HUKKATS hyoro Roc

綺麗好き、食べること好き、映画好き、音楽好き、小さい生き物好き、街散策好き、買い物好き、スポーツテレビ観戦好き、女房好き、な(嫌いなものは多すぎて書けない)自分では若いと思いこんでいる(偏屈と言われる)おっさんの気ままなつぶやき

2020-05-01から1ヶ月間の記事一覧

スタンダール『イタリア旅日記(1827年版)』精読(遅読)⑮

<ミラノ十月三十日> ここでは冒頭、スタンダールは自分が見聞きしたことから知っている(と思っていた)イタリアの精神的習慣や幸福を求める方法は、当てにならないかも知れない、即ち正確ではないかも知れないと言訳けじみたことを述べています。その後の…

スタンダール『イタリア旅日記(1827年版)』精読(遅読)⑭

<ミラノ十月二十八日> この日の小見出しには“午前五時、舞踏会から出て”とあり、スタンダールは夜通しサンパオロ通りのカジノ(集会所)で催された舞踏会に参加していたのでしょう。この日は “僕は四時間後にデジオに向けて出発する” と書いています。この…

スタンダール『イタリア旅日記(1827年版)』精読(遅読)⑬

<ミラノ十月二十七日> ここでスタンダールは、主にイタリア建築、就中ミラノのパラッツォ(邸宅)について論じています。サン・パオロの集会所で催された舞踏会の切符を、マリーニ夫人が手に入れてくれたと述べている。マリーニ夫人は18世紀末ミラノでもっ…

スタンダール『イタリア旅日記(1827年版)』精読(遅読)⑫

<ミラノ十月二十五日> この日の記事は「タロッコ(タロット)」に関して、及びばったり出会ったフランス人に関して、自分の心情を吐露しています。 先ず、“今晩ビビン・カテナ夫人がタロッコを教えてくれた”と言っています。タロッコはミケランジェロが発…

スタンダール『イタリア旅日記(1827年版)』精読(遅読)⑪

<ミラノ十月二十日> この日の冒頭でスタンダールは、“三日のちに当地を出立しなければ、僕はイタリア旅行ができまい。色恋沙汰のせいで引き留められているのでなく、十年来の知己でもあるかのように、僕をむかえてくれる四つ五つの桟敷ができはじめている…

スタンダール『イタリア紀行(1817年版)』精読(遅読)Ⅹ

<パルマ12月1日 > この日の記事は、その一つ前の<ミラノ11月23日>の記事から一週間ほど経っていますが、その一週間の事は何も書かずに、突然“わたしはミラノをやっとの思いで離れる。パルマには、コッレッジョの崇高なフレスコ画を見るために、一時間だ…

スタンダール『イタリア紀行(1817年)』精読(遅読)Ⅸ

<ミラノ11月23日 > この一つ前の記事(前回<ミラノ11月20日>の記事参照)は、2ページ半50行に及ぶ(同じ記事の1827年版<10月4日>だと、サロンノやガレニャーノで見た絵画や庭園、彫像などの感想を追加して5ページ以上に及ぶ)紀行の中でも長大な記録を…

スタンダール『イタリア紀行(1817年)』精読(遅読)Ⅷ

<ミラノ11月20日> この日の記事は“ガッリが風邪をひいた”から始まりますが、1827年版『イタリア旅日記』ではかなりの増補・改変が為された記事を書いています。即ちこのガッリの前にサロンノで見た絵画、庭園、屋敷、彫像などについての記載が2ページに渡…

スタンダール『イタリア紀行』精読(遅読)

読書のスピードは年齢と共にというか、自分の生活の段階に応じて変わってくるものです。学生の頃は知識欲も体力も旺盛で、分野に限らず興味のある本、紹介された本は、一般書、教養書、専門書に限らず、時間の経つのも忘れて手当たり次第にスピーディに読ん…

スタンダール『イタリア紀行(1817年)』散読Ⅵ

<ミラノ11月18日> 1827年版「イタリア旅日記」では、十月二日の日付が付いています。しかしこのスタンダールの旅行記は、日時や年はもう気にしないで読んだ方が良いのかも知れません。そもそも、1817年版はその年に旅行したのではなく、1811年に旅行した記…