この演奏会はマーラーの良く知られた曲や、これも又よく知られたピアニストの金子さんが、超絶曲とも謂われるバルトークのピアノコンチェルトを弾くということだったので、本来ならば生演奏を聴きに行くところなのですが、31日はウィーンフィルのチケット発売日で、又他の用事も重なったので配信の手続きをしていました。しかし8月に入って結構何かにと忙しくて配信を聴く優先順位が後になってしまい、やっと昨日(8/9)と今日(8/10)に分けて時間を取れたので、じっくり鑑賞しました。配信は、音も映像もかなりいいですし、バックステージの様子や演奏楽器のアップ画像が見られ、それから聴きとれにくい箇所を何回も繰り返し聴けるので、生演奏には無い長所があります。8月一杯何回もアーカイブ配信が聞ける点もまた良し。
【演奏日時】2021.7.31.(土)15:00~
【鑑賞日時】2021.8.10.(火)
【管弦楽】東京ニューシティ管弦楽団
【指揮】飯森範親
【独奏】金子三勇士(ピアノ)
【曲目】
①バルトーク『ピアノ協奏曲第3番ホ長調』
ピアノ演奏 金子三勇士
②マーラー『交響曲第5番嬰ハ短調』
【演奏の模様】
①バルトーク3番コンチェルト
この曲は、『浜松国際ピアノコンクール』の本選課題曲にも入っており、又156回(2016年)直木賞受賞作『蜜蜂と遠雷』のコンクール本選で風間塵が弾いたのもこのバルトーク3番でした。この曲の特徴・演奏の模様は、上記作品の最後の490pから15pに渡る文章が、優れて説明しているので抜粋を次に引用します。
❝風間塵が椅子に座る。指揮者が構える。あの、親密で特別な沈黙が降りる。静かにさざなみのような弦楽器のトリルが入る。密やかな導入部。そして、風間塵の弾くメロディが加わる。その最初の一音だけで、余りのクリアさに観客の耳が覚醒するのが分かった。~何と言えばいいのだろう、すごくよく通る、美しい声が森の中から響いてきたかのような。~バルトークの音楽は、なぜか屋外にいるところを思わせる。彼の曲を聴いていると、手付かずの大自然の中を歩いていて、気まぐれに吹き寄せる風邪に身を任せているような感覚に陥るのだ。~ バルトークのメロディには、他の作曲家にない土着性がある。沈んだ森の色、風の色、水の色がある。それが風間塵自身の持つ野性味とあいまって、不思議なうねりを醸し出しているのだ。~
少なくとも、今の風間塵の演奏ではオーケストラも明らかにバルトークの音楽を奏でていた。恐らくは風間塵に引っ張られて。~
第二楽章のアダージオ。ゆったりとした、厳かなオーケストラの導入部。ゆっくりと、木立の中を鹿が歩いてくるのが見えるようだ。かすかに霧が立ちこめ、うっすらと肌寒く、どこか神秘的な空気がぴんと張り詰めた朝。まだ夜は明けきらず、息を潜めるような静けさが辺りに漂っている。~ 冷たい水滴が肌に心地良かった。足の下でぱきんと枯れた枝が折れた音がする。ミルク色霞の中に、キラリと光が差し込んだ。鹿がぴんと耳を立て首を上げる。遠くから来る何かに気付いたらしい。高いところで鳥が鳴く。さえずる。歌う。はばたいて空を渡ってゆく。アンダンテ。ゆったりと揺れるゴンドラに乗っているみたいに、風間塵の身体もゆっくりと揺れている。~
バルトークの三番は第三楽章に入るところだった。風間塵の鮮やかなスケールが駆け上がり、オーケストラが加わる。わくわくする、躍動感溢れるバルトークの世界が、スリルとスピードを伴って輝かしく膨れ上がる。凄い。ものすごくオーケストラが鳴っている。顔に音圧を感じるほどだ。 ~ ピアノと弦楽器の掛け合い。互いに一歩も引かず、息を吞むような緊張感が持続していく。音が、塊となって迫ってくる。まだまだ膨らむ。まだまだー。❞
聴いた感想は、もっともっと激しい曲かと思ていたらそうではなく、相当穏やかで柔らかい部分が多くを占める綺麗な曲だと思いました。バルトークが死の病で、愛するピアニストの妻に宛てた最後のラブレターだったのでしょうか?金子三勇士さんらしいジェントルマンの品のいい演奏でした。
