する、という並の人間には真似出来ない生き様です。その生涯は19世紀中葉から20世紀中頃に掛けてなので、しかも米国人ですから、かなり近・現代的作風かなと推量していました。正直言ってあまり期待していなかった、今回は河村さんを聴きに来たのだから、短い曲のようだから、いいやと。処が演奏が始まって、オケの響きを聴いてみると、意外と耳触りの良い調べが流れ出して来るので、おや、これはいけるぞと期待が膨らみました。

 山田読響は二管編成弦楽五部12型(12-10-8-6-6)。山田さんがタクトを振って演奏が始まると、弦楽アンサンブルにFl.の調べが絡まり、ウンジャチャ ウンジヤジャチャのリズムに乗って、弦楽が美しい旋律を奏で、一通り一巡すると再度繰返しがありました。Va.の調べが美しい。Fl.Ob.Cl.など管楽器も弦楽に合の手を入れ、打楽器ではTria.のチーンという音が清らかに曲を高めこの一本調子とも言える流れで曲は終了しました。聴き終わってみると口当たりは良いが重量感の無いアペリティフの様なもので、少し軽い食事をしてまだ空腹感は満たされず、もっと本格的な曲は作っていないのかな?次のピアノコンチェルトも軽量級なのかな?等とあれこれ考えてしまいました。

 

②イミー・ビーチ『ピアノ協奏  嬰ハ短調 作品45』

第1楽章Allegro 嬰ハ短調

第2楽章Scherzo イ長調

第3楽章Largo 嬰ヘ短調

第4楽章 Allegro con scioltezza  嬰ハ短調

 この曲は想像を絶する程物凄い曲でした。管弦楽の分厚い音に交差するが如く競うが如く、ピアノが縦横無尽に鍵盤上を闊歩し、疾走し、また飛び跳ねピアニストの河村さんは、この聴いているだけでも難曲と分かるコンチェルトを、超絶技巧の限りを尽くして、これでもか!これでもか!と畳み掛けるような演奏。河村さんはオケの全奏・強奏のさ中でにさえ、ピアノ打鍵の強靱さは浮き出て聞こえ、むしろオケを牽引しているが如き強靱な演奏をしていました。又この曲は良く出来ていて、大した物と思いましたが、曲全体のオーケストレーションの調和がよく考え抜かれており、全体の変化程度、安定度の差は伊賀絶妙な曲だと感じました。それを見事に弾き抜いた河村さん、力で獅子奮迅奮闘した箇所ばかりでなく、非常に綺麗な旋律を奏でる箇所も多々ありました。 例えば、第一楽章後半のカデンツアは華やかで綺麗だったし、またコンマスによるソロ演奏に合わせて河村さんの弾く小刻みな音は、Vn.と一体となって、Hrn.等の管と低音弦の弱い背景に浮き出る美しさがありました。

また三楽章では、最初はPf.は休止中で、Va.アンサンブル、Fg.とVn.アンサンブルとVc.のソロ音が、どこか哀愁を帯びた牧歌的な雰囲気を漂わせる調べを醸し出し、その後入ったPf.も美しい旋律を奏でていました。この楽章、中盤以降でも河村さんは弦楽の弱いアンサンブルに合わせて心を込めて弾いている感じ、さらに続くVc.ソロの響きも素晴らしく綺麗でした。

 こうした美しい演奏も交えていましたが総体的には、河村さんの、男性ピアニストでもさえ顔負けするのではと思われる程の力強さとテクニカルな側面がクローズアップされた演奏でした。流石、受賞記念演奏の栄誉に値する素晴らしい演奏でした。 この曲自体も又素晴らしい。国内オーケストラのプログラムに遡上された事はあるのでしょうか?少なくとも近年、見たことが有りません(多分ほとんど無いのでは?でも今回「日本初演」と謳っていないので、いつかどこかで演奏されたのでしょうね)。

 

