HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

二大テナー/パバロッティに捧ぐ/歌の饗宴(詳報-続き【第2部】)

【公演名】パバロッティに捧げる奇跡のコンサート

【日時】2023.1.26.(木)18:30~

【会場】東京ガーデンシアター

【出演】(二大テナー)プラシド・ドミンゴ&ホセ・カレーラス

【応援参加】ニーナ・ミナシャン(ソプラノ)

【管弦楽】Tokyo21cPhilharmonic

【指揮】マルコ・ボエーミ

【出演者Profile】

◎プラシド・ドミンゴ (Plácido Domingo)
1941年スペイン生まれのテノール・バリトン歌手。指揮者、歌劇場芸術監督としても活動 をしている。
年上のルチアーノ・パヴァロッティ、年下であり同じくスペインの出身のホセ・ カレーラスと共に三大テノールとしても広く知られる。
バルセロナオリンピックでは大観 衆の前で美声を披露、「史上最高のオリンピック賛歌」と高い評価を受けた。

◎ホセ・カレーラス( José Carreras)
1946年スペイン、バルセロナ生まれのテノール歌手。
独特の情熱的で懸命な歌唱が カレーラスの最大の武器でパヴァロッティ、ドミンゴに続く世界的スターの座へとかけ 上がるに至った。
もともとの声質は軽やかなリリコであったが、やがて重く劇的な声質 を必要とするスピント系の役にも進出し高い評価を得る。


【スペシャルゲストProfile】
◎ニーナ・ミナシャン (Nina Minasyan)
ドミンゴも認める実力派!
彼女はボリショイ劇場で『ボリス・ゴドゥノフ』のクセニア役で舞台デビューし、『スペードの女王』、『三つのオレンジへの恋』、『イゴール王子』、『冒険者たち』、『コジ・ファン・トゥッテ』で初舞台。彼女はモスクワのチャイコフスキー コンサート ホールとニューヨークのカーネギー ホールでコンサートを開催。 2015年、彼女はベルリンでドイツ・オペラにデビューし、ボリショイ劇場でエヴェリーノ・ピドーの指揮の下、リゴレットのギルダを演じる。彼女は後に、ミュンヘンのバイエルン州立歌劇場とパリ国立歌劇場でルチア・ディ・ランメルモールのタイトルロールを歌いました。彼女はモスクワのボリショイ劇場でドン・パスクアーレのノリーナを演じ、その後モネ劇場とマドリードのテアトロ・レアル・デ・マドリッドでゴールデン・コックレルのデビュー公演を行った。 ウィーン国立歌劇場では夜の女王を演じ、ギルダ役でケルン・オペラにデビューした。彼女はまた、パリの仮面舞踏会でオスカーを歌い、オランダ音楽祭でホフマン物語でオリンピアを歌いあげる。


【指揮者Profile】
◎マルコ・ボエーミ (Marco Boemi)
ローマのサピエンツァ大学で法律を勉強する傍ら、ピアノと指揮法を学び、 大学卒業後はピアニスト、指揮者として活動を始める。 ピアノ伴奏者として大きな評価を得てミラノ・スカラ座、ローマ歌劇場、 ウィーンのムジークフェライン、バイエルン歌劇場、コヴェントガーデン、 東京のサントリーホールなどでパヴァロッティ、ブルゾン、リッチャレッリ、 デッシー、サッバティーニなどの偉大な歌手と共演する。指揮活動も 盛んで、オペラ公演ばかりでなく、交響曲、宗教曲など多くのレパートリーで 活躍している。

【管弦楽団Profile】

東京21世紀管弦楽団は「音楽を通して、多くの人たちと手を携え、今までの固定観念にとらわれない新しい時代の『楽しいオーケストラ』を目指して、演奏活動を進めていくオーケストラ」として2020年4月、浮ヶ谷孝夫(ブランデンブルク国立管弦楽団フランクフルト首席客演指揮者)を音楽監督に迎えて発足した。同年11月に第2回目となる定期演奏会を東京芸術劇場で行った。

 

 

【曲目】    この色の箇所の曲については(詳報【第1部】で記録済)      

