HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

音楽大学『オーケストラ・フェスティバル』二日目

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【日時】2022.12.3(土)15:00~

【会場】池袋・東京藝術劇場

【出演】

①武蔵野音楽大学管弦楽団

②桐朋学園大学管弦楽団

【指揮】

①円光寺雅彦

②高関健

【曲目】

①シベリウス『交響曲第2番ニ長調<Op.43』

(曲について)

シベリウスは、1901年2月から3月にかけて、アクセル・カルペラン男爵の尽力でシベリウスは家族を連れてイタリアへ長期滞在の旅に出た。ジェノヴァ郊外のリゾート、ラパッロに住まいと作業小屋を借りシベリウスはこの作品の作曲を進めた。厳寒のフィンランドに比べ温暖なこの国を彼は「魔法がかかった国」と評し、スケッチの筆は急速に進んだ。また、この国の様々な伝説や芸術作品も彼の創造力を刺激した。第2楽章の楽想はフィレンツェでの印象やドン・ジョヴァンニ伝説にインスピレーションを得たと言われる。また、ローマ滞在中にパレストリーナの音楽に多く触れ、その対位法技法から多くを学んだ。しかし、シベリウスはこの作品をイタリア滞在中に完成させることはできず、フィンランドに戻ってからも筆を入れており、1901年11月にカルペラン男爵宛に完成が近いと知らせている。この時点で一旦完成とした後、年末に再び大幅な改訂を行った。 初演は、1902年3月8日ヘルシンキで作曲者自ら指揮を執り行われた。

②マーラー『交響曲第1番ニ長調<巨人>』

(曲について)

グスタフ・マーラーが作曲した最初の交響曲

マーラーの交響曲のなかでは、演奏時間が比較的短いこと、声楽を伴わないこと、曲想が若々しく親しみやすいことなどから、演奏機会や録音がもっとも多い。

1884年から1888年にかけて作曲され、マーラー自身は当初からその書簡などに記しているように交響曲として構想、作曲していたが[1]、初演時には「交響詩」として発表され、交響曲として演奏されるようになったのは1896年の改訂による。「巨人」という副題が知られるが、これは1893年「交響詩」の上演に際して付けられたものの、後にマーラー自身により削除されている。この標題は、マーラーの愛読書であったジャン・パウルの小説『巨人』(Titan)に由来する。この曲の作曲中に歌曲集『さすらう若者の歌』(1885年完成)が生み出されており、同歌曲集の第2曲と第4曲の旋律が交響曲の主題に直接用いられているなど、両者は精神的にも音楽的にも密接な関係がある。演奏時間約55分(繰り返しを含む)。

 

【演奏の模様】

 この「音楽大学フェスティバル」は11月と12月の二回に分かれて行われます。11月23日の昭和音大と洗足学園音大の時は、ブラームスの1番と2番をやった様なのですが、残念ながらオペラ上演が重なっていて聴きに行けませんでした。12月4日と12月10日もルイージ指揮の演奏会などに行くので聴けません。今回は、武蔵野と桐朋の二大学のみ聴くことが出来ました。

 会場に入ってステージを見ると、比較的広いステージ一杯に椅子が並びコントラバスは、7挺置いてあります。かなりの編成になるでしょう。時間になって席に着いた奏者は一部よく見えないですが、楽器構成は、三管編成、弦楽五部12型(12-12-10-8-7)の模様。演奏が始まる前に、二校の一つが、他の校にエールを送るためファンファーレを吹きました。在学生の作品ということで、女子学生の作曲者が会場から登壇して挨拶していました。音も曲も仲々よかった。
 

①シベリウス2番

第1楽章 Allegretto

第2楽章 Tempo andante, ma rubato - Andante sostenuto

第3楽章 Vivacissimo - Trio. Lento e suave - attacca

第4楽章 Finale. Allegro moderato -

Moderato assai - Molto largamente

 

 初めの楽章は弦アンサンブルがざわめきの様な背景音を立てて、木管楽器の調べにホルンが応じました。Hr.はかなり地味な響きです。5台で鳴らしている。幻想的な調べを弦アンサンブルが奏で、その後pizzicatoに転じたりして盛り上がり、木管が次のテーマを響かせる。第2主題の提示は短く、直ぐに冒頭のようなざわめきが弦に戻ってきて収束。その後第2主題が展開され第1主題の動機を基盤に発展しました。その盛り上がりの過程で第2主題がピークとなります。すると幻想風のエレジーの旋律が金管でファンファーレ風に演奏される。ホルンに先導されて第1主題の再現です。形式通りの再現が有りましたが、幻想風な旋律は再現されなかった。第2主題の拡大はかなり大きめ、コーダでは提示部と同じように序奏の動機を奏でながら次第にテンポも遅くなって、穏やかな和音で曲を閉じました。演奏時間は10分程度?