 この曲が初演された後、サンフランシスコ・クロニカル紙のジョシュア・コズマンも作品を褒め称え、次のように述べているそうです。

 ❝曲の4つの楽章は何事もなくまとめられているわけではない - 美しくかたどられた旋律(そのうちいくつかは彼女の歌曲から採られたものだ)、まっすぐにリズミカルな輪郭、そして活発でときに丁々発止なソロとオーケストラの掛け合い。ピアノパートはヴィルトゥオーソものが要求するにふさわしい聴き栄えと難度を有するが、同時にそこには痛ましさの要素ものぞかせる - 作品中で最も外面的なパッセージにも影を落とすかに見える抑圧的な感覚である。❞

 グラォンォン誌のアンドリュー・アチェンバックも同様に、本作を「野心的」で「並外れて印象的」であるとしてこう述べています。

❝発展的修辞性をみせるアレグロ・モデラートに出発し、陽気なペルペトゥム・モビレ・スケルツォ、陰鬱なラルゴ(作者は「暗く、悲劇的な嘆き」と表現した)が続く。フィナーレ(休みを置かずに続く)は喜ばしいスウィングを伴っている。事実、本作は全般にわたり取組みがいのある偉業であり、かつ煌びやかでいかにもな独奏の書法で満たされており(ビーチ自身がヴィルトゥオーゾのピアニストであり本作を何度も演奏している)、過去の3つの歌曲からの主題を融合させるという自叙伝のような戦略が加えられている❞

 

                        《20分の休憩》

 

③ブラームス『ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 作品83』

 この曲は巷間で良く演奏される曲です。それだけ人気があるのでしょう。この曲については先々月の中旬に、すみだトリフォニーホールで行われたネルソン・ゲルナー演奏会で弾かれた時聴きました。その時の記録を参考まで文末に抜粋再掲しておきました。

 河村さんの演奏は、女流ピアニストにしては、例えれば剛腕速球投手の様に、力で押しまくるタイプと見ました。将に前半のエイミー・ビーチの曲のピアノ演奏はそうだったし、ブラームスになってもその威勢の良さ、力強さが、最初は見た目では引き続き保たれて弾いている様に見えましたが、何かいつも他の演奏者が共通に表す濃厚なブラームス節には聞こえなかったのです。何故なのか?恐らくエイミーで40分弱も強打有り超高速テンポありの曲を、驚く程のスタミナで弾きパッナシだったので、やはり疲れたのでしょうか?それともプログラムノートに書いている恩田陸氏の言う「彼嬢自体のパレットでの色付け」の音楽だからでしょうか?それともこのブラームスの2番はエイミーに輪をかけて長く一時間弱もの長帳場で、これまた疲労困憊してしまったためか?

 でも、ブラームスらしい美しいパッセッジでは十二分に心に響く演奏をしていました。例えば第三楽章のAndante。首席Vc.奏者の調ベに続くPf.演奏は素晴らしい。オケは抑制的に弾き、河村さんは強弱交えて丹念に旋律を紡いで行きました。音も非常にクリアに聞こええます。同楽章終盤での弦楽アンサンブルに合わせたPf.のゆっくりした気持ちを込めた河村さんの演奏、それに続くVcソロに合の手を入れるPf.のトレモロ等、こんな場面はオペラで言ったら、「天国の花園」が相応しい場面かも知れません、それ程素晴らしい局面でした。勿論Vc.ソロ奏者の大健闘もあってのことですが。山田さんは、演奏が終わると素晴らしい演奏をした河村さんと抱き合って健闘を讃え、さらにこれまた素晴らしいソロ演奏を見せて呉れたVcソロ奏者(遠藤真理さん?)を指揮台に呼び寄せて挨拶、二人には大きな拍手が沸き起こりました。

引き続き指揮者とピアニストに対するカーテンコールが何回も生じて、河村さんは歓呼の拍手に答えてピアノに座りアンコールを演奏し出しました。

 

《ソロ・アンコール曲》

ロベルト・シューマン(クララ・シューマン編曲):歌曲集『ミルテの花』作品25より第1曲「献呈」

 

 この曲の元はシューマンが、クララと結婚した時に献呈した歌曲集です。それを、後にクララがピアノ版にしたのです。この曲は昔から歌曲の方を沢山聴いて来たので、ピアノ版を聴く時でも常に歌を思い出して、頭に浮かべながら聴きます。今回の河村さんの演奏を聴いていると、歌がスムーズに浮かんで来ない。原因を考えると、ピアノのリズムと流れが、歌とかなり違っているからではないかと思うのです。ピアノの楽譜には忠実なのかも知れませんが(今日はすべての曲目を暗譜で弾いていました)。心で歌いながら弾かないと、その愛の情景はうまく表現できないのでは?

