HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

オペラ『パリアッチ(道化師)』at 日経ホール

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 今日12月24日の夜はクリスマスイヴ。思いがけないクリスマスプレゼントを貰った様な気分になりました。と言いますのも、このオペラが思っていた何倍も良い公演だったからです。以下その概要について記します。

【演目】ルッジェーロ・レオンカヴァッロ作曲『パリアッチ(道化師)』

【日時】2021.12.24.(金)18:30~

【会 場】日経ホール

【出演者】

〇カニオ(道化師)役

(旅回り一座の座長) 上本訓久(テノール)

〇ネッダ役

(カニオの妻、女優)  田月仙(チョン・ウオルソン) (ソプラノ)

〇トニオ役

(背むしの道化師)  今井俊輔  (バリトン)

〇シルヴィオ役

(村の青年)     井上大聞(バリトン)

〇ペッペ役

 (色男役者)      水船桂太郎 (テノール)

【バレエ】 相沢康平    

【合唱】   アンサンブル ムーンライト
【ピアノ】山口佳代
【案内】 池田卓夫
【演出】 三浦安浩
【舞台監】近藤元
【衣裳】 坂井田操
【ヘアメイク】  濱野由美子
【照明】 Light ship
【Design】指宿玲子
【協力】 Seoul Opera  , Ensembleチャン・スドン
【公演監督】太田慎一

 全二幕のオペラで今回は、ピアノ演奏形式(合唱あり)のセミステージ方式で行われました。

【粗筋】

≪前奏曲とプロローグ≫

力強い前奏曲に続いて、まだ下りた幕間から舞台で用いる仮面を付けたトニオが登場。舞台の上では道化を演じる我々役者もまた血肉をもち、愛憎を重ねる人間であり、それを想った作曲者は涙してこの曲を作ったのだ、云々との前口上(プロローグ)を述べる

 

≪第一幕≫

 祭日ということで着飾った村人たちが待ち焦がれる旅回りの一座が、座長カニオを先頭にやってくる。カニオは「今晩23時から! 忘れずに芝居を観に来てくれ」と宣伝し、団員のベッペや村の男たちと居酒屋に繰り出す。他の村人たちは教会の礼拝に向かう中、カニオの妻・ネッダは独り残って自由な生活への憧憬を歌う。彼女に思いを寄せていたせむしの道化役者トニオは、物陰から現れて言い寄るが、手ひどく鞭で打たれ、逃げ出す。入れ違いに村の青年シルヴィオが現れる。実はネッダとシルヴィオは相思相愛の仲で、一座がこの村に寄るたび、逢瀬を重ねていた。2人は駆け落ちの相談を始める。それを発見したトニオは、仕返しの好機とばかりにカニオを呼んでくる。ネッダがシルヴィオに「今夜からずっと、あたしはあんたのもの」と言うのを聞いてカニオはついに逆上、シルヴィオは慌てて逃げ出し、ネッダは情夫の名をカニオに明かすのを拒む。大騒ぎを聞きつけてベッペも戻ってきてカニオを鎮め、芝居の仕度を促す。カニオは、怒りも悲しみも隠して道化芝居を演じ、客を笑わせなければならない役者の悲しみを歌う。

 

≪第二幕≫

 美しい間奏曲の後、村人がお待ちかねの芝居が始まる。ネッダ扮するコロンビーナが恋人アルレッキーノを待ちわびているところへ、下男タッデーオが現れ言い寄るが、あっけなく蹴り飛ばされ退場する。アルレッキーノとコロンビーナがやっと逢引を始めるところに、タッデーオが「パリアッチョが帰ってきた!」と急を告げる。パリアッチョを演ずるカニオは、コロンビーナが逃げ出すアルレッキーノに向かって「今夜からずっと、あたしはあんたのもの」と言うのを聞いて、それが先ほどの現実世界と同じ台詞であることに混乱し、芝居と現実との見境がつかなくなっていく。「情夫の名を言え。おれはもう道化師ではない」と叫ぶカニオの迫真の演技に、村人は拍手喝采する。ネッダは危険を悟り逃げ出そうとするが、カニオは彼女を刺殺し、ネッダを助けようと舞台に上がってきたシルヴィオもまたカニオに殺される。村人たちが大混乱の中、カニオは「芝居はこれでおしまいです」とつぶやき、終幕となる。

 