〈第一部〉

①ヴェルディ『シチリアの晩鐘』序曲

②ラファエル・マルティネス・ バルス『サルスエラ〈愛と戦争の歌〉』から〈カステレおじいちゃんの歌〉カレーラス

③ウンベルト・ジョルダーノ「アンドレア・シェニエ」から「ジェラールのアリア「祖国の敵」>ドミンゴ

④ヴェルディ『椿姫』から〈ヴィオレッタのアリア「不思議だわ」~「そはかの人」~「花から花へ」〉ミナシャン

⑤ヴェルディ『椿姫』から〈ジェルモンとヴィオレッタの二重唱「天使の様に清らかな娘を」〉ドミンゴ&ミナシャン

⑥ドニゼッティ『愛の妙薬』からネモリーノのアリア「人知れぬ涙」⇒(曲目変更)ナポリ民謡(彼女に告げてよ)カレーラス

⑦ベルデイ『マクベス』から〈マクベスのアリア「裏切り者め!~憐み、」誉れ、愛」ドミンゴ

⑧グノー『ロメオとジュリエット』から〈ジュリエットのワルツ「ああ!私は夢に生きたい」〉ミナシャン

⑨スタニスラオ・ガスタルドン『禁じられた歌』カレーラス

 

《20分の休憩》

 

〈第二部〉

⑩サティ『あなたが欲しい』カレーラス&ミナシャン

⑪ソロサーバル/サルスエラ『港の酒場女』から〈そんなことはありえない〉ドミンゴ

⑫オッフェンバック/オペレッタ『ロビンソン・クルーソー』から〈グランドワルツ「大好きなあの人のもとへ連れて行って下さい」〉ミナシャン

⑬ララ『グラナダ』ドミンゴ

⑭タリアフェッリ&ヴァレンテ『情熱』カレーラス

⑮レハール/オペレッタ『メリー・ウィドゥ』から〈ハンナとダニロの二重唱「唇は語らずとも」〉
ドミンゴ&ミナシャン

⑯ミッチー・リー/ミュージカル『ラ・マンチャの男』~「見果てぬ夢」カレーラス

⑰ バーンスタイン/ミュージカル『ウエストサイド物語』序曲

⑱メドレー「ムーンリバー」「カミニート」「シエラト・リンド」カレーラス&ドミンゴ

アンコール曲二曲。

 

 駅から会場の「東京ガーデンシアター」に向かって5分も歩くと、かなり新しいビル群が目に入って来て、一階が洒落た店のプロムナードになっています。何年振りかで有明地区に行ったので、その変貌ぶりには驚きました。

 会場に着くと開場になっていて多くの聴衆が入り口を順に次々と入って行きました。

 ホール内は思っていたより劇場風な作りで、横に長いステージの前は平土間(どうもビル内の2階に相当する模様)に座席が並んでいます。

 その周囲は欧米の大劇場(たとえばミラノ・スカラ座)を思い起こす様な円形状のバルコニー席に取り囲まれていました。

 まだ40分も前なので観客は一杯にはなっていませんが、開演直前には見渡せる限りでは8割方埋って来ました(上のバルコニー席は薄暗く下方からは良く見えなかった)。

【演奏の模様】

①~⑤までの演奏の模様については、既報の(詳報【第1部】)に記しました。

今回は続きの曲⑥の演奏の模様からです。

⑥は上記の【曲目】記載の当初の⑥ドニゼッティ『愛の妙薬』のネモリーノのアリア「人知れぬ涙」からナポリ民謡(彼女に告げてよ)に曲目変更になりました。歌い手はカレーラスのままです。カレーラス 何れの曲も長い歌人生の中で色んなンサートで歌って来ている様です。何故変更になったかは分かりませんが、「知れぬ涙」は愛の妙薬中でも名曲中の名曲で、オペラですからかなり本格的な歌唱が求められます。対する「彼女に告げよ」はカンツォーネですからやや気軽に歌えます。その違い位しか思い当たりません。先ずオケの前奏でスタート、オーボエの音も響く。カレーラスは声量のある声で、さすが歌巧者、高音部でやや声が出にくい部分をテクニックでカヴァーしていた様です。今曲もいい曲でどこかで聞いたことがあると思う人も多いはずです。次は、