 尚、このシューマンの曲にはリストも編曲をしていて、このヴィルトゥオーソ版もピアノを華々しく歌わせるいい曲です。参考まで、「ミルテの花」を原詩と共に以下に掲載しておきます。

"Widmung"

Du meine Seele, du mein Herz,Du meine Seele, du mein Herz,mein Himmel,  du, darein ich schwebe,o du mein Grab, in das hinab Ich ewig meinen Kummer gab!

(Friedrich Rückert/1788-1866)

 

//////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////( 抜粋再掲

新日フィル『第12回すみだクラシック演奏会』 

 

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 表記の演奏会は、すみだトリフォニーホールでの定期演奏会で、今回は、All Brahms プログラムです。交響曲第3番の他に、ピアニストの、ネルソン・ゲルナーを招聘し、ブラームスの『ピアノ協奏曲第2番』を弾きました。

 ゲルナーは、昨年、来日公演を行う筈だったものが、コロナ禍で公演中止になってしまい、チケット売り切れ後に、やっと手に入れた努力も無駄になってしまい、残念な思いをした記憶があります。今回は、万難を排して来日公演が実現したものと思われ、コロナ感染の今後の拡大状況によっては、あるいは、再び中止の憂き目に合わないとも限らないと思っていたので、喜ばしいことでした。

【日時】2023.1.14.14:00~

【会場】すみだトリフォニーホール

【管弦楽】新日本フィルハーモニー交響楽団

【指揮】高関健

【独奏】ネルソン・ゲルバー(Pf.)

Nelson Goerner - ネルソン・ゲルナー - KAJIMOTO

<Profile>

1969年アルゼンチン、サン・ペドロ生まれ。アルゼンチンでホルヘ・ガルッバ、ファン・カルロス・アラビアン、カルメン・スカルチオーネに師事。1986年にフランツ・リスト・コンクール(ブエノス・アイレス)で第1位となり、
さ)で第1位となり、これにより奨学金を得てジュネーブ音楽院でマリア・ティーポのもとで研鑚を積む。1990年には、ジュネーブ国際音楽コンクールで第1位となる。

欧州各地でリサイタルを行ない、ラ・ロック・ダンテロンやラ・グランジュ・デュ・ムスリー(リヒテルの代役として急遽出演)、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン、ヴェルビエなどの音楽祭に出演。クラウス・ペーター・フロール指揮/フィルハーモニア管、アンドリュー・デイヴィス指揮/ベルリン・ドイツ響、エマニュエル・クリヴィヌ指揮のロンドン・フィル、ヤン・パスカル・トルトゥリエ指揮/アルスター管、ジェームズ・ジャッド指揮/BBCウェールズ・ナショナル管、ファビオ・ルイジ指揮/N響等と共演している。ヴァシリー・シナイスキー指揮/BBCフィルとのBBCプロムナード・コンサート・シーズンには2回出演。北米ではロスアンジェルス・フィル、モントリオール響と共演している。

【曲目】

①ブラームス『ピアノ協奏曲第2番変ロ長調Op.83』

②ブラームス『交響曲第3番ヘ長調Op.90』

【演奏の模様】

①ブラームス『ピアノ協奏曲第二番』

Billede

ゲルナーはあのアルゲリッチ、バレンボイムと同じアルゼンチンの生まれ、ブルーノ・ゲルバーもそうでした。ゲルバーも昨年とその前と来日公演が中止となり、まだ(生では)聴いていません。

 ゲルナーの生演奏も今日初めて聴きました。

楽器構成は二管編成(Trmb.3,Fg.3)弦楽五部14型(14-14-10-9-6)

1Vnと2Vnが左右対向配置、Vnの奥に左Vc 右Va、Cbは左翼Hrnの前です。

 

