ミューザ川崎のサマーフェスタも後半に入り、昨日(2020.8/4.)は、新日フィルによるベートーヴェンの演奏を聴いて来ました。ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲とベト七を久石さんの指揮で演奏したのです。Vn独奏は豊嶋泰嗣さん、ベテラン奏者です。暫くVnコンチェルトの生演奏は聴いていなかったので是非聴きに行きたかったのです。
本公演の前に、室内楽の短いプレコンサートがありました。演奏者、曲目は次の通りです。
《プレコンサート》
【演奏者】
ヴァイオリン:崔 文洙 、ビルマン聡平
ヴィオラ :篠﨑友美
チェロ :植木昭雄
【曲目】 ショスタコーヴィチ: 弦楽四重奏曲第8番
《本 公 演》
【曲目】
①久石 譲作曲『Encounter for String Orchestra 〔約5分〕 』
②ベートーヴェン作曲『ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61(カデンツァ:ベートーヴェン/久石 譲)』
―休憩〔20分〕―
③ベートーヴェン作曲『交響曲第7番 イ長調 作品92 』
【オケの規模・構成】
基本2管編成、弦楽5部は10型の変形か?
《演奏の模様》
◎プレコンサート
第1Vn奏者は、新日フィルのコンマスです。
この曲はショスタコービッチが1960年54歳の時の作品。この年は怪我や入院生活等で精神的にかなり弱っていた時期です。
冒頭から非常に暗い憂鬱なメロディがゆっくりと流れ始めました。プログラム紙の記載によると、この曲は“反ファシズムと第2次世界大戦で亡くなられた方への哀歌です”とあります。がしかし同時に精神的苦痛に苛まれる自信への慰みとの見方も出来ます。
曲は途中から非常に激しく強い弓使いの音でチャカチャカチャカチャカチャカチャカとややバルトークを連想する響きが続きました。何か沈痛な気持ちになりました。
①『Encounter for String Orchestra』
弦のみで5分間の短い曲。変わったリズムで、久石さんの指揮もメロディもあたかもダンスしている様な感じの演奏。ミュージカルぽいというか映画音楽ぽいというか若干ジャズぽいかな?同じメロディとリズムの繰返しでした。
②『Vn協奏曲ニ長調』
【第1楽章】 アレグロ・マ・ノン・トロッポ
長いオケのイントロの後、Vnの調べがくねくねとせりあがって行きます。‘そーそーこれこれ、懐かしいメロディ、暫く聞いていなかったな’と思いました。
最初の調べ、研ぎ澄まされた音を聴いただけで、直感的に ‘これは本物だ’ とすぐ分かりました。何百何千回と弾きこなされた弦と弓の織りなす音色、音から音へと遷移する微妙な連なりの変化自在、長い伸ばされる一つの音での僅かな強弱、音質の変化、どれをとっても、長い年月をかけた修練、琢磨の後に辿り着ける技です。まさに職人芸です。音づくりマイスター、名工と言ってもいいかも知れません。全くと言っていい程完璧な演奏でした。
最後のカデンツァは恐らく久石さん版で、大変珍しい組合せ、ソロのヴァイオリンに Vn Vc Timpの首席奏者まで加わった組合せという斬新なものでした。初演とのこと。
強い弓使いの重音演奏、Vc首席と2Vn首席の伴奏を伴うソロの、まるで蜂が飛翔する様な上下動の調べ、猛スピードで駈け抜ける箇処、Timpと1Vn首席の音を背景としたソロの舞踊風な調べ、ソロ抜きで1VnとVcのデュエット風の力強い音などなど、大変わった面白さがあるカデンツァでした。ここでの久石指揮は、手、腕をあまり使わず、体を少しかがめた姿勢で前後に動かし、それに合わせて首を前後に振るだけでした。あたかも演奏者に “そうそう、そういう演奏ですよ” と言わんばかりに。
【第2楽章】 ラルゲット
この楽章の最初は、穏やかな非常に安らぎを感じるところです。HrやClに合わせるソロの演奏部は、豊嶋さんは繊細な細い音ですがしかも相当力強く演奏、まさに歌を歌うが如く相変わらず素晴らしい音を紡いで歌っています。”いよ!マイスタージンガー!”と掛け声を挙げたいくらい。(ホールでの新しい音楽様式では隔席だけでなく掛け声禁止です。勿論ブラボーも。ですから声で伝えたいことはすべて大きな紙に書いたものを掲げるとかプラカードで伝達するのです)
