40年以上の歴史がある、コンサートシリーズ「東芝グランドコンサート」のソリストに選ばれた、世界の最前線で活躍するヴィルトゥオーゾたちが、サントリーホールに集結しました。ソリストは次の五人です。
清水和音(ピアノ)、神尾真由子(ヴァイオリン)、萩原麻未(ピアノ)、三浦文彰(ヴァイオリン)、反田恭平(ピアノ)
【日時】2021.11.20.(土)18:00~
【会場】サントリーホール大ホール
【出演】清水 和音(Pf)
神尾真由子(Vn)
反田 恭平(Pf)
萩原 麻未(Pf)
三浦 文彰(Vn)
【Profile】
【曲目】
① ベートーヴェン『ヴァイオリン・ソナタ第9番ィ長調 Op.47「クロイツェル」』
(神尾、浅原)
②ショパン『マズルカ風ロンド ヘ長調oP.5』
『ラルゴ変ホ長調(遺作)』
『ポロネーズ第6番変イ長調Op.53「英雄」』
(反田)
③ラフマニノフ(アール・ワイルド編)『ヴォカリーズ』
(清水)
④クライスラー『愛の喜び&愛の悲しみ』
⑤シューベルト『VnとPfのためのソナチネ第2番イ短調 D.385』
⑥ラヴェル『ツィガーヌ』
(三浦、清水)
【演奏の模様】
①(神尾、浅原)
ベートーヴェン「クロイツェル」
今日のコンサートの紅二点のお二方は、神尾さんが白、萩原さんが青のドレスに身を包み登場、その演奏はあたかも青いドナウ川の空を、天女が舞う様な美しいものでした。
スタートの重音からして力まず、あっさり軽々と音は飛び跳ねる。ピアノに続く調べは、ゆっくりのあと突然激しく力強く、川面を滑空して急上昇するが如く自在な舞いとなり、次第に円舞の速さを強めます。ぐるぐると廻ると岸の切り立つ崖に着地するも、すぐに再度空高く舞い上がり、ピアノは時としてさざ波の如く、時として深瀬に漂う木の葉をやり過ごしながら滔々とした流れになり、舞い姿を水に映し出している。舞いは流れに呼応したり、逆行したり、ますます自由自在、最後はゆっくりと滑降水面すれすれに着水、流れの中の小岩に着地した、こんな夢想さえもしそうな、ヴァイオリンとピアノの競演でした。
緩急緩の三楽章構成の中でもさらに変化に富んだテンポ、強弱、神尾さんは体を反らしたり前に曲げたり、体全体を使って演奏をしていました。萩原さんも力を籠めるところは動きを活発に、ピアノソロ的箇所はしっかりと表現、そこでは神尾さんがバックアップに回り支えます。ピアノ独奏をピッツィで支えることも、斯様にこの曲は、ヴァイオリンソナタの名はあってもピアノの活躍も著しく、まさに両達人の競演かつ共演に相応しい選曲だと思いました。
萩原さんの演奏は今年7月にラヴェルのコンチェルトを弾いたのを聴きました。また1月にはアンサンブルでの演奏を聴きました。7月は何か元気がない感じでしたが、今日は元気一杯、迫力ある演奏でした。神尾さんはこれまで何回も聴いていますが、一度も期待が裏切られたことは有りません。いつも素晴らしい演奏が聴けて感謝しています。何と朗々と冴え冴えと響く高音なのでしょう!何と深々としたふくよかな低音や重音なのでしょう。小学生の時から今まで何百回となくステージに立たれたことなのでしょう!まさに「日本のヴィルトゥーゾ」そのものですね。今後ストラディヴァリのひばりのさえずりを、いつまでも聞かせて下さい。
②(反田)
コンクール凱旋後、初めて聴きました。以前より一段と安定した弾き振りでした。それはそうでしょう、物凄い自信を付けたのでしょうから。
②-1ショパン『マズルカ風ロンド ヘ長調oP.5』
柔らかそうな指を丸めて、さらに柔らかな音を出していました。特に高音がコロコロと転げる玉の様に、切れ味良い演奏でした。休憩時間に近くのご婦人たちの一人が ❝あのとろける様な音を聴くとたまらない❞と言ったことを話しているのが聞こえました。 聴き終わった感想は、少し纏め過ぎの感がしないでもないというこでした。ショパンの曲は、意外と隠れた激しさが噴火する時がありますから。
②-2『ラルゴ変ホ長調(遺作)』
ゆったりと弾く表現力は、上記②-1と同じ人が弾いているとは思えない程の変化のし様。随分器用なピアニストですね。
②-3『ポロネーズ第6番変イ長調Op.53「英雄」』
これまで頭の中に形成されていた「英雄ポロネーズ」とは一風異なった演奏でした。あのアルゲリッチもそうでしたが、一般論でショパンを鍵盤上、論ずるのではなく、個性論で論ずる、と言った風向きが感じられました。かなり個性味溢れる「英雄ポロネーズ」でした。
演奏後鳴りやまぬ拍手に応じて、アンコールがありました。
〈アンコール曲〉『三つのマズルカOp.56から第2番ニ長調』
この曲の演奏が、今日最高の出来だと思いました。軽快で音が綺麗。マズルカのお手本の様な演奏でした。
③(清水)
ラフマニノフ『ヴォカリーズ』
清水さんの演奏は、本物のプロ中のプロの音でした。さすが若い時から年を重ね演奏も日々上昇の一途をたどってきたのでしょう。素晴らしいラフマニノフでした。
スタートの第一音からして、肩の力を抜き去り、自然に音が出ています。少しも気負ったところがなく、淡々と弾いている。それでも力強い強奏も繊細な音も、当たり前の様に何食わぬ顔でピアノから出で来たりぬ。その表現力といい、技量といい、一朝一夕には到達出来ない、何十年も年季の入ったヴィルトゥーゾのみが描けるラフマニノフ像でした。割と短い曲でした。
④(清水、三浦)
クライスラー
三浦さんの立ち上がりは緊張していたのか ❝愛の喜び❞の演奏 は何かいま一つ音が研ぎ澄まされていない感じが有りましたが、❝愛の悲しみ❞になると、かなりリラックスしてきたのか見違える様にいい音を出すようになりました。でもこの曲は底明るいというか、悲しみの中にも希望的な何かがにじみ出ている様なそういった趣の演奏でした。
⑤シューベルト
三浦さんはシューベルトの歌う様なメロディも、オーケストラの中の激しい感情表現の様なパッセッジも、良く表現力豊かに演奏していました。それに増して、清水さんのピアノが素晴らしかった。音は綺麗だしシューベルトのソナタを隅々まで知って弾いているのでしょうから、それはそれは誠にシューベルトらしいヴァイオリンとの競演でした。演奏後自分を譲って、三浦さんを先にたてる謙譲さ、控え目な様子も、本物の芸術家の現れだと思いました。
⑥ラヴェル『ツィガーヌ』
この段階になると、三浦さんは本来の実力を発揮し、ラヴェルの踊りと同じく何回も何回も繰り返えされるしつこいまでの曲の高揚を、見事にヴァイオリンで表現していました。最初立ち上がりと比べると見違えるほどの変貌振り。豹変ではないです、じわーといつの間にか素晴らしい音を立てていた。清水さんのピアノの演奏に先導されて本来の高みに戻ったのかも知れません。❝少しのことにも、先達はあらまほしきものなり。❞
尚、❛今回のコンサートはテレビの収録が入っていて、インターヴュウがあるかも知れない❜との館内放送がありました。明日(10/21)日曜夜10時からの8チャンネル「Mr.サンデー」で放映される模様。