【上演の模様】

 本作は ルッジェーロ・レオンカヴァッロ(伊)が19世紀末に作曲し、1870年にトスカニーニの指揮で初演されたオペラで、1890年代から20世紀初頭にかけてイタリアで台頭してきた、ヴェズリモ文学に影響された現実主義のオペラです。マスカーニの『カヴァレリア・ルスティカーナ』と共にヴェズリモオペラの代表作と謂われます。

    内容は上記の粗筋の通りですが、道化師の日常の悲哀のある生活を描き、最後は悲劇で終わる物語は、映画『アンタッチャブル』で、アル・カポネ(ロバート・デ・ニーロ)を泣かせた劇として有名です。

 主なポイントについて以下に記します。

 舞台には劇中劇を演じる小さい舞台があり、そこには役者の化粧鏡を模したセットが四台並んでいます。

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コラース隊が男女10人程度が思い思いの衣服で登場、合唱は小人数ながら結構大きく聞こえました。

①前奏曲と前口上

 ピアノ伴奏の音が聞こえ始めると、カニオ役の今井さんが登場、口上を歌いあげます。

Si può?... Si può?...poi salutandoSignore! Signori!...Scusatemise da sol me presento.Io sono ilPrologoPoiché in iscena ancorle antiche maschere mette l'autore,in parte ei vuol riprenderele vecchie usanze, e a voi
di nuovo inviami Ma non per dirvi come pria:«Le lacrime che noi versiam son false!Degli spasimi e de' nostri martir
non allarmatevi!» No! NoL'autore ha cercatoinvece pingerviuno squarcio di vita.Egli ha per massima sol
che l'artista è un uome che per gli uominiscrivere ei deve.
Ed al vero ispiravasi.Un nido di memoriein fondo a l'anima
cantava un giorno,ed ei con vere lacrime scrisse,e i singhiozziil tempo gli battevano! Dunque, vedrete amar
sì come s'amano gli esseri umani; vedrete de l'odio i tristi frutti. Del dolor gli spasimi,urli di rabbia, udrete e risa ciniche! E voi, piuttosto che le nostre povere gabbane d'istrioni, le nostr'anime considerate,poiché siam uomini
di carne e d'ossa, e che di quest'orfano mondoal pari di voi spiriamo l'aere! Il concetto vi dissi... Or ascoltate com'egli è svolto. gridando verso la scen Andiam. Incominciate!

Rientra e la tela si leva.

❝よろしいですか?...よろしいですか?...
(それから挨拶して)

淑女の皆様!紳士の皆様...お許しください私めがたった一人で登場致しますことを

私は前口上役でございます。今より 舞台の上に昔ながらの仮面劇を作者は登場させますゆえに その一部として復活させようというのです

昔のやりかたを そして皆様の前に こうして私めを送り出したという訳でございます

ですが 昔と同じこんな口上を述べるためではございません

「私どもがここで流す涙は偽りでございます!
私どもの痛みも 私どもの苦しみもご心配には及びませぬ!」と 違う!違うのです
作者が試みましたのはその代わりに描きだすことです人生の断片を
彼には信条があるのです 役者もひとりの人間であることを そしてその人間のために
書かねばならないという そしてこの話は真実より霊感を得たものなのです      

 思い出の巣魂の奥にあるものですが それがある日歌い出したのです                   そこで真実の涙を流しながら書き そしてすすり泣きで 拍子を取りました!それゆえ ご覧頂けましょう 本物の人間のお互いの愛しあう姿をご覧頂けましょう

 憎しみの悲しい結末を 嘆きの苦しみを 怒りの叫びをお聞きになられましょう そして皮肉な笑いを!そして 皆さま方 決して 私ども役者のダブダブの衣装に惑わされることなく 私どもの魂のことをお考え頂きたいのです
なぜなら私どもとて人間 肉も骨もございます そしてこの見捨てられた世界の
空気を皆さま方同様 呼吸しているのですから!劇のコンセプトは申し上げました...
さて何が起こるか とくとご覧ください
(舞台の方に向かって叫ぶ)それでは 始まりです!❞

 この場面では冒頭から素晴らしく迫力のあるバリトンの声が会場に響き渡りました。今井さん、恰好は背中が少し曲がった道化役者の姿。歌う表情も身振りも悪役(根からのの悪人ではないのですが)に徹していました。

 物語の座長、カニオ役の上本さんも登場して歌いますが、やや不安定なテノールの声で、まだ調子は出ていない感じ。カニオの妻、ネッダ役のチョン・ウオルソンさんは、ビブラートのかかった奇麗なソプラノなのですが、テノール同様何か物足りません。