後半のカデンツァは恐らくベートーヴェンのものですが若干編曲されているかな?最後の最後はベ―トーヴェンらしい調べに戻り終了。すぐにアッタカ風に第3楽章スタート。
指揮者は相変わらずの‘Dancing Conductor ’。膝を折り曲げ頭を垂れ、体を前後に揺すって踊っています。楽しそうに陶酔している感じ。
【第3楽章】 ロンド(アレグロ)
オケとソロの同じ主題の掛け合いが続き、ここにもカデンツァがあるのですね。弓の根元を使った強い出音、重音の響き、すぐに普通に戻し、またオケのアンサンブルが繰り出します。
ただここでたびたび感じたのは、ヴァイオリンの演奏の後のオケに移る場面でオケが待っていましたとばかり、同じメロディを弦中心に全体で演奏するのですが、テンポが少し早くなってしまっていました。ソロとの共奏場面ではないですが、その直前のソロの演奏したテンポに合わせないと、曲全体の流れにちぐはぐ感が生じないですか?私は気になりました。
演奏全体を聴いた印象は、独奏者の“技あり一本”の感。1楽章と3楽章のほんの小さい塵みたいな乱れを除けば完璧な演奏でした。見事としか言い様が有りません。
家に戻ってから、庄司紗矢香さんのN響との演奏の録音を持っているので聴き返したのですが、何かつまらなく感じました。これまではそういった感じはしなかったのですが。
年季の違いというか音楽を知り尽くした違いというか、音楽表現としての差は歴然です。こう言っては、天下の人気者の若手ヴァイオリニストに大変失礼ですが、稚拙ささえ感じました。
昨年から若手の人達のヴァイオリンリサイタルを聴く機会が結構多いのですが、その都度、皆さん素晴らしい音と技量を兼ね備えた演奏に、ただ感動すらする時が多く、日本のヴァイオリン演奏のレベルはものすごいな、というのが実感なのです。でもやはり「音楽」としてさらに感動的な演奏を聴衆に聴かせるには、何よりも様々な人生修業、それは或いはオケの一員としての経験とか、室内楽アンサンブルの経験とか、他に自らの演奏を伝達するとか教えるとか、それ以外の様々な経験だって寄与するかも知れない。
勿論その背景には、何千回、何万回という練習があっての事だと思います。
ヴァイオリンではないのですが、夭折した昔のピアニスト、リパッツィの古い録音を持っています。その音をちょっと聞いただけで、あーこの人は何万回もこの曲を弾き慣らした指で弾いているのだなということが感じられます。ホロビッツを聴いても同じ感じがしますね。
③『交響曲第7番イ長調』
【第1楽章】 ポーコ・ソステヌート ― ヴィヴァーチェ
【第2楽章】 アレグレット
【第3楽章】 プレスト ― アッサイ・メーノ・プレスト
【第4楽章】アレグロ・コン・ブリオ
細かい処は割愛しますが全体として、久石指揮はこの曲に全力で取り組んだのだな、練習したのだなということが伝わって来る演奏でした。最後の楽章など、全オケが脱兎の如くものすごいエネルギーとスピードで演奏しまくり、しかし遅いテンポの処は手綱を緩めてメリハリをつけ、再び演奏者は髪を振り乱し、体を力一杯折り曲げ、くねらせ、動かし突進する。しかも各パートの音の乱れはない。曲が終わった後の演奏者はきっとクタクタになったことでしょう。
演奏終了後、聴衆の拍手は大きく会場に響き、何回も何回も指揮者は舞台に出て来て挨拶していました。それでも鳴りやまず、オケ団員が退席した後も鳴りやまない拍手に、久石さん、豊嶋さん、コンマスの三人が最後に出て来て肩を寄せながらまた挨拶していました。アンコールは有りませんでした。皆さん全力を出し切った証です。
ところで話は変わりますが、『昨年最も心に残ったN協公演』と題して、日曜日夜(2020.8/2.21h~)NHKEテレで放送していました。選ばれたのは、グラス作曲『2人のティンパニストと管弦楽のための競争的幻想曲』(2019年10月8日)でした。録画で見ていても大変おもしろかったので、実際に聴きに行きたかったですね。今思えば丁度その頃、このブログ立ち上げのためなどに忙殺されていて、オーケストラを聴きに行く気持ちの余裕がなかったのを思い出しました。普段主役のソリストとなりにくい楽器の協奏曲など、探せば結構あるのではないでしょうか。大変興味が湧きます。