【日時】2022.7.23(土)15:00~
【会場】ミューザ川崎シンフォニーホール
【管弦楽】東京交響楽団
【指揮】ジョナサン・ノット(東京交響楽団音楽監督)
【出演】鈴木大介(ギター)中野翔太(ピアノ) 𠮷野亜希菜、谷口英二(クラリネット)
【曲目】
①三澤慶『音楽のまちのファンファーレ』~フェスタ サマーミューザ KAWASAKIに寄せて
②クルターク『シュテファンの墓(鈴木)』
③シェーンフィールド『4つのパラブル(中野)』
④ドビュッシー『第1狂詩曲 (𠮷野)』
⑤ストラヴィンスキー『タンゴ』、『エボニー協奏曲』、『花火』
⑥ラヴェル『ラ・ヴァルス』
【演奏の模様】
いよいよ『フェスタサマーミューザ KAWASAKI 2022』が始まりました。
開始40分前にプレトークがあるという事なので、早めに着く様に病院を出ました(午前中ワクチン接種のため)
先ず演奏会場に入って目を見張ったのは、随分と多くの楽器、それも打楽器、鍵盤楽器は種類が多岐にわたって用意されていることでした。(実際は曲目により使用楽器の入替えはありましたが全体的に大きな編成)
トークの時間が来てステージに関係者が出て来て(確か交響楽団の事務の人?)、幾つか話していましたが、先ず製造販売しているTシャツの宣伝、プログラムは、暗から明に移る選曲、それからクラリネットの事を話していましたが意味不明でした。説明者は “20分間何か喋れといわれたので、・・・” と断りをいれてから話していましたが、オープニングにしては内容の乏しいトークでした。もう少し事前準備して、例年との違いとかフェスタの歴史とか何でもいいですが、40分早く行って聞いた甲斐があったと思わすトークをして貰わないと誰も聴きに行かなくなる様な気がしました。
①のファンファーレは、Trp.(4),Hr.(4),Trb.(3),Tb.(1)毎年聴くたびに純度と精度が上がって来ている気がします。管アンサンブルに打の太鼓、Timp.シンバルがタイミングよく合わさり、ノット指揮ともども切れ味の良い演奏でした。
②クルターク『シュテファンの墓(鈴木)』
クルタークはハンガリーの現代音楽の作曲家。本国ではリゲッティと並び称されているそうですが、その名は知りませんでした。ギター演奏の鈴木さんが、オケの2Vn.奥に座って、(オケと比して)かすかな音を立てていました。不思議な静寂の中、太鼓が大きく鳴ったり、銅鑼が鳴らされたり、オケが絡まって大音を立てると不協の塊が転げ落ちる様な気がする程で、するとまた静寂に戻ります。でもこの周辺楽器の音はあくまでアクセサリであって、ギターのとぎれとぎれに聴こえる演奏音が中心なのです。これはタイトルにある様に「お墓」に関する曲で、知人を追悼している曲ですから妥当な演奏なのでしょう。最終部はインドネシアのガムラン音楽の様なこれまた不思議さを募らせる響きが広がりました。この曲の演奏で特筆すべきは、バンダが聴衆席のあちこち4か所に配置されて演奏した事、後方4階席の左右と前方3(4?)階席の左右にも管楽器奏者が2~3人配置されていた。お面白い試みですが、ノットの要請によるそうです。
③シェーンフィールド『4つのパラブル(中野)』
これは中野さんが演奏するピアノコンチェルトという事でした。確かにステージ中央前面にはピアノが配置され、中野さんは時には軽やかに時には手・腕を剛に構えて強打を振るっていましたが、何せオケの混沌とも言えるアンサンブルにかき消され場合が多く、第一楽章のPf.ソロ的箇所や第二楽章のカデンツアを除けば管弦楽の影に隠れてしまいがち。作曲者のシェーンフィールドはピアニストでゼルキンに師事したことも有ると言いますから、ピアノの旋律は確かに優れていて、特に第四楽章では古典的とも言えるピアニシズムを感じました。
《20分の休憩》
後半は、④ドビュッシー『第1狂詩曲』⑤ストラヴィンスキー『タンゴ』、『エボニー協奏曲』、『花火』 ⑥ラヴェル『ラ・ヴァルス』
とこれまでどこかで聴いた事のある様な作曲家の曲目でしたので、前半よりは構えずリラックスして鑑賞することが出来ました。