②第一幕 ネッダのアリア「Qual fiamma avea nel guardo あのように自由になれたら(鳥の歌)」

    旅回りの一座に縛り付けられているネッダは、空を飛ぶ鳥を見ながら、「あのように自由になれたら(鳥の歌)」と美しくアリアを歌いあげます。

Stridono lassù, liberamente lanciati a vol, a vol come frecce, gli augel. Disfidano le nubi e'l sol cocente, e vanno, e vanno per le vie del ciel. Lasciateli vagar per l'atmosfera,
questi assetati d'azzurro e di splendor: seguono anch'essi un sogno, una chimera,
e vanno, e vanno fra le nubi d'or! Che incalzi il vento e latri la tempesta,
con l'ali aperte san tutto sfidar; la pioggia i lampi, nulla mai li arresta,
e vanno, e vanno sugli abissi e i mar. Vanno laggiù verso un paese strano
che sognan forse e che cercano in van. Ma i boèmi del ciel, seguon l'arcano poter
che li sospinge... e van! e van! e van! e van! 

❝あそこで囀ってる きままに 矢のように飛び立って行くよ 鳥たちは 雲や焼けつく太陽目がけて 飛ぶのさ 飛ぶのさ 天国の道を 大気の中を飛び回らせてやりましょう この青さと輝きに渇いた鳥たちに:夢を 幻を追わせてあげましょう 飛ぶのさ 飛ぶのさ 金色の雲の中を 風が迫り 嵐が吹き付けても 広げた翼ですべてに挑む
雨も 雷も 何も止めることはできない 飛ぶのさ 飛ぶのさ 深淵や海を越えて
不思議の国へと向かって行くの 多分空しく探し求めているのだけれど だけど この天の放浪者たちは 不思議な力に従うの 彼らを駆りたてる力に...そして飛ぶの!飛ぶの!飛ぶの!❞

 このオペラ唯一のソプラノのアリアです。レッダ役のチョン・ウオルソンさんは、イタリア語の発音も明瞭に歌うのですが、高音はストレートに出さず、高音より僅かに低い処から力を増して音をずり上げる歌い方がやや気になりました。でもこの『鳥の歌』全体としてはまずまず立派な歌唱でした。

 続いてレッダの思い人シルヴィオ役の井上さんが登場、今井さんほどではないですがこれまた素晴らしいバリトンを響かせました。レッダとシルヴィオの二重唱では、チョン・ウオルソンさんのソロが、それまでで、情感が溢れていて一番いい歌いぶりだと思いました。同時に井上さんは、演技の感情表現も歌も強弱をレッダに合わせて息の合った恋人同士を演じていました。

④第一幕の最後 『衣装を着けろ(カニオ)』 

 上記の恋人同士の逢引きの様子を、トニオの密告で見てしまったカニオが逆上し、妻レッダの間男を追いかけるのですが、逃げられてしまう。次の公演が迫っているので、仲間からとりあえず化粧等準備をせかされたカニオが、苦しい心理状態を歌うのでした。

Recitar! Mentre presso dal delirio non so più quel che dico e quel che faccio! Eppur è d'uopo... sforzati! ah! sei tu forse un uom? Tu se' Pagliaccio! Vesti la giubba e la faccia infarina. La gente paga e rider vuole qua. E se Arlecchin t'invola Colombina, ridi, Pagliaccio... e ognun applaudirà!
Tramuta in lazzi lo spasmo ed il pianto; in una smorfia il singhiozzo e'l dolor. Ridi, Pagliaccio, sul tuo amore in franto! Ridi del duol t'avvelena il cor!

❝芝居をするのか!こんな錯乱の中で。俺には分からない 何を言ったらいいか 何をするのか!だけどやらなきゃならない..しっかりしろ!ああ!お前は男だろ?お前は そう パリアッチョなのだ!衣装を着け 化粧をするんだ 客は金を払って 笑いに来ているんだから。よしんばアレッキーノが、お前のコロンビーヌを寝取っていっても。笑えよ パリアッチョ...みんな拍手喝采する!笑いに変えるのだ 苦るしみと涙を。作り笑いをし涙と痛みを隠せ...笑え パリアッチョ 壊れたお前の愛に向けて!笑え、お前の心に毒を注ぐその苦しみを!❞

