一つの演奏会でピアノコンチェルトを三つも聴けるとは、この様な贅沢な音楽会は滅多にないでしょう(コンクールは除きます)。
しかも、コロナ対策のお陰で、足が組める位ゆったりとした席で。
今年は、ベートーヴェン生誕250年で、それに因んだ様々な音楽会が予定されていまたが、コロナ禍でほとんどが無事には済みませんでした。ここ数週間も新規感染者が増える一方で、サマーフェスタが中止にならないかと気掛かりだったのです。幸いミューザ関係者のご努力で、感染防止に出来る限りの対策が施こされ、音楽祭を何とか成功裡に終わらせられそうなのは、慶賀に堪えません。今回の音楽祭では、ベートーヴェン関係の曲の演奏も多く、記念すべきベートーヴェンイアーの体面も保てることでしょう。
昨日の演奏プログラムは、以下の通りでした。尚この演奏会の模様は、他の日の演奏と同様に映像を撮り、ネット配信されるとのことでした。
◎指揮: 渡辺一正
◎管弦楽団:神奈川フィルハーモニー
◎ 楽器編成 :
2管編成、Ft(1)、Ob(2)、C(l2)、Fg(2)、Hr(2)、Trp(2)、Timp(1)
弦楽五部10型変形
◎演奏曲目
①べートーヴェン作曲『ピアノ協奏曲第1番ハ長調作品15』
(演奏者:黒木雪音)
②べートーヴェン作曲『ピアノ協奏曲第4番』
(演奏者:阪田知樹)
③べートーヴェン作曲『ピアノ協奏曲第5番(皇帝)』
(演奏者:清水和音)
◎演奏の様子
本演奏の前に10分程プレトークがありました。今日の演奏オケ、神フィルのソロコンマスである崎谷直人さんに、ネット配信のナレーターを務めているフリーアナウンサーの竹平晃子さんが、インタヴューする形で行われました。
自粛期間中の事を訊かれ、”人間は欲深いもので、それ以前演奏が忙しい時期には、休みたいと思っていたが、演奏会が全然無くなって暇になると、演奏したいと思った”と静かに答えていました。また演奏曲目について、1番のコンチェルトは、比較的初期の作品で、ハイドンの影響も残るが、4番になるとラズモスキーなどの時期で、精神性がより深まった作品で阪田さんに合った曲、5番は、(ピアノ界の)英雄の清水さんが弾かれるのに相応しい曲”といった趣旨のことを話していました。
①の演奏、協奏曲第1番
【第Ⅰ楽章】アレグロ・コン・ブリオ
黒木さんの演奏は、音も奇麗だし、テクニカルにも弾きこなしているし、通常のコンチェルト一つだけの演奏会だったら、立派な演奏と評されたことでしょう。
しかし、今回は、すぐ後に別人が別の音を紡ぎだすので、どうしても比較されてしまいます。
また比較する以前の問題として、立ち上がり時の左手の音が、弱いのでオケが大きな音を立てると、ほとんど聞こえないこともありました。ffで演奏する箇処でやっと左右のバランスがとれた感じ。でも音が研ぎ澄まされた感じはしません。
第2テーマでも左手のもやもや感はありました。ゆっくりした部分やppの部分では良くバランスしていた。カデンツァもまずまずでした。
【第Ⅱ楽章】ラルゴ
右手だけで弾く部分は奇麗にきこえました。この章の表現力はまずまずだと思います。左右の音量のバランスはどうだったかな?一人で練習している時は弾きながらバランス良く聞こえても、オケをバックにしたステージで弾くと、聴衆には同じ様には届きません。ステージ前方の席には、左手の出す音は、右手のそれより、距離が遠く、同じ強度(音波の高さ)だったら、僅かに小さく聞こえる筈。ましてオケが大きな音を出している訳ですから、Pfの音の伝播は、微妙に影響されるでしょう。
【第Ⅲ楽章】ロンド•アレグロ・スケルツアンド
冒頭の、速いパッセージで異音一つあり。
二カ所で左右のバランスやや不安定感あり。
Ⅰ、Ⅱ、Ⅲを通して、かなり完璧に近い演奏だったと思うのですが、完璧で当たり前の世界ですからね。全体的に何かピカッと光る処が感じられません。生気がた足りない気がしました。次の阪田さんの演奏を聴いた後では、ピアノって、弾き方によってこんなにも違うんだと感じましたよ。
尚、オケは、ピアノ独奏の音とのバランスを考慮してなのか、ベートーヴェンの指示なのかは、楽譜がないので分かりませんが、小規模編成でした。
この曲ではTimp の音がアンサンブルの中で、何か今一つ普通聞こえる様なズッシリした重みが感じられませんでした。耳のせいかな?