④ではクラリネットの吉野さんのソロに近い演奏が見ものでした。安定した比較的低音のいい響きを聴かせてくれました。それにしても随分と長いクラリネットですね。バスクラリネットとは音域も違うのでしょうけれど、味わいのある低音が出ていました。
⑤ではストラビンスキーの短曲をメドレー的にとも言える程短時間で演奏、それぞれジョナサン・ノット式の切れ味の良い演奏の終結がカッコいいし、スカッとする。
⑥ラヴェルのこの曲は、ピアノ曲に編曲されたものの方が度々演奏されます。昨年2月と2019年12月にピアノでの『ラ・ヴァルス』を聴いていますので、参考まで文末に再掲しました。
今回のオーケストラ演奏の方が、如何にもウィンナーワルツ特有のリズムを表現出来ていて、ピアノ演奏には無い味わいを感じました。
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緊急事態宣言の後は、大規模オーケストラの演奏を聴きに行かなくなりました。いやその少し前からですね。最後に聴いたのは、昨年11月のウィーンフィル来日公演でした。大晦日のベートーヴェン全曲演奏会は、長時間、密な状態の閉鎖空間で聴くのが怖くて、行きませんでした。ウィーンフォルクスオーパーのニューイアーコンサートは中止になってしまいましたし。
新規感染者数がかなり減って来た最近でも、聴きに行くのは小規模なリサイタル位です。先々週は『メーリテノールリサイタル』、先週は若手の『ヴァイオリンリサイタル』、そして今日は、やはり若手の『ピアノリサイタル』を聴きました。何れも東京文化会館小ホールです。
今日のリサイタルは、桑原詩織さんという若手のピアニストでした。
ベートーヴェンのソナタ31番を弾くというので、聴きに行くことにしました。31番のソナタは、最後のソナタ達(30番、31番、32番)として、 まとめて演奏されることがあり、最近では、昨年12月にオピッツの来日演奏の時聴きました。参考までその時の記録を文末に再掲します。
今回は若手のピアニストが、どの様に31番を弾くか興味津々でした。
桑原さんは藝大出身の新進ピアニスト、H.P.で紹介されている経歴を以下に転載しました。
2014年第83回日本音楽コンクール第2位、及び岩谷賞(聴衆賞)受賞。2016年第62回マリア・カナルス・バルセロナ国際音楽コンクール(スペイン)第2位、及び最年少ファイナリスト賞受賞。
2017年第68回ヴィオッティ国際音楽コンクール(イタリア、ヴェルチェッリ)第2位、及び Soroptimist Club賞受賞。
2019年第62回ブゾーニ国際ピアノコンクール(イタリア、ボルツァーノ)第2位、及びブゾーニ作品最優秀演奏賞受賞。
東京都出身。学習院初等科、女子中等科卒業後、東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校に進学。
同高等学校在学中に、PTNA特級銀賞・聴衆賞、王子ホール賞、
ルーマニア国際音楽コンクール第1位・オーディエンス賞、東京音楽コンクール第2位等を受賞。
第6回福田靖子賞優秀賞。
2014年度ヤマハ音楽奨学生。
2018年3月 東京藝術大学音楽学部器楽科ピアノ専攻を首席で卒業。伊藤恵氏に師事。在学中に、アリアドネ・ムジカ賞受賞。
卒業時に、安宅賞、アカンサス音楽賞、大賀典雄賞、同声会賞、三菱地所賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。
2018年4月より、ベルリン芸術大学大学院(マスターソリスト課程)にて Klaus Hellwig 氏に師事。
《プログラム》
【日時】2021.2.24.19:00~
【会場】東京文化会館 小ホール
【曲目】
①ベートーヴェン『ピアノ・ソナタ第31番変イ長調Op110
②ラヴェル『ラ・ヴァルス』
③リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調 S178
【演奏の模様】
①Betv..ソナタN31
(第1楽章)
赤い👗を身に纏い登場した桑原さんは、マイクを手にして、今日は休憩なしで三曲通して演奏する旨告げました。コロナ禍の緊急事態宣言中であることを、考慮してのことだと思います。