四楽章構成。

第1楽章 Allegro ma non troppo   

第2楽章 Allegro appassionato 

第3楽章 Andante   

第4楽章 Allegretto grazioso - un poco piu presto

 高関さんと共に登場したゲルナーは思っていたよりかなり小柄なピアニスト、髪は無いですが、かなりの若さを漂わせる風貌です。

冒頭、Hrn.が鳴り出すとすぐにPfが、いかにもブラームスらしい個性的な旋律(この様な調べを個人的にはブラームス節と呼んでいます)を短く弾き始め、何れもppで弱い音です。Flが続くと今度はゲルナーはかなりの強さで、ジャジャジャラジャン、ジャジャジャラジャンと強奏旋律を立て続けに数回鳴らすやいなや高音から、これも特徴あるブラームス節の下行音をデクレッシンドで弾き下ろしブラ節の連続をほぼソロに聞こえるくらい(オケは静かな音で)の力強さで弾きました。でも気負った風は無く思ったより易々と淡々と弾いていた。

しかしゲルナーの弾く音質に力は感じるのですが、それ程の重い響きは無かった。ゲルナーは演奏中も休止中もちょくちょく指揮者を見るのですが、高関さんはオケを引っ張るのに夢中といった様子。中間で、Hrn.が入るとPf.はジャラジャラジャン、ジャラジャラジャンと強奏に転じかなりの力演、でも右手の旋律はそれ程の美しさは感じず、最終部でもHrn.ソロ後のPf.はテーマをジャンジャンジャララジャン ジャンジャンジャララジャンと強く弾きますが、矢張り同じような印象でした。最後はオケと共に猛スピードでゴールイン、ゲルナーの音がかき消されることはありませんでした。Hrn.が先導の切っ掛け役の楽章でした。

第2楽章は、三楽章構成に追加されたスケルツォで、四楽章構成にしたのは、同時期に作曲したヴァイオリン協奏曲の四楽章構成に影響されたとの説があります。   リズミカルな速いテンポでゲルナーはかなりの強奏でスタート。民族調的な異風な旋律、ブラームスは各地の舞曲なども多く知っていた様ですから何処かの舞曲でしょうか?すぐにブラームス化された変奏が静かに弾かれ、再度冒頭のテーマの繰返し、1Vn.に依るppでの変奏そしてPf.の強奏。繰返し部をゲルナーは一回目よりさらに力を入れて弾いていました。ここまでPf.とオケは交互に対話的な進行が多かったが最終部では、オケの強奏に合わせてPf.が斉奏し、Hrn.そして他の木管(Fg.の音かな?)の先導でゲルナーはテーマを速いテンポで静かに奏で、難無く弾き切った顔をしていた。結構やるなといった感じを持ちました。

第3楽章は低音弦の響きで開始。Vc.がしっとりとした旋律を奏で、他弦も合わせて合の手を取っています。ピアノは暫く休止。Vc.がOb. Fl.と掛け合って演奏、音は良かったがややこじんまりとしていました。

次いでPf.がゆっくりと美しい旋律を奏で始め、このカデンツア的な箇所はゲルナーとしてはとても良い出来だったと思います。ピアノを十分歌わせていた。背景音のオケが入ると、ゲルナーは丹念に鍵盤を追っていて、また背景音のオケは重々しさがありました。最後はCl.とPf.とのテンポの遅い二重奏からVc.のソロ音との弱いニ重奏、Pf.はトリル、トレモロをかすかに響かすのみで、Vc.のカデンツァの如し。消入る様な音の絡み合いが印象的でした。

最終楽章はPf.の軽快な高音のリズミカルな主題で開始。そのターンタタンターンタターン、ターンタタタタツタツタという旋律に何となくシューベルト的感じを受けた。後半はPf.強奏、オケもまた強奏・全奏又テーマの変奏に転じるもその主題性は大筋変わらず、最後のHrn,に合わせたPf.の淡々奏からの終了に至るまでの箇所の直前に弦楽中心で奏でられるオケの流れる様な調べが映画音楽の様な優雅なものでした。 演奏終了と共に大きな拍手、ブラボーの声も飛んだ様な気がします。