第一幕が終わり次幕まで休憩なしで進みました。二幕の前に間奏曲がピアノで奏でられ、それに乗って白玉模様のピエロの衣服を付けたダンサーがバレエを踊るのでした。

 19世紀のイタリアのオペラ上演では、オペラの合間にバレエの踊りが上演されていたことは、フランスの文豪、スタンダールの「イタリア紀行」にも記載されています。スタンダールはイタリア各地を旅したのですが、特に音楽に興味を持ち、中でもミラノ・スカラ座は大のお気に入り(オペキチ)になってしまい、ミラノには何十日も逗留したのでした。こうしたことから、今回バレエを中間に挿入した演出は、イタリアオペラを良く知った人が関係していることを示唆します。

 第二幕では舞台奥の小舞台(前記四つの化粧台の前)で劇中劇をが演じられます。そこにイスとテーブルを置き、ネッダがすわって、人妻コロンビーナ役を演じながら何かを食べている処にコロンビーナの浮気相手アレッキンを演じる水船さんがかん高い男声で、歌い始めます。

③第二幕 おおコロンビーナ(アルレッキーノ)

O Colombina, il tenero fido Arlecchin è a te vicin! Di te chiamando, e sospirando aspetta il poverin! La tua faccetta mostrami, ch'io vo' baciar senza tardar. La tua boccuccia. Amor mi cruccia! Amor mi cruccia e mi sta a tormentar! Ah! e mi sta a tormentar! O Colombina, schiudimi il finestrin,che a te vicin di te chiamando,e sospirando è il povero Arlecchin!
A te vicin è Arlecchin!

❝君が近くに!
哀れこの身は、君を呼びつつ吐息をついて待っている!
君がかんばせ、窓から出して 君の可愛い唇に
早く口づけをしたいんだ。愛は僕を苦しめる!
愛は僕を苦しめ、責めたてる!
ああ!愛は僕を責めたてる!

おお、コロンビーナ、窓をあけてよ
君が近くに
君を呼びつつ
吐息をついて
哀れなアルレッキーノがいるんだよ!
アルレッキーノは君が近くに! ❞

 

④第二幕 もう道化師じゃない(カニオ)

劇中劇の見境も平常心も無くなった座長カニオが劇中劇を演じるのですが、もう気がふれたみたいに歌うのでした。

CANIO

No! Pagliaccio non son;se il viso è pallido,è di vergogna, e smania di vendetta!
L'uom riprende i suoi dritti,e'l cor che sanguina vuol sangue a lavar l'onta, o maledetta!
No, Pagliaccio non son! Son quei che stolido ti raccolse orfanella in su la via quasi morta di fame,e un nome offriati,ed un amor ch'era febbre e folli Cade come affranto sulla seggiola.

【カニオ】
❝違う!俺はパリアッチョじゃない
この顔が真っ白だったとしても
それは恥と復讐への欲求のためだ!
男が自分の権利を取り戻し
そしてこの血を流している心臓が別の血を求めてる
恥を洗い流すために おお呪われた女め!
違う!俺はパリアッチョじゃない!
俺は愚か者だ
孤児だったお前を道で拾ってやった
ほとんど飢えて死にかけてたところをな
そして名前を与えてやった
それに熱く狂おしいまでの愛も!

打ちのめされたように椅子にへたりこむ❞

ここでの上本さんのテノールアリアは、この日一番の出来だと思いますが、ストーリとしてはその後がいけません。逆上してカニオは妻レッダと間男をナイフで刺し殺してしまうのでした。

 これで、オペラの終焉です。会場からは大きな拍手とブラヴォーの声も度々かかっていました。

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(会場の入りは半分にも満たない位でパラと離れて座っていたので気が緩んで叫んでしまったのでしょうか?飛沫が飛んで感染する心配はないと思いましたが。勿論自分としては、拍手のみ大きくして、手が痛くなりました。)最後に出演者の皆さんで、クリスマスソングを歌って終わりました。

 今日のオペラ鑑賞は、舞台が小さい日経ホールですし、ピアノ伴奏のステージなので、それに見合ったものならいいやと思って、クリスマスエヴの特段予定もない身を大手町まで運んだのですが、これが大当たり最近では先日の『マイスタージンガー』に次ぐ位の満足度でした。全体的にこの時代のイタリアオペラらしく、曲の旋律もいいものが多くあって、かなりマイナーなオペラですが、フルオーケストラでの本格公演は過去には二期会や新国立劇場で上演された模様。見ていないので機会があれば本格オペラで是非見たいと思いました。

 ピアノ伴奏の山口さんは、長時間に渡ってぶっ続け二時間演奏、相当タフなピアニストですね。今井さんのソロなど一音一音がピアノの音にピッタリ合致して歌っていました。歌手が歌い易いのでしょう。素晴らしいピアノ伴奏でした。