 この第一楽章だけを聴いただけでも、そのアンサンブルの和声的な響きや管と弦のタイミング良いやり取りの呼吸など感心する点が多々あり、次楽章も期待出来そうだと思いました。

 第二楽章の冒頭、ティンパニの連打に促されてコントラバスからチェロにかけてpizzicatoで旋律を奏で、ファゴットが奏でる主題は幻想的な響きあり。チェロが伴奏的なpizzicatoの音を立てている。以下金管の響きも厳しいものがあり、またこの楽章、旋律的pizzicatoを度々登場させたシベリウスの意気込みを感じさせる勢いがあり、そしてそれを20分程度あったかと思う演奏時間があっという間に過ぎてしまう程引き付けるものがこの管弦には有りました。

以下、のどかでしみじみとした牧歌的雰囲気にオーボエが印象的な演奏をした三楽章、その終盤でのオーボエによる再現される処はとても美しいものが有りました。そしてアッタカ的に入った四楽章では、弦楽器の力強い誘導にトランペットがいさましくに応じるテーマの演奏で開始、これがアンサンブルが上行する一部不協的響きも交えながら盛り上がった後、木管による経過的響きが次第に静かになり、低弦がうごめくような音型で伴奏する中、木管楽器が第2主題を互いに呼び交わして行き再度盛り上がりを見せ全管弦の強奏へと、そしてこれが発展して、金管が絶頂感を演出、終結部ではオーボエ、トランペットやトロンボーンが華やかに主題を謳歌、全曲の幕を閉じました。時間は15分位でした。

演奏が終わって思ったことは、これが本当に学生の演奏なのか?とびっくり仰天、以前の年もその前も(いやあれはコロナの前だったかも知れません)これまで、様々な大学のオーケストラ演奏を聴きましたが、今日のシベリウス演奏程オーケストレーションも良く表現で来ていて、何分各パートの基本力が高く、しかもそれぞれがバラバラになることがなく、整合・統一の方向にベクトルが向いている演奏は聞いたことが有りませんでした。学生と言っても既に各方面で実際に演奏活動して活躍している人もいるのでしょうが、オーケストラ構成員全員の持てる力をこれ程までに弾き出し統合させた指揮者の円光寺さんの指導・指揮力は大したものだと思いました。まー、シベリウスの2番を選曲した点も大当たりだったのでしょう。

 

②マーラー1番

この曲については一昨年、丁度コロナウィルスの感染が手に負えなくなり始めた頃、別の大学のオーケストラ演奏を聞いたことが有りますので、その時の記録を文末に再掲しておきます。

 

通常楽器構成

構成表
木管 金管
Fl. 4 (2、3、4はピッコロ持ち替えあり) Hr. 7 Timp. 2 Vn.1  
Ob. 4 (3はイングリッシュホルン持ち替えあり) Trp. 4(5は任意 ホルンの補強) バスドラム1、シンバルトライアングルタムタム1 Vn.2  
Cl. 4(B♭、A、C管) (3はバスクラリネット小クラリネット、4は小クラリネット持ち替えあり。) Trb. 3(4は任意 ホルンの補強) Va.  
Fg. 3 (3はコントラファゴット持ち替えあり) Tub. 1(バスチューバ) Vc.  
    Cb.  
その他 ハープ

    30分の休憩後の舞台上の楽器構成はVn.左右対向配置、①よりさらに弦も管もそして打楽器も増強されていました。四管編成弦楽五部14型(14-14-14-9-9)

・第一楽章 Langsam. Schleppend. Im  Anfang sehr gemachlich(ゆるやかに、重々しく) ニ長調 4/4拍子 序奏付きの自由なソナタ形式(提示部反復指定あり)

・第二楽章 Kra(ウムラウト)fig bewegt,doch nicht zu schnell  (力強い動きで、しかし速くなり過ぎず)イ長調 3/4拍子 複合三部形式

・第三楽章 Feierlich und gemmessen,ohne zu schleppen (緩慢でなく、荘重に威厳をもって) ニ短調 4/4拍子 複合三部形式

・第四楽章 Stu(ウムラウト)rmisch 嵐のように運動して ヘ短調 - ニ長調 2/2拍子 自由なソナタ形式

演奏前のファンファーレは今度は、桐朋オケの健闘を鼓舞する武蔵野の金管組です。やはりこれも在学男子学生の作品でした。力強くは有りましたが、垢抜けた感はやや不足かな?結構長い曲(①の時の倍近く)

 

 実際指揮台に上った関高さんのタクトが開始、弱いTimp.のざわめきからスタートしました。Timp.僅かに不安定。 弦のフラジオレットによる持続音のうえに、オーボエとファゴットが下降する動機を示すのですが、弦・管のバランスがいま一つ?Ob.が鳥の声らしからぬ。これは全曲を通して出て来る動機です。カッコウの鳴き声を模したとする向きもあります。そう言われればそんな感じの音です。遠くからファンファーレや、ホルンの響きが挿入され、低弦に半音階的に順次上行する動機が現れました。チェロが第1主題を出すも迫力不足の感は否めない。