②の演奏、協奏曲第4番
【第Ⅰ楽章】アレグロ・モデラート
冒頭のPfの誘導音、第一声からいい感じ。またこのベートーヴェンの旋律が哀愁を帯びて洗練されたいい調べですね。オケが引き継ぎ、変奏を繰返します。 Hr.が少し変に感じられた。
オケの前奏の後再びPfが音を繰り出します。そうそう、この音、ピアノとはこういういい音を出すのですよ。特に高音が綺麗。Fgに異音。Prest の箇処での左右の指使いも見事(鍵盤と指が良く見える席でした)左指だけでポン、ポン、ポンと強打するところもしっかり、何にはともあれカデンツァが圧巻でした。ゆったりとした流れから急発進するテンポの変化の間の取り具合も良し、このカデンツァは聴きごたえ見ごたえのある力演でした。最後テーマをPfが変奏で繰り返し、コロコロと速く軽やかに弾く箇処も指が別の生き物の如く小刻みに動き見事。
【第Ⅱ楽章】アンダンテ・コン・モート
短調のオケのイントロでPfがしめやかにゆったりと歌い始め、時々オケの相の手が入って語り合う、これってベートーヴェンの当時としては前例を見ない画期的な手法だった様です。あたかも霜の降りた土をゆっくり踏みしめながら考え事をして散策するイメージを抱いて聴いていました。
【第Ⅲ楽章】ロンド・ヴィヴァーチェ
冒頭からオケもPfも軽快なリズムで急発進、Pfの速いパッセッジがキラキラと輝き、オケのジャンジャジャジャン、ジャンチャチャジャンという誘いで再びPfがショパンを彷彿させる様な綺麗なメロディを奏で、再び軽快なオケの演奏が強いアンサンブルで続き、阪田さんは演奏に没入していました。
最終近くでのパッセッジにはメンデレスゾーンがコンチェルトに引用したのではなかろうかとも思える類いのメロディもあるのでは?等と考えながら聴いている内に終演となりました。
尚、オケのTimp(演奏者が交代?)は力強くなり底を支え、オーケストラのアンサンブルと阪田さんの演奏も良くかみ合っていたと思います。
①の黒木さんの演奏と比べて申し訳ないですが、阪田さんを聴き終わって、これぞピアニストの演奏という印象を強く持ちました。何が違うか?一つ一つの音の質、曲の、音楽としての表現力でしょうかね?
③の演奏、協奏曲第5番(皇帝)
清水さんは、園田隆弘さんや中村紘子さんなどが亡き今となっては、我が国ピアノ界の大御所と言ってもいい位でしょう。
細かいことは割愛しますが、先ず音量が相当抜きんでている。演奏のしっかり感、安定感も抜群、オケとのやり取り、演奏の引継ぎ、引き渡しもぴったり、勿論技術的にも完璧。将にトークで谷崎さんが言っていた“皇帝”の風格のある演奏、堂々としていました。素晴らしい演奏だと思います。
しかし敢えて言わせて貰えば、何か魅力を、惹きつける力を、もっと感じても良いのではないかと思いました。これはいつも感じることなので繰り返しますが、『2019年堀正文70th Anniversary Consert(5/19)』で清水さんが、『英雄ポロネーズ』を弾いたのを聴きました。当時のhukkats記録を見ると、今一つだったとの感想を記録していました。何か物足りなさを感じます。積極的にまた聴きに行きたいという気持ちが湧いて来ない。これは何なんだろう?と考えても原因不明です。これからさらに精進され、世界に冠たる巨匠と呼ばれるピアニストになられんことを願っております。