ピアノの前に坐ると、やや遅いテンポで弾き始めましたが、立ち上がりの左手少し不安定に聞こえました。すぐに次の速いパッセージに移り、またゆっくりした手捌きに戻りましたが、歯切れの良い右手メロディに比し、左手の切れが今ひとつといった印象を受けました。
それにしてもこの第1楽章は、明るく全体的印象は軽快でウキウキした感じがあるのですが、その点で最後の三つのソナタ達の中では異色な存在です。少し言い過ぎですが、あたかもベートーヴェンが名を上げつつあった初期の生き生きしたソナタに舞い戻ったかの如きです。中期から後期にかけての素晴らしい、重厚な、奥の深いソナタの中で何かホッとする側面を感じます。桑原さんの第1楽章も聞きいていて、温もりを感じさせるものでした。
(第2楽章)
短い楽章ですが、桑原さんは強弱長短音の粒が揃った演奏で舞曲の様子をうまく表現していました。
(第3楽章)
桑原さんのトークでは、31番のソナタには、歌う様なメロディがあるということと、2年後に作られた交響曲第9番を引用した説明がありました。
31番のソナタは1821年に出来上がったのですが、ベートーヴェンはその後も31番を一部書き換えたり、付け足したりして最終的には32番のソナタより後に現在の形に完成したと謂われます。いったいどこをどう直していたのでしょう?書き換えの譜面が無く経過は分からないので、あくまで憶測ですが、第3楽章の歌う様な箇所、それに関係したフーガなどではないでしょうか?間違いかも知れませんけれど。大胆に推理すれば、べートーヴェンの❛不滅の恋人❜に何年か前に(これは8番の交響曲が作曲された1812年より後とする研究者もいる様です)失恋し、その心の傷が仲々癒えない中で、1楽章の春の様な愛を思い出す雰囲気の曲と、3楽章の切ない『嘆きの歌』(Klagender Gesang)で失恋を嘆き、その前後のフーガに嘆きの歌をサンドウィッチすることで、嘆きから立ち直る力を付けて、それ以降の9番シンフォニィー等を作曲する推進力としたという物語ではどうでしょうか?
桑原さんの3楽章のイントロ部は非常にスローに弾き始め、嘆きの歌の箇所は嘆いているまずまずの感じは出ていました。最初のフーガ部は弱い音だと左右の指使いのバランスが良くて、バッハのカノンを想起させる綺麗なフーガでしたが、ffになると跳躍する右手の高音がやや不鮮明に聴こえました。左手は強さが右手に負けないで良し。ただもう少しff部は弱めに弾いた方が、後半のフーガとの対比で、恋とか愛とかの感じが出るのではなかろうかと思うのですが。アラウの録音やオピッツのフーガはそうでした。
前半はバッハのカノンの如く清廉に、後半はベートーヴェン独自の世界をフーガで力強く表し、桑原さんが冒頭のトークで語った❛コロナ禍での未来への希望❜との説明通り、未来に繋ぐ希望を託す演奏となって、31番ソナタはほぼ成功したと言えるでしょう。
②Rav.ワルツ
管弦楽のための舞踏詩『ラ・ヴァルス』(La Valse, Poème choréographique pour orchestre )は、もともとバレー音楽として作曲を依頼されたモーリス・ラヴェルが、1919~1920にかけて作曲した管弦楽曲です。ピアノ2台用やピアノ独奏用にも編曲されており、現代では、ピアノ演奏会用として演奏されることが多い曲です。
いかにもラヴェルらしいエネルギッシュなメロディを、桑原さんは繰り返し繰り返し力を入れて弾き、非常に不気味な雰囲気を感じるメロディというか音の連なりが聞こえてきます。速くなったかと思うと凄い音量でピアノを彷徨させたり、相当な力を要する難曲だと思いましたが、桑原さんは、それを体は余り動かさず、腕と手で難なく弾きこなしている。相当腕力が強いピアニストだと思いました。
この曲には、ラヴェル自身によって付けられた標題があり、それは、次の様なものです。
「渦巻く雲の中から、ワルツを踊る男女がかすかに浮かび上がって来よう。雲が次第に晴れ上がる。と、A部において、渦巻く群集で埋め尽くされたダンス会場が現れ、その光景が少しずつ描かれていく。B部のフォルティッシモでシャンデリアの光がさんざめく。1855年ごろのオーストリア宮廷が舞台である。」