第1主題は『さすらう若者の歌』の第2曲「朝の野原を歩けば」に基づくと謂われています。第2主題は第1主題の対位旋律のように扱われるため、あまり明確でない。やがて、ホルンの斉奏によって明るく解放音。その後、第1主題と第2主題が展開される。トランペットのファンファーレが鳴りクライマックスをむかえる。その後再現となるが、非常に短い上、各主題も省略された形で急速に再現される。ティンパニの連打で終わりました。

 この楽章を聴いただけで、幾つかの問題点が感じられました。管と弦のバランスがしっくり来ない。Vc.(8)アンサンブルの迫力不足。Timp.がいたずらに音が大き過ぎます。張り切り過ぎか?

次は第二楽章です。

Vc.でスタート、続く低音弦アンサンブルとVn.アンサン。軽快なテーマを管がフォロー、Traiangle がピリリと効いています。Hrn.他の管も活躍していますが、これ等の統一性が今一つの感あり。主席 Ob.奏者は男子でしたが、調子がアップしてきたか仲々いい感じ、首席Fl.も同様。再び弦楽でテーマを強奏して次第に大きな音を立てるも過大のきらい有り。テンポの速い全オケの力演で終了しました。

次楽章は、Timp.の弱音でスタート、Timp.の伴奏で首席Ob.奏者が低いメロディを奏で、有名なよく知られた旋律を各楽器が変奏、転奏しました。この主題は童謡フレール・ジャック」として知られるフランスの民です。オーストリアでは「ブルーダー・マルティン」として、また、英語名 "Are you sleeping?" でも知られており、日本では「グーチョキパーで何つくろう」という歌詞が有名)

 Ob.の鳥の声らしき音は、この辺に来ると普通に表現出来ていました。カッコー、カッコーと。二人のOb.奏者が重奏中、弦楽はpizzicato。このボン、ボン、ボンがやや弱い様な気がしました。弦楽アンサンブルの旋律はとても美しく表現されていて、特に1Vn.アンサンブルの響きは前半と比し見違える様でした。この辺り管がやや強すぎたかもHP.音が良く聞こえなかったのは何故でしょう?通常Hp.はポロンポロンと優雅に聞こえるのですが。1Vn.のコンマスと次席の重奏は溶け合っていなかった。様々なパーカッション楽器は2,3名で掛け持ち演奏が多くどこでも忙しそう。縁の下の力持ちです。他のアンサンブルを皆支えています。総じて静かな楽章の印象が残りました。

 最終楽章は、 シンバルの強烈な一撃でスタート。何の音かとビックリした程。それまでのTimp.同様、二人掛かりのTimp.も張り切り過ぎでは?弦楽の音がかき消されそう。 中盤の1Vn.の旋律は、これぞマーラーと言える程の美しさを携えるものでした。終盤の1Vn.の旋律に低音弦はpizzicatoで合わせ、Hr.が合いの手を入れる箇処は、とても素晴らしい、全楽章一と言っていい程の演奏でした。

 このマーラーの演奏を聴くと、これまで過去に聴いた大学オケの演奏に非常に類似した後感を覚え、今日の最初のシベリウスの演奏は出来過ぎかななどと思ったり、何れにしても一番遠い会場まで聴きに来たかいがあったと思える演奏会でした。

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(再掲) 2020-02-02 Hukkats Roc.『巨人』との闘い

 また新たなウィルスが猛威を振るい始めましたね。今回の原産国中国の新型コロナウィルスは、野生動物起源の病原菌の様です。 

 古来人間は、外敵から身を守り或いは戦い、地上での覇権を握りました。2億年も前の恐竜全盛時代には、人類の祖先は猿にも進化しておらず一種のネズミの様なものだったそうではないですか。きっとゴジラの如き怪物に食べられまいとして、コソコソと逃げ回って生き延びて来たに違い有りません。マンモス時代には、逃げるだけでなく、知恵を絞って戦い、倒し、逆にマンモスを食らうこともあったでしょう。こうした巨大生物から受けた恐怖感は、人間の遺伝子に深く記憶されているに違いない。時代がズーと下がり中世になっても西欧では巨人伝説が残されています。澁澤龍彦は次のように述べています。“ヨーロッパの中世にも、悪魔や魔女や巨人の出て来る妖精物語や奇跡譚や伝説集があったのである。”(澁沢龍彦『西欧文藝批評集成…幻想文学について』)と。
 スペインの画家ゴヤの大作「巨人」を観れば、如何に恐怖心が大きかったか分かります。