金子さんは、アンコール演奏もしました。リスト『コンソレーション第三番S.172/3R.12変ニ長調』
短い曲ですがいい曲ですね。まさに絶品のリスト。さすがリスト音楽院に育まれたピアニスト。ドナウ川の滔々とした流れ、或いは音楽院(現在はリスト・フェレンツ音楽大学)の前を走るものすごく車線の広い緑豊かな「アンドラーシュ大通り」、音楽院のリスト像の立つ小公園のベンチに佇み、ゆったりと音楽の合間を憩う姿が目に浮かぶ様です。両国を結ぶ貴重な人材ですね。ラジオ、リサイタルと大活躍の日々ですが、まだまだお若いですから健康には十分気を付けられ頑張って下さい。
《休憩》
この間に首席トランペット奏者にナヴィゲーターの竹平さんがインタヴューしました。
トランペットのソロからスタートで緊張していること、3楽章はホルンが活躍、新人二人のホルンの掛け合いが見ものであること、Ⅲ楽章の弦楽器のアンサンブルがとても綺麗であること、創立31年を迎え飯森さんも迎えることになった、信頼していること等を話していました。
②マーラー5番
この曲はマーラーの有名曲の一つで、第4楽章の「アダージェント」がヴィスコンティ映画『ベニスに死す』に使用されたことでさらに有名になりました。演奏前の指揮者のトークでも、マーラーと妻アルマのやり取りの説明等各楽章の特徴を説明されていて良く分かりました。
5楽章構成です。
②-1
トランペットの冒頭演奏はかなり強烈。
主題及びその変奏曲が割りとゆったりと演奏される穏やかな楽章でした。時にはトタンペットを契機とした強いアンサンブルも交えていますが、穏やかな枠組みをはみ出ることは無かった。冒頭の主題は何回か繰り返されます。
②-2
妥協を許さない難しいアンサンブル、マーラーの将来を予想する様な不安な一面も出ていますが、最後は静かに消え入る様に終了するのもマーラーの一面でしょうか。トランペットが弱音器をつけて演奏しているのがはっきり分かるのも配信映像の緻密な処、生では中々弱音器を付けた外したと言った仔細な点までは気が付かない時が多いです。
②-3
冒頭Hnが立ってソロ演奏していました。飯盛さんの指示によります。シロフォンの音が入っていることは映像では明らかですが生ではうっかり聞き漏らしそうな音。あちこちでホルンが活躍していました。弦アンサンブルも綺麗な箇処が多い。テューバも迫力ありますね。
②-4
冒頭のテーマは、最初のマーラのメロディが「トリスタンとイゾルデ」の部分に似ているという妻アルマの指摘により書き直されたと飯森さんの説明がありました。非常に流麗なハープと弦楽アンサンブルは映画音楽化されのもむべなるかなです。これはマーラーがアルマに向けた愛の歌なのでしょうか? 最後は非常にゆっくりとしたテンポで曲を終えました。これはSehr langsamと、表記されているからなのかも知れませんが、マーラー自ら演奏指揮した時は随分速いテンポだったそうですよ。
②-5
ホルン、ファゴット、オーボエの管楽器で開始、ハープ演奏が難しそう。賑やかな祭典的雰囲気、弦楽器、管楽器のフガ的モチーフ展開で各楽器のモティーフがぶつかりあうのも見どころでした。
この曲では4楽章を除き、マーラーらしい管楽器を多用するオーケストレーションが目立っていました。どちらかというとマーラーの響きは古典的なものから足を抜け出ていない気がします。
トークで飯森さんは時々苦し気な 感じで水を所望したりし、熱中症になってしまったことを告白していましたが、バルトークとマーラーの大曲を何とか指揮通しました。でもやはり若干オーケストラにもその弱さが乗り移っていたかな?力強さ迫力という面で。飯盛さん最高に暑い夏ですからコロナには十分注意して下さいよ。
いずれにせよ今日の二曲は、何れも大作曲家が妻との関係が動機になって作曲したと思われるもので、指揮者の選曲には脱帽します。