でもこの表題は前もって知らなかったので、先入観無しにこの曲を聴きながら、次の様な、自分なりの幻想を抱きつつ桑原さんの演奏を聴いておりました。
「赤味がかった空に、黒い金斗雲の如き形の雲が、猛スピードで次々と流れて行き、踊り子がくるくると同じ場所で米コマの様に回っている。相変わらず雲は発生し流れては消え、消えてはまた発生している。一条の太陽光が空からスポットライトの様に地上を照らし、その中で白い衣を身に着けた一人のエトワールが踊り始める。突然の轟音と共に黒い悪魔が登場、踊っていたエトワールが突然倒れかける。悪魔が舞台上に跳び上がり、エトワールをかかえ両手で抱き上げる、と悪魔のワルツを踊り出す。いつの間にか抱き上げられたエトワールは小鳩となって飛んで去ってしまう」
桑原さんは、華やかなハプスブルグ宮の華麗な舞踏というより、デモニッシュな雰囲気を、ラヴェルらしさを、力とテクニックを駆使してよく表現出来ていました。あの曲を弾くには相当の技輛を要し、相当くたびれたことでしょう。 曲演奏の終盤、グリッサンド(hukkats注)を何回か繰り返し弾き終わった桑原さんは、疲れた表情も見せずにこやかに挨拶して舞台裏に消えました。
(hukkats注)グリッサンド (伊: glissando)またはグリッサンド奏法 は、一音一音を区切ることなく、隙間なく滑らせるように流れるように音高を上げ下げする演奏技法をいう。演奏音を指しグリッサンドという場合もあり、演奏音は滑奏音とも呼ばれる。
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『金子三勇士(K)・中野翔太(N)ピアノリサイタル』第Ⅱ部(後半)
後半最初の曲は、⑤ラヴェル作曲『水の戯れ』、演奏はN。割りと良く知られた曲です。確かにキラキラとみなも(水面)が光り輝く様子が、良く表現されていました。次は⑥ホルスト作曲『惑星より第4曲木星』これはオーケストラ曲として有名かつ度々演奏されますが、もともとはピアノDuo用として作曲されたものだそうです。前半のモーツァルト演奏の時とは異なって、演奏位置を入れ替わり、右手がK左手がNで演奏。Kはかなり体を揺すりながら、Nは背筋を伸ばし不動の姿勢で演奏しました。元気な響き、特に中間部に力強さを感じました。
⑦番目の曲としてドビュッシー作曲『小組曲』が選曲された。ここでは一台のピアノを連弾で演奏しました。高音部がK、低音部がN、低音高音といっても互いに腕を交差させながら弾く箇所もたびたびあり、演奏後のトーク(前半の第Ⅰ部でも曲の演奏の合間に、二人[若しくは一人]がマイクを手にとり、曲に関してや二人の関係、演奏関係などを説明し、会場の笑いもさそって始終和やかな雰囲気で進められた。)では、Nが‘相手の手がぶつかってしまったところが三回ありました’と正直に言ってみんなを笑わせていました。
最後の曲は⑧ラヴェル作曲「ラ・ヴァルス」。プログラムの解説によると、“ウィンナーワルツへの賛歌で…リズムとメロディが顔を出し、次々と新しいワルツが華やかに積み重ねられるが、やがてリズムとテンポが乱れてくる。…オーストラリア・ハンガリー帝国の破局の予感”と書いてありますが、確かにラヴェルのあの有名な曲「ボレロ」の如く、繰り返し繰り返し同様なメロディとリズムが変奏で続き、終盤に「ダーン」と大きい音がして、あたかも爆弾が落とされたかのような錯覚にとらわれました。 何故この曲が選曲されたかの説明はありませんでした。
前後しますが、前回の12月1日の『…Ⅰ部(前半)』の記事で“②の2台での演奏が平易に聞こえたのは音が相手に届く時間の差が原因ではなかろうか”といった趣旨の記述をしました。これに関してもう一点気になった点を追加しますと、少し音量が足りなく聞こえたこと。これは座席の位置のせいでしょうか?1階中程のやや右側のエリアでこれでは、大ホールのもっと後ろや二階後部の座席では、かなり小さく聞こえたのではなかろうか?やはり響板を外した方のピアノの音が、直上の高い天井方向にかなり向かってしまい、後ろのピアノの響板で客席のほうへ反射される音が減ったせいかではないかと思われます。