 近代合理主義と科学技術の発展は、そうした恐怖を取り除き、人類が地球上の覇権を握ることを可能としました。しかし、覇権を握ってからも安心では無かったのです。病原菌という強敵が、次から次へと襲ってきたからです。菌が人間を死に至らす事もあれば人間が菌を死滅させることもありました。仁義なき戦い!でもやっかいなことに、菌は次から次へと姿を変えて攻撃するようになったのです。科学技術による武器の一つは「抗生物質」でした。ところがこの武器が当初の効果を発揮出来ない事態が生じました。敵もさるもの、この武器をすり抜ける手段を得たのです。そう耐性菌の出現です。「進化」という手段は、ネズミをホモサピエンスに変えただけでなく、平等に菌も進化させたのでした。はるかに速いスピードで。小さな巨人との仁義なき戦いが続くのです。  
 何かこうした現実を考えると、「共存共栄」という言葉は、空虚に聞こえますね、残念ながら。こういう時期には外出しないで、家にこもっていればいいのかも知れませんが、昨日土曜日は大学オーケストラ演奏を聴く予定にしていたので、みなとみらいホールに行ってきました(2020.2.1.13:00~)。演奏は、東京大学音楽部管弦楽団(指揮:三石精一)、曲目は、①ワーグナー作曲『さまよえるオランダ人』序曲 ②シューベルト作曲『交響曲第7番未完成』 ③マーラー作曲『交響曲第1番巨人』 
 演奏の模様を記す前に先ず配布された「プログラム」の充実振りを特記しなければなりません。オケの構成員全員の担当楽器パート毎の名簿、曲毎、パート毎の管・打構成表、曲毎の配置図など仔細に渡って記載されており、これらを参考にしながら演奏を聴いたので非常に役立ちました。中でもプログラムノートは曲と作曲家の関係など、楽譜も引用しながら記述されており、ちょっとした解説書より良く出来ていた。
 さて、三つの曲の演奏とも、ヴィオラとチェロの配置が入れ替わっていました。即ちチェロ群がステージの右手前面に配置、第一ヴァイオリンと対面する形です。
一番気に入った演奏は、シューベルトの②の曲「未未完成」でした。この時の楽器編成は①の時より若干の楽器の減があり、二管編成 弦楽5部は12型の変形か?
 第1楽章の弦のアンサンブルも良かったし(特に第1ヴァイオリンは他の曲も含めて一番良く合っていて綺麗なアンサンブル、中でも弱音でのアンサンブルが非常に澄んだ音でした。)、フルートもオーボエもクラリネットも独奏部、弦との掛け合い共良く出来ていたと思います。第2楽章も前半の弦の調べ、管の響き共穏やかな流れの中にも力強さが感じられ、クラリネット、オーボエ、ホルンの独奏部も心地良く聞こえました。やはりシューベルトの曲の多くは、基本的にメロディの大きな流れがあってその変奏も流れに抗うことなく、流れに乗った状態で繰り出されるのですが、この曲もそんな感じで、とても気持ち良いですね。心が安らぎました。
 ③の演奏は、楽器群が増加され総勢110人態勢。マーラーの曲は、何回も聞くうちに、聴くだけでなく「観る管弦楽」だと最近思っています。兎に角見ていて非常に面白い。マーラ-はご存知の様に、管や打楽器に大変活躍の場を広げました。女性ティンパニー奏者の思い切りの良い打奏、しかも二名で打ち鳴らす箇所の小気味よさ。第2楽章でオーボエ奏者、フルート奏者などが楽器を上に立てて、高らかに演奏する箇所(楽譜でマーラーがこまごまと指示しているそうですね?)、弦楽5部も4楽章等の大音量の管・打に負けずと、力一杯体を大きく揺すって弦を行き来させる姿など、そうそうバンダの動きもありました。(オペラを除いて)これ以上見ごたえのある演奏は他に有りません(ピアノ演奏の鍵盤上の動きも面白いですが、それ以上です。)混沌から抜け出した時の静かなアンサンブルのこれまでとの落差の大きい対比、長い演奏時間の割に小気味よく簡潔に演奏を終結させる。マーラーはやはり尋常でない天才ですね。この曲の演奏を聴いて非常に楽しくなりました。
 尚①について は立ち上がりのせいなのか、ワーグナーの楽譜の音構成のせいなのか分かりませんが、聴いていて余り感動しませんでした。やはり個々の演奏力が全体の響きに少なからず影響するのかも知れません。
 「プログラムノート」のマーラーの曲目解説に “この曲紹介は、マーラーという「ゴリアテ」に筆者が対峙しようとする格闘記である”との記載がありますが、オーケストラの皆さんは『巨人』との闘いに挑み見事勝利したと言えるでしょう。コロナウイルスという巨人との闘いにも人類が大勝することを祈ります。