◎テーマゾーンⅦ イギリスにおけるフランス近代美術受容(12作品)
いよいよ最後のゾーンになります。
19世紀初頭、隣国フランスでは、ダヴィッドにより確立し、アングルなどの大家も輩出した新古典主義に対し、ドラクロアに代表されるロマン派が台頭、コローなどのバビルゾン派の活躍やクールベのリアリスム宣言、に続きモネやルノアール達による印象派が誕生します。
19世紀~20世紀初頭にかけて、フランス近代美術の萌芽と発展のもと、1874年にはパリで第1回印象派展が開催されました。その後盛んに美術展が開かれ、諸国からもパリを中心としたフランス諸都市に画家達が集まり活躍する様になります。マネ、コロー、ピサロ、ドガ、シスレー、セザンヌ、モネ、ルノワール他、今日でも名の通った人々の動きが活発となっていったのです。ところが1870年の晋仏戦争時には、戦乱を避けてイギリスに身を逃避させる画家も出ました。サロン展(フランスの官展1837年~1880年)の審査員だったドービニーはロンドンに逃れ、モネやピサロも避難してくると画商に紹介されたり、彼らは、ターナーなどの風景画に触発されます。そうした技法も取り入れた絵画を描き個展も開くのですが、ロンドンでは無視されたり評価されることは無かったのです。シスレーも同様でありました。この傾向は20世紀初頭まで続き、1910年以降になってやっとイギリスでも徐々にフランス印象派等の絵画が受け入れられる様になります。ナショナルギャラリー・オブ・ロンドンでは、海外の近代絵画を1900年までには、たった7点しか所蔵していなかったものが、1930年代までには、収集、寄贈などにより、フランス近代絵画の一大コレクションを築き上げる事になるのです。
このゾーンでは、上で述べたフランス新古典主義派からバビルゾン派、印象派などの傑作12作品が紹介されています。その中から幾つか見て行きましょう。
先ず目に留まるのは、艶めかしい裸体をくねらせているアングル作の『アンジェリカを救うルッジェーロ』です。
カタイ(中国本土)の姫アンジェリカが下方に描かれている怪獣の餌食になろうとしているのを、騎士ルッジェーロが救出する構図です。我々日本人の目からすると姫は中国人らしからぬ風貌をしており、白人の様にも見えます。第一アンジェリカという名前からして西洋風です。シルクロードの民なのでしょうか?それともウィグル方面の非漢民族なのでしょうか?
アングルはこの絵に先駆け、同じ題材で同名の絵画をパリ・サロン展に出品していますが、当時の評判は芳しくなかった。しかしその後公的コレクションの仲間入りし、現在はルーブル美術館所蔵です。同美術館には、もっと有名な『グランド・オダリスク』が、オルセー美術館には『泉』がありますが、何れもアングルの裸体描写の解剖学的精密さが特徴です。
続いて風景画のコローの『西方より望むアヴィニョン』です。
コローはフランスをたびたび訪れて風景を描写しており、ローマ教皇庁が分裂した時代(1378年~1418年)に、南仏アヴィニョンに教皇庁がローマ教皇庁とは別に置かれました。その堅牢な教皇庁の遺跡はこの絵の遠景からははっきり見て取れませんが、中央の横長の四角い建物がそれです。その右方がアヴィニョン市街地、左端には、アヴィニョンの橋が僅かに見えます。そうあの“アヴィニョンの橋で踊るよ踊るよ・・・”の歌で有名な橋です。参考までに、以前アヴィニョンに訪れた時の写真を掲載します。
街もそれ程大きな市街地ではないですが、絵では右方に広がっています。街中に劇場がありました。アヴィニョンオーケストラの本拠地の模様。
次にピサロの『シデナムの並木道』の展示がありました。
ピサロがロンドン滞在中に描いたもので、田舎風景の樹木、道、家屋、歩行者、どれをとっても平穏な生活の息使いが感じられ仲々いい作品ですね。好きな画家の一人です。特にその白の使い方が。
続いてルノワールの『劇場にて』。
大劇場の桟敷席の中です。オペラ観劇なのか器楽演奏会なのかは不明ですが。桟敷席からは左方外に多くの聴衆が描かれ、その手摺の向きと聴衆の顔の向きから考えるとステージは左側彼方にあると思われます。従って桟敷は劇場のかなり後方の二階に位置し、二階席の最後列付近と、その後ろ上方の三階席最前列が描かれていると推察される。少女の手にした花束は、演奏会終了後に演奏者に捧げるためのものなのでしょうか?それにしてはタイトルの副題が、“初めてのお出かけ”ですから、通常初心者では、演奏者に花束を差し出すタイミングも分からないでしょう。不思議な花束です。ルノワールは日常生活のワンカットを画材にすることに長けていました。
最後はゴッホの『ひまわり』についてです。
「ひまわり」と言えばすぐ頭に浮かぶのはゴッホの絵か、ソフィア・ローレン出演の映画だと思います。ゴッホは尊敬するゴーギャンとの共同生活をフランス・アルルの家で行うのですが、その家の室内を飾るため、一連の「ひまわり」の絵を描いています。全部で7点の連作です。
そのうち今回展示されているのは、英国内にある『ひまわり』で、ゴッホ自身の署名が入った作品なのです。このテーマゾーン最大のスペースを取って、それらの比較が為されています。他の6点の内1作品が我が国の東郷美術館所蔵となっており、我々はいつでも見ることが出来るのはラッキーです。個人的好みを謂わせて貰えば、東郷美術館の「ひまわり」が一番気に入っています。展示作品と構図は同じですが、色彩が周りも花の色もより明るく感じられ、特に花の一部が赤っぽく描かれ色彩のバランスが非常に良いと思います。
アルルはフランス・プロヴァンス地方にある古い都市、ビゼー作曲『アルルの女』は有名です。アルル滞在中ゴッホは黄色に魅せられたが如く、黄色を多用した絵を描きました。
その一例として『夜のカフェテリア』、『アルルの跳ね橋』を示します。
このカフェテリアは現存し、跳ね橋は当時のものとは別のものがかっていました。行った時に撮った写真も参考まで掲載します。
ゴッホの黄色は本人も意図して使うことが多く、アムステルダムの「ゴッホ美術館」に行った時、展示されていた絵に目を見張りました。一面の小麦畑が黄色く色づき収穫を待つばかりの見事な田園風景の絵でした。その時購入した図録の表紙をその絵が飾っていたので、ゴッホを代表する絵なのでしょう。