前回、上野の美術展で見たⅠ.イタリア・ルネサンス絵画の収集 のゾーンの作品群の中から一番印象的だった、マグダラのマリア関係の二つの絵(ティツィアーノ及びサヴォルドの作品)について書きましたが、そこでカラヴァッチョを引用しました。NGLは有名なカラヴァッチョの作品『エマオの晩餐』を所蔵しています。これと双子の作品ともいわれる同じ作者の『エマオの晩餐』がミラノのブレラ美術館にあります。今回の展覧会には来なかったのですが、この二つの作品は多くの事が語られている注目すべき絵画なので、若干脱線しますが比較してみます。
以前、ミラノとロンドンで両者を見たことがありますが、NGLの絵はブレラの10年ほど前に書かれたそうで、キリストも若く描かれ、左前方から当たる光が壁の中央から右方にかけて影を落としている以外は、登場人物、テーブル、静物、が明るい明確な色調で描かれています。特にテーブルクロス、左の立っている人物の帽子、キリストが羽織っている白い衣が明るさを増す効果を上げている。
それに対しブレラの絵は、全体的に暗い色調で、暗闇の中に登場人物が浮かび上がる効果があり、より光の用法が巧みだと言えます。何れの作品もテーブルの横の線と4人の人物の頭部を繋ぐ線が不等辺三角形を形成し絵画の全体構図に安定感をもたらしています。BGLの作品を左に展示しブレラのものをその右に並んで展示したとしたら(これは絶対と言って良い程不可能なのでしょうが)、より安定感を感じる、描かれた時の推移をさえ感じられる双子の連作となることでしょう。
さて今回の次の展示ゾーンⅡオランダ絵画の黄金時代 の絵に話を戻しますと、ここに展示されている9~16の8作品の中では、何と言ってもフェルメールの『ヴァージナルの前に座る若い女性』が注目されます。フェルメールが描いた作品と言う事ばかりでなく、楽器を演奏している絵なのですから。
ヴァージナルはチェンバロの類いの楽器で、鍵盤の動きと共に作動する爪部分で金属弦をはじいて音を出す機構を有し、それが箱型の木製外枠に収納されたものを主として呼び、開閉できる上蓋の内面には絵などが描かれていることがあります。15世紀~17世紀のイングランドでは、チェンバロの総称であった。
この絵は、鍵盤に手を置きながら開けられたカーテン越しに、首を横に振り向いて外に向けた目は誰かを待っているかが如き若い女性の姿と、手前左にヴィオラ・ダ・ガンバをあたかもこれを使ってもいいですよと言わんばかりに大きく描いています。また右上に漠然と描かれた楽器を弾く女性の肩に手を回し愛でている男とそれを見ている男は、このヴァージナルの空間での秘め事を暗示しています。ここに訪れる者はきっと男でしょう。ヴィオラ・ダ・ガンバとヴァージナルの合奏して楽しむも良し、伴奏で歌を歌うも良し、男性との交歓を待つ女性の瞬間を、フェルメールは天才的な画法で切り取ったのでした。
今回のNGL展には来ていませんが、この作品の対とも言えるフェルメールの『ヴァージナルの前に立つ女性』をNGLは所蔵しており、現存している絵画が35程度だろうと言われている数少ないフェルメールの絵を、しかも類似のテーマの二作品をNGLが収集したということは驚嘆に値します。
尚、このⅡのゾーンにはオランダ絵画の代表レンブラントの『自画像』も展示されており、写真よりも生き生きとしたその表情の表現は見事としか言いようが有りません。
(補記)
カラヴァッチョ(Caravaggio)の作品については、昨年札幌、名古屋、大阪で巡回展が開催されましたが、なぜか東京には来なかったので見られませんでした。
また2020年には国立新美術館で『カラヴァッジョ《キリストの埋葬》展(仮)』(10月21日〜11月30日)が開催される予定だそうですがコロナの影響でどうなるのでしょうか?