⑦マクベスのアリア「裏切り者め!~憐み、これを歌ったのはドミンゴです。ドミンゴはオーケストラの曲が鳴り始め、演奏が進行する中登場、少しでもオペラの雰囲気を高めようとする演技の一環なのでしょう。この曲をドミンゴは圧倒的うまさで歌いました。伸びやかな声で歌い回わしのうまさはさすがと思う素晴らしさでした。オーケストラの響きも美しく必死にドミンゴに合わせていました。

⑧ジュリエットのワルツ「ああ!私は夢に生きたい」はミナシャンが登場、全体的にはいいソプラノの歌い振りでしたが、コロラテュールがやや不鮮明、旋律を歌う何か所かで、不安定な音がありました。

⑨前半最後の曲は、カレーラスが歌うと当初の資料には書いてありましたが、舞台に登場したのはカレーラスとドミンゴの二人でした。前奏のオケ演奏は先ずコンミスの綺麗なソロ音からクラリネットの音がしてドミンゴが歌い始めました。素晴らしいとしか言いようがない詠唱、続いてカレーラスも負けじと入ります。カレーラスも力強く良かった。二人のやり取りの協力的歌で、大きな拍手、前半を見事に〆ました。

 

《20分程の休憩》

 

後半のプログラムを見ると、オペラのアリアではなく、良く知られたむしろポピュラーソングとも言えそうな曲達です。

先ず⑩サティ『あなたが欲しい』この良く知られたサティのシャンソン風の歌をカレーラスとミナシャンのデュオで歌いました。カレーラスはこうした歌の経験も多いのでしょう、旋律の変化に味がある歌い振り、それに対しソプラノは単に楽譜に従って歌っているだけといったフランスの歌の精神を理解していない感じ。歌心が伝わってきませんでした。高い音はカレーラスがやや苦し気に見えました。

⑪は前半にもあったスペインのサルスエラからの選曲です。

サルスエラ(hukkats注)

 サルスエラ(zarzuela)は、オペラの一種。スペインの叙情的オペラ音楽。時期によりバロック・サルスエラ(1630年1750年)と、ロマンティック・サルスエラ(1850年1950年)に分かれる。当初から、オペラに多く使われるイタリア語ではなくスペイン語で台本が書かれていたこと、台詞が多く音楽に比べて重視されることに特色がある。サルスエラは17世紀に宮廷で発祥し,当初は神話や英雄伝説に題材をとった荘重なものであったが,18世紀後半になると民衆的・風俗的な内容のものが現れた。その後,寸劇風で民衆性・民族性の濃い歌芝居トナディーリャtonadillaの流行,イタリア・オペラの勢力などから一時忘れられたサルスエラは,19世紀の中葉に,バルビエリFrancisco Asenjo Barbieri(1823‐92)ほかいく人かの才能ある作曲家たちの手で復興した。世紀末ごろまでにはチャピRuberto Chapí(1851‐1909)をはじめ数々のサルスエラ専門作曲家が輩出,このジャンルはとくにマドリード市民のあいだで絶大な人気を博した。

 

 ドミンゴはもとをただせばスペインのマドリッド生まれなのですね。両親は、サルスエラ歌手だったそうです。❝蛙の子は蛙❞かな?いや間違いました、❝トンビが鷹を生む❞いやこれも相応しくない、❝青は藍より出でてより青し ❞即ち「出藍の誉れ」です。

この「そんなことはありえない」はドミンゴが頻繁に歌う定番の得意曲です。色気ある歌声、ややくせのある旋律を上手に品良くこなして高音を響かせていました。

⑫の<大好きなあの人の元へ連れて行っておくれ>はミナシャンが又登場して歌いました。彼女は最後まで数えると重唱も含め6回歌いましたこれは全18曲のうちの1/3です。回数からだけ見ると応援出演と言うより堂々と二大テノールに伍している様に思えました。この曲は彼女に向いている曲だと思いました。高音の伸びも良く速いパッセッジもOKでした。最後のコロラテュールも上等でした

⑬「グラナダ」も三大テノールの定番曲です。今回はドミンゴが歌いました。伸びやかで衰えがなく最盛期を思わす申し分無い歌い振り。オケがやや遅れ気味なのか、ドミンゴはオケの方を向いて拍子を取っていました。

