チケットを買っていた様々な演奏会が中止若しくは延期になりましたが、その一つに、3月下旬、東京のベヒシュタイン・サロンで開催予定だった、『グレッグ・ニェムチュク ピアノリサイタル』が。あります。
ポーランド生まれシマノフスキー音楽大学卒、のちニューヨークマネス音楽院で研鑽後各地で公演、コンクール受賞も多数のピアニストです。このリサイタルではベヒシュタインを使用する筈だったので中止になって残念でした。
たいていのピアノリサイタルでは普通スタンウェイを聴く場合がほとんどで、他のメーカーのピアノを使った演奏会は少ないですね。先日のアンドラーシュ・シフはベヒシュタインを使っていたと思います。とてもやわらかい音が印象的でした。
もう一度ベヒシュタインの演奏会を聴いてみたいと思っていたところ、先週4月初めにNHKFMベストオブクラシックで、ベヒシュタインのフルコンサートグランドピアノÐ282を使用したピアノリサイタルの再放送があることを知り、聴くことにしました。ピアノリサイタルの詳細は以下の通りです。
◎ミシェル・ダルベルト ピアノ・リサイタル
放送日 2020.4.2. pm19:00~21:10
演奏日 2018.11.1. at 浜離宮朝日ホール
曲目
①ショパン作曲『幻想曲ヘ短調作品49』
②ドビュッシー作曲『グラナダの夕暮れ』
③ 同 『映像第1集』
④フランク作曲『前奏曲コラールとフーガ』
⑤ドビュッシー作曲『月の光』
⑥ 同 『子供の領分』
アンコール
⑧リスト作曲『超絶技巧練習曲第10番へ長調』
⑨ショパン作曲『前奏曲嬰ハ短調作品45』
ミシェル・ダルベルトは1955年パリ生まれ、クララハスキルコンクール優勝他受賞多数。フランスの名ピアニストであるコルトーにつながる系譜の様です。
①の演奏は、冒頭‘雪の降る街’のメロディが流れてきました。音響が良いと言われる浜離宮朝日ホールだからなのか、ベヒシュタインのクリアーな音が響いてきます。でもショパンの曲の軽やかさを、ベヒシュタインで表現するのは難しいのでは?と一瞬危惧しましたが、それは問題なくダルベルトは軽々と弾きこなしました。
次曲の②ドビュッシーの曲は「版画」と名付けられた三曲構成の二つ目の曲で、ドビュッシーの幻想味を帯びたロマンティックな表現には向いていると思いました。異国情緒あふれる音階の中に、ダルベルトの演奏は、静かさと華やかさを見事に表現していました。「グラナダの夕暮れ」を聴きながら、以前アルハンブラ宮殿の夜景を見たことを思い出していました。夜でしたが月が明るく、その光に忽然と浮かぶアルハンブラ宮殿の幻想的な美しさは忘れられません。
次に印象的なピアノ演奏は、④のフランクの曲です。フランクは幼い頃から銀行家の父親の考えで音楽教育を受け、ピアノ演奏活動などをしていたが人気を博すことはなかったのです。それが1846年24歳で結婚したのを機に、オルガン演奏家としての道を歩み始め、各地の教会のオルガン奏者となって実績と名声を上げると、最後はパリ音楽院のオルガン科教授に招聘されたのです(1873年)。こうした上昇機運の時期に作曲された一つが③の曲です(1884年)。導入部のイメージとしては、あたかも弱弱しい煌めく水面に、突如強い力でオールが水を切り、そのままボートはゆっくりと進み遠ざかるが、続いてまた一艘通り過ぎてその後を追い、また水面は元の静けさに戻る感じ、次のコラールの部分は、ダルベルトは力強くしっかりとしたタッチで、ベヒシュタインの音を引き出し、後半では、繰り返される下降音階のテーマ旋律に絡みつく音を立てて、緩急自在なフーガの連続を、バッハにそん色ないくらい煌びやかに演奏、対位法も含め大きな建築が如きフランクの創作物を、ダルベルトは見事に表出できたと思いました。確かにベヒシュタインはクリアーで透明感のある音で曲を紡ぎだしますが、演奏者としては相当な技量でないと弾き難いのかも知れません。
アンコールの⑧リストの曲ではそれを弾きこなした表現者としてのダルベルトの演奏が光ります。そういえば、ブダペストのリスト記念館を訪れた時に、そこに複数のピアノが展示されているのを見ましたが、確かベーゼンドルファーもあったと思います。リストもこのピアノを愛用した様です。
アンコールの最後の曲⑧ショパンの前奏曲嬰ハ短調は、柔らかで幻想的。最後の弱い低音弦の響きが印象的でした。①のショパンよりショパンらしかったと思います。
総じてダルベルトのベヒシュタイン演奏は、フランス音楽、特にドュビッシーの曲が一番合っていたと感じました。