HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

スタンダールの見たミラノ『イタリア旅日記』散読

  4月8日の記事に『ミラノスカラ座』来日公演のチケット販売延期のメールが入ったと書きましたが、今日10日に同じ主催者から郵送で、来日公演を宣伝する資料が届きました。それを見ると販売延期などどこにも書いていません。メールを知らない人は、印刷物記載の発売日にWEBアクセスを試みてしまいますよ。ただ以前の郵送物と異なることは、ファンドレイジング(寄付募集活動)を大々的に宣伝していること(これが郵送した目的なのかな?)。払い戻しの資金が1億5千万円かかり、資金繰りが非常に苦しいとの趣旨のことが書かれてある。まさかコロナ倒産しないでしょうね。最後は消費者が泣きを見ることがない様にしてほしいですね。

 ところで、古い歴史のあるミラノのことは、歴史書を読めば、主に重要な歴史的出来事やその背景にある政治的動き等は分かるのですが、当時のミラノの実際の街の雰囲気、空気はそうした本からはなかなか読み取ることが難しい。当時の風俗に的を絞った本は大変少いでしょう。そうした意味から紀行本、旅行日記の類いは非常に参考になるものです。

 今、『赤と黒』で有名なフランスの小説家スタンダール(1783~1842)が書いた『イタリア旅日記』を読んでいます。

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スタンダール

 1816年から1817年にかけて、スタンダールはイタリア各地を旅行し、ミラノには9月24日から12月13日まで長い期間滞在し、スカラ座は勿論様々なミラノの文化遺産を訪れています。先ず、スタンダールの目を透した当時のスカラ座は?

    9月24日PM7時にミラノに到着したスタンダールはすぐに、スカラ座に駆け付けるのです。スカラ座で上演されているオペラを見るために、馬車を急ぎ走らせたとしか考えられないような速足で。この行動だけでも、スタンダールが如何にオペラ好きかが、分かるというものです。その日は9月3日から初演されていたカルロ・ソリヴァ作曲『青銅の頭像』が演じられていたのですが、その日はさすがに旅疲れで、くたくたに疲れていたせいかオペラに集中出来ず、スカラ座の劇場内の見た印象とか歌手たちの衣装とか視覚に訴えたものだけを記しています。  その辺りを引用すると “僕の旅は報いられた。建築の美しさがもっとも東洋風の想像力の持ち主にも、これ以上空想出来ない様な風変わりで、感動的な豊かなものであり、きらびやかな垂れ幕とか、登場人物もこれ以上想像できないものだということである。人物については、衣装だけでなく、表情とか動作までが、筋が展開する土地のものであった”。 その時のスタンダールの疲れは、想像できない程体力の限界に近かったに違いない。ミュンヘンを9月16日に発って、一路ミラノを目指し一週間以上も奔り続けた訳ですから(勿論宿を取って宿泊したとしても、馬車に乘って走ることは現在の車での移動旅よりはるかに厳しく、疲れるものだったことは想像するに余りあります)。その体力、気力の極限の中でも “僕の旅は報いられた” と言っているのです。余程のオペラ好きなのでしょう。因みにミラノを目指して出発したミュンヘンでの出発前日には、カタラーニ婦人というオペラ歌手のサロンを訪れているのです。 確かにスカラ座に初めて(スタンダールは二度目か?)入った時には、その劇場内部の堂々とした豪華さ、立派さに誰もが目を奪われるでしょう。私も以前建物の外見からは想像出来なかった劇場内の広大で立派なつくりを見た時少なからず驚きました。

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スカラ座内部(カメラの加減で余りクリアには撮れませんでした)

(パリオペラ座ガルニエ宮の観客席、ステージ等の内部を初めて見た時は、シャガールの天井画に目を見張りましたが。)        

そしてスタンダールは、翌25日も再びスカラ座観劇をするのでした。

     9月25日、スタンダールは再びスカラ座に行き、カルロ・ソリーヴァ作曲『青銅の頭像』を鑑賞。この作曲家もオペラも今日の日本ではほとんど知る人はいないのでは?と思われる程マイナーな存在です。調べてみると、ソリーヴァ(1791~1853)はスイス南部に位置するティチーノ出身の作曲家で、このハンガリー大公を主題とするらしいオペラは、二幕構成の模様。中身はどこを調べても分からなかった。ただ、ネットに次の様な記述がありました。 “スイスの大手スーパー「ミグロ」は色々な物を売っていますが、独自のMusiques suissesというレーベルでCDも出している。カルロ・ソリーヴァのオペラ『La testa di bronzo』の全曲盤等々、大変面白いリリースを続けています。” スイスのこのスーパーに行けば、今でもこのオペラのCDを買えるのでしょうかね?   ハンガリー大公役のガッリというバス歌手に、スタンダールは賛辞を送っています。このバスに関する記述もなかなか見つからなかったのですが、1817年にスカラ座で初演されたロシーニの『泥棒かささぎ』でFernando役で歌った様です。次の記述がやっと見つかりました。 “フィリッポ・ガッリ(1783-1853)は、ロッシーニ時代の極めて重要なバス。ロッシーニの初演に関わったものだけでも、《幸せな間違い》のバトーネ、《試金石》のアスドゥルバーレ、《アルジェのイタリア女》のムスタファ、《イタリアのトルコ人》のセリム,《トルヴァルドとドルリスカ》のオルドウ公爵、《泥棒カササギ》のフェルナンド、≪マホメット2世≫のタイトルロール、《セミラーミデ》のアッスール、さらにそれ以外の多くのバス役も各地で歌っています。” バス歌手としてその時代のかなり重要な位置を占めていたのでしょう。   またスタンダールは、出演者たちの色とりどりの衣装に感心し  “僕はパオロ・ヴェロネーゼ(有名なルネッサンス期のベネチア派の画家)のもっとも美しい絵を見た”とまで書いている。   最後に  “スカラ座は町のサロンだ。そこ以外に社交界はなく…あらゆる用事に「スカラ座で会いましょう」と言い合う。見た時から夢中になる。僕はこれを書きながらすっかり興奮している” と述べ、その感動振りが、読者にも伝わってくる様です。そう言えば昔、「有楽町で会いましょう」 という合い言葉が有りましたね。私も何回も使ったものです。 スタンダールは翌日26日には、デジヲという処に行った模様。

 《 続く 》