続く⑭はカレーラスが歌うタリアフェッリ&ヴァレンテ『情熱』、初めて聴きました。直前のドミンゴの素晴らしい歌唱に触発されたのかカレーラスは最盛期よりはやや老いを感じますが、迫力ある力強い歌唱、高音も善戦して出していました。カレーラス渾身の歌唱、味のある名人の歌い方といった感じがしました。

⑮ドミンゴとミナシャンの二重唱です、<唇は語らずとも>。オケのアンサンブル合わせて、舞台右手~ドミンゴ、左手からミナシャンがっくりと登場、ドミンゴは、この有名な歌はこの様に歌うのだといった手本の様に素晴らしい歌唱でした。ソプラノも仲々良かった。

⑯ラマンチャの男から「みはれぬ夢」、カレーラスです。登場するとすぐ咳が出て、少し長引いて指揮者と何か言葉を交わしている。ちょっと心配になりましたが、咳も収まり歌い出しました。ある竹の力を振り絞って歌っている感じ、力も出ており暗帝政もあります。大病を克服して復活した後でこれだけ歌えるとは将に奇跡と言えるでしょう。プロ中のプロ、流石三大テノールの一角を担っただけのことはあります。自分の心で、素晴らしい素晴らしいを連発して聞いていました。

最後に近づき、もう一回オーケストラ演奏がありました。今回はオケ演奏は少ないですね。単独歌手だとオーケストラ演奏と交代交代で進めるケースもあるのですが、今回は歌手が三人、よりどりみどりの歌を聴かせてくれたので、オケの出番は少なかったのでしょう。

⑰は『ウエストサイド物語』序曲、リズムも楽器使用もジャズッポイクラシック、あの若者たちがステップを踏む様子が目に浮かぶ様な気がする程、堂に入った指揮と演奏でした。歌が少し聞えた様な?

最後はカレーラスとドミンゴのニ大テナーの饗宴その物です。歌が次々とメドレーされ、今日の奇跡的な三大テナーの二人に天国のパバロッティもにっこり笑って大きな腹を振動させていたことでしょう。お疲れ様、有難う、皆さん。

尚、鳴りやまぬ大きな拍手に答えて、二大テナーによるアンコール演奏がありました。

<アンコール曲1> 『川の流れの様に』

美空ひばりのヒットソングを、二人は日本語で歌いました。日本語も仲々さまになっていました、途中ドミンゴは右腕を上方に上げて盛んに手の平を揺すって聴衆に(多分)一緒にという合図をしましたが、観客は反応は鈍かった。その合図の意味が分からなかったことと、日本人であっても余程ひばりファンかカラオケででも歌って、この曲の歌詞を知っている人でないと、歌えないからでしょう。旋律は多くの人が知っていても。

<アンコール曲2> 『 Non ti scordar di me』

 この曲はイタリアの作曲家クルティス(1875-1937)の曲で『忘れな草』とも謂われます。少ししんみりした、もの悲しいメロディです。二大テナーの事は世界中の人が忘れないでしょうが、今日のこの場でのコンサートを聴いた事を忘れないで!という二大テナーの気持ちの表れかもしれません。ついでに調べるとこの曲は1935年イタリア映画「忘れな草」の主題歌だそうです。その時の主演は20世紀の代表的名テノール、ベニャミーノ・ジーリとういう歌手だった模様。三大テナーもこの曲をよく歌ったのでした。

<参考>

Partirono le rondini
dal mio paese freddo e senza sole
cercando primavere di viole,
nidi d'amore e di felicita.

ツバメ達が去っていく
寒く日のささないこの地から
愛と幸せの巣と春の花々を探して

La mia piccola rondine parti
senza lasciarmi un bacio,
senza un addio parti.

私の可愛いツバメは去っていった
別れのキスもなく
さよならの挨拶もなしに

Non ti scordar di me:
la vita mia legata e' a te.
Io t'amo sempre piu,
nel sogno mio rimani tu.

私を忘れないで
君こそが我が人生
いつまでも愛し続けるよ
夢の中に君はいるから

Non ti scordar di me:
la vita mia legata e' a te.
C'e sempre un nido
nel mio cor per te,
Non ti scordar di me...

私を忘れないで
君こそが我が人生
愛の巣は心の中に